夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について 作:ももいっぷ
「まずはここです」
ベルに連れられ歩いていく。まず彼女が目指したのは一軒の出店だ。それは通りから少し外れたところにあり、一人のおばさんが営んでいる。
「お前、これって……」
「あら。ベルちゃん、いらっしゃい」
カウンターには大きなじゃがいもと様々な調味料が並ぶ。
「紹介します。ここはじゃがバター屋さんです」
「ふむ」
「ふわふわした御芋とよく馴染む新鮮なバターが売りの、隠れた名店なのですよ」
まあ、確かに美味しそうだけど。それにしたっていきなり食べ物の屋台とは……。
「まずはこう、観光名所とかから案内しないか?」
「む。私に任せると言ったのはあなたです。なのでこれは私の勝ちです」
「なんの勝負だよ……」
「ガイドブックには載っていない穴場を紹介するのも立派なゴンドリエーレの仕事なんですよ」
そういうものなのかぁ。
そんな問答を広げる俺たちを交互に見て、おばさんは珍しそうに声を上げる。
「珍しいじゃないか。今日はお客さんも一緒なのかい?」
「いえ。お客……というのはちょっと違います」
「それじゃあお友達? それとも……まさか? ベルちゃんも大人になったねぇ」
「へ、変なこと言わないでください! この人は、その……!」
ベルと目が合う。
こいつ普段からいかにも冷静沈着そうに見えて結構顔に出るタイプだよな。露骨に動揺しているのが伝わる。しょうがない、助け舟を出してやろう。
「こっちは今無理言って付き合ってもらってるんだ。まあ、客みたいなものだよ」
「そう……です。無理矢理お金で買われたんです、私」
「そうかい。今警察の人が来るからちょっとそこを動かないでいてねぇ」
「おい待て」
おばさんのこちらを見る目が鋭い。少しでも変な動きを見せたら何をされるか分からないほど、殺気が漏れ出ている……。
俺はなんとか誤解が解けるよう説得し、かろうじて投獄を免れる。
その間ベルは黙ったままだった。そしてニヤリと笑う。こ、このガキ……。
「そうそう、折角だからベルちゃんがいつも食べてるやつをあげようかねぇ」
おばさんはそう言うと保温庫から取り出した蒸し立てのじゃがいもを二つ取り出す。それを取り皿に分けてバターを大きく切り落とし乗せた。
「ほら、うち特製じゃがバターさ」
「へえ……」
じゃがバターなんてあっちでもほとんど食べる機会が無かったが、黄金色に輝く身に香ばしい匂いを漂わせながら解けていくバターの姿は……食欲をそそられる。
「それじゃあ、いただきま――」
「待ってください!」
うわびっくりした。初めて聞く大声だった。
「な、なんだ?」
「これはすぐ食べてはいけません。受け取ってから約一分ほど間を置いて皮をめくり始めるのがコツなんです」
そこはガイドするのかよ。まあいい。言われた通りに待ってから口に運ぶ。
「……! う、うまい」
じゃがいもというのはもっと食感を感じられるものじゃなかったか。これは口に入れた途端にふわふわと溶けだし、少し遅れてバターの風味と塩分が感じられる。その完全な調和具合は見事という他ないだろう。
「ふふん。そうでしょう」
ベルはどや顔だった。悔しいがこれは認めざるを得ない……。
「でも意外だな。普通に良い店を紹介してくれるなんて」
「いいえ。私はここが嫌いなんです」
「は?」
じゃがいもを口に運びほっぺたを抑え、口元を綻ばせながら言われても説得力が無いんだが?
「初めて来たときの事です。私は出来立てをすぐ口に運んで火傷しました。嫌な思い出です」
「お前……」
おばさんの口ぶりから察するに足繫くここへ通っているはずだ。何が嫌な思い出なんだか……。
「食べたら次行きますよ。動かないと眠くなっちゃうので」
「リラックスしてるなぁ……」
俺たちは食べ終えた容器をおばさんに返し、次の目的地へと歩を進める。
「お次はここです」
案内されたのはレトロな外装の暗い店。中には所狭しと謎のマスクや仮面が飾られており、いくつかの派手なものはライトアップされて目立っていた。
「な、なんだこれは……」
これらはただの仮装用具ではない。それぞれ装飾が異なり、大きな羽根を付けられているものや豪華な宝石の飾ってあるもの、太陽や月の形を象ったものなど様々な種類の作品が置かれている。
それらが壁一面にびっしりと飾られているのだから、店に入ると途端にその異質さに心臓が止まりかけた。
「このマスクは主にカーニバルで使われるものなんです」
「カーニバル?」
「イベントの一つですよ。このマスクを付けてみんなで広場に出て騒ぐんです」
「ああ、そういえばそんなのもあったな……」
確か原作にも、実際のヴェネツィアにも一度だけそんなイベントがあった気がする。なんでも、マスクをするのは素性を隠して身分関係なくイベントを楽しむ為なんだとか。
「お前、これとか似合うんじゃないか」
