先程脱出した横転してしまった大型車両が火柱を立てて爆発する。
支部から一定距離離れるとかなり治安の悪い地帯になる、それこそ火炎瓶飛び交う季節になりました、とかいう天気予報が成り立つくらいには治安が悪い。
「まさか山道…それも雪山の山道で襲われるとは……意外でしたねぇ」
そんな事を言いながらぐるりと周りを見渡すと5人の粗末な装備をつけた人間が居る。歳は若め、身体は痩せ細ってる。車を横転させるのに使われたのは、そう考えながら車が通った場所を見ると雪に隠れた地面がぬかるんでいるのが分かる。
ぬかるんだ地面には何か鋭い、棘の様なものも見える。十中八九この棘でパンク&泥でスリップが大型車両横転の理由だろう。そんな事を考えながら
「事前に確認すべきだろうに」
と文句を零す。こんなに攻撃的な何かが住んでいる見通しの悪い場所を通ろうとしないで欲しかった、と考える。
こんなにゆっくりと状況把握が出来るのは月光装備のシールドがあるからだ。あとはアブノーマリティーの世話をしていたせいかこういう状況になっても常に冷静でいられるお陰だろう。経験は時に金よりも価値があるという言葉は正に今使うべき言葉だろう、と思いつつ、カサカサという音を鳴らしながら顔に張り付いたメモを触る。
「にゃあにゃあ鳴いてないで……貸してくれますか」
そう言うとギョロりとメモの中に描かれた猫の目が黒い渦になったのがなんとなく分かる。
『
何かが ''鳴いた'' のが分かる。
何かが ''こうしろ'' と訴えているのが分かる。
何かが ''殺せ'' と命じてくるのが分かる。
本来猫とは呼ぶべきでは無いバケモノが鳴く。
ガリ、と軽くメモへ左手の爪を立てる。
するとザラザラと紙が擦れる音が無いはずの耳元で聞こえて左手に猛獣の爪ような3つの刃が現れる。
『
あぁ随分と偉そうにニャアニャア五月蝿く鳴いてくれるものだ、と思いながらコイツより私は弱いのだから何か言っても負け犬の遠吠えに過ぎないか、と考える。
「猫を狩りたいならもう少し良いEGOでも用意して下さいな」
そう言いながら杖を投擲して2人一緒にいる銃持ちの敵の動きを一瞬止める。
その間に近接武器を持った、投げられた杖に驚いて動きを止めている3人に突撃して猫の爪を滑らせるように動かす。
まるで紙をカッターで切った時の様な軽い感触で人間が真っ二つになったのを見て、感じて……嗚呼、コレがアブノーマリティーが人間を殺した時の感覚なのかな、と考える。
爪の性能が案外良かったので簡単に3人は殺せた。
『
……少し五月蝿い、何処か偉そうな猫の鳴き声を無視しつつ残り2人は、そう考えながら残り2人の居るであろう場所を見ると恐らく2人の内どちらかが投げたであろう銃が空を舞っていた。
あ、当たるなコレ。
そう思うと同時にズルりと羽織っていたくすんだ紫色のマントから何かが出たのが分かる。
『・・・。』
仮面を付けた何かが持つ杖で銃が空中から叩き落とされガンッと音を立てながら地面に転がる。
2人が絶望した表情を浮かべたのが見えた。
そしてその2人は瞬く間にマントから出てきた、龍のような仮面を付けた貴婦人の杖に潰されて死んだ。
ごうごうと雪が吹雪いて、鮮血を、死体を、雪の下に隠していく。
豪雪と言っても過言では無い、数メートル先が真っ白になって何も見えないような吹雪。
そう、真っ白で、何も見えない筈なのだ。
それこそ数メートル離れた場所にいる人間の顔なんて、表情なんて見えない筈なのだ。
その筈なのに離れた場所にいる2人の顔が、表情が、絶望した目がくっきり見えた事が自分の目が別の何かに変わってしまったを示しているような気がして少し嫌になる。
3人を殺した時、動きからなんとなく分かった、彼等は殺人に慣れていない、素人だ。
素人じゃなきゃ杖を投げる程度であそこまで動揺しない、少し注意が逸れるだけだ。
生きる為に必死になった結果、殺人を選んだのだろう。正当防衛だから悪くない、ミートパイにして食おうとして殺してる訳でも無いんだから大丈夫、そんな事を考えていると龍のような仮面を付けた貴婦人……ラ・ルナ様が自分に近付いてくる。そ、と球体の頭の、人間で言う頬の辺りに手を添えていつも通り黙り込む。
パラパラと本を繰る時の音に似た紙の音が聞こえたと思ったら左手の爪の重さが消えた。
『・・・。』
そのまま少しの間見つめ合うとするり、とマントの中に入り込み戻っていく。
「心配させちゃったのかなぁ?」
そう思いながらこんな吹雪じゃあ歩けないなぁ、と重いつつこの人間達が何処から来たのか、と考え付く。なんか目印とかあるかな、と思いつつ周りを見ると木に赤いリボンが付いているのが見える。
折角だしこのリボンを追って見るか、そう思いながら歩き始める。
そして着いたのが、『雪音村』だった。
