ヒカルの九路盤 作:九路星人
碁会所の静かな空気の中、ヒカルは佐為と向かい合って座っていた。
目の前にあるのは、九路盤。
(ヒカル、どうしました? いつもならすぐに打ち始めるではありませんか)
佐為は不思議そうな顔でヒカルを見つめていた。ヒカルは無言で盤面を見つめる。九路盤の碁は知っている。単純なルールながら、奥深い戦略が存在することも理解している。
しかし、ヒカルにとって囲碁は十九路盤で打つものだった。
(……本当に、この世界には十九路盤がないのか?)
ヒカルは深く息を吐き、重い考えを振り払った。
「……いいよ、打とう」
碁石を手に取り、ヒカルは九路盤での対局を始めた。
(佐為の九路盤の実力……試してみるか)
最初の一手を打つと、佐為の目が輝いた。
(いざ、勝負です!)
ヒカルは佐為の応手を見て、改めてその実力を感じた。九路盤では十九路盤と異なり、序盤から激しい戦いが始まる。広い布石の概念が存在しない分、いきなり接近戦となる。
佐為の打ち回しは精密だった。小さな盤面の中で、的確に地を確保しつつ攻撃の糸口を探る。ヒカルは焦ることなく、慎重に応じた。
(この狭い盤面なら、十九路盤のように広い構想は使えない。でも……)
ヒカルは佐為の打ち筋を見ながら、ふとひらめいた。十九路盤の考え方を九路盤に落とし込めば、相手の意表を突けるのではないか?
「……試してみるか」
ヒカルは大胆な一手を打った。
佐為が目を見開く。
(これは……?)
九路盤では一般的でない手だった。しかし、十九路盤の布石理論を応用すれば、九路盤でも新しい可能性を生み出せる。
佐為は興奮した様子で盤面を見つめた。
(面白い……! では、私はこう打ちます)
佐為の手が鋭く打ち込まれる。ヒカルは一瞬息をのむ。さすが佐為だ。九路盤においても、彼の読みの深さは健在だった。
(やっぱり、佐為はすげえ……)
九路盤は単純に見えて、極限まで研ぎ澄まされた攻防が求められる。十九路盤よりも一手の価値が重く、どんなミスも即座に命取りになる。
ヒカルは慎重に応じながらも、佐為の棋風を観察していた。
(……うーん、佐為は九路盤の棋士として完璧すぎる。でも、だからこそ……)
ヒカルはさらに十九路盤の知識を活かした別の一手を試した。
佐為がまた驚いた顔をする。
(ヒカル……今日のあなたの打ち方は、まるで別の囲碁のようですね)
「かもな」
ヒカルは苦笑した。この世界では誰も十九路盤を知らない。だが、自分は知っている。
ならば、自分がこの九路盤の世界で新しい戦略を生み出せるかもしれない。
(佐為、まだまだ行くぜ!)
(ええ、全力でお相手します!)
二人の対局――傍から見ればひとりで黒と白を置いていっているように見える――は熱を帯びていった。
それから数日後。碁会所の入り口でパタパタと足音がした。