ホグワーツ教師 ロード・エルメロイII世 作:木材
イベントにかまけていたわけではありません。
ええ、本当ですよ。グレイ・リリィの絆10まで上げたり冠位に据えたりしたりなんてしてませんよ。
「恐らく、これは分霊箱の一つだ」
エルメロイII世の言葉にグレイだけでなくフラットとスヴィンまでもが息を呑む。魔術界隈においても忌避される不完全で醜悪な魔法が目の前にある。その事実は魔術界隈を知る二人にとっても衝撃かつ警戒に値する事実だった。
だが事態を知らないマルフォイは何が何だかわからずエルメロイII世達の顔を困ったように見る。ただ、この髪飾りが重要なものだということしかわからなかった。
「な、なんだよ!なにがあったんだ!分霊箱ってなんなんだ!説明するって約束だったろ!」
「…ああ、そうだな。だがまず、君にはこの契約書にサインしてもらわなければならん」
そう言ってエルメロイII世は一枚の紙を取り出す。
「なんだよこれ」
「これは
「なんだって?」
マルフォイは契約書に目を落とし、契約書に書かれていることを口にした。
「…この契約書にサインした者はロード・エルメロイII世およびその弟子達が調査していた内容について、ロード・エルメロイII世の許可がない者への一切の口外を禁ずる」
「端的に言えば、我々が調査していた内容および事実について一切口外できなくなる契約書だ。本来なら破れぬ誓いと同様に契約違反によって死ぬ呪いが込められているが、この契約書は簡易版だ。死ぬことはないが、無意識を操り契約違反となる行動を避ける指向性を植え付けることになる」
思った以上に軽い内容でマルフォイは拍子抜けしてしまう。もっと色々縛りがあるものだと思っていたが、全然そんなことないんだなと思いつつエルメロイII世へと視線を戻した。
「別に喋る気はないけど…開心術とかで見られたらどうするんだ」
「拷問、催眠による自白を防ぐことはできるが、直接脳内に入り込まれて情報を抜き取られた場合はどうすることもできん。極力そうならないように行動させることもできる契約書だ。開心術をされたとしても、君は全力の閉心術を強制される。その上で情報を抜き取られたらどうすることもできん。尤も、君の閉心術を突破できる魔法使いはヴォルデモートくらいだろうがな」
マルフォイに自覚はないが、彼の閉心術の強度は脅威的なもの。動揺した状態であれほどの強度ならば、おそらく平常時の強度はさらに高くなる。それほどの強度となれば、ヴォルデモートでも即座に破ることは難しいだろうとエルメロイII世は判断した。
そして契約内容がその程度のものかとマルフォイは少し安心し、これなら契約してもいいと考えて契約書にサインしようとした。
「…なんだ、それなら…」
「待て、ミスター・マルフォイ。契約書は最後まで読むべきだ」
「え?」
エルメロイII世に言われて契約書を読み進めていくと、確かにまだ書かれている部分があった。
「…契約者は、ロード・エルメロイII世およびその生徒達の調査内容に関する情報を得た場合、嘘偽りなく報告する。ただし、この契約条件はロード・エルメロイII世から調査内容の共有が行われた場合に限る…これはつまり…契約した場合はお前達に対して報告義務が発生することになるってことか?」
「さすがに理解が早い。実に助かる」
エルメロイII世は鋭い視線をマルフォイに向けながら口を開く。
「この調査は大きな危険が伴う。それ故に、調査内容の共有はその者を調査に巻き込むことに他ならない。事実上、共犯者となるわけだ。その事実を知った上でなければ、生徒を巻き込むことはできん」
「危険…?そんなにこのティアラが危険なのか?」
「ああ。だからその契約書にサインし、全てを知った場合…君は我々の共犯者となる。そして共犯者になった場合、君はヴォルデモートと敵対する陣営になるということを理解しておくんだな」
「っ!」
