ヒカルの九路盤   作:九路星人

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エイプリルフール、四日目――。


第4話「消えた本因坊」

 塔矢アキラとの九路盤での対局をヒカルの勝利で終え、喧騒さめやらぬ碁会所。ヒカルは碁会所に置いてある雑誌のバックナンバーを読んでいた。

 

 そこには、歴代の九路盤のタイトルホルダーたちの名前が並んでいた。しかし。

 

(本因坊の名前が……ない?)

 

 本因坊のタイトル。それはヒカルの知る世界では、囲碁界の最高位に君臨する由緒ある称号だった。しかし、この世界にはその名がなかった。

 

 驚きを隠せないまま、子供の姿のヒカルは碁会所の主人に問いかけた。

 

「ねえ……本因坊っていうタイトル、聞いたことある?」

 

 主人は眉をひそめ、首をかしげた。

 

「本因坊? そんなタイトルは聞いたことがないな」

 

 ヒカルの胸がざわついた。

 

(やっぱり……この世界には本因坊のタイトルが存在しない……?)

 

 ヒカルは盤の前に座り、しばらく考え込んだ。

 

(本因坊がいないなら、この世界の囲碁の歴史はどうなってるんだ?)

 

 九路盤しかないこの世界では、囲碁の発展の仕方も違ったのかもしれない。

 

 その時、背後から心に声が響いた。

 

(ヒカル、何をそんなに難しい顔をしているんです?)

 

 佐為だった。

 

(佐為……なあ、お前は本因坊秀策って言葉、聞いたことあるよな?)

 

 佐為は少し考え込み、首を振った。

 

(いいえ……しかし、その言葉には何か特別な意味があるのですか?)

 

(……本来なら、日本の囲碁界で一番古くて、由緒ある称号なんだよ。それに、お前と無関係の話でもないんだぜ)

 

 ヒカルはそう説明しながらも、この世界にはその称号がなかったことに、改めて違和感を覚えた。

 

(じゃあ、この世界では誰が囲碁の発展を引っ張ってきたんだ?)

 

 ヒカルは碁会所にある雑誌をめくり、歴代の名人たちの名前を追った。しかし、本因坊の系譜はどこにもない。その代わりに、見知らぬ名前がいくつも並んでいた。

 

「……まるで、歴史が変わってるみたいだな」

 

 ヒカルは呟いた。

 

 佐為が静かに言った。

 

(ヒカル、あなたが知っている囲碁と、この世界の囲碁は違うものなのかもしれませんね)

 

「……かもな」

 

 ヒカルは九路盤を見つめた。この世界に十九路盤はない。本因坊という称号もない。しかし、囲碁を打つ人々の情熱は変わらずに存在していた。

 

(だったら……俺が、この世界に新しい何かをもたらすことはできるのか?)

 

 ヒカルの目に、決意が宿った。

 

(佐為、打とうぜ)

 

(ええ、喜んでお相手いたします!)

 

 二人は碁盤に向かい合った。ヒカルの石が盤に置かれると、佐為は静かに微笑みながら応じた。

 

(ヒカル、あなたの打ち方はやはり不思議です)

 

(そうか? 俺としては普通に打ってるつもりなんだけどな)

 

(いいえ。普通ではありません。この九路盤において、あなたは全く別の(ことわり)を探しているように見えます)

 

 ヒカルは一瞬、手を止めた。

 

「……それって、悪いことなのか?」

 

(いいえ、ただ……)

 

 佐為は少し考え込むように碁石を見た。

 

(この世界の囲碁とは違う道を、あなたは歩もうとしているのでしょう)

 

 ヒカルは盤を見つめた。九路盤しかないこの世界で、自分だけが十九路盤を知っている。自分の知る囲碁はこの世界では異端なのかもしれない。

 

 しかし――

 

(だったら、この世界に俺が新しい囲碁を作ればいい! 佐為、もう一局!)

 

(ふふ、ヒカル、あなたは本当に囲碁が好きなのですね)

 

(当たり前だろ!)

 

 消えた本因坊のタイトル。その意味を、ヒカルはこれから探すことになる。そして、九路盤しかないこの世界で、自分が何を成すべきなのか。その答えを求めて、ヒカルの挑戦が始まろうとしていた。

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