夢で推しと絡んだら原作まで改変された件について 作:ももいっぷ
「――それで、結局どうなったんですか?」
頭の上から声がする。
ゆっくりと頭を上げると、すぐ目の前でのんびりとオールを漕ぐ少女の姿があった。
青い空とおだやかな海揺れを感じながら、うんと伸びをして答える。
「どうって……結局、当初の目論見は叶わずじまいだった」
「と、言いますと」
「シオンの記憶は戻らなかったんだ」
「……そう、ですか」
そう。あの星空の日、結局シオンの記憶は戻る事が無かった。つまり、原作通りに事が進もうとそうで無かろうと、結果だけ見れば変わらなかったんだ。
あの日からしばらくシオン達に会えていないベルはその事実を知り、深くため息をつく。
「それにしても、よくあんな事を思い付いたな」
「別に大したことはしてないです。……と言うには、少し代償が大き過ぎましたが」
あの夜、ベルは想像していた通り街中の同業者に声を掛けて回っていた。一緒に夜の海を横断して欲しい……一見意味の分からない行為だが、彼女の熱意に圧されたのだと彼らは語っていた。
しかし後になってそれを知った母親……つまり社長にそれはもう叱られて、ベルは数日ゴンドラに乗るのも禁止され、事務作業を手伝っていたそうだ。おかげで俺とこうして話すのも久しぶりだ。
「でも、シオンは言ってた」
「なんです?」
「『記憶は戻らなかったけど、私も星を大好きになったよ!』……ってさ」
「……ふふ。それなら――怒られた甲斐がありましたね」
ベルは笑って、俺も自然と笑顔になる。心配しなくても、彼女は……シオンはきっとこれからも見つけていくだろう。昔の記憶も、今の思い出も、その持ち前の明るさで。
……だから、次は俺も頑張ってみようと思うんだ。
「よし。じゃあ、そろそろ行こうかな」
再び横になり、空を見上げる。茜色の空が目に眩しく、片手を上げて光を遮ろうとする。
……その時ふと、影が差す。そこにはオールを置き、隣に腰掛けたベルの姿があった。彼女は俺を見下ろしながら言った。
「……折角会えたのに、もう行っちゃうんですか?」
ひどく寂しそうな声だった。……だから少し揺れてしまうが、残念ながら俺にはまだやるべき事がある。
「仕事、今日かららしいんだ――姉さん」
……きっとそれだけで充分に伝わっている。ベルは少しだけ驚いた表情を見せて、それから優しく微笑んだ。
「そうですか。それは……仕方ないですね」
「そうだな……仕方ないんだ」
「はい。それじゃあ――おやすみなさい」
「ああ。おやすみ――」
温かな手に肌が触れて、水面の心地良い揺れの中、目を閉じる。
ふと、ひぐらしの鳴き声が聞こえた。それは夏の訪れを予感させる音だった。だから少しだけ不思議に思う。一体、この夢物語は……いつまで、どこまで続くのだろうと。
――まあ、どこまでだっていいか。だってそうだろう?
机の上の雑誌が夏風に吹かれる。パラパラと捲れていくページの中に、カラフルに彩られた扉絵が見えた。そこには五人の少年少女だちが星空の下、笑顔を見せている。
……いつまでも、いつまでも――きっと、その夢の最後まで。
<了>