家屋はボロボロで居るのは老人だけ。
嗚呼そうか、若者達は追い出されたのかとすぐに理解出来た。安全な場所に自分達は閉じ篭って若者は口減らし、と言ったところだろう。胸糞悪い。
「こんにちはお爺さん、吹雪が止むまで一部屋貸してくださいませんか?」
そんなことを考えながら片手に一応、大型車両の中あったハンドガンをチラつかせつつ話しかける。
最初何か文句を言おうとしたのだろう、だが相手が銃を持っている事に気が付いたのか、かなり嫌そうな顔はしたが壊れた家なら好きに使えと言われたので大穴が空いてはいるがまぁまだ吹雪は凌げる家屋に入り込む。
『
そう中にいる猫が鳴く。
その通りだけれど服が濡れるのはあまり好ましくないだろう?濡れると困るのは俺だけじゃないんだから。
そう猫に言い返すとぴたり、と鳴き声が止む。
アレになるのはどうやら猫も嫌いな様だ。
鳴き声が止んでいる間に雪で湿っている上着を脱いで雪を落とし、物凄く不本意だが月光の杖と湿った枝を物干し竿代わりにして部屋干しする。
上着を乾かしている間にせっせと適当な廃材で吹雪が入り込んでくる穴などを塞いで泥と雪で汚れた家の中を少し綺麗にする。
その過程で発見した囲炉裏は無事だったので片付ける過程で更に見つけていた子供ひとりが入れるかどうかというサイズの小さな地下倉庫にあった薪を囲炉裏に入れて火をつける。
ぱちぱちと火が弾ける音が鳴って、ぼんやりとオレンジ色の光が部屋の中を照らしていく。
そんな空間でぎゅっと服の裾を掴んで、体育座りみたいな体制になって、ここに来るまでの、ちょっとした『検査期間』を思い出す。
本当に会話が出来る方の、倫理観が多分ある程度ある人達が相手で良かったと思う、そうじゃなきゃワンチャン支部送りを取り消してきたり実験体として誘拐されていた可能性もあるし。あと普通におやつの時間(15時)に出してくれる茶菓子が美味かった。また煎餅食べたいな、緑茶飲みたいな。
そんな事を考えながら時間を潰しているとどこから現れたのか知らないがネズミが上から落ちてきた様で、囲炉裏の火の中にネズミがぼとり、と入り込んでキュウキュウと鳴き声を上げる。シュウシュウと音を立てているので恐らく毛皮が濡れているネズミなのだろうと目星が付く。
キュウキュウというネズミの声が煩いし薪が湿ったりしたら勿体無いと思ったので手袋を外して袖を捲って火の中に血の気の無い手を突っ込んでネズミを取り出す。
火の中に手を入れたとしても熱くは無い、まぁまぁ火傷はしたが火傷になった箇所がシュウシュウと小さな音を立てて直ぐに修復される。
実験の過程で分かったことだがどうやら自分は温度を感じないらしい、それに身体がぐしゃぐしゃに潰れたとしても修復されるらしい。
所謂不死身と言うやつだ、嬉しくは無いのだが。
ぶんぶんとネズミを握っている腕を上下に振るとネズミに付いていた火が消える。
今の一瞬でこのネズミは髭の大半を失ってしまったらしい。ぢりぢりになったネズミの髭を見ながら少しだけ、死なない程度にネズミを握っている手を締める。
本来ならネズミを握っている手からは温度を感じるのだろう、生命の暖かさを感じるのだろう。
トクトクと少しだけ、ネズミを握っている手からネズミの脈を感じる。
「なんで、おまえは……」
そういいながらぐっとネズミを握るように持っている手に力を込めるとポキッと軽い音が鳴ってネズミの首の骨が折れて数回ビクリビクリと身体が痙攣したかと思うとくたり、とネズミの身体から力が抜ける。
俺の身体は寒さを感じない、少し身体の動きは鈍くなるけど。
俺の身体は暑さを感じない、少し身体の動きは鈍くなるけど。
温度による生きた心地は感じることは無い。
自分の身体から心音なんて感じない、脈も感じない。
ネズミでさえ首を握るだけで脈を感じられるのに、自分の身体からは心音も、脈も、体温も、何も、何も感じない。
まるで死体のよう、否……死体なのだ、この身体は。何故か生きているだけで、死体なのだ。首の無い、頭の無い死体の筈なのだ。
お前は死体なのだと、お前は死人なのだと、そんな事実が突きつけられているような気分になる。
ぱちぱちという火の音を聞きながら適当に薪を継ぎ足して、出来るだけ自分は死体だと考えない様に一晩を過ごす。
そして朝日が出てきた時に、そこらに居たお爺さんに軽く挨拶をして村を出る。
暫く白一色に染った山道を歩いているとカキンカキンと硬いものと金属がぶつかり合う音が聞こえる。自分より少し背の低い人間と狼のような何かが戦っているのが見える。
出来るだけ気配を消して、ゆっくりと近付く。
そして、一言話しかける。
「そこの方、ちょっとヤバそうですが....助けとか、要ります?」
自分より少し背の低い人間…新鳥君と会ったのは、そんな日の昼時だった。