夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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星降る夜に②

 朝が来た。

 現実世界ではなく、シオン達の世界の。俺はすっかり住み慣れてきた部屋でカーテンを開ける。

「雨、か……」

 灰色の空。太陽はもう顔を覗かせているはずなのに、街は暗い。

 こうなっても当面のやることは変わらない。昨日はそのための打ち合わせでもあったのだから。

 準備をして、寮を出る前にシオンの部屋へ向かう。

「シオン?」

 部屋の鍵は空いていた。何度呼び掛けても出ないので一声掛けて中に入る。

「邪魔するぞ……って、いるんじゃないか」

 シオンも今日はツツジの店に行くというのに、まだ寝間着姿でベッドに座っていた。

 安心しかけたが、中に入ってから気付く。彼女は窓の外を見ながら虚ろな表情でぼーっと固まっている。

「おはよう」

「……」

 返事は無い。完全に心ここに在らずといった状態だ。しかし無理もない。

 この空に、そしてテレビから流れてくる彗星を惜しむニュース……俺がリモコンを取ってテレビを消すと、シオンはようやくこちらの存在に気付いた。

「……あ。モミジくん、おはよっ」

 彼女は弱々しく振り返り、張り付いた笑顔にはいつもの覇気がない。昨日と同じ、いやそれ以上に気持ちが沈んでいるのが見てとれた。

「お前、ちゃんと寝たのか?」

「あはは……」

 シオンは困ったように頬をかく。そして、また窓の外に映る灰色の空を見上げながら静かにため息を吐いた。

「こんな日に雨なんて……えへへ。やっぱりわたし悪い子だから罰が当たったのかも! なんて」

「そんなこと――」

「あるよ? だってわたし、妹が苦しんでるのに自分の記憶だけ気にしてる……だから」

 多くの人にとって今日の雨は残念だろう。何十年に一度の彗星が街を通るその日、そんな特別な時にそれを見ることが出来ない。……けど、ただ残念なだけだ。

 しかし少なくともシオンにとっては違う。今回の星空に懸ける想いがどれほど強かったのかを、俺は今目の前にいる彼女を通して改めて知った。

 彼女にとってこれは、過去の自分を取り戻す数少ないチャンスなのだから。

「……でもさ。まだ始まってない。だろ?」

「……うん」

 だから俺が慰めにかける言葉があるとすれば、それしか無かった。

 おもむろにシオンの机の上に飾ってあるウサ耳を手に取り、それを彼女の頭に乗せる。

「ほら。よく似合ってるじゃないか」

「……えへへ」

「今日もツツジのとこに行くんだろ。雑誌も出た直後だ、きっと大忙しだな。でも夕方には終えられるそうだ」

「そうだね。……わたし、がんばらなきゃね!」

 シオンはそう言ってベッドから降りると、うんと伸びをした。先ほどまであった虚ろな雰囲気は和らぎ、少しずついつもの調子を取り戻していく。

 そしてこちらを振り返った。俺の手荷物を見ている。

「モミジくんは、今日は……」

「雨天決行だ」

「そっか。じゃあもっと大変だ! がんばってねっ」

「ああ。お互いにな」

「うん!」

 話しを終えた俺はシオンの部屋を出る。これで少しは気が紛れてくれたら良いんだが……。

 とはいえ自分の心配もしなくてはならない。この雨の中、俺たちはかの貴婦人を満足させなくてはいけないのだから。

 

 寮を出て俺はいつもの桟橋へ向かった。……そこには既に傘を差して待機している謎のウサ耳メイド仮面が見えた。どう見ても異様な光景に俺は思わず引き返す。

「モミジさん!」

 やば。見つかった……!

 周囲の人々の視線が一斉にこちらに注がれる。仮面さえ無ければ可愛らしい妖精のようだが、仮面のせいでとんでもない不審者に映っていることだろう。おまけに燕尾服の変な男もいるときた。

「おはようございます。でももっと早く来てください、私ずっと一人で耐えてたんですよ」

「あ、ああ。悪かったな……」

 ばつが悪そうにする俺をベルは睨み付ける。

「なんですか。何か言いたい事があるんですか」

「いや、よく似合ってるぞ」

「嬉しくないですっ!」

 そうだろうな。まあ、本当に仮面さえ無ければすごく可愛いのだけども。

 ……なんてやりあっているうちに、約束の時間が迫ってくる。

「今日はゴンドラ使えそうか?」

「今はなんとか。ただ、もう少し雨の勢いが強まると難しそうです」

「そうか……」

 空を見た。今はまだ小降りだから傘で簡単に凌げるが、ゴンドラが使えなくなったら歩いて行ける範囲での案内となるだろう。

「やれるだけやるしかないな」

「はい。任せてください、この一人前のゴンドリエーレに」

 なんだ、頼もしいじゃないか。出会った頃に聞いたのとは説得力が違う。こいつも変わったものだ。

 あとは天気さえどうにかなってくれれば良いのだけども……と、考えていたその時。

 

「――ごきげんよう」

 

 声がして、見るとそこにはいつの間にか年配の女性が立っていた。……間違いない。分かってはいたが、この前会った貴婦人と同一人物だ。

「おはよう! 今日はよろしくお願いするわねっ」

 後ろからひょっこり姿を現したのはボタンだ。どうやらお婆さんの代わりに傘を持ってやってるらしい。

 ……さて、あとは俺たちの変装がバレるかどうかだ。ボタンは大丈夫だと言っていたが、果たして……。

「ん? あなたたち、その恰好……」

「ご、ごきげんようマダム」

 貴婦人は至近距離まで近付いてよく俺たちを観察する。万事休すか……?

 ちなみにベルはガチンゴチンに固まって動かない。さっきの威勢はどこにいったんだ……。

「ね、ねえおばあ様? そんなに見てたら案内人さんも困っちゃうわ」

「いや、ねえ。……ふふ」

「あ、あの?」

 いやに妖しい笑い方をしている。やっぱりこれはバレて――

「とっても素敵な衣装ね、あなたたちっ!」

「――え?」

 表情が一転、お婆さんの顔は雨空を吹き飛ばすほどに軽快な笑顔となる。

「ボタンちゃんありがとうねえ。こんなに素敵な衣装をこしらえた案内人さんは初めてよ!」

「まあ、おばあ様ったら。うふふ」

 ……どうやら何とかなったようだ。元は自分で提案しておいてなんだが、マジかよ。

 同時にボタンからのウインクの合図。これは計画がうまく行っていることを示している。とにかく、第一関門は無事突破出来たようで何よりか。

「ごきげんようマダム。俺……わたくしは今日案内人補佐を務めさせて頂くモミジです」

「ごご、きげん、よーです。わわわたっ!」

 緊張しすぎだろ! と思いきや、なんとベルの仮面が雨で少し滑ったのかズレてしまっていた。これは危ない! 咄嗟に自然な所作で正しい位置に戻す。途端にピシッと姿勢を正すベル。

「ごきげんようです。私が今日案内人を務めさせて頂きます、『スイレン』のベルです」

 仮面一つで緊張感抜けすぎだろ。

「あらあら、これはご丁寧にどうも。今日は生憎の天気で申し訳ないけど、期待してるわね」

「ええ。お任せください。さあ、お手をどうぞ」

 ベルがお婆さんを、俺がボタンをリードする形でゴンドラに乗せる。俺に傘を預けながら、耳元でボタンが囁いた。

「うまくいきそうねっ」

 ああ。ほんとにその通りになるといいけども……。

 ともあれ、不安だらけの水先案内がとうとう始まってしまうのだった。

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