突如、マルフォイの体がガタガタと震え出す。今現在、マルフォイはヴォルデモートの配下にある。いつか殺されるかもしれないが、少なくともこうして大人しく使命に準じていれば殺されることはない。だがこの契約書にサインした場合、その瞬間からヴォルデモートに殺される危険性が常に付き纏うことになる。また、その危険性は両親にまで及ぶ。もし自分が殺されれば、両親も一緒に殺されるだろう。
「どちらにしても、キャビネットの修復自体は手伝う。だが、我々の調査の詳細を伝えるためにはその契約書にサインしなければならん。そして契約書にサインしない場合は、ここで見つけたモノに関する記憶は消させてもらう。その他の記憶については一切いじらないことを約束しよう」
マルフォイは再び
この契約にどれほどのメリットがあるのだろうか。仮にもヴォルデモートの傘下にいる今ならば失敗しない限りヴォルデモートに殺されることはない。だがエルメロイII世の陣営になれば、帰宅した際には必ず殺される危険性がついて回ることになる。正直、契約するメリットの方が少ないような気がしてならない。
しかし、マルフォイは一つの確信があった。
「……いくつか、聞きたい」
「答えられる限りは答えよう」
「…お前は、お前達は…僕と両親を……決して裏切らないと言えるか。この契約を締結し、お前達の共犯者になったとして…望むような情報を与えられなくとも、僕らを切り捨てたりしないと誓えるか」
ヴォルデモートはなにかしくじれば間違いなく自分達を殺す。そして今後、自分を含めた死喰い人達が何もしくじることなくダンブルドアとの戦いを進められるとは到底思えない。その時に巻き添えになって死ぬ可能性もないとは言えないことも理解していた。
そんな時、一度死喰い人になった自分達がダンブルドアの陣営に保護されるとは思えない。ならば、いざという時に保護してくれる陣営に対して繋がりを持っておく必要があるのではないか。そんな思いがマルフォイの中にあった。
「エルメロイの名にかけて誓おう。仮にこの契約書にサインした場合、君と君の両親をエルメロイの名前で保護し、君らが独断で離反しない限りは決して裏切るマネはしない。ただし、保護するのは命まで。財産まではその限りではないということは、この場で明言させてもらうがね」
マルフォイは魔術界隈のことをあまり知らないが、父であるルシウスから多少なりとも事情については聞かされていた。魔法省と対等に取引をすることができるほど大きく強大な組織ではあるが、一般魔法界にほとんど干渉してこない研究ばかりの変人の巣窟だと聞いている。だが魔法省と対等に取引できる時点でその力は無視できるものではなく、力を失う前のヴォルデモートも安易に手を出そうとしなかったことから、組織としての力は実に強大だということはわかる。その中でロード・エルメロイII世がどの程度の力を持っているかはわからないものの、少なくともダンブルドアが死んだ後の反ヴォルデモート勢力よりは頼りになる可能性が高いと考えていた。故に、いざと言う時はエルメロイII世の方に保護を依頼することも考えておいてもいいとマルフォイは考えた。
「……取引だ、ロード・エルメロイII世」
マルフォイの言葉にエルメロイII世は目を細める。
「話を聞こう」
「僕がこの契約書にサインした場合、この契約書に書かれた内容は全て履行され、僕はお前達の共犯者になる。僕が共犯者になる見返りとして、僕と僕の両親を…いざというときにお前達が保護しろ」
「ほう」
エルメロイII世は内心で少し驚く。昨年見たマルフォイは、聡明ではあったもののどこか傲慢で、政治的なやり取りができるような人物には見えなかった。だが父が政治界隈に身を置くルシウス・マルフォイであったことを考えれば、多少なりとも知見があってもおかしくはない。
