ヒカルの九路盤   作:九路星人

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第11話「本因坊杯 午前」

 本因坊杯、開幕。

 十九路盤で行われる、世界初の公式囲碁大会。会場である日本棋院は、今までにない熱気に包まれていた。

 

 その中央で、進藤ヒカルはYシャツとネクタイに身を包み、控えめに運営の指揮を執っていた。

 

(ヒカル! 本当に十九路盤で碁が打たれるのですね……)

 

 ヒカルの傍らで感慨深げに言ったのは佐為だった。

 

(十九路盤の大会……。これが、私の時代にもあれば……)

 

「言うなって。今は、ここが俺たちの時代だ」

 

 ヒカルはスケジュール表を見ながら、開始時刻を確認した。午前の部、一次予選が間もなく始まる。各対局室ではすでに選手たちが着席し、開会の挨拶が終わるのを待っていた。

 

「では、午前の部、第一局開始します!」

 

 進行役のアナウンスが場内に響くと、十九路盤の上に黒白の石が静かに置かれていく音が鳴り始めた。

 

 ヒカルはスタッフ用モニターをのぞきこむ。表示された各対局の状況に目を走らせる。参加者は全国から選抜された若手棋士、院生、特例枠の強豪アマチュアを含む計32名。そのうち、注目の5名が、他を圧倒する存在感を放っていた。

 

 

 

 

 第一対局:塔矢アキラ vs 有力院生

 

 塔矢アキラの手には、迷いがなかった。彼の打ち筋は、九路盤で鍛え上げられた正確さに、十九路盤への適応力が加わり、研ぎ澄まされた直線のようだった。

 

「……一手一手が重い。これが、塔矢アキラの囲碁か」

 

 対戦相手の院生が、額に汗をにじませる。十九路盤に慣れていない世界の棋士たちの中で、アキラは唯一、すでに深淵の一端を覗いていた。

 

 結果は中盤で明確な差がつき、アキラが危なげなく勝利を収めた。

 

 

 

 

 第二対局:越智康介 vs アマ代表

 

「おいおい、こんなに広い盤で、どう手を読めばいいんだよ……」

 

 初手から終始冷静だったのは越智康介だった。彼の碁は堅実で、かつ読みが深い。モブのアマ代表は、序盤で一つ大きなコウを見誤り、中央で戦線を崩壊させてしまう。

 

 淡々と石を並べながら、越智は最後の一手を置いた。

 

「ありがとうございました」

 

 その静けさが、逆に怖いほどだった。

 

 

 

 

 第三対局:和谷義高 vs 院生

 和谷は、他の対局者と比べてもやけに楽しそうだった。

 

「うおっ、こんなとこに手が入るの!? 十九路ってマジおもしれーな!」

 

 対局相手の院生は、そのテンションに圧されながらも健闘を見せた。だが、盤上の勢いは止まらない。

 

「読み切り勝ちィ!」

 

 勝敗が決まると、和谷は満面の笑みで立ち上がった。

 

 

 

 

 第四対局:伊角慎一郎 vs プロ試験常連

 

 伊角は静かだった。余計な言葉は交わさず、ただ盤面とだけ対話していた。

 

 十九路盤において、彼の正確な地取りと安定した構想力は光る。相手が攻めてきた際も、冷静に反撃し、じわじわと勝勢を築いた。

 

「伊角さん、さすがですね……」

 

 運営スタッフのひとりが漏らす声に、ヒカルはうなずいた。

 

「うん、あの人は『勝ちに行く』棋士だよな」

 

 

 

 

 第五対局:社清春 vs アマ上位

 

 社は盤面をじっと見つめたまま、ほとんど表情を変えなかった。関西棋院の新星。独特の感性で十九路盤を飲み込んでいく姿に、会場の注目が集まっていた。

 

「どうして……俺の地が、こんなに……?」

 

 対戦相手は知らず知らずのうちに中央を取られ、外周も固められ、敗北に追い込まれた。

 

 最後の一手を打ち終えた社が、ぽつりとつぶやいた。

 

「おもろいわ、この盤」

 

 

 

 

 ヒカルは勝者の名前を見ながら、小さく息をついた。

 

「……やっぱり、そうだよな」

 

(はい、ヒカル。この時代の棋士たちも、やはり強さに貪欲なのですね)

 

 佐為がうれしそうに言う。ヒカルもうなずいた。

 

 九路盤しか知らなかった世界が、十九路盤という宇宙を前にし、新しい棋譜を描き始めた。その第一歩として、午前の部は、確かに成功していた。

 

(午後の対局は、もっと荒れるかもしれないな……)

 

 ヒカルは緊張と興奮が入り混じった面持ちで、会場全体を見渡した。

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