夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について   作:ももいっぷ

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星降る夜に④

 ……展望台までの道にやってくる頃には、もう辺りはほとんど見えなくなっていた。

 幸い穏やかな坂だから地理的な危険はない。それでも充分に気を遣っているからか、あるいは晴れる様子を見せない空を憂いてか。俺たち四人の足取りは重く、口数は少なかった。

「……まあ、高いわね」

 沈黙を破ったのはボタンだった。その言葉に俺たちは歩いてきた道を振り返る。

 遠くに見える街の明かり……木々の影に隠れてよく見る事は出来ないが、ここまで随分と歩いてきたことだけは分かる。

「モミジ。ベルちゃん良かったのかしら……」

 不安げに辺りを見回しながらツツジは言う。ベルは一人街に残った。『奇跡』を起こす準備をするのだそうだ。

「大丈夫。何しようとしてるか分からないけどさ、信じてはいるんだ」

 俺の言葉にくすくすと笑ったのはボタンだ。

「モミジくんとベルちゃんは本当に仲良し兄妹ね」

「……そうね。まったくデレデレしちゃってさ」

「え? そう見えんの?」

 なんてことだ。俺の方がそう見えていたなんて気付かなかった。

「……見えるよ。モミジくんたち、羨ましいくらい距離が近いもん」

「マジかよ……シスコンかよ、俺」

 随分と長い間喋らなかったシオンが笑う。ボタンやツツジもつられて笑顔になって、俺は苦笑いしながら先を行く。

 ……ふと、昔のことを思い出した。高校に入る前、俺と妹と姉で星を見に行った時のことだ。両親が居なくなって初めて外出した日の夜だった。

 あの時も結局、こんな天気で。星は見えなかったんだっけな――

「……お」

 ……霞んだ思い出に浸り掛けたところで目印となるポイントを見つけた。

 少し道外れにある、夜露に濡れた白レンガのアーチ。俺がそこで立ち止まると三人も足を止めた。中は狭く細長い、ちょっとしたトンネルとなっている。それを見て、やはりツツジは不安そうに抗議した。

「こ、ここを通るの……?」

「あらあら、真っ暗ね」

「けど、目的地はこの先だ」

 先の見えない暗闇が続く道。さっきまで笑い合っていた俺も、たぶん皆も暗い顔をしていたと思う。だって、頭上に広がる空はまるっきり変わらず暗いままだから。だからまた不安に塗り潰されそうになってしまう。

 ここを通って……その先に星空が広がっている保証が一体どこにあるのだろう?

「……暗いしさ、手を繋いで行きましょうよ」

 しかし、先導したのはツツジだった。彼女はトンネルの入り口に立つと、片手を大きくこちら側へ伸ばす。

「ほら、先輩!」

 その手をボタンが掴んだ。彼女もまた一歩トンネルへ入り、そして同じように手を伸ばす。

「伊呂波くんっ」

 俺はその手を掴む。温かく、それでいて安心する温もり。危うく歩くのを辞めてしまいそうだった俺を、自然にトンネルへと引き込んでくれる。

 そして、俺も手を伸ばした。暗い空に背を向けるようにして俯いて、下唇を噛み締めている少女に。

「シオンっ!」

「う、うん」

 こちらに手を伸ばそうとするシオンの手は震えていた。ここからでは暗くて表情は見えないが、きっと今にも泣きだしそうな顔をしているんだと分かる。

 あと一歩が踏み込めないのだ。踏み込んでしまったらもう、後戻りできないから。

 ――だから俺の方から手を取った。シオンはきっと驚いているだろう。

「モミジくん……」

「初めて会った時のお返しだ」

 あの時、戸惑う俺の手を取って桜小道を進んだのはシオンだった。だから……。

 シオンは俺の手に引かれながら、もう震えることの無くなった足をゆっくりと動かす。

「……星を見に行こう、シオン」

「……うん」

 そうして、四人は一歩一歩慎重に道を進みだす。

 

