夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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星降る夜に③

 ……とは言っても、やる事は単純だ。

 今回組んだルート通りに案内を行い、夕方ごろには解放される計算。それまでに粗相のないよう最大限気を遣っていく。

 最初に目指したのはサン・マルコ広場だ。俺たちの学校前の大広場に近い大きさだが、その美しさは桁外れだ。ここ水の街定番の観光名所でもある。

「あら。わたくしはここに何度も訪れた事があるんだけども……」

 しかしさすがマダム。こんな有名なところはとっくに飽きてしまっているだろう。だが、それはもちろん想定済みだ。

「ご安心くださいマダム。私たちの目的地は……この広場前の水路を抜けた先にあります」

「水路?」

 ベルは見事なオール捌きで広場前の建造物に隠れた、細く長い水路を渡っていく。ただでさえ少ない陽の光が少なくなることで、辺りは薄闇に覆われた。

「まあ。ずいぶん暗いけれど」

「モミジさん、あれを」

 俺は用意していたランタンを灯し先を照らす。薄浅黄の光が道を照らし、その軌跡を流れ星のように描く。

「わあ、とっても綺麗ねっ」

「通常は夜間に使用するものなんです。こうして暗い場所で翳すと水面に反射して強い光を出すんですよ」

「それは素敵だけど、こんな道あったからしら……」

 マダムは不安げな声をあげるが、ベルはぐんぐん進んで行く。

 ……そして、やがて光が見える頃――

「あら? ……ま、まあっ!」

「わあっ」

 ボタンとマダムは目の前に広がった景色に大きな声をあげ、思わず口に手を当てている。俺も景色の邪魔にならないようランタンを下げた。

 そこは既に廃墟となった建造物に囲まれて出来た小さな水の広場だ。この時間帯になると普段は薄暗いこの場所に太陽の光が注がれ、幻想的な光景を見せてくれる。

 残念ながら雨ゆえに光はそう強くない。しかし土を被った建造物を覆うようにして咲いた野生の花々が水を滴らせ、この薄暗い世界に儚くも美しい景色を演出してくれていた。

 例えるならここは……この街秘密の花園といったところか。

「街にこんなところがあったなんて……」

「とっても素敵ね。ありがとう、案内人さん」

 どうやらマダムも知らない穴場だったようだ。この場所は暇を持て余していたベルがたまたま見つけた場所だそうだが、こうして仕事に繋がったのだから上々だろう。

「案内人さん。あなた……」

「なんでしょうか?」

「……いいえ。ありがとう。私、今年甲斐もなくとってもワクワクしているわ」

「……! も、もったいないお言葉ありがとうございます!」

「あらあら」

 ベルはまだ緊張しているようだが笑顔が増えてきた。以前の彼女からは考えられなかったことだ。俺も自然と笑顔になる。

 さて、まだまだ旅は続く。願わくば、今回の旅が彼女にとっても良き収穫となりますように……。

 

 それからはいくつものスポットを巡った。アドバイスを受けた通り著名な観光地を避け、俺やベルで出し合った街の秘密の場所を訪れる。

 ……小さくて古い図書館。貸出が出来ないくらい古い本が多く置かれていて、思わぬ発見がある。

 ……細い路地の中にある小さな社。知る人ぞ知る街では貴重なお参りスポット。

 ……ガラス細工の玩具店。水の街のガラス細工といえばヴェネツィアンガラスに近いものだが、その技術を活かし子供たち向けの玩具を作っている楽しいお店。

 他にもベルの行きつけのじゃがバター屋に、うさぎの広場までマダムたちを通した。途中でテンションの上がったマダムが自分も仮面が欲しいと言い、ついでにボタンまで便乗したおかげで、今や俺たちは全員仮面を付け徒党を組んでいるように見える謎集団だ。

 もちろん始まる前は不安でいっぱいだった俺たちだが……。

「こんなに楽しい思いは初めてよっ!」

「まあ、おばあ様ったら。そんなにはしゃいだら怪我をしてしまいますよ」

 ……どう見ても一番楽しんでるのはマダムだ。時間が経つごとに俺とベルは最初の緊張を忘れ、ただ目の前の人たちが楽しんでくれることに夢中になっっていった。

 そして、次に訪れたのは桜小道。もちろん俺の案だった。

 ただ、桜はほとんど散ってしまっている。まだ辺りに花びらが残っているものの、初めて見た頃に比べれば随分と様変わりしてしまっているな……。

「……この街に桜があったなんてねぇ」

「ここが、モミジさんの……」

 マダムに加えてベルまでもが残された桜の木に見惚れている。時間がなくて下見を後回しにしていたが、結果的に連れてきて正解だったようだ。

「この道はなんだか、モミジくんに似ているわね」

 ボタンが耳打ちする。どういう意味だろう。

「自身が無さそうに咲いているのに、二人とも夢中だもの」

「もっと分かりやすく言ってくれ」

「あら。褒めてるのよ」

 そうだろうか。ただ、花びらが散ってしまってもここは俺にとって大切な場所だ。だから嫌な気はしない。

「……さて。そろそろ時間だな」

 残念ながら一つの場所にそう長居は出来ない。最後に案内する場所はしっかり予約をとってあるのだ。そんなわけで、俺とベルはマダムたちを連れて最後の目的地へと歩いて向かう。

