夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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甘い彗星⑥

 ……現実で目覚めた俺はリビングの共用PCに向き合った。あちらの世界で見たのと似たようなソフトを起動し、いちから記事を組み立てていく。

 別に現実の成果を夢に持ち帰れる訳じゃ無いが、こうしてイメージを固めることで時短にはなるだろう。どうせ他にやる事も無いんだし、やれることはやっておきたい。

 そうして一日中、適当にネットで拾ったメイド服の画像なんかと組み合わせて新聞のひな型を作っていった。

「お兄ちゃん何やってんの……?」

 いつの間にか背後にいた妹が画面を覗いて戸惑っている。辺りはすっかり陽が落ちていた。

「別に。ただの暇つぶしだ」

「ふうん。何だか、漫画の男の子みたいなことするんだね」

「俺がそうだからな」

「あっそ」

 簡単に流された。そのまま興味を失った妹はその場を去ろうとしたが……急に足を止める。

「あ……」

「どうし――」

 不自然に思って俺も振り返ると……そこには。

 

「こんにちは、モミジさん。一体何をなさってるんですか?」

 

 ……目の前にくたびれたスーツ姿の女性が立っていた。クマの出来た虚ろな目で俺を見ている。その女は異様に長く伸びた爪でPCの画面をに触れたかと思うと、乾いた口を再び開いた。

「まあ。とても可愛らしいものですね」

「……」

「モミジさんはこういったものが、お好きなんですか?」

「……今までどこ行ってたんだよ」

 俺の言葉に女はこちらを一瞬見た。しかしその目は俺ではなく、その更に後ろを透かして見るように感じられる。

「まあ。もうこんな時間。お夕飯にしませんと」

「……お姉ちゃん、また友達のとこ回って来たんだって」

 すたすたと台所へ歩いていく女を横目に妹が言った。そうだ。こいつはいつも、いつもそうやって家から逃げ続けている。

 ……一年前、俺の足を壊したその日から。

「そうだ。よければモミジさんもうちで夕食……食べていきますか?」

「お兄ちゃん、もう行った方がいいよ」

 妹に急かされて俺は席を離れる。なるべく早くその場から去りたい一心で素早く歩いていたが、それでも女はこちらを振り返らずに続けた。

「今日は久しぶりに話せて楽しかったです。また会いましょう、モミジさん」

 そうして俺は二階に消えていく。自室で毛布にくるまって耳を塞ぎ、ただひたすら夢が連れ去ってくれるのを待つ。

 あれは姉だ。正確には、姉だったものだ。同じ血の通った家族でありながら、まるで他人と過ごすかのように接してくる存在。いつも家を出て外を歩き回り、時折ふらっと返ってくる。

 ……だから俺は……。

 彼女が、不気味で仕方なかったんだ。

 

「……モミジさん?」

 目覚めるとそこはベルのゴンドラの上だった。どうやら朝の出発前だったようで、ちょうど準備を終えたベルと鉢合わせる。

「部屋があるのにこんな所で目覚めたんですか。……すごい顔ですよ。何かありました?」

「……姉に会ったんだ」

 それを聞くとベルは首を傾げる。

「お姉さん、ですか? 現実の?」

「ああ。あの人にとってはもう……違うのかもしれないけど」

 声は震えてしまっていた。それで何かを察したらしいベルは静かにオールの準備をすると、ゴンドラを出しながら言った。

「……海で聞きましょう」

 

 高校に入ったばかりの頃だ。

 うちは妹と姉、そして両親の五人家族。兄妹仲や姉妹仲は良かったが、両親は互いに何も話さない日々が続いていた。

 高校には俺は陸上部のスポーツ推薦で、頭の良かった妹も進学校への推薦が狙えるほどだった。しかし姉は大学受験に失敗してから荒れるようになり、そのことも原因で両親の仲はますます悪くなっていく。

 ……そして、ついにその日はきた。父親が犯罪に手を染め、それにショックを受けた母親は病院に入院することとなってしまったんだ。

「これからは……お姉ちゃんと仲良くするのよ」

 両親の貯金から生活費は賄えた。しかし、そもそも両親の気を引きたくて荒れてしまっていた姉にとってこのニュースは最悪だった。

 両親は俺や妹が推薦を取ったと知った時はご機嫌で、珍しく家族で食事に出掛けたりなんかもしたことがある。姉はそのことが忘れられなかったのだろう。彼女はいつしか『弟や妹がもう一度目立った成績を残せば両親が戻って来てくれる』と考えた。それが自分で無いのは、彼女が一度も両親に褒められた経験が無かったからだろう。それでも、姉は両親の事が好きだった。

「大丈夫。お姉ちゃんが全部元に戻してあげるからね。そしたらさ、昔みたいに皆で……星を見に行こうよ!」

 それが姉の口癖で……それからは地獄の日々だった。

 その日から姉は急変し俺たちを厳しく管理するようになった。一分一秒が彼女に仕切られ、従わないと体罰が行われる。俺も妹も、もう何がどうあっても両親が元に戻らないことを知っていたから、それはただ疲弊するだけの行為で意味は無かった。