「エルメロイでマルフォイ一家の身の安全を確保しろ、ということだな。確かに君がしくじれば君を含めたマルフォイ一家の命は危ぶまれるだろう。少なくとも、君とルシウス・マルフォイの命は危機的状況に陥る。そして死喰い人であった君らが魔法省やダンブルドア教授に保護を要請しても通るはずがない。ならば、第三の陣営である時計塔に所属する我々の保護を受けようと。なるほど、案としては悪くない」
「…それで、どうなんだ」
「君は時計塔についてあまり知らないだろう。ここで少し、時計塔について知っておいた上で今の提案をするか…改めて考えることだ」
エルメロイII世は葉巻を取り出すと、杖を振って火をつける。煙を吐き出すと、鋭い視線をマルフォイに向けた。
「我々時計塔はあくまで研究者の組織であり、戦闘はできるが決して専門ではない。ここにいるグレイ、フラット、スヴィンのように、単純な戦闘においては闇祓いにも引けを取らない者もいるが、全員がそうではない。死喰い人やヴォルデモートが相手では力不足な者も多くいる。そして我々エルメロイ派は時計塔の中で一番下の派閥だ。ヴォルデモートの侵攻を必ず止められるという保証はない。加えて、魔術師は基本的に人でなしだ。我々が侵攻を受けたからといって、必ずしも手を貸してくれるとは限らん。それどころか我々エルメロイ派から搾取できるものがないか虎視眈々と狙うことすらあり得る。それに、所属している生徒は決して私の配下ではない。故に、私がここで約束をしてそれを最後まで守り抜いたとしても、君らの身の安全を保証できると断言することはできない。むしろ、時計塔から搾取を受ける可能性すらある。それでも君は…我々の共犯者になることを望むかね」
エルメロイ派は時計塔の中でも権威のレベルは最下位。そんなエルメロイ派がヴォルデモートと戦争をしたとしても、恐らく他の派閥は助けない。それどころか搾取できる瞬間を嬉々として待つだろう。そんな派閥に属するエルメロイII世に対していざという時に保護を望むのは、ややリスクが高いように思える。
だがマルフォイの考えは違った。
「……確かに、あのお方とお前達で…武力の差はあるんだと思う。それに僕は…時計塔についてもあまり父上から聞いていない。お前の言うように搾取される可能性もあるんだろう。でも…あのお方は力を失う前、時計塔には手出しをしなかった。つまり、お前達時計塔は…あのお方でも攻め込むことを躊躇すら何かがあるんじゃないのか?」
鋭い視点だとエルメロイII世は感心する。ロンドンにある巨大な組織であるにも関わらず、時計塔はヴォルデモートの影響をほとんど受けなかった理由として、ヴォルデモートと敵対しなかった(傍観していた)ことだけでなく守りがあまりにも強固だったからというものがある。ホグワーツレベルに強固な結界とダンブルドアほどの戦闘力はなくとも曲者揃いであることはヴォルデモートもわかっていた。そもそもほとんど関わってこなかったこともあり、ヴォルデモートは時計塔への侵攻をしなかった。あらゆるものに対して隷属を強制しようとしたヴォルデモートが攻め込まなかった理由があることに目をつけたのは良い視点だと、エルメロイII世はマルフォイのことを少し見直した。
「自分の配下が亡命したと知れば、攻め込んでくるかもしれないぞ?」
「だとしても、僕らだけで彷徨ったりダンブルドアに保護を依頼するよりは…生き残れる可能性は高いんじゃないか?」
「かもしれんな」
「…なら、僕は……お前達のスパイにでもなってやる。生き残るために…なんでもやる…」
声は震え、目に涙が浮かんでおり、足元も少しふらついている。だがその瞳に宿る光は両親への敬愛を示した強い意志を感じた。
「…戻ることはできないぞ」
エルメロイII世は鋭い視線をマルフォイに向けるが、マルフォイは怯むことなく頷いた。
「わかってる」
「命の危機に出くわす可能性があるぞ」
「…ああ」
エルメロイII世の言葉にマルフォイは怯まない。