 ……段々と強くなっていく雨の音に、なるべく聞こえない振りをしながら。

 

「「「いらっしゃいませー!」」」

 その店に入った途端、マダムはぽかんと口を開けて固まった。

 最後の場所は……洋菓子店『ラビット・ラビリンス』。そう、ツツジたちの店だ。

 まだいくらか客が残っていたが、計画を立てた段階から予約を取ってあったため難無く席に着くことが出来る。しかしマダムはずっと放心しながらシオンやツツジたちを眺めていた。やがて口を開く。

「あの子たちはいくらなんだい」

「売り物じゃないわ、おばあ様」

 ……やれやれ、結構風変わりな人なんだな。

 どうやら丁度良いタイミングで客が切れたようで、シオン達がこちらへパタパタとやって来る。合わせて鼻息の荒くなるマダム。

「いらっしゃいませ! ボタンちゃんのおばあ様!」

「今日はゆっくりくつろいで行ってくださいね」

「あらあらまあまあ! メイド服の子、全部お持ち帰りだよ!」

「ここはそういう店じゃないだろ……」

 しまった思わずツッコミを! 言ってから口をつむぐ。マダムを除くその場の全員に緊張感が走る中、彼女は俺を振り返って言った。

「あんたもお持ち帰りだよ!」

「勘弁してくれっ! ……くださいっ!」

 場に笑いが起こる。見事出汁に使われてしまったようだ。まあ、トラブルにならなくて良かったけどさ……。

「……マダム。久しぶり」

 少し遅れてカウンター奥からもう一人やって来た。寮母さんだ。まさか彼女までメイド服を着ているとは思わなくて、俺は思わず吹き出しそうになる。

「あら、あんたは! 寮はやめてここで働いているのかい?」

「今日は特別だから」

「……そう。そうね、私にとっても――」

 そうやって全員が揃い、それからは最後のお茶会が始まった。やはりマダムはこの店も知らなかったようで、ずいぶんと褒めちぎってくれていた。……一度レンゲさんがケーキを持ってくるトラブルがあったものの、食いしん坊キャラを演じ、マダムの口に入る前に全て食べきった俺を誰か讃えて欲しい。

「素敵なお友達じゃないか。ボタン」

「はい。みんな、私のとっても大好きな人たちですよっ」

 それを聞いた周りが反応する。

「私もボタンちゃん大好きだよ~!」

「せ、先輩! あたしもですっ」

「わ、私も……」

「あらあら、まあまあ」

 皆に囲まれながらチラリとこちらに視線を送るボタン。いや、さすがに言えないから。

 ……こんな調子で時は過ぎていった。盛り上がっていくシオンたちに比例するように、外の雨が屋根を叩く音も段々と増していく。

 俺はシオンを見た。彼女は楽しそうに笑っている。けど、今もきっと不安に圧し潰されそうになっているんだろう。

 もう俺にはどうすることも、出来ないのだろうか……。

 

「――ここまでで大丈夫よ」

 シオン達に見送られて店を後にし、俺たちは桟橋の前へとやって来ていた。

 雨は強い。休日だというのに人がまばらにしか見当たらない街の広場は、少し寂しい気がした。

「今日は楽しかったわ。まだまだ知らない街の顔があったんだって、たくさん教えてもらえたもの」

「い、いえ。楽しんで頂けたならこちらも幸いです」

 やっと終わりが近付いて気が抜けてきたのだろうか。ベルはすっかり緊張していた。

「本当にありがとうね、モミジくん。ベルちゃんも……」

「いいえ。ボタンさんこそ今日はありがとうござい――」

 言い掛けて止まるベル。おいおい、まさかここに来て正体がバレてしまったら……! またなんだかんだで誤魔化すしかないか!?

