夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について 作:ももいっぷ
「まあ! もう出来たのっ?」
放課後。俺はそれまでにあった空き時間を最大限利用して新聞を作り、そのコピーをボタンへ見せた。
「……すごいわ。昨日の今日なのにこの完成度……。私からは何も言う事は無いわ、ありがとう伊呂波くん」
「いや。そもそも無理言ったのは俺だしな」
ボタンは感心してくれたようだ。これで、あとはツツジの許可があれば晴れて生徒会新聞を発行する事が叶うだろう。あとは無事に生徒たちがラビット・ラビリンスに推し掛けてくれることを願うばかりだ。
「ということは、あと一つ……」
「うん?」
ボタンが分からないというように首を傾げる。そう、最後に残されたのはボタンの問題だ。
「来週末……用事があるって聞いたんだけど」
「ふふ、彗星の日のことね? そうなの。シオンちゃんや皆には申し訳ないけど、今不安定な状況で」
「良ければ何があったか話してくれ。力になれるかもしれない」
俺がそう言うとボタンは目を丸くしてぱちくりさせ、しばらくじーっと人の顔を凝視してくる。
「ふふっ」
……かと思えば笑った。そんなに面白い顔かよ、俺は。
「ごめんなさい。ただ、伊呂波くん一生懸命だなあって」
「俺はただ……別に、暇なだけだ」
「そう。そうなのね」
ボタンは何か一人で納得しているが俺はさっぱりだ。そして、相変わらずにっこにことした表情でこちらを見つめる。
「……初めて会った時は、あんなに人と関わりたくない~って感じだったのにね」
「なんの話だ」
「ううん。でもそうね、折角のシオンちゃんからのお誘いですもの。どうにかしたいのだけど……」
ボタンは困ったように笑うと、鞄を漁って一冊の本を取り出した。それは……所々がよれてしまっている水の街の観光ガイドブックだった。
「なんだこれ?」
「うちの親せきのおばあ様がね、この街を案内して欲しいって言うの。それが来週末の予定なのよね」
「親戚?」
「うん。同行を頼まれてしまっているの。困った事にお父様はおあばあ様に頭が上がらないし、断り切れなて……」
そういうことだったのか。そういえばボタンの家は父親や親せきが様々な会社の重役を務める金持ち設定で、こいつはお嬢様だ。色々と複雑な事情があるのだろう。
「けど、それなら別日に出来ないのか?」
「……それがね。おばあ様、来週末明けには帰ってしまうのだけど……そこしか予定が空いてないの。この間、付き人と出掛けたのだけど大変落ち込んで帰ってきてしまって。それで今度は私が付き添いなのよ」
「そうか……。夜に間に合わせることも出来なさそうか?」
「そうしたいのだけど、ゴンドラの予約が厳しくて。その日は午後からしか空いてないの」
どうやら午後からの観光となると夜まで付き合わされることになり、合流出来ない可能性が高いらしい。しかしゴンドラを使うのか。確かに、平時でさえ多くの客が利用しているのだから予定の変更は難しそうだ。
……ん? ゴンドラ?
「……なあ。ひょっとしてそれ、空いている水先案内人が居ればいいのか?」
「ええ。でも、今からじゃとても予約は……」
そこで俺にはある考えが浮かんでいた。いるじゃないか、いつも暇そうにしてる自称『一人前の』ゴンドリエーレが一人。
「もしボタンのおばあさんさえ良ければ――ベルのゴンドラに乗らないか?」
「うええええぇ!?」
そして第一声がこれである。
「なんだ。そんなに喜ぶなって」
「ちょっと待ってください! いくらモミジさんでも無茶ぶりがすぎます!」
「……なんでも言ってくれって」
「それとこれとはですねっ」
予想外にベルはわたわたとし始めた。昨日なんかは三人纏めてゴンドラに乗せていたし、一人くらい訳ないと思っていたんだが……。
「まあ、無理強いはしないさ。けどどうしてそんな拒否するんだ?」
「だって、聞いた感じそれってお偉いさんじゃないですか。私みたいな子供に務まるか……」
それでこんならしくない事言ってるのか。確かに、失礼があったら会社の評判に大きく関わるかもしれない。とはいえ、俺は決してベルが役不足だとは思ってない。それはきっと彼女も同じだ。
ほら、噂をすれば……。
「――ベルちゃん、私はあなたの腕を見込んでお願いしたいのよ」
少し遅れてやって来たボタンが登場する。彼女の姿とその言葉に驚いたのか、ベルは大きく目を見開いた。
「ぼ、ボタンさん。急にびっくりしました。それに、腕って……」
「言葉のままよ。昨日一度乗ったきりだけど……ベルちゃんの漕ぎはとっても丁寧で優しくて、まるで水上の妖精のようだったわ」
「そんな。言い過ぎですよ」
「いいえ。今のあなたならきっと、おばあ様を満足させることが出来ると思ってるの」
「ボタンさん……」
ベルは褒められたのが嬉しかったのか、それともよほど困っているのか、顔を伏せがちだ。
「それにね。おばあ様は何度もこの街に来たことがあるから、普段とは違う顔の街を見てみたいんですって」
「普段とは違う顔……?」
「伊呂波くんが言ってたわ。ベルちゃんほど街を好きでよく知るゴンドリエーレもいないって!」
「うえ!?」
こちらを見られたので軽くウインクして親指を立てる。……グーでみぞおちの辺りを軽く殴られた。
「うぅ、でもそこまで言われたらさすがに断れないですよ……」
「まあ! それじゃあ!」
「や、やれるだけやってみます。期待に応えられるか、不安ですけど」
ベルはそう言って承諾してくれた。ひとまずほっとする。
信じてはいたが、出会ったばかりの頃のベルなら一言で断っていただろう。なんだか感慨深い。
さて、これで話が纏まったかと思いきや。ベルはこちらを指差してジト目で睨んだ。
「ただし、モミジさんも付いて来てください」
「え、なんで?」
「私も知らない街の顔を知ってるのは……あなたくらいですから」
「う」
そういうことか。しかしいいのか、俺なんかがそんな大事な場面に行っても……。
目の合図でボタンにヘルプを送る。ここでお前が一言断ってくれれば俺は無事で済むんだ!
「素敵ね! ぜひ『二人に』お願いしたいわっ」
こいつ、絶対今気付いた上で言い切っただろう。
「承知しました。当日が楽しみですね、モミジさん」
「う……。まあボタンから許可が出たならしょうがないか……」
こうして俺たちは仕事を引き受けた。しかしこれでボタンも花火大会に参加できる算段が付いたわけだ。
しかしこうなると、もう少し情報がほしい。
「なあボタン。どうせならそのおばあさんの写真とか、好きそうなイメージとか知らないか?」
「イメージ? ううん、おばあ様はああ見えて可愛い物に弱かったわ。写真は……あった!」
そう言って鞄から手帳を取り出し、そこに挟んであった写真を見せられる。どれどれ……。
「「…………あ」」
……俺とベルがほぼ同時に固まった。
「あら? どうしたの二人とも?」
不思議そうに首を傾げるボタンを尻目に、ベルはゆっくりと息を吐く。なんてことだ。この写真に写ってる女性は……悪い事に、とても見覚えがあるぞ。
「どうしましょう……モミジさん」
写真の内容――それは数日前にベルがトラブルを起こした女性のうちの一人。ずっとベルを擁護してくれていた、あの貴婦人で間違いなかった。
さあ……ここからどうすべきだ、俺……。