夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について 作:ももいっぷ
ツツジの店は学校やその周辺の通りとは別の、もっと街の中央によった商業区にある。
ここはいつもの通りに比べて観光客が多い。もともと街の女性比率は非常に多いが、ここまでやって来ると男というだけで目立つものだ。
……だから、俺はいざその店を前にして立ち竦んでいる。
「どうしたんです。以前はあんなに来たがってたじゃないですか」
近くのパリーナにゴンドラを固定し終えたベルがこちらにやって来て、せっついた。
「あの時とは状況が違うだろ。というか、お前が止めた方が良いって言ってたんじゃないか」
「大丈夫ですよ。まだ普通の生徒が帰ってくる時間じゃないですから」
「そうは言ってもな……っておい、今俺を普通じゃないって言ったか?」
「いきますよ」
ベルは俺を無視して先へ進む。いくつもの建物が並んだ通りの一角、洋菓子店『ラビット・ラビリンス』と掲げられた店の扉を開けた。
「あ、おい!」
慌てて俺もあとに続く。
……入ってまず見えるのはいくつもの洋菓子が立ち並んだショーケース。二段に分かれており、上段にはケーキ類がホールで並べられ、その一つ一つがカットされている。下段にはバタークッキーや砂糖細工の施された焼き菓子があった。ゴンドラや馬の形を象っており、見た目からも楽しいお菓子だ。
「わあ……」
ベルはその一つ一つに夢中だった。目を輝かせ、ケースに張り付くようにして見ている。
こいつ、まさかお菓子が目当てで来たんじゃないだろうな……。
「しかし、誰もいないのか?」
俺は店内を少し進んだ。あまり広くはない内装だが綺麗に掃除されており、いくつかのテーブル席が用意されている。客は俺たち以外に見当たらないが、これなら普通店員が出てきそうなものだが……。
「モミジさん、見てください!」
「どうした?」
突然名前を呼んだベルの元へ行くと、彼女はショーケースにある一際大きなホールケーキを指していた。
「『今日のウルトラスーパーゴージャスケーキ』って書いてあります。とっても美味しそうです!」
「……お前、まさか本当にケーキ食べに来たかっただけか?」
俺の言葉にベルは急いで口元を拭う。
「そ、そんなわけないです。これはモミジさんの為を思ってるんです」
「ほんとかあ?」
俺もそのウルトラなんたらケーキをよく見てみる。レアチーズのような白い土台に紫色のソースが塗られ、上部にはイチゴとオレンジでトッピングしてあった。まあ確かに、爽やかで美味しそうではあるが……。
その時だった。
「――それ、うちの自信作なんです」
言いながらカウンター奥から人が出てくる。
背の丈が俺より頭一つぶんくらい低い、大学生風の人だった。ゆるいウェーブのかかった髪を後ろで一つに束ね、店のロゴであるウサギが描かれた薄い緑のエプロンをかけている。優しそうな人だ。けど、どこか面影を感じる。
……まさか、この人がツツジの姉なのか?
彼女は朗らかな笑顔を浮かべながらこちらへやって来て、俺たちを席へと案内した。
「これ、良かったらどうぞ」
「わはあ……!」
テーブルの上に先ほど眺めていたウルトラケーキが並べられた。
「良いんですか?」
「はい。どうせ売れ残りですから」
「あ、ありがとうございます! いただきますっ」
そう言うとベルはケーキをフォークで掬い口に頬張った。俺もせっかくならもらっておこう。
適当にケーキにフォークを刺して口に含む。
まず感じるのはソースの甘酸っぱさ。次にレアチーズの程よい風味。それが見事に調和して、最後に口の中でソースと生地とぐにゃりとした異物の食感が交わった。
「……」
「……えっ」
一口食べてベルは固まっている。俺も似たような反応だ。だってこれは、この中に入っているものは……。
「どうですかっ?」
店員が嬉しそうに尋ねてくる。ベルは苦笑いを浮かべ、俺は苦々しい表情を作って彼女に向いた。
「これ……何が入ってるんだ?」
「うふふ。これは『たこ焼きケーキ』なんですっ」
気を失いそうになった。なんて?
「……」
さて、当たり前だがベルも俺もすっかり手を止めてしまった。そんな様子を見て店員は自信満々そうな態度から打って変わって、心配そうに尋ねる。
「あの、どうしました? ……おいしくありませんでしたか?」
「いえ、あの……」
ベルが世辞を言おうとして詰まっている。俺はもう一度ケーキを口に運んでから、確信をもって答えた。
「ハッキリ言うと……罰ゲームだ」
「ば、罰ゲーム?」
「ああ。悪いけど、こんな食べ合わせの悪いものはとても食べられない」
「えぇっ!?」
店員はあからさまにショックを受けた様子だ。そのままふらふらと地面に膝を着いたかと思うと、両手で顔を覆って泣き始めてしまう。
「う、うぅ……。わだくじは、またやってしまっだのですね……」
「お、おい。何も泣くことないだろ」
目の前で年上の女性に泣かれてしまうとさすがに狼狽える。
「ひどいですモミジさん。女の人を泣かせるなんて」
「お前も不味そうにしてただろ!」
「そ、それはだって……! その、衝撃的な味でしたので」
それを聞くと店員はますます声を上げ、両腕で顔を覆う。
「ご、こんな優しそうな子でざえっ! ケーキがまずいって!」
「いい言ってません! その、とっても……おいしそうでした!」
「うわあぁぁんっ!」
「どうするんだよこれ……」
次第に泣き声は大きくなり、外の通りまで聞こえてしまいそうな……その時だった。
店の戸が思い切り開かれたかと思うと、何者かがどたどたと音を立てながらこちらへ飛んでくる。
「こらぁーっ! うちのお姉ちゃんを泣かせるんじゃないわよっ!」
そいつはすごい剣幕で手に握っていたケーキサーバーを振りかざし、俺の鼻先に押し付ける。認識できたのは怒り狂った空色の瞳、怒気で逆立っている金髪。
「つ、ツツジ……!」
何を隠そうそいつはツツジだった。まさかこのタイミングで帰って来たのか?
「え? あ、あんた何でここに……」
ツツジは怒りを忘れて目を丸くする。そうやって互いにぽかんと間の抜けた俺たちを見て、店員とベルは顔を見合わせた。