夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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夢想者の休日

 休日がやって来た。

 休みはいつも寝てばかりの俺はこの日も特に変わることはなく。

 しかしシオンたちの生徒会入会がひと段落して、俺は初めて心安らかに水の街を歩けていた。

 ただ、特に行く宛てもなくふらふらしているのだが……。

「ふう……」

 ぼーっと海に浮かぶゴンドラと、たまに通り過ぎる大型船を眺め始めてもう一時間。

 ただ時間を無為に消費するだけの俺……しかしこれでいいのだ。

 夢にまで見た夢の世界。いつまで続くか分からない以上、見られるうちに出来るだけ網膜に焼き付けておきたい。

「……ん?」

 その時。少し先にある桟橋にて一人の女性が声を上げて喚いているのを見つけた。こんな平和そうな場所でもああいった事はあるんだな……。

 特にそれ以上関心を寄せる事も無く視線を移そうとしたところで、気付く。

「あれ……ベルじゃないか?」

 女性に指を指され一方的にまくし立てられている先には見知った少女の顔があった。遠くてはっきりとは見えないが、少し俯いたままずっとその場に立たされているようだ。

 なんだろう、トラブルだろうか?

 ベルは顔見知りだし大きい借りもある。俺は身体を起こしその場へ向かうことにした。

 

「――あなた、本当にやる気あるの!? どうして客の言う事が聞けないのよ!」

「すみません。ですが……」

 現地にはそれなりに野次馬が集っていた。人を掻き分けて前に進むんでいくと怒声がよく響いてくる。

 やはりその相手はベルだった。正面には妙齢の女性が二人。一人は顔を真っ赤にしてベルを怒鳴りつけ、もう一人の上品そうな貴婦人が彼女を宥めている。

「もういいわ! あなたの会社の者を読んでちょうだい!」

「それは出来ません。この件に関してこちらに責任は……」

「まあまあ。そんなに怒らなくても」

「甘いですよマダム! こういう客を舐めた子供には容赦しちゃいけません! ほら、いいから早くっ!」

「――きゃっ」

 女性はあろうことかベルの身体を押し、彼女はバランスを崩して転びかけてしまう。俺は慌てて駆け寄り、なんとかその小さな身体を受け止める事に成功した。

「ベル、大丈夫か?」

「は、はい。……えっ? どうしてあなたが、ここに」

 そんなことは後でいい。ベルの身体を助け起こして、俺は加害者の女性の前に出る。

「婦人、危ないじゃないか。相手は子供だぞ」

「な、なによお前は!」

「この子の……友人だ。話があるなら俺が聞こう」

 実際、ぱっと見じゃ何が起きているのかは理解できなかった。状況を見る限り、ゴンドラに乗った後らしいが……。

「船が揺れた拍子にガイドブックを無くしてしまったの。きっと海に落としてしまったんだわ! この不愛想な子の運転が荒かったせいよ!」

 ガイドブック? ということは観光客か。

「あれは波が……。私はお客様の持ち物に危険が及ぶような行為はしてないのです」

「ええ、ええ。だからどうか落ち着いてくださいな」

 マダムと呼ばれた貴婦人の方はベルを擁護しているようだった。しかしもう一人の女性の怒りは収まらない。

「いいえ、納得いきません! 態度もずっとふてぶてしいし、客に対する礼儀ってものを知らないのかしら」

「……それは、その」

 状況は分かった。

 しかし俺もベルのゴンドラには何回か世話になっているが、こいつは物を落とすような危険な漕ぎ方はしない。それは確かだ。

 ……まあ、態度に問題があるのは否定できないのだけど。

「ガイドブックね……」

 運河を見ると少し波が立っている。確かに、これなら船の揺れで物を落とすこと自体はありそうだ。

 でも、本なんて水に落として気付かないものだろうか?

 ……ふとその時、ベルのゴンドラに乗せてある荷物に目がいった。

 口の開いた鞄……まさか。ゴンドラに近付き中身を調べてみる。

「あ」

 ビンゴだった。またこんな、ベタな……。

「ほら、これ」

「……へ? あっ」

「まあ!」

 婦人らの反応を見るに当たりで間違いない。

「おおかた、揺れで落とした拍子に入り込んだんだろう。まあ良かったじゃないか、見つかって」

「あ、あららまあまあ……」

 先程まで顔を赤くしていた婦人は露骨に狼狽えていた。無理も無いだろう。勘違いで子供を怒鳴りつけ怪我までさせるところだったんだから。

 件のベルはぽかんとした顔で鞄を見ている。そんな彼女に、もう一人の貴婦人は深々と頭を下げた。

「お嬢ちゃん、本当にごめんなさい」

「あ。私は、その。いいんですけど……」

 ……その後婦人らは何度も謝罪の言葉を口にして、静かに街へと消えていった。

 この間にすっかり野次馬もいなくなったようだ。

 俺はまだ方針気味のちびっこの肩を叩く。

「一件落着だな。大丈夫か?」

「あ、はい……」

 今の彼女は弱々しく見える。やはりクレーマーの相手は疲れたのだろう。

「……少し休むか」

 