暫し睨み合っていた二人だが、エルメロイII世は諦めたようにため息を吐いた。
「まったく…家族を守るために手段を選ばない、か。身内のために狡猾な手段を取る…なるほど、君は典型的なスリザリン生のようだ」
「当然だ。僕は、高貴なるスリザリンの生徒だ」
「わかった。君の意志を尊重する。だが改めて言わせてもらうが、戻ることはできんぞ」
「わかっている」
マルフォイはエルメロイII世に渡された羽ペンで契約書にサインし、エルメロイII世に突きつける。エルメロイII世は契約書を受け取ると、コートの内側にしまった。
そしてマルフォイを見ると、至極悪い顔でニヤリと笑う。
「これで君も我々の共犯者だ。今後、よろしく頼むぞ」
あまりにも悪い顔で笑うエルメロイII世にマルフォイはドン引きし、思わず顔が引き攣る。
「…お前、そんな悪い顔できたのか」
「師匠、あまりにも悪い顔です。悪巧みしている時のライネスさんみたいです」
「あの悪魔と一緒にするな」
顔を顰めたエルメロイII世は一度咳払いを挟むと、マルフォイに向き直る。
「さて、晴れて我々の共犯者になった君には事情の説明が必要だな」
エルメロイII世は杖を振り、光の玉を呼び出す。その魔法がルーモスの光を浮かせているものだとグレイはすぐに気がついた。
「魔法省での戦いは君も知っているな?」
「……当たり前だ」
敬愛する父であるルシウスがアズカバンに収監されたのは神秘部の戦いがあったから。息子であるドラコが知らないはずもなかった。
「私とグレイはこの戦いに部分的だが参加している。その際にヴォルデモートと因縁ができたのだよ。加えて、いくつかの理由もあり…ヴォルデモートとの因縁は決定的となった。結果、私とヴォルデモートは対立関係になったのだ」
ここでは語っていないが、
「そして今回、我々がホグワーツに来た理由はヴォルデモートに関係している。彼はとある闇の魔法を使い、擬似的な不死身になっているのだ」
「ふ、不死身⁈」
「ああ。擬似的とはいえ、この不死性は実に強力だ。ただ死なないだけとはいえ、完全に葬り去ることができない。この不死性を剥奪するために、我々が動いている」
「それに関係するのが…このティアラってことか」
エルメロイII世は頷く。分霊箱の詳細はぼかしつつ、ヴォルデモートの不死性を剥奪するという根幹の部分についてはちゃんとマルフォイに伝えた。
「このティアラ…レイブンクローの髪飾りはヴォルデモートの不死性を実現するための楔の一つだ。非常に強力な闇の魔法がかけられているため、恐らく通常の手段で破壊することはできないだろう。スヴィン」
「はい」
「一応、試してみよう。
「はい!」
「カウンターの呪いが発生する可能性もある。念の為、防御の結界を」
「了解しました!」
スヴィンとフラットが杖を抜き、フラットが杖を振って全員に防御の結界を展開する。結界が展開されたことを確認したスヴィンは杖を真っ直ぐ髪飾りにむけた。
「レダクト!」
粉砕の魔法が放たれ、真っ直ぐ髪飾りを穿つ。髪飾りがつけられた石像は砕かれバラバラになったが、髪飾りは完全な無傷で地面に落ちた。
「やはり、通常の手段では破壊できんか」
「ここまでは先生の予想通りですね」
「ああ。やはり、君に頼るしかないようだ。グレイ」
「はい、師匠」
グレイは杖を左手で持ち、アッドを右手に持つ。
「アッド、第一段階限定解除」
『おうさ!』
アッドは鎌の形に変形する。マルフォイが驚いたようにアッドを見ているが、構うことなくグレイは髪飾りに歩み寄っていく。
「注意しろグレイ。アッドが近づくことでカウンターの呪いが発動する可能性もある。通常の攻撃魔法ではなく精神を攻撃する類の呪いもあり得る」
「はい」
エルメロイII世の言葉に頷いたグレイはさらに一歩歩み寄る。
その瞬間、髪飾りがぶるりと震えた。そして髪飾りに嵌め込まれている青い宝石から黒い瘴気のようなものが噴き出してきた。