 暗闇の中で、俺は始まりの日を思い出していた。

「シオン」

「うん?」

「もし、さ。あそこで出会ったのが……俺じゃなくて、違うやつだったらどう思う?」

「それって……」

 あの日の桜小道。俺とシオンが出会った、出会ってしまった場所だった。

「例えばツツジ。あそこでツツジと出会ってさ。一緒のクラスになって、今みたいに生徒会に入って……楽しそうだろ」

「……確かに。でもツツジちゃんだったらきっと、ぶつかったら怒るだろうなぁ」

「聞こえてるわよ!」

「……そうだな。きっと、きっとそれは楽しい事だろうな」

 俺は初めて『ゆるかいっ』に出会った頃を思い出す。辛い現実を忘れ、彼女たちの何てことの無い平和な日常が、いつまでも続いてほしいと願っていた頃を。

「でも、わたしは今の方が良いな」

「どうかな」

 少しいじわるだった。俺はもう彼女がどう答えるか知っているのだから。

「……ねえモミジくん。わたし、あなたに会ってから色々な事があったよ」

「……」

「いつも何か考え込んでて。かと思えばツツジちゃんといつも楽しそうにして、私も仲間に入れてくれた。ボタンちゃんと一緒に仕事出来るようになって、ベルちゃんみたいな可愛い妹もできたの」

 彼女は努めて明るく続ける。

「これはね……モミジくんが居ないと出来なかったんだと思う。あなたがいなかったらわたし、多分大事なことを誰にも話せなかった。それってきっと、すごく息苦しいよ」

「……今、こんな辛い思いをすることになってもか」

「辛い……うん、辛いよ! あーあ。何でこんな日に空が見えないんだろう。ひょっとして、神様はわたしのことがすっごく嫌いなのかなって……思う」

 もし、俺が余計なことをしなければ……無駄に期待させることも無かったのかもしれない。原作のように、その先もシオンは笑っていられたのかもしれない。

 それでも。

「……でもね。やっぱりわたし、ね」

 道はまだ続いてく。シオンの歩幅に合わせるように、俺たちはゆっくりと一歩ずつ進んで行く。

「このままで終わりたくない。モミジくんが一生懸命駆け回って作ってくれた日の事――悲しいままにしたくないから」

 ぎゅっ、と繋いだ左手が熱くなる。俺も同じようにその手を握り返した。

「……光が見えてきたわ」

 ボタンの声で皆が気付いた。もう少し先にあるトンネルの出口。薄い光が指す方向、ゴールの存在に。

 誰がそうするでもなく、俺たちは一度そこに立ち止まった。顔も良く見えない中で、しかし見えているかのように互いに頷き合う。

 そしてまた一歩、一歩と進んで、やがて――光の先へ到達する。

 

 ……俺は空を見上げた。広がるのはやっぱり暗い空。どこまでも真っ黒な雲が立ち込めて、決して晴れることの無い空だった。

「……だめ、だったか」

 落胆する。当たり前の結果だった。突然強風が吹いて雲を吹き飛ばしたりしない限り、そんな奇跡はあり得ないとも。

 しかし俺は気付いた。同じく傍にいたはずの三人が一言も発さないどころか、いつの間にか前方にあるフェンス側まで移動している事に。

「お前ら、何して――」

 俺は彼女たちに近付いた。さっきから微動だにしないシオンの肩に手を掛けて、そして――思わずその場に硬直する。

 

 ――――そこには、大きな星空が広がっていた。

 

 それが存在するのは俺たちの頭上に広がる空ではなく、ここから見渡せる街や海……この世界そのものだった。

 月の光すらもほとんど通さない分厚い雲は、いつもより深い夜の闇を街に落としている。だからだろうか。街に立ち並ぶ家々から漏れ出る小さな光は、より一層強く輝いて見えた。

 きっと雨が降り続けた事も影響しているのだろう。まだ乾ききらない夜露に濡れて、キラキラと反射した街の明かりや、海の輝きがいっぱいに広がる――それはまるで、この雲の向こうに見えるはずの星空の様に。

 俺たちは瞬きすら忘れ、その光景を前に……ただ、ただ立ち尽くす。

「……きれい。まるで、本物の星空ね」

 ツツジが言った。誰ともなく頷く。

「……驚いたわ。きっとこれが、この街の起こした奇跡なのかしら」

「奇跡……」

 星の一つ一つは小さくとも、それが集まることによって澄んだ星空が演出される。俺はそんな空の中に、ボタンが言った奇跡を探した。ベル……あいつはこうなることを、知っていたんじゃないのか。