 俺たちは適当なベンチを見つけて腰掛けた。道中売っていたコーヒーを購入し、一つをベルに差し出す。

「どうもです」

 ベルは少しだけ飲み物に口をつけ、ほっと落ち着いた様子を見せた。

「しかし、お前も大変だな」

 ゴンドリエーレという仕事はただゴンドラを漕いでいればいいだけじゃない。いや、それ自体も難しいのだろうが。同時にああいった客の対応をしなければならないのだから苦労するだろう。

「……それが仕事ですから。でも、助けてくれてありがとうございます」

「こんなの別に。にしても大変だな……土曜まで仕事なんてさ」

 確かベルは中学生のはずだ。この世界で中学生が働くことが合法なのかは分からないが、土日なんて普通友達と遊びたい年頃だろうに。

「私の家、スイレンって会社なんです」

「会社?」

「はい。ゴンドラや船でお客様をお連れする、水先案内人のお仕事です」

 へえ。だから皆似たような制服を着ているのか。

 普通に過ごしていたらこんな仕事を知る機会は無かっただろう。本物のヴェネツィアなんて行けるわけないし。

「……って、それじゃあお前はあれか。社長令嬢ってやつなのかよ」

「そんな大層なものじゃないですよ。母が一人で切り盛りしてる小さなところですから」

「なるほどな。それで家を手伝ってるってわけか」

 ベルはこくりと頷いた。休日もぶらぶらとするか眠っているだけの俺とはえらい違いだ。

 それからは黙って二人でコーヒーを啜った。運河には相変わらず多数のゴンドラが流れていく。

 休日だから観光客が多いのだろう。どのゴンドラも楽しそうな笑い声が絶えなかった。

「……私も、あんな風に笑えるのでしょうか」

 ぽつりとベルが呟く。

「母は私にもっと笑えと言うんです。一人前のゴンドリエーレは笑顔が大事なんだって」

「笑えばいいじゃないか」

「無理です。だって……私はこの街が嫌いですから」

 意外な発言だった。観光業なんて仕事をしていてそんな言葉が飛んでくるとは思わなかったから。

 流れるゴンドラを目で追いながらベルは続ける。

「昔から見慣れたこの街は嫌な思い出でいっぱいです。今日、また一つ出来ましたし」

「さっきのトラブルか。よくあるんだな」

「……私、ずっとこうなんです」

 考えてみれば初対面の時もあの態度だ。あの女性はやり過ぎだが、やはり客からの評判は良くないだろうな。このままではいずれ大きなトラブルに巻き込まれないとも限らないだろう。

 ベルには借りがある。何か俺に出来る事といえば……。

「……そうだ。今日はこれから他に客を乗せる予定はあるのか?」

「いいえ。こんな事があった後ですから、しばらくはまた人が寄らないでしょう」

 それでいいのか水先案内人。

「まあいいや。それなら俺が貸し切りに出来るってことだよな」

「は、はい?」

 ベルは目を丸くする。何を言っているのか理解できていないといった表情だ。

 俺はそんな彼女にピシッと指を立てながら語り始める。

「ベル。お前は……コミュニケーションが下手だ」

「は? それモミジさんが言うんですか?」

「漕ぎの技術がいくら高くても、お前がむすっとしてたんじゃ同じことの繰り返しだ」

「む」

 今度は言い返せないらしい。まあ、最初から自覚はあるみたいだからな。

「だから今日は俺がお前を貸し切ろう」

「……なに言ってるんですか?」

「今日一日、俺を使ってこの街を案内してくれ。別に好きな場所が無くてもいい。むしろ嫌いな場所も歓迎するさ」

「なんなんですか、急に」

 ベルは白けた顔をする。けどそんなのは想定済みだ。

「まあ無理だよな。お前はまだ中学生の半人前だ。その辺にいるちゃんとしたゴンドリエーレに頼んだ方が確実だったかなあ……」

 言った途端、ベルは明らかにむっとした表情を見せた。今日のこいつは感情豊富だ、なんて余計なことを考える。

「……私を試すつもりですか? 私だって立派なゴンドリエーレです。その気になればモミジさん一人くらいどうってこといですから」

 ふん、とベルは無い胸を張った。なんて扱いやすい子なんだ。変に大人びて見えているが、根っこはちゃんと中学生で安心する。

 これで今日一日の暇つぶし……もとい前回の礼をするキッカケが作れたってもんだ。

「よし。じゃあ期待してるぞ、ちっちゃいゴンドリエーレ」

「のぞむところです。私に案内を任せたこと後悔させてあげますから」

 ん? その前置きは趣旨違くないか?

 ……ともあれ、こうして俺たちは重い腰をあげた。彼女の嫌いな街を隅々まで教えてもらうために。

 果たして、そこには一体どんな「嫌い」が詰まっているのだろうか。

 

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