 

 ……ある日、妹が体調を崩した。それは大事な期末試験の日で、姉は熱を出している妹を引っ張って学校へ連れていき……そして、妹は倒れたのだ。

 試験は無効。それどころか家庭環境が明るみに出る事になり、妹は学校で奇異の目に晒されることとなる。やがて学校に行かず家に引きこもるようになった妹に代わって、俺への指導は特に厳しいものとなった。

「あんたが頑張ってくれなきゃ、私たちは……!」

 俺には無駄と分かっていても、姉にとっては最後の希望だった。彼女は俺を全国大会に出し、本気で成績を残させるつもりだったんだ。

 聞きかじった知識だけで行われる容赦の無い特訓という名の虐待。俺の身体の疲労は……とっくにピークに達していた。

 ……そして迎えた高校一年生の夏。全国への切符が掛かった大会、その当日。

 俺はリレーのアンカーとして大会に出場し、そして――――

 

「靱帯の完全断裂……医者はそう言っていた」

「……」

 俺の言葉にベルは目を伏せた。水上の上、ほとんど人の通る事がない陽の当たらない水路で俺たちは向きあっている。

「靭帯の断裂は珍しい事じゃない。けど、俺の場合はボロボロだった。……トラックに転げまわった俺はずいぶん暴れていたそうだ」

 靭帯の修復には数か月を要する。しかしその時は俺にとっても、姉にとっても大きな期間だった。

 しかも俺の足は全く良くならなかった。いや、正確には傷は治療されてきているはずなのに……思い切り走ろうとするとあの時と同じ強烈な痛みを感じてしまう。

「トラウマなんだそうだ」

 意識的か無意識的かは関係ない。もう俺は……二度と全力疾走できる身体ではなくなったんだ。

 陸上が好きだった俺にそれは絶望的だった。そしてたぶん、最後の希望が絶たれた姉にとってもまた、絶望だったのだろう。

「ある冬の日のことだ。仕事をやめて帰って来たという姉は、俺や妹にこう言ったんだ」

 それは雪の降ったとても寒い日の事。俺も妹も姉の気持ちは分かっていて、だから恨むようなことは一度だって言わなかった。彼女を気遣って玄関の前で待ち続け、深夜にようやく帰ってくる頃に……姉はこう言った。

 

『あら。あなた方は……どちらさまでしょうか?』

 

 ベルは俯きがちながら問う。

「記憶喪失……ですか?」

「いいや、違う。姉は……あいつは、逃げたんだ」

 現実逃避。姉は自分のしたことが招いた結果を受け入れられなくて、家族の事を全て忘れたのだ。

 それからは同じ屋根の下に他人同士が住むように、他人行儀な接し方をしてくるようになった。滅多に家に帰らず、仕事にも行かないのにスーツで知人の家を転々とする生活をするようになった。

 俺や妹が止めても聞かず、家族であることも認めようとせず。そうして姉は姿を消し、家にはよく分からない女性が残る事となったのだ。

「あいつは一度も謝った事は無かった。妹を追い込んで将来を潰した時も、俺が部活を辞めて帰ってきた時も、一言も無いまま……自分だけどこか遠くへ逃げてしまったんだ」

「……あ」

 ベルは何か言い掛けて、そのまま言葉が出なかったようだ。口をつぐんでしまう。

「……なんてさ。悪かったな、長々と。でも、こんな話をしたのはさ……」

 俺はそこで一拍置いた。ゆっくりとベルがこちらを見た気がしたけど、今度は俺の視線が下に移っている。

「シオンは……似てるんだ。ようやく気付いた。昔の妹に似てる……」

 不登校になる前、妹は明るく何でもポジティブに受け止めるようなやつだった。手を引かれて一緒に学校に行っていた。……俺はそんな彼女の未来が奪われていくのを、自分に必死で守ってやれなかったんだ。

 だからだろうか。シオンの話を聞いてから、せめてその願いだけでも叶えてあげたいと必死になってしまうのは。彼女が歩むべきだった道を外し掛けた時、あんなに落ち込んだのは。

 だって今の妹は俺と同じで現実に絶望している。ただ同じことを繰り返し……いつか目覚めなくなることを願っているんだ。

「モミジさん……」

 いつの間にか俺の手は震えていた。そこに、そっとベルの両手が重なる。俺が顔を上げると、目の前にはベルの胸元があった。

 声を上げる間も無く、俺は彼女に抱擁される形になる。

「ベル……」

「私に出来る事、なんでも言ってください。……成功させましょう、モミジさんの望みを。せめて――この夢の世界では」

 ……静かな暗闇と温かな腕の中で、彼女の優しい声に俺は頷いた。

 ここが何かは分からない。不可思議で、意味の分からないことだらけだ。

 けれど確かに、今度は彼女が幸せになるように……願う。

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