「――見て、あれ!」

 その時、ツツジの指差した方向に小さな光が流れるのを見た。淡く儚い薄浅黄色の光。それは間違いなくベルのゴンドラの光だった。

 その光はゆっくりと移動する。東から西へ……暗い海を夜空に例えるなら、それはさながら流れ星のように。それも一つだけでは無かった。薄浅黄の星に続くように、後からいくつもの、色とりどりの光が同じように流れていく。それは海を流れるたくさんのゴンドラだった。

「素敵……。星空に流れる流星群みたい……」

「ベルだ。あいつ……」

 他のゴンドリエーレ達と話しているところなんて、ほとんど見たことが無いのに。この景色を見せるために、きっとたくさん勇気を出したのだ。……友達のため。約束した奇跡を起こすために。

「――ありがとね、シオン」

「……え?」

 ツツジはベルと肩を並べて微笑んだ。続けて、ボタンも同じように彼女の傍に寄る。

「今日という日に私たちを招いてくれて……どうもありがとう、シオンちゃん」

「ええっ? でもこれは」

 困惑した表情でこちらを見るシオン。けれど、俺も皆と同じ気持ちだ。

「彗星どころか、流星群まで見れたんだ。最高の星空じゃないか。……な、シオン?」

「も、もう。皆、急にそんなこと言われても~!」

 シオンは俺たちの方を向いて、恥ずかしそうにわたわたと両手を振る。

「ほんとに、もう。えへへ……。あれ? うそ、なんでだろう……」

 きっと本人の意思とは関係なく、彼女の両目から雫が一つ、また一つと零れ落ちる。

「シオン……」

「や、やだ。おかしいな、わたし嬉しいはずなのに、幸せなのに、どうして涙が出るんだろう……」

 ツツジがシオンの手を握った。反対の手をボタンが取って、彼女は溢れる涙を隠せなくなる。

「みんな……もう、恥ずかしいよ。ほんとに、わたし、……っ」

「あんた意外と泣き虫ね。……しょうがないから、こうして手を握っててあげる」

「あら。そういうツツジちゃんもちょっと泣いてるんじゃない?」

 説得力の無い涙を浮かべるツツジに向かってボタンが突っ込む。

「ふぇっ!? だ、だってぇ……」

「……あはは。ツツジちゃんも泣き虫だぁ」

「あ、あんたが言うなぁっ!」

 そんな光景を目に焼き付けながら、俺はもう一度街を見た。

 無限に広がっていそうな星空。シオンが叶えたがっていた願いを、俺たちは叶える事が出来たのだろうか?

 そう考えたとき……ふと、今の自分と重なる影を思い出す。

 両親がいなくなって不貞腐れてた俺たちを引っ張り出した姉の背中。幼いころ、家族全員で出掛けた唯一の思い出の地である星の見える丘の景色。

 

『今度はまた皆で見に来ようね。大丈夫――お姉ちゃんが、全部元通りにしてあげるから! だってもっと綺麗なんだよ、五人で見る星空はさ……』

 

 ……俺は出来の悪い弟だった。それでもあの人は俺も妹も一人で支えようとしていた。家族がバラバラになってしまって、自分だって辛かったはずなのに。壊れてしまうくらい、苦しい思いをさせてしまったのに……。

 どうして、忘れていたんだろう。

「――モミジくん?」

 ……ふと顔を上げると、心配そうな表情のシオンがこちらを覗き込んでいた。俺は首を振って答える。

 あの人は今も一人でいる。孤独な世界でずっと生き続けている。だから……。

「……今度、謝ろうと思うんだ」

「えっ? それって……」

「ああ」

 その答えを聞いて、シオンは嬉しそうに笑みを浮かべた。不思議そうな顔で俺たち二人を見るツツジとボタンを促して、もう一度四人で星を見る。街は変わらぬ光で俺たちを迎えてくれた。

 ……薄浅黄の流星を目で追いながら、目を閉じる。

 俺はこれで良かったのだろうか。原作の流れを大きく変えてしまって、目覚めて何もかも変わってしまったら。かつての俺の支えだった世界が形を変え続けてしまっても、受け入れられるだろうか。

 ……それでもいい。だから流れ星が願いを叶えてくれるという迷信を信じるのなら、どうか。

 ――どうかこの先も、彼女たちの道が続きますように。

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