「……ふふ」

 しかしマダムは微笑んで、そのままベルに近付いた。そして――俺があっと声を上げる前に、固まっているベルから静かに仮面を外してしまう。

「ま、まずい……!」

 急いでベルの傍に駆け寄ろうとする俺をボタンが片手で制した。人差し指を口に当てて首を横に振っている。そうは言っても……。

「……やっぱり、あなたたちだったのね」

「あ、あの。これは」

「気付いてたのか……」

「ええ。最初から、ね」

 マダムにそう言われてはこの仮面も意味を成さない。俺は自分で仮面を外し、素顔を見せた。マダムはこちらを一瞥し、またベルに向き直る。

 ……詰めが甘かったのか? いや、そもそも成功する話じゃなかったのかもしれない。

 しかし、俺が前に出て頭を下げるより早くマダムが深々とお辞儀をした。

「ありがとう。あなたたちには本当に……救われました」

「……おばあ様」

 何が起きているんだろう。どうして俺たちは叱られないのだろうか。

「え、え?」

 ベルも困惑している。マダムはそんな彼女の、小さく震える手を両手で取った。

「あなたはとっても素敵な、今までで一番のゴンドリエーレね」

「わ、私……いいえ。私はそんなんじゃないです」

「あら、どうして?」

 そう問われたベルはマダムから手を解き、さっき彼女がしてみせたように深々と頭を下げる。

「私……お客様を蔑ろにしてしまいました。ボタンさんから話を聞いた時、謝らなくちゃと思ったんです。あの時のお客様が、この間のことで落ち込んでいたって聞いて……」

「ベルちゃん……」

 ベルは変わった。きっと出会ったばかりの頃のベルであれば、ゴンドリエーレがここまでする必要は無いと突っぱねていただろう。

 だからこそ生まれたんだ。罪悪感が。

「でも、勇気が出なかった。私、ずっと……」

「ふふ。頭を上げてちょうだい、小さなゴンドリエーレさん。あれは私たちも悪かったのよ」

 言う通りにしたベルの目は今にも泣きだしてしまいそうだった。そんなベルをマダムは優しく撫でる。

「ずいぶん優しい目になったのね」

「……」

「あなたはもう、この街のことをたくさん知っている素敵なゴンドリエーレよ。自信を持って進んでちょうだい」

「はい……」

 俺はベルの傍に寄った。ハンカチで彼女の涙を拭って、それからマダムと向き合う。

「あなたがモミジさんだったのね。……そう。ボタンの言った通りね」

 どういう意味だろう。気付けばボタンも俺の隣にやって来ていて、一緒に話を聞いていた。

「いいお友達を持ったわね。……あなたのような人はきっと、この街の伝承に触れる事が出来るわ」

 伝承。ボタンも言っていた、奇跡を起こせるという話……。それが何なのか俺は未だに掴めていない。

 でも、もし……そんなことがあるのだとしたら。俺は――

「今日はありがとう。久しぶりに、この街のことを教えられた気がするわ」

「あ、ああ。いや……あれ?」

 気付けば雨粒が傘を叩く音も止み、水たまりに水滴が跳ねることもなくなっていた。俺は相変わらず黒いままの空が、不思議と少しだけ明るくなっていくような錯覚に囚われる。

 ベルやボタンも不思議そうに空を見上げた。

「あら……予報じゃ、これからが本降りなのに」

 ボタンが呟く。俺は暗い空を見上げながら、決して見えることの無い星空に思いを馳せる。

「――それじゃあ、私はこれでね」

 マダムは背を向けて歩き始めた。自分の仕事を思い出した俺は、二人と一緒にその背中に丁寧に頭を下げる。

「おばあ様。お気をつけて」

「……あの。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 ……俺たちは彼女の背中を見送る。空気が冷えてきた。暗い雲越しに届いていたほんの僅かな光も消え掛け、辺りはそろそろ完全な暗闇に満ちるだろう。

 もうすぐ夜だ。彗星が通るまでもう何時間も無い。雨は止んだ。けど、まだ星は見えないままで……。

 

「……あっ、やっと見つけた!」

 俺たちがこの後について相談していると、背後から声を掛けられた。振り返るとそこにはシオンとツツジ、息を切らした二人の姿があった。

「モミジ! 雨が止んだわ!」

「無理だって言ったんだけど……ツツジちゃんが引っ張って……」

 シオンは珍しく息切れしている。店のこともそうだが、やはり天気のことでずっと精神的に参っていたのだろう。

「シオン……」

「ねえモミジくん。わたし、どうすればいいのかな……」

 きっとシオンも悩んでいるのだ。空が晴れなければ彗星を見る事も出来ず、ただ虚しく暗い空を見上げる事しか出来ない。そんなに悲しいことはないじゃないかと……。

「……この空、ゴンドラのランタン。もしかして――」

 一方でベルは何か独り言を漏らし一人で納得したかと思うと、すたすたとシオンの傍へ寄った。

「……シオンさん」

「ベルちゃん。……ごめんね。せっかく時間を作ってくれたのに」

「いいえ。まだ諦めないでください。ね、モミジさん」

 そう言われても……。相も変わらず空には分厚い雲が立ち込めている。今から晴れるのを期待するのはもう、無謀かもしれなかった。けど、ベルは言った。

「大丈夫ですよ。ただ、少しお願いを聞いてもらいませんか?」

「お願い?」

「皆を連れて行ってください。……この街を一番よく見渡すことの出来る、あの場所に」

「……でも、もう空は」

 それはきっとベルを連れて行った展望台のことだった。確かにあそこなら星が良く見えるだろう。しかしそれは空が晴れていて初めて確認できるものだ。それなのに、彼女は何を考えているのだろう。

 ……そんな不安な感情が顔に出てしまっていたらしい。ベルはそっと俺の頬に触れて、安心させるように優しく微笑む。

「そんならしくない顔、しないでください。……大丈夫です。私が奇跡を起こしますから」

 奇跡を……起こす?

「……信じてくれませんか?」

 ベルの青い瞳と目が合う。それは海のように広大で、まっすぐで、優しい色だった。そして、まだ諦めることを知らない瞳だ。

 俺は黙って頷いた。それからシオンに寄り添い不安げな表情を浮かべる生徒会の面々に振り返る。

「行こう。星がよく見える場所があるんだ――」

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