「なっ、なんだよこれ⁈」
「やはりか…!フラット、スヴィン!」
「はい!ル・シアンくん補助を!」
フラットが杖を振ってエルメロイII世達の周辺に再度結界を展開し、スヴィンがその補助に回る。
グレイは結界に入っていないが、気にすることなく髪飾りに歩み寄り、瘴気のようなものに包まれた。
「お、おい!大丈夫なのか⁈」
「問題ない。彼女はああいう類のものに対する専門家だ。まあ感受性が強すぎるのが玉に瑕だが、彼女が大丈夫だと判断したからこそああして足を踏み込んだのだ。なら我々は巻き込まれないようにするべきだ」
マルフォイはグレイのことをあまり知らない。本当かどうかもわからないが、決闘は相当強いということだけは聞いていた。しかし決闘だけでどうこうなるとも思えなさそうなものが目の前にある。グレイでどうにかなるのかとマルフォイは怯えることしかできない。
一方、グレイは瘴気の中をアッドを構えながら進んでいた。
『イッヒヒヒヒ!気色悪い霧だなぁオイ!それに前に食った蛇頭の魔力と近い匂いがするぜぇ!最悪の気分だ!』
「攻撃してくる様子は…なさそう?」
『ねえな!これは多分、ただの目眩しだ!ただ、本体に近づいたらどうなるかわかんねぇぞ?』
こうなる可能性はエルメロイII世に予め伝えられていた。そのため、グレイにはフラットによって精神防御と耐呪詛の術式を施されている。生半可な呪詛や精神攻撃は通用しない。
しかし、相手はあのヴォルデモート。魂のカケラとはいえ、元が時計塔の君主レベルの魔法の腕を持つ存在である以上、油断はできない。アッドと杖を構えながら瘴気の中を抜けていく。その先には、瘴気を吐き出しているとは思えないほど美しいティアラがあった。
「アッド、あれ…壊せる?」
『さあな!だけど、俺が出てきてから煙撒き散らしてきやがったんだ!防衛本能ってやつじゃねぇか?』
「…いくよ、アッド」
『おうさ!』
アッドを構えて飛びかかろうとした瞬間、煙が形を成し始める。
「!」
咄嗟に盾の魔法を展開するが、煙は襲いかかる様子はない。グレイが警戒していると、煙は顔のような形になり始めた。
『お前の心を見たぞグレイ…もう俺様のものだ』
ヴォルデモートの声だった。その声を聞いたグレイは不快感を露わにするように眉を顰める。
その瞬間、煙の中から人影が現れた。まさか他に誰かいたのかと驚いたグレイだが、その人物を見て目を見開く。
『グレイ』
『やあグレイ』
出てきたのは、エルメロイII世とライネスだった。
二人に続くように、ルヴィア、フラット、スヴィン等のエルメロイ教室の生徒達も現れる。
(幻覚…もしかして、拙の記憶を読んで?)
必要の部屋は思考を読む術式が込められていた。ならば分霊箱に似たような術式を持った呪詛が込められていてもおかしくはないだろうとグレイは考えた。
そしてエルメロイII世の言葉を思い出す。
『もし分霊箱が何かしらの動きを見せた場合、カウンターはいくつか考えられる。シンプルに攻撃系か、精神へ干渉する互いの呪詛が飛んでくる可能性が高い。ダンブルドア教授は指輪を指につけることで呪いを受けたことから、分霊箱に対して特定の行動を取ることで呪詛が発動する可能性もある。だがヴォルデモートは分霊箱を隠すことに執着している。何かしらのアクションを起こさない限り、呪詛が発動することはないと考えていいだろう。ただ、分割されたとはいえ魂そのもの。自分の危機に対してオートで攻撃を仕掛けてくる可能性も捨てきれない。特にアッドは死霊に対する特効礼装だ。限定解除状態のアッドが近づいた時、呪いが飛んでくる可能性があることは充分理解しておくことだ』
アッドを近づけたことで分霊箱が反応することは予想できていた。ただ、幻覚を見せるタイプの呪いというのはグレイはもちろん、エルメロイII世にとっても想定外だった。
(魂単体だから、直接的な呪いが使えないとか…?)
