夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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星降る夜に

 日々はあっという間で、忙しなく過ぎていき……ついに彗星が降る前日。

 俺はその日、ベルとの最終打ち合わせの前にツツジと話をしていた。

「店の方はどうだ?」

「順調よ。材料も切れたし、この様子だと明日の夕方には締めちゃうわね」

「そうか。……なんか悪いな、俺だけ手伝いに行けてなくて」

「なに言ってるの。分かるわよ。あんたシオンのために頑張ってるんでしょ」

 どうやら気付かれていたようだ。なんだか照れ臭くて俺が黙ったままでいると、ツツジは珍しくくすくすと笑った。

「なんだよ」

「あんた本当にシオンのことが好きよね」

「……あのなあ」

「見てたら分かるわよ。ほんとにもう、こっちが恥ずかしくなるくらいに」

「……それは違うな。俺は皆が好きなんだ。シオンも、ボタンも、ベルも、ツツジも」

「んあ、なっ……!?」

 ツツジは顔を真っ赤にしてこちらを見ている。こいつは身近で一番感情表現が豊かでおもしろいやつだ。まあ、俺もちょっと恥ずかしんだけどさ。

「初めて会った時、似たようなことを言っただろ」

 するとツツジは呆れた様に肩を竦めた。

「はあ。それって最低のストーカーじゃない」

「……」

「…………」

 俺とツツジは顔を見合わせ、数秒無言で睨み合ったうちに……互いに笑いあった。

 ……しばらくそうやってお互いにじゃれ合って、俺たちはそれぞれの分岐路につく。

「じゃ、ここまでだな」

「うん。ね、明日は特大のご褒美が待ってるんだから。気合いれて頑張るのよ!」

「ああ。ツツジも」

「ええ。……元気出しなさい。大丈夫よ、きっとね」

 

 ツツジと別れて桟橋の方へ歩いて行くと、俺は見知った影がそこに立っているのに気付いた。

 シオンだ。海を見つめ、ただそこにぼーっと立っている。

「何してるんだ?」

「……あ」

 声を掛けると彼女はこちらに振り向く。その表情には普段の笑顔や明るさといった感情は無く、ただ無表情だった。

「……シオン?」

「モミジくん。そっか、ベルちゃんと待ち合わせだね」

「まあ」

 彼女に並んで俺も隣に立つ。海に浮かぶゴンドラたちに、この時間帯にしては少し暗い影が落ちている。そこで初めて、俺はシオンが海ではなく空を眺めていたことに気付いた。

「いよいよ明日だな」

「うん……」

「なんだ。不安なのか?」

「そう、なのかも」

 俺が尋ねると、シオンがぎこちなく微笑んだ。

「……もしもだよ。何も分からなくて、変わらなかったら、わたし――」

「大丈夫だ」

「……」

「どんな結果でもシオンはシオンだろ。皆傍にいる。だから安心して良いんだ」

「……うん。そうだよねっ」

 記憶を失ったシオンにとって、今得られる唯一の手掛かり。不安になるのも、その気持ちをずっと隠したままでいるのも難しい話だ。

 もし俺が記憶を失う事があったとして……こんな風に笑っていられるだろうか。

「明日はお互い、頑張ろうね!」

「ああ。レンゲさんのケーキごと売り切って来い」

「あ、あはは……」

 すごいな。あのシオンにこんな苦笑いをさせるなんて……。

 まあ、ケーキは主にツツジが作るから大丈夫だろう。明日訪れるだろう客たちの幸運を祈るばかりだ。

 

「ふふ。ベルちゃん、とっても似合うわよ!」

「この格好でそんなこと言われても……複雑な気分です」

 陽が傾きかけるころ、ゴンドラの上。俺とベルは最終確認の意味も込めボタンを呼んだ。

 生徒会の仕事とツツジの店の手伝いで中々合流する機会が取れなかったため、彼女がベルの衣装を見るのはこれが初めてだ。

「今更だが本当に大丈夫なのか? これで……」

 俺は借り物の燕尾服を汚す訳にもいかないから、今日は私服だ。ベルは自分だけこんな格好で恥ずかしいと文句を言っていた。

「……それにしても、まさかベルちゃんたちがおばあ様と知り合いだったなんて」

「そ、その件はその、すみません」

 混乱が無いようにボタンにはこの間の一件を話しておいた。それでも依頼を取り下げることなくこちらを信じてくれるのだから、期待には応えたい。

「大丈夫よ。おばあ様はあんな性格だから、トラブルは珍しくないの」

「難儀だな……」

「特に付き人さんの気が強くて……。こちらこそ、御迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「ああ、いや」