俺は飾られているうちの一つを手に取ってベルに被せる。
やけにリアルに彫られたウサギの飾りが頭上に付いている。ちょこんと素直に被らされた姿が何とも可愛らしいものだ。だから素直に誉める。
「よく似合ってるぞ」
「怒っていいですか?」
どうやらお気に召さなかったらしい。
「いいじゃないか。お前いつも仏頂面だから、こういう方が客寄ってきたりしてな」
「……」
今度は突っ込まれなかった。もしかして本当に怒ったのだろうか。
「な、なんてな。いつものお前も俺は良いと思うぜ!」
「心にも無いことを言わないでください」
マスク越しに睨まれている気がする。別にこれは冗談じゃないんだが……。あまりからかうのもなんだし、ここは機嫌を取っておこうか。
「最近は感情表現豊かなやつが周りに多いからな。ベルくらいがちょうど良く感じるんだ」
「それ褒めてるんですか?」
「ああ。俺は好きだよ」
「……どうしようもなく、変な人ですね」
そう言うとベルは仮面のままそっぽを向いた。ああは言ったがやはり似合ってる気がする。表情で感情を読み取れることは難しくても、仕草や雰囲気で分かりやすいところとか。
何だかんだ言って、今だって自分で仮面を外そうともしないし。
「気に入ったなら買ってやろう」
「え? 私は別に……」
「なんだ。やっぱり気に入らなかったのか」
「そ、そうとは言ってません」
「じゃあ遠慮するな。お前には借りがあるからな」
会計を済ませて店を出る。ベルは袋に入れてもらった仮面を不思議そうに眺めていた。
安い買い物じゃなったが、夢の中なので俺の懐が痛んでも関係ない。
ベルはおずおずと目を合わせると、軽く頭を下げた。
「あの、ありがとうございます」
「ああ。それじゃ、次はどこに案内してくれるんだ?」
「そうですね……」
俺たちの暇つぶしはまだ続いていく。
……そこには大量のウサギがいた。
通りを外れて細い家々の路地を抜けた先、ベンチと噴水くらいしか置いていない古びた公園で俺は腰を下ろす。
「ここが名所、うさぎの隠れ家です」
全部で十数匹はいるだろうか。辺り一面に広がったうさぎ達が思い思いに過ごしている。
野を食むウサギ、ベンチで眠るウサギ、周囲を跳ねまわるウサギ、喧嘩するウサギ。
色は白かったり茶色だったりでどれも個性的だ。動物園のふれあいコーナーくらいでしか見ない生きものが野生で過ごしているのは壮観だった。
「意外に大きいものなんだな」
「この街のウサギは街の人たちに大事にされてますから」
へえ。そんな要素があったのは知らなかったな……。
この世界で過ごしていると既に漫画で見たことのある風景や場面にであうことも多い。しかし、ベルと過ごす街は俺の全く知らない顔を見せる。それはやはり俺が彼女についてほとんど何も知らないからなのか、それとも偶然なのか。いずれにせよ、彼女とのやり取りはいつも新鮮だ。
「でも、ここも嫌いな場所なのか?」
「……好きですけど、うさぎは私に関心が無いようです」
ベルは鞄からパンをちぎって出すと、それを差し出す。しかしウサギ達は確かに見向きもしない。
「ウサギは可愛いんですけど、これが寂しくてですね」
「……」
「む。なに笑ってるんですか」
「ああいや、お前って結構可愛いところあるよなって。少し安心した」
初めて会った時の雰囲気。それに天才的なゴンドラの操舵術に、俺の意識に対する意見。年齢を感じさせない振舞いを見せる様子に戸惑うところも多かったが、今日一日でだいぶ子供っぽいところも見られた気がする。
「なんですか、それ」
ベルはそう言うと袋から仮面を取り出して装着した。
「なにしてるんだ?」
「……別に、恥ずかしいから付けてるんじゃないですよ。これでウサギに仲間だと思ってもらうんです」
「効果あるのか、それ」
犬や猫もそうだが、ウサギなんて人間の顔を認識できるのだろうか。
しかしベルは諦めないようだ。
「おいで、おいで」
……すると群れで戯れていたうちの一匹がこちらに興味を示した。かと思うと、ぴょこぴょことベルの足元まで近付いてくる。
「わ、わっ」
ウサギはベルの手からパンを咥え取るとその場で咀嚼し始めた。一生懸命にはむはむと口を動かす姿に合わせてベルの手もふるふると震えている。
ウサギはすぐにパンを食べ終えその場でベルを見つめた。仮面越しに目が合う中で、すっかり固まってしまってるのはベルの方だ。
「ほら。今なら触れるんじゃないか?」
「えっ、あの、えっ。……いいんですか?」
うさぎに聞いたのだろうか。もちろん返事は返って来ないが、ベルはその背にそっと触れた。
「わあ……」
……ウサギは逃げない。ベルはそのまま背を撫で始める。すると、うとうとと眠たそうにウサギの目が細まる。
もうすっかり撫でる手付きが馴染んできたころ、ウサギはベルの手の下でぐっすりと眠ってしまうのだった。
「……」
ヘタに声を掛けてウサギが逃げてしまっても仕方ない。俺はそっと近くのベンチに腰掛け、愛おしそうにウサギを見るめるベルをしばらく眺めていた。