ヒカルの九路盤   作:九路星人

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エイプリルフール、十日目――。


第10話「本因坊杯のお知らせ」

 金曜日の午後。ヒカルは学校帰りに立ち寄ったファーストフード店で、ポテトをつまみながらぼんやりと空を見ていた。

 

 脳裏には、昨晩の佐為との十九路盤での対局が残っている。勝ったはずなのに、どこか落ち着かない気分だった。

 

「……俺、この世界の何を変えたいんだろうな」

 

 そのつぶやきに返事はなかった。昨日夜更かししたためか、佐為は幽霊のくせにスヤスヤと寝ている。

 だから、ヒカルは自分の中にある問いと向き合うしかなかった。

 

 そこへ、一人の少年が姿を見せる。

 

「……ここにいたか進藤」

 

 塔矢アキラだった。

 

「なんだよ塔矢。囲碁の相手を探してたのか?」

 

「いや……それより大事な話がある」

 

 塔矢アキラは、空いていたヒカルの前の席に座った。

 

「唐突だが、日本棋院が十九路盤を使った大会を開催することになった」

 

 ヒカルはポテトを落としそうになった。

 

「……は? 今、なんて?」

 

「聞こえなかったのか? 『本因坊杯』と名付けられた、新しい公式大会だ。十九路盤を使用し、若手棋士を中心に競われる。その発案者として……君の名前が記されている」

 

「……ええええええ!?」

 

 ヒカルは椅子から半分立ち上がった。

 

「な、なんで俺の名前が!? そんなの知らないし、聞いてないぞ!」

 

「今聞いただろう。父が棋院理事会で提案し、即日承認されたらしい。君が塔矢行洋と非公式に対局したこと、それに勝利したことが、すでに多くの棋士の間で話題になっている」

 

「ちょ、待てって! 勝手に名前使うとか……っつーか、俺、まだアマだぞ!?」

 

「それが、棋院の答えだ。プロであるかどうかよりも、十九路盤の立役者としての存在感が重要なのだと。実際、この世界で十九路盤を使いこなせる者は、今のところ君しかいない」

 

 ヒカルは言葉を失った。

 

 まさか、自分が……大会の発案者として関わる?

 

「……俺が、運営側に?」

 

「そうだ。棋院は君に、ルール整備や推薦選手の選定など、実務にも協力してほしいと考えている。これは前代未聞の挑戦だ。形式ばかりに囚われた大人たちには、この大会を成功させる力はない」

 

 ヒカルはあんぐりと開けていた口を結び、少し俯いた。

 

(本因坊……この世界にはなかった名前。その名前で、十九路盤の大会が……)

 

 そのとき、ヒカルの心の中に灯がついた。

 

(ここまでお膳立てされたんだ。だったら、俺がちゃんと最後までやらなきゃな……)

 

「……わかった」

 

 ヒカルは立ち上がり、テーブルに手を置いた。

 

「俺がやる。中途半端な大会にはしたくない。誰もが、十九路盤の魅力に気付くような、そんな大会にしてやるよ」

 

 アキラが微かに口元を緩めた。

 

「良かった。……正直、ここで断られたらすごく困っていたところだ」

 

 その瞬間、ヒカルの背後で佐為が囁いた。

 

(ヒカル……ようやく、囲碁の未来が動き出すのですね)

 

 十九路盤の宇宙が、いま囲碁界全体を巻き込み始めていた。

 

 

 

 

 数週間後、本因坊杯初日。

 

 ヒカルはこの日のために用意した小学生用のYシャツとネクタイ姿で、日本棋院の控え室にいた。逆行する前に、若手プロとして取材を受けたりしていた頃を思い出す。

 普段とは違う役割に、落ち着かない気持ちを抱えながらも、視線はまっすぐだった。

 

「進藤ヒカル君ですね。今日はよろしくお願いします」

 

 運営スタッフ、院生、若手棋士、報道関係者……次々に声をかけられるたび、ヒカルはその都度、軽く頭を下げて応じた。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。……今日は、最高の大会にしたいと思ってます」

 

 控え室のテレビには、初めて一般公開される十九路盤の映像が流れていた。急遽特注された本カヤ製の十九路盤と、大量の白と黒の碁石の入った碁笥(ごす)が、机に配置されていく。

 解説者が興奮気味にその広さと可能性を語っている。

 

 ヒカルは深く息を吸い込んだ。

 

(ここからが本番だ)

 

 名人・塔矢行洋がテレビに映り、これまでの経緯を話す。その中に、進藤ヒカルという名も出てきた。

 

 十九路盤。その宇宙を、より多くの人に知ってもらうために。本因坊杯は、幕を開ける。




エタらないように、少し休憩します。
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