【ピン・ポーーーン】
わざわざ選んだ古めかしい音色のチャイム。
久々に鳴らされたそれにゴローがぼんやりと目を開いた。
頭が痛い。
ぼんやりして、世界が遠くて。
『おーい、聞こえてる〜?』
【ピン・ポーン】
『生きてますか〜?』
【ピン・ポーン】
『お………ゴロちゃ〜ん!』
【ピン・ポピン・ポーン】
起きなくてはならない。
理性はそう言うのだが、脳がまるでついてこない。
なんとなく行ける気がして、昨日はアタマの薬を飲まなかったのだ。
たぶん、それが、わるかった。
『約速の時間だぞ〜?』
【ピポピポピポピーン・ポーン】
あの子に恥ずかしい姿を見せる訳にはいかない。
だって、何故なら……。
『入るよー!』
合鍵を使い、彼女がドアを開ける。
ゴローは。
TS幼女おじさんは…まだ動けなかった。
◆
「ちょっと! ちゃんと聞いて!」
「…………聞いてるじゃんよぉ」
「態度が悪いでしょ!?」
「はーーーー…うっせ」
「なんてぇ!?」
ゴロー。
お説教ナウである。
アタマのお薬を飲んで少し回復したものの、まだまだ調子は良くない。必ずクスリを飲むように言い募る小娘への対応の仕方が癪に障ったのか、クッションの上に正座させられて軽く10分は怒られ続けていた。
仁王立ちする彼女はギャル風の装い。
丈が短く可動範囲に困りそうなスカート。お腹をチラ見せするピチピチのシャツの上に、飾りのような小さなジャケットを重ね着して。
「そんなにアーシのことが嫌なんだったらサヲリ呼ぶから!」
烈火の如く…いや、目に涙を浮かべてスマホを取り出す美女ーーー毛利スミレーーーの、その腰に縋りついてゴローがスマホへ手を伸ばした。
「うがぐぅ……待てって、おっちゃんが悪かった! 反省してる、反省してるからほんとにサヲリはヤメろ!!」
ゴローの手はまるで届かない。
それどころか筋力に差があり過ぎてしがみつくだけでも精一杯だ。悔しい、恥ずかしい、情けない。
「ダメ! ちゃんと反省して貰わないとーーー」
こんな小娘にも勝てない。
こんな小娘にも抗えない。
こんな小娘に、心配させて、しまう。
俺の………。
「う……」
必死な素振りが唐突に消える。
頭を垂れて、ただスミレのスカートを握りしめるゴローの変化。
「え…あれ? ○○さん??」
その呼び名がトリガーとなった。
「うわ〜〜〜〜〜ん!!」
「え!? ちょ…!!」
「うわ〜〜〜ん!!」
「ちょ、え、なんで! へ!?」
「ひぃ〜〜〜〜ん!!」
ただただ真っ直ぐに。
直立不動の姿勢でゴローは泣いた。
顔を真っ赤に染めて、恥も外聞もなくボロボロと大粒の涙を零した。
アタマのお薬を飲まなかった影響。
TSした女性としての感性。
幼児化する事により影響力を強めた本能。
ーーー何よりも………『実の娘』相手に赤ちゃんのような立場に貶された惨めさと情けなさ。
「ちょ、ど…えっ!?」
グルグルと頭の中で渦巻いていた感情が爆破する。癇癪玉が炸裂したように、ダムが崩れて溢れるように。
「ごめん…アーシが言いすぎた、泣かないで…泣かないで………お父さん」
火の玉のように熱くなったゴローの身体を抱きしめ、スミレはゆっくりとその背中を擦った。
何時だったか…遠い昔に、自分が父にしてもらったように。
ーーーそれからしばくして。
真夏のセミのような酷い鳴き声は嗚咽とすすり泣きに変わり、石のように硬直していたゴローの身体から力が抜けた。
「ちょっと休む?」
スミレの提案にコクリと頷くゴロー。
二人で寝室に向かい2時間ほど眠った。
誰かと一緒に眠るのは…5年ぶりの事だった。
◆
「ーーーはい、そんな訳で今日も配信していくぞ〜」
ーーーあれ? なんかゴロタス目赤くない?
ーーー目もと腫れてるよ?
ーーーん?
ーーーおや?
ーーー事件の匂い…クンクン
ーーーゴローは泣き虫だからな
「んなッーーーは!? いや泣いてねーし! さっき玉ねぎ切りまくっただけやし、明日は玉ねぎモリモリのカレーなんやし」
ゴシゴシと目を擦る。
そんなゴローの様子を心配しつつ、特に大きな問題でも無さそうだと見当をつけ、リスナーがゴローで遊びはじめた。
「そもそもおっちゃん人前で泣いたことないし!」
ーーー痴呆かな?
ーーー鏡見ておじいちゃん
ーーーついこないだブルGで爆死したじゃろ?
ーーー泣いてない(わけがない)
「ブルの時はアレだ、ちょっと杏露酒とバナナチップスの食い合わせが甘過ぎてオエッただけじゃし、ぜんっぜん泣いてないし!?」
ーーーゴロオジ泣き顔ショート集みる?
ーーー俺の性癖壊した責任とれよ
ーーー泣き虫やなぁ
ーーーごろたんはまだ5さいだからね
ーーー怖い夢でも見たんじゃねww
ーーー子供は泣くのが仕事なんやで
「あ〜もう、うっせぇなあキミらは! そも、おっちゃんは45だって言ってるやろ!? 怖い夢なんかで泣くわきゃねーじゃろ!?!? あかちゃーんかバカがよぉ!」
リスナーと戯れ、ケラケラと笑いながら出撃ステージを選択した。
今日は650コスト・軍事基地。
出撃機体は当然のFA陸戦型ΖGだった。
FA陸戦型ΖGは本当に素晴らしい。
拡張[装甲]で耐久を盛るカスパ構成上、オーバーヒート回復向上や旋回速度の向上、弾丸のリロードを増したりと腐る所が1つもない。
耐久力・機動力・防衛力(優秀で多彩な射撃武装)。
この重要3点が高レベルで纏まっている機体はそうない。プレイヤーへの機体アシストが他の機体と比べて段違いに優れているのだ。
「コイツ使ったあとに350で水ガン乗ったりしたらもぉね…低コストはやらないって人の気持ちがわかるよね。水ガンくんが悪いわけじゃないんやけどさ、
その低スペックに慣れてしまえば戦えはするのだが、爽快感はどうしても低くなる。
(それはそれで趣きがあって良い時もあるよね)
「ともかく、今日はガンガン行くぜ〜!」
カラカラと陽気に、ゴローは戦場へ挑んだ。
今日はひたすら遊びたかった。
何も考えなくなれるくらい没頭して、何も思い出す事が無くなるくらい疲労困憊したかった。
娘の香りがうっすらと香るベッドに入っても、あの屈辱を思い出すことなく眠れるように。
ゴローは…TS幼女おじさんは。
今日もイロイロと限界だった。
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