生命に必要な三つの要素である『魂』、『精神』、『肉体』。これらが合わさって初めて生命は生命として存在できる。分霊箱は『魂』のカケラを物体という擬似的な『肉体』に宿す魔法。しかし、精神は存在しない。魂が宿ることで近しいものこそあれど、決して精神にはなり得ない。故に、魔法そのものを扱うこともできないのではとグレイは考えた。
突如、エルメロイII世とライネスの幻覚がグレイに歩み寄ってくる。
『グレイ、あの髪飾りをつけるといい。君の望みを叶えてくれる』
『さあグレイ、あの髪飾りをつけてごらん?君によく似合うし、何より君の望みを全て叶えられる』
エルメロイII世とライネスが記憶の中にある二人そのものの声色で語ってくる。
「…拙の、望み?」
『そうだ。お前は平穏な日々がほしいのだろう?あの髪飾りはそれを叶えてくれる。さあ、髪飾りをつけろ』
『君にできなくともあの髪飾りなら実現してくれる。ほら、早くつけたまえよ。そしてまた、私とのティータイムを楽しもうじゃないか』
グレイの望み。それはエルメロイII世やライネス、教室の皆と穏やかな日々を過ごすこと。この幻覚が言っていることは間違っていない。だが、言葉の節々から感じる薄っぺらさがグレイの神経を逆撫でした。
「……黙ってください」
グレイが幻覚に鎌を向ける。
「拙の大事な人たちの姿を、自分のためだけに使おうとしないでください!」
『…愚かだなグレイ。お前の望みを叶えてやろうと言っているのに、わざわざそれを無駄にするのか?』
『だから君は愚図なんだ』
エルメロイII世とライネス、そして教室の皆の顔が歪み、グレイを蔑む言葉を吐き始める。愚図、愚鈍、能無しといった普通の蔑みの言葉を投げかけてくるが、グレイは全く動じなかった。心がここまで凪いでいくような経験は初めてであり、初めて守護霊の呪文を成功させた時と真逆のような心になっていくのを感じる。
『グレイなどいらない。求められているのは、その肉体だけだ』
『早くアーサー王に体を明け渡せ。別に君自体には大した価値もないのだからね』
グレイの足が止まる。
ズェピアによって過去の再演を体験させられ、そこで精神のアーサー王と対峙した。前からわかっていたものの、やはりグレイはアーサー王の肉体として作られた存在であると知った。恐らく、村の者たちは本当にそう思っていた節もあったのだろう。
『早く消えろ』
『消えろ』
『消えろ』
『消えろ』
何度も何度も投げかけられる。もし本当に本人に言われていたら、きっと心に大きな傷を負っていただろう。
だが念話という形でグレイとエルメロイII世は繋がっている。
『グレイ、聞こえるな』
『はい、師匠』
『分霊箱から噴き出してきた煙の渦巻きが強くなってきている。何か動きがあったのか?』
『アッドを展開して近づきました』
『なるほど、防衛本能…に近い何かかもしれん。アッドなら破壊できるのかもしれん。注意して近づくことだ』
脳裏に聞こえてくるエルメロイII世の言葉にグレイは微笑む。優しさが滲む声に安心感を覚え、グレイは再びアッドを構え直した。
「アッド」
『おう』
「あれを、壊す」
『イッヒヒヒヒ!いいねえ最高だ!相当強力な闇の魔法がかけられているから壊せるかはわかんねぇが、やってやろうぜ!』
今もなお幻覚達はグレイに様々な蔑みを投げかけてくる。だがグレイは一切耳を貸すことなく、アッドを構えて分霊箱に迫った。
『お前には何もできない』
『君に価値はないよ』
エルメロイII世とライネスが言ってくる。
だが、グレイはエルメロイII世とライネス、そして教室の皆の幻覚を鎌で両断した。
「黙ってください」
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「師匠は、ライネスさんは、皆は…そんなこと言いません」
幻覚は煙のように消える。
だが、消えると同時に煙は形を成してグレイを飲み込もうとしてくる。グレイは鎌を振って切り裂くものの、完全に消し去ることはできない。それどころか自分がいる場所すらもよくわからなくなるくらい濃い煙でグレイの視界と方向感覚を失わせた。
(この煙、方向感覚を鈍らせてくる。どうにかして分霊箱までの道を切り開かないと…!)
