夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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傷一つ③

 ……あれから一日が経過した。

 昨日と今日、俺は一日の間に出来る限りの行動をとった。まずシオンと話し合ってツツジのクラスを訪れてみたが、あいつは昨日の放課後真っ直ぐ帰ってしまったうえに、今日は休んでいる。クラスの人間に話を聞こうにも、誰もツツジのことをよく知る者はいなかった。

 手段を選ばず夢の話を信じてもらい協力者を募る、というのも考えたが……まあ、笑われるか変人扱いされるだけでまともに取り合ってもらえないだろう。

「はあ……」

 そんな訳で放課後。俺は学校外の大広場にいた。ツツジの家は商業区のケーキ屋だ。シオンと同じく逆効果になるかもしれないが、直接訪れて話をするしか無いだろう。問題はストーカー扱いされてる俺が、場所を教えてもらってもいない家に押しかけたところで話を聞いてもらえるかどうか。

 ただ、こうして黄昏ているばかりでは仕方がない。こうなったら通報覚悟で行くしかないか……。

 俺は決心を固めて歩き出す。……しかし、そんな間の悪いタイミングで俺はある人物に見つかってしまった。

 

「――みつけましたよ、タダ乗り犯」

 

 聞き覚えのある声。一年生の中では小柄なツツジより、更に一回り小さな中学三年生……ベル・ホワイト。

 彼女は空色をベースに白いレースをあしらった船漕ぎ(ゴンドリエーレ)の制服を風にはためかせながら、道を塞ぐようにして俺の前に立ちはだかった。片腕をピンと伸ばしこちらを指差した姿で、元々表情の薄い顔には明らかにむすっとした様相が浮かんでいる。

「そのまま動かないでください。動いたら逮捕しますから」

 とか何とか言ってるが、俺の後ろを往く人々に声を掛けているだけで俺じゃないかもしれない。

 ……無視して通り過ぎようと試みる。すると彼女は慌てて後ろを付いてくるではないか。

「わ、私が中学生だからって舐めないでください。逮捕です!」

 ぽかぽかと背中を叩かれる。周囲からの視線が少しずつ集まっているのを感じる……。俺は仕方なく振り向いた。

「また会ったな、ちっちゃいゴンドリエーレ」

「なんですかその呼び方は。それに、他に言うことがあるはずです」

「……こんにちは?」

「そうですね。挨拶は大事です。もしかして喧嘩うってますか?」

 ベルは持っていた縄を素早く俺の両手に結び付け逃走を塞いだ。こいつ、できる……!

「それで、何の用なんだ。こっちは遊んでやる時間なんて無いんだが……」

「忘れたとは言わせませんよ。……船の代金、まだ払ってもらってないですから」

「え?」

 船……一瞬なんのことかと思ったが、そういえば初めてここに来た時はベルのゴンドラに乗っていたんだっけか。確かに料金を払った覚えのないまま現実に目覚めてしまったし、彼女から見れば俺はタダ乗り犯なわけだ。

「悪かったよ。思い出した。これを解いてくれれば払うから」

「いいえ、解きません。また逃げられたら困りますから」

「そんな信用ないのか、俺」

「ないです。だからこのまま来てもらいます」

「いやちょっと待て、どこに連れて行く気だ? こんな状態で街を歩いたら……」

「あなたの管理は私がします。反抗しないでください」

 そう言ってベルは俺を縛ったまま歩き出す。引っ張られるようにして歩き出した俺を、学校帰りの同級生や街の住人たちが驚愕の眼差しで見ていた。

「あいつって確か一年の……」

「うん。狙った女の子はお尻の毛まで知り尽くしてるストーカーだよ」

「あんな小さな子にとんでもないプレイさせてるんだけど……うちの男子ってレベル高ぁ」

「まあまあ! 最近の若い子はお盛んね! 通報しなくっちゃ」

 ……まずい、変態度合いがレベルアップしてる。このままじゃツツジに会う前に牢に入れられるかもしれない。

「なあ頼む、逃げないから縄を解いてくれ……」

「あそこまで我慢してください。運河に出たら解放してあげますから」

 そう言ってベルが指差したのは前回も乗った白いゴンドラだ。

 ……まさか魚の餌にでもされるのだろうか。周囲の視線を欲しいままにゴンドラへ近付く俺の姿は、さながら断頭台に向かう囚人のように見えるだろう……。

 

 ベルの言うがままにゴンドラに乗せられ水上にしばらく揺られる。街や他のゴンドラからそれなりに離れた位置で彼女はオールを漕ぐ手を止めた。

「ここまで来ればいいでしょう」

 そう言ってようやく俺の手からロープが外された。

「よくこんなところまで来たな……」

「念のためですから」

「まあ、そうだよな」

 俺は財布を取り出して前回分の料金を支払う。ベルはそれを受け取ったあと、オールを船内に畳んで俺と同じように向かいの席に座り込んだ。

「なにしてるんだ?」

「すこし聞きたいことがあるんです。あなた……モミジさんはこの前、どうやって船から抜け出したんですか」

「どうやって、って」

 何を聞いてくるのかと思えばそんなことだった。

 どうって、ただ目が覚めてしまっただけでタダ乗りしたかった訳じゃない。すっかり忘れていたのは悪かったが、手段を聞かれても何とも答えられない。

「ここまで来ればまた同じように逃げると思ってました。でも、あなたは素直にお金を払った」

「悪かったよ」

「もういいんです。私が聞きたいのは……前回、こんな水上からどのような手段で消えたのかという部分ですから」

「それは……」

「ふつう、こんな場所から泳いで岸まで辿り着くのは現実的ではありません。そもそも水に触れた形跡もありませんでした。一瞬目を離した隙にあなたはまるで……消えてしまった。そのように感じたんです」

 言われてハッとする。考えたこともなかったが、俺が現実に戻った時は身体ごと消えていたのか。そして、この世界は俺が現実にいる間もなお動き続けている……。

 しかしそれが分かったところで説明する手立ても無い。漫画や夢の話をしたところで、この小さな女の子が納得してくれるだろうか。

 ……ただ、他の人間は知らない不可思議な現象を目撃して興味を持ったのは現状この子だけだ。

「……全く馬鹿げた、夢みたいな話だ。聞いてみるか?」

「はい。このままでは夜も眠れませんから」

「そうか。実は俺はな――」

 ……俺は話を始めた。昨日シオンにしたように。

 たぶん俺はここに来てかたらずっと孤独だった。知り尽くしていると思っていたキャラクターたちは俺の知らない一面をいくつも見せ、見知らぬところで何か悩みを抱えている。

 けれど俺はここでは歪な存在だ。正直不安だった。だから、誰でもいいからこうやって話を聞いてほしかったのかもしれない。

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