なんとか書けたので投稿します。
その日のゴローはメンタルがヘルスしていた。
(直訳→心が健康していた)
「ジカクショージョーあり。なら、まだヤレる?」
衣装部屋に用意した姿見鏡。
そこに映るのは床にペタリと腰を降ろした
「ツキとサムさ…キアツ? あとは………」
身体を鍛えるようにしてからは精神的な不調をある程度予防出来ていた。しかし、その程度で持ち上げられるほどゴローの脳みそは軽くない。
寒さ抜きでもマトモに動かない舌を懸命に動かし、ゴローはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あとは…むぅ………」
トリガーとしては動画だろう。
最近とあるバトオペ動画配信ニキがジム・レイドの動画を投稿したのだが、その扱いがまぁ上手い。
立ち回りと距離勘が抜群だからだろう、ゴローが実戦での使用は困難と判断して選択肢から切り捨てたダガー下格闘を、開幕からゲーム終了まで休む間もなく使い倒して戦場に屍の山を生み出した。
その配信ニキの与ダメージはゴローの実に3倍。
最高レベルに上手くまわった試合を切り抜いた動画だから…とか、こっちは中継確保等の雑用もしているから仕方ない…とか、そうした事情を鑑みても3倍はヤバい。
単純計算でゴローの8分間の奮闘は配信ニキの3分に満たないのだ。
優しい心で雑用時間としての1分間を免除してもらった所で残り4分、オマケのオマケでノタノタとした無駄な移動時間まで引いてもらって残り3分。
そこまでやっても配信ニキがゴローの倍速で…それも競合ひしめくSランクの地獄の戦場で完璧な仕事を熟した事実は変わりようがない。
「キツイな〜…」
かなり参っていると自覚している。
「あ〜〜〜……………」
上の問題は避けようが無いのだ。
今回は、たまたまバトオペのゲーム配信がトリガーとなったが、こうした事は日常茶飯事。
ゲームに限らず学校でも仕事でも人付き合いでも、ほぼ全ての人がほぼ全ての分野で何処かの誰かに遅れを取っている。
問題はその自分の弱さとどう向き合うか…だ。
・頑張る。
それも一つの答え。
・休む。
それも正しい。
そして。
「ウサさん…」
・
これもそう、人間には必要不可欠な
「おれ、ガンばってんだケドさ…」
小脇に抱えていたウサギの人形。
それを幼女が映る姿見の隣にちょこんとお座りさせて、壊れた頭と回らない舌を懸命に動かして言葉に変えて。
「なかなか…うまく、なんナイんだよな」
話したい事がある。
「サンバイは、ひでーよな…?」
触れ合いたい。
匂いを嗅ぎたい。
声を……聞きたい。
『SとAを比べるのが間違いなんじゃないの?』
きっと、彼女ならこう言うであろう台詞。
それが聞こえるのは脳の中だけ。
ウサギの人形は。
人形だから。
『そうやって自分と他人とを比べちゃうのはゼンちゃんが上手くなったからだよ! 上手になったからこそ、沢山の事が見えて苦しくなってる…つまり成長してるって証拠なんたよ、きっと!』
小さな悩みにも明るく振る舞い、夫の好きな料理を作ってくれるーーーいや…………作って…くれた。
『ほらビール飲んで! アタシも付き合ってあげるから…ね? 元気だしてゼンちゃん!』
「ウサ………」
会いたい。
会いたい。
会いたい。
会いたい。
会いたい………。
心が壊れて、瞳からこぼれて。
鏡の中の幼女と目が合う。
死んだら目を、するくらいなら。
最初からーーー。
…最初から。
目が覚めてから。
この身体になってから。
気付けば季節は一巡りしていた。
メンタルがヤバイ。
なんとなくわかる。
もう既にゴロー監視用のAIが異常を検知してサヲリに連絡が行っているだろう。
あと数分もすれば娘がこの部屋に突入してくる。
きっとまた、
オクスリを打たれて、
あたまがバカになって、
カレンダーの日付が飛んで、
そして。
そしてまた、
君に、
会えない。
「……………」
何かを考えた訳じゃなかった。
いや、何もかも考えていたのかも知れない。
良くない事だと思っているし、娘に迷惑をかけたくないとも思っている。
【ぐちゅ】
鏡の中の
「あ〜〜〜〜…………」
大丈夫なのは知っている。
そう、最初の数秒は痛みも無い。
本当にヤバイ負傷の場合、脳が勝手に判断して一時的に痛覚の機能を遮断するから。
ーーーけど、それは。
「あ゙…ぐ…あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
脳に直接、ハンマーで釘を打ち付けられて、そのままグリグリと容赦なく掻き回されるような痛みが奔る。
心臓が壊れたように不規則に鼓動して、その血液のリズムに合わせて右目のあった場所から身体全体に、すべてが引き千切られるような
強すぎる痛み故に気絶して。
強すぎる痛み故に覚醒する。
ガクガクと全身が痙攣して、地面に身体を打ち付けて。灼熱の痛みが世界を赤黒く染める。
潰れていない方の目からも、鼻からも、口からも、股の間からも体液がこぼれて、全身の毛穴がばっくり開き、ヌメヌメとしか気色の悪い粘性の汗が分泌される。
バカだなと、
もちろん思っている。
同時に。
別のコトを閃いた。
自分の血や、目の玉の中の汁が飛び散って、
それで汚れてしまった白色のウサギ人形を見て、
閃いたんだ。
そうだ。
そうだ。
1年も違うのなら、
君が駆けつけてくるキッカケになるのかも知れない、とも、思いついて。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
会いたい。
「………ぐぉ……が」
自分が泣いているのか、
叫んでいるのか、
それとも笑っているのかも、
何も、
わからなくて。
なら、もっと。
もっともっともっともっともっと。
もっと…目立てば。
そう思って、
ろくに動かない四肢を、
懸命に操り、
俺は、
キッチンへーーー。
もしかしたら、
包丁を、
取り上げられるの…かな?
それは、嫌だな。
料理…したいな。
なら、
そうか、
なら、
ここで、
失敗しないように。
ちゃんと刺せーーーーーーーーーー
◆
「ごめん」
それは。
その声は。
「………?」
背後から組み付かれた。
その香りは。
「ごめんね…」
鼓膜を震わせる空気の揺れが、
魂の隅々まで広がり。
「あ………あ…!!」
肌に触れる手触り。
髪の毛の質感。
優しくて、悲しくて。
だから彼女はゴローの耳元へ囁く。
「ごめんね、■■■■」
ゴローの記憶は、
そこで、
終わって。
◇
ーーーおーい?
ーーーフリーズしてはる
ーーーどこ見てんのwww
ーーーごーろーた〜す〜〜〜?
ーーーかわぇぇなぁ♡
ーーー目ぇ開けたまま寝てんのか?
「ーーーえ?」
気付けばモニターの前に居た。
「あ…え??」
記憶が繋がらない。
いや、記憶は繋がっている。
2つの記憶。
1つは日常の記憶。
当たり前にモルモットとして病院へ出頭して、検査して、お昼ご飯を食べて、帰ってきて、配信を開始して。
もう1つは。
「ーーーーーーーーえ??」
2つ目の記憶。
この世界から抹消された記憶は、夜に見た夢を忘れる瞬間のように呆気なく。
ふわりと解れてグザグザになってしまった。
何かがあった。
世界の全てが覆るような。
そんな、気がした。
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