直接的な呪いは触れないと発動しないのだろうが、妨害の呪いは使えるらしい。どうにか場所を突き止めないといけないが、魔法の探知も機能しない。どうすると考えた瞬間、再びグレイに念話が繋がれた。
『グレイ、煙が濃くなった。どういう状況だ』
『本格的に妨害されてます。煙のせいで、拙の視界と探知魔法が使えません』
『こちらもだ。フラットが探知しようとしているが、煙が濃すぎて少し時間がかかる。だがその間に何があるかもわからん。早急に破壊するために、グレイにやってほしいことがある』
『拙にできることなら』
『できる。以前もできたのだから』
エルメロイII世の案を聞き、グレイは驚いたように目を見張る。確かに盲点だったとグレイは驚きながら杖を握る手に力を込めた。
『以前、君は成功させた。やってみる価値はある』
『わかりました。やってみます』
『君ならできる』
エルメロイII世の言葉にグレイは笑う。そして左手に持った杖を構えた。
(…幸せな記憶…)
エルメロイII世の指導を思い出す。幸せな記憶を思い出し、己を満たして魔力の波に乗せる。その波を杖にまで伝達させ、文字通り全身全霊になることに集中した。
そして全霊に至った瞬間、杖を上に向けた。
「エクスペクト・パトローナム!」
グレイの守護霊である烏が杖から飛び出す。そして周囲を満たしていた煙を押し除けた。
(やった!)
全てを押し除けられたわけではない。だが、視界が晴れたことで煙の濃さが目で捉えられるようになり、分霊箱の方向を捉えることができるようになった。
守護霊を操り、煙が濃い方へとグレイは向かう。するとすぐに、煙を吹き出す髪飾りの姿を捉えることができた。
「アッド!」
『おうさ!いくぜグレイ!』
グレイの全身が魔力で強化され、強化された身体能力で分霊箱まで一息に距離を詰めた。
「やあぁああ!」
「エクスペクト・パトローナム!」
グレイは咄嗟に守護霊を操り、自分の周辺に簡易的な結界を展開して煙に巻き込まれないようにしようとしたが、煙はグレイに襲いかかってはこなかった。噴き出した煙は苦しむ髑髏のような形になると、呻き声のようなものを上げて少しずつ薄くなっていく。
「アッド!」
『おうさ!』
グレイは苦しむ髑髏の煙に向けて鎌を振りおろし、煙を両断。
切り裂かれた煙はアッドに吸収され、そして完全になくなった。煙が完全に晴れ一安心したグレイの足元には、刃に貫かれたことによって真っ二つになったレイブンクローの髪飾りが落ちていた。
「グレイ」
エルメロイII世の声が聞こえる。
振り返ると、エルメロイII世が優しい笑顔を向けながら立っていた。
「大役を押し付けてすまない。君が、君らがこうして無事に分霊箱を破壊できて良かった」
「師匠、念話でのサポートありがとうございました」
エルメロイII世の守護霊の呪文を使うという案がなければ、ここまで簡単に破壊はできなかった。無論なくてもいつかは破壊できていただろうがここまでスムーズには行かなかっただろう。
「問題ない。フラット、スヴィン。念の為、分霊箱の残骸を調べるんだ」
「大丈夫ですよ教授!嫌な感じ消えたし、間違いなく破壊できてます!」
「分霊箱の臭いが霧散しました。破壊できたことは確実だと思います。呪いの残滓みたいな臭いがありますが…かなり微弱です。触れても問題ないかと」
「わかった」
エルメロイII世は破壊された分霊箱だった髪飾りを手に取る。呪いは残っておらず、貫かれた場所から黒い液体が溢れた跡が残っていた。
「…破壊できているな。これで私たちの目的は達成だ。よくやってくれた」
「それは良かったな。それで?僕の方はどうするんだ?」
事態は理解しているが微妙に置いてかれている感があったマルフォイが少しだけ不機嫌そうに口を開く。エルメロイII世達の目的は確かに達成されたが、マルフォイの方は何一つ解決していない。どうするのかとエルメロイII世に問いかけた。
「フラットとスヴィンにキャビネットの修繕を手伝ってもらえ。この二人なら、キャビネットの修繕くらい残りの滞在期間でどうにでもできる」
「そういうこと!俺たちでバッチリ直しちゃうよ!」
「…それはどうも。そのあとはどうするんだ」
「君の計画通りに進めるといい。そこについて、我々は関与しない。というか、できない。下手に手を出せば、君に危険が迫る。少なくとも、死喰い人をホグワーツにいれる計画は何も手を出さん」
「………」
マルフォイはそれでいいのか、とも思うが、エルメロイII世が言うことも尤もであるとわかるが故に何も言わない。
「ただ君がこちらの陣営に保護を依頼する以上、多少見返りを要求することになる。何もせず無償で保護することはできない。事実上、スパイとして動いてもらうことになる。理解しているかね」
「…ああ」
時計塔に属しているとはいえ、エルメロイ派は時計塔で最弱の君主。いくら生徒とはいえ、マルフォイ一家を保護するとなるとそれなりにリスクもある。無償で保護できるような余裕は決してない。何かしら対価が必要となることはマルフォイも理解していた。
「…いいだろう。まずは聞いてやる。だが、命に関わるようなことはしないぞ」
「無論だ。では、君にやってもらいたいことを伝える。よく聞きたまえ」
エルメロイII世が再び悪い顔でニヤリと笑う。
その顔にマルフォイはドン引きし、グレイはこういうところはライネスとよく似ているなと苦笑するのだった。
Q.アッドで分霊箱壊せるの?