 深々と頭を下げるボタンに俺もシオンも慌てた。

「わわ、ボタンさんが頭を下げる事じゃないですからっ。それに、私が……いけなかったんです。あんな態度でお客さんに接していれば、不快に思われて当然なのに」

「ベルちゃん……」

 ボタンはつられて頭を下げたベルをそっと撫でる。一瞬ぴくりと身体が反応したが、彼女はされるがままでいた。

「大丈夫よ。今のあなたなら……あなたたちなら、きっとうまくやってくれると信じてるわ」

 そう言って俺の方を見る。

「……ベルはともかく、俺は対して力になれるか怪しいぞ」

「ふふ」

 ボタンはベルの頭から手を離し、口に手を当てて微笑んだ。そんなに面白い事を言った覚えは無いのだが。

「伊呂波くんはいつもそうね。いつだって、自分に自信が無さそう」

「悪いな……」

「ねえ伊呂波くん、どうして私があなたを生徒会に入れたと思う?」

 それは一見唐突に感じられる質問だった。

 俺はほとんど詐欺みたいな形で生徒会に入ることになった訳だけど、そうした理由となると……。

「……人手が足りなかったからだろ」

「ふふ。まあ、それもあるわね」

「少しは悪びれてくれ」

 しかしボタンは自分の気の向くままに続ける。

「あなたに特別なものを感じたの。シオンちゃんを生徒会に入れたがっているあなたの声には、ちゃんと相手を思いやる気持ちが込められていた」

 シオンを? あの教室でのやり取りか。俺はただ、原作の展開から逸れるのが心配だっただけで……。

「それにツツジちゃんだって。あなたはわざわざ二人が繋がる機会を作って、入る気も無い部活をたくさん見学して、最後に私に無茶まで言ってみせたわ。でも、それは全部――人を想う心からきていた」

「……」

「だから必要だって思ったの。きっと、この物語には……モミジくんのような生徒がね」

 なんだか気恥ずかしい話だった。一体この生徒会長様は俺のことをどこまで知っているというのだろう。

 ボタンの話はそこで終わた。いつの間にか隣にやって来ていたベルが服の裾を握り、俺は反射的に頭を下げる。

「……ありがとう、色々と」

「あらあら。お礼を言いたいのは私も同じよ。でも、そうね……」

 ボタンは先ほどベルにしたように、そっと俺の頭を撫でた。もちろん、とんでもなく恥ずかしい……が、動けないでいる。きっとベルも同じ気持ちだったのだろう。

 とはいえこのままでいる訳にもいかず、なんとか顔を上げる。淡く深い緑色の瞳と目が合って、彼女はにっこりと微笑んだ。

「この街の伝承を覚えてる? あなたのように、優しく人を想えるような子には……奇跡が起きるの」

「奇跡……」

 出会った頃の話を思い出す。街の伝承……確か似たようなことを言っていた気がする。

「あなたならきっと起こせるわ。そんな奇跡をね」

「……」

 辺りには沈黙が流れた。けどそれは気まずいものではない、何か感傷に浸る様な気持ちが良いまでの沈黙だった。

 ……生徒から慕われるボタンという人物が、どんな人なのか。今少しだけ理解できた気がした。

 

 ――それから、俺たちは打ち合わせを終えて帰路に着く。

 ボタンと別れてゴンドラの上には俺とベルの二人きりだ。もうここ数日で何度も見た光景。たぶん、この世界で一番気を遣わなくて良い場所だった。

「いよいよ明日ですね」

 ベルが何と無しに呟いた。

「ああ……」

「浮かない顔ですね。まあ、私もですけど……」

 空を見上げる。

「きっと大丈夫ですよ。ここまでやってきたこと、無駄になるはずがないです」

 オールを漕ぐ手を止めてベルもゴンドラに座った。彼女の言う通り、『こんな状況でも』全部が無駄になる訳ではないかもしれない。どのみち、もうやれる事をやりきるしかないのだ。

 ここまで来るのに随分彼女の言葉に救われた気がする。

「ありがとうな、ベル」

「……そういうのは全部終わったあとにしましょう」

「そう、だな……」

 暗く濁った空を見つめながら静かに息をつく。

 今はもうとっくに夜だ。そして、その空に輝いているはずの星空は……全く見えない。

 

 ……大雨の予報だそうだ。

 

 明日、彗星が水の街を通過するその夜――街は大豪雨の真っただ中にあるという。

 今日のニュースで知った事だ。残念そうに事実を語るニュースキャスターたちの顔が今も頭から離れない。

 ……そんな事実は原作には無かったはずなのに。昨日までの予報では問題無いはずだったのに。だから油断していたんだ。こんな世界に俺を寄越したであろう神様ってやつを、俺は心底恨んでいた。

 みんな、今日は知らないふりをしていたんだ。知らないはずが無かった。俺たちは明日を信じているのだろうか。信じられるのだろうか。……シオンは、星を見る事が出来るのだろうか。

「きっと……大丈夫ですから」

 ベルが呟く。そうだ。俺たちにはもう、祈ることしか出来ない。

 二人で肩を並べながら見えるはずの無い星を見る。これが彼女の希望になるのなら何でもいい。俺は見せてあげたいんだ。……星空を。

 そう願う俺たちの空には、星の存在を認識させないほどに黒々とした暗雲が立ち込めていた。

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