A.アッドは対死霊特攻の礼装でもあるため、霊体が封じ込められている分霊箱の破壊が可能と判断しました。実際のところ、分霊箱の破壊=魂を宿した物体の破壊になるのかは定かではありません(リドルの指輪は破壊されてもなお指輪としての原型があった)が、アッドで破壊した場合は物体も破壊されることにしました。
Q.破れぬ誓いと自己強制証明って何が違うの?
A.基本的に効果は同じですが、自己強制証明の方がえげつない。破れぬ誓いは死ぬことで呪いは解除されますが、自己強制証明は魔術刻印が存在する限り死して尚魂が呪いによって強制されます。事実上、死んでも契約から解放されないことになります。ただ、魔術刻印がない一般魔法界の人物にはこの契約書は効果がないため、エルメロイII世は自己強制証明をフラットに改造させ、契約違反にならない行動を半ば強制させる形にし、その代わり死ぬことがない形に改造しました。フラットが。
Q.マルフォイってこんなに頭良かったっけ?
A.ハーマイオニーのせいで霞んでいますが、マルフォイの学力は学年トップレベルです。詳細に何位と明言はされていませんが、ハーマイオニーがいなければ大体の科目は1位か2位レベルだと考えてます。また、父親が魔法省と繋がりの深いこともあり、政治的やり取りについて多少の心得があると判断しました。
Q.分霊箱の呪いって守護霊でどうにかなるの?
A.分霊箱に宿る呪いと守護霊というどちらも魂に関係する魔法ということで、ここでは干渉可能としました。吸魂鬼以外に守護霊の呪文の使い道が明言されていなかったので、何かしら使い道がないかと考えた結果です。
Q.マルフォイが二重スパイっぽくなったけど、ダンブルドア・エルメロイII世陣営強くしすぎじゃない?
A.お辞儀様陣営も強くなるので問題ありません。むしろ、ダンブルドアがエルメロイII世陣営を引き入れた(関わった)ことで苦境に立たされる展開を予定しています。
ロード・エルメロイII世
分霊箱の調査が生徒に見つかる可能性とその生徒を仲間に引き入れなければならない可能性について考えており、その結果が動きを半強制させるギアスを作り出した。
グレイ
アッドによって分霊箱を破壊。守護霊の呪文は成功率五割程度だったが、今回の一件で完全にコツを掴む。また、大事な人たちが自分に悪口を吐く姿を見せられて、初めて『解釈違い』に近いものを覚えた。
フラット・エスカルドス
スヴィン・グラシュエート
調査担当。今回の一件でマルフォイと関わりを持ち、仲良くなるとまではいかなくとも会ったら普通に話す程度の関係性になった。キャビネットの修繕を通して、少しずつ仲を深めていく模様。
ドラコ・マルフォイ
事実上のスパイになった。ただこれもお辞儀様はいざという時、確実に自分と家族を見捨ててくることが予想できたから。ならせめて、自分達が離反しない限りは決して見捨てることのない陣営に保護を依頼したいと考えた結果。身内を守るためになんでもやるスリザリンの素質が全面に出た選択だと思っているし、何よりドラコ自身は心の内に善性を残しているため、お辞儀様への忠誠と言えるようなものはない。
グレイ・リリィのクラスを限界まで悩んだ。