何かがあった気がする。
けれどそれを確かめる術は無く、何よりゴローは腐っても配信者だ。
椅子に座り、モニターに映り、バトオペを起動しているのなら、お客様をもてなすのが最低限のゴローの矜持。
ーーーしかし。
「うごごごごご………」
記憶の中では酒を飲んではいなかった。
いや、飲んでないからダメなのか?
頭の中にパンパンに膨らんだ風船があってそれが思考を邪魔している感覚。
エイミングは兎も角として、普段なら出来る最低限の射線切りや僚機との連携すらもままならず、ゴローのジム・レイドが
幸い味方が強かったお陰で戦犯になる事は避けられたが、流石にこの頭の調子では仲間の足枷にしかならない。
「なんか今日はお脳ちゃんのチャンネルがイマイチですわ。雑談しよーぜ雑談」
小腹が減って〜♪ 閉店で〜♪
リスナーを待たせ「ふんふ〜ん♪」とよく分からない鼻歌を垂れ流しながらキッチンへ向かうーーーと。
「いっ…!?」
何故かズキリと右目が痛んだ。
「ーーー?」
…よく、わからない。
わからないまま、とりあえずガサゴソ…と台所から取り出したのはーーー!
「チキンラーメン〜!!」
お椀に入れて、熱湯を注いで、お好みで生卵を乗せて蓋をして3分! それでこの味を生み出せる67年前から存在する日本の宝。
湯気が香りを乗せてホカホカと漂うラーメンにウヘウヘと頬を緩め、リスナーと会話しながらも冷凍庫にセットしていたゴツいビールジョッキを取り出し、ビール専用の小型冷蔵庫からはスーパードライをチョイスする。
「やっぱドライこそ神。アサヒ昇る所のドライ」
正直あたまの調子がおかしい。
判定基準がイマイチわからないゴロー監視用AIにチュピンされる恐怖を抱えて、とりあえず普段と変わらない振る舞いを心がけながら笑顔を作った。
「味と言い喉越しと言い、マジでこれに勝るビールが思いつかんのよ…まぁ個人的な好みの問題なんじゃが」
ーーー俺は黒ラベルかな〜
ーーーすげーわかるゾ☆
ーーーゴロタスなんか疲れてない?
ーーーアサヒならクリアだろjk
ーーース〜プァドゥラァァァァイ!!
ーーー意外と王道やねんな
ーーーぱはーしてくれぱはー!
ーーー美味しく飲めて良かったでちゅね♡
ーーーチキンラーメン、久々に食いたくなった
ーーー飯テロ〜!!
調子をの誤魔化しを含め、退屈しのぎに箸でチンチンと食器を叩きリスナーの目と耳を楽しませる。
「………と、3分ですな! では実食!!」
熱々のラーメンにハフハフと食らいつき、舌の熱が消える前にゴクゴクとビールを煽る。
ぷひーと身体が喜びの悲鳴に震えて。
そして、ゴローはリスナーと戯れる。
…これで良い。
何も無かった事になる。
いつも通り、少しだけ下手なバトオペ配信をして、美味しそうにご飯を食べて、少しだけ寂しそうにビールを飲む。
ゴローの日常を守れれば、それでーーー。
ーーーゴローは妖怪とか幽霊っていると思う?
それは、リスナーからの一言だった。
唐突な、
無数の魂が集う普遍的無意識からの声。
ゴローを想う、
その心へと寄り添う…声は。
「んへ? よーかい? へへ〜♡」
少しだけ、未来を願っていて。
「おっちゃんな〜? 爺さんが居るんじゃけどな〜? その爺が割とマジで拝み屋なんよね〜」
ーーー拝み屋??
ーーーぬ~べ~かよw
ーーー稼げるんか?
ーーーお! 俺のばあちゃんイタコやぞ!!
ーーー嘘くせーwww
ーーー令和の時代に拝み屋とかいうパワーワードw
ーーーオラ、ワクワクすっぞ☆
「いやま〜拝み屋もやってる何でも屋って感じ? 銀さん的な割とチャランポランな爺なんじゃけど、体力だけはゴリラ並みにある妖怪爺やってな? 子供の頃から畑仕事やらミカンの世話やらなんやらかんやら引っ張りだされてなー? しかも無給で」
ミカンの世話はキツかった。
ふと脳裏に過ぎった過去の記憶。
苗木の周りを囲うための藁束を運ぶのだが、それがまぁ重い。河川敷の草を刈り取り米俵のように形成された藁の塊を畑の隅に山積みにしてあるのだが、刈り取った後長期間放置しているので晴れの日でも中央部には水分が詰まっている事が多いのだ。
水はもう本当に重い。
藁運びはキツイ、臭い、汚いで、3Kとはコレの事だと長いこと勘違いしていた記憶。
確か藁の間にネズミの子供が居た…いや? カブト虫の幼虫だったか…??
ともかく、動物のウンコや白カビに塗れて仕事をして。
「シシ撃ちも行ったし漁船で漁にも連れてかれたな〜。今の若い子とかニワトリ絞めた事のある子って少ないんじゃね? 袋被せてチャイするんじゃけどな〜? アレがなかなかーーー」
ーーー妖怪の話から飛ぶなぁ
ーーー空中戦大好き♡
ーーーチャイするって、それは、、、
ーーーシシ撃ちって、イノシシのこと?
ーーーワイルドゴローw
ーーー農家なの?
ーーーニワトリ…締めたんかぁ………
ーーー爺ちゃんっ子で草
「あ…妖怪の話だっけ? そ〜そ〜爺さんが言うには居るらしいぜ〜? 爺が言うにはなんか妖怪とか幽霊には波長? チャンネルみたいなもんがあって、その周波数が合ってる人間には見えたり影響が出るから、その波をずらせば除霊モドキになるとかなんとか…本職激怒のインチキ霊媒商法って自分で言ってたわな〜ww」
残念なのかどうなのか、親父にも自分にも弟にも、あの妖怪爺の才能は受け継がられなかったが、今でもあのお爺さんの正装に憧れた気持ちは胸の中に残っていた。
ーーーゴローはスピ勢だったのか
ーーーインチキ霊媒w
ーーーうわ〜ゴロたすの爺ちゃまもオモロそうやな
ポロポロと書き込まれるコメント。
それを眺めながらラーメンを啜っていた…その時。
ーーーゴローは会いたい幽霊とかおらんの?
「ーーーーーーあ…」
会いたい…幽霊。
その一言が、魂に刺さった。
ーーーゴ
ーーーえ?
ーーーゴロたす…?
ーーーをぃをぃをぃをぃ!?
ーーーあわわわわ!?
こころが
こわれて
ひとみから
こぼれて
「あ…え………??」
消された記憶は戻らない。
けれど、右目からは雫が落ちて。
赤くて、鮮やかで、
無かった事実を否定して………。
「い…た……??」
痛い…?
いた………あ。
居た??
あ………。
………い……………た……………い。
「ーーーウサ…さん??」
香りがあった。
ぬくもりを思い出して。
細胞が震えた。
「う…い…て、痛て、て…」
ーーーゴロー!!!!
ーーー救急車ぁ!
ーーーケラちゃん!!
ーーー緊急事態だぉ!
ーーーうわ〜!
ーーーゴロー!
ーーーごろぉぉぉぉぉぉ!!
突如血を流した右目。それを庇うようにして蹲り、画面から姿を消したゴロー。
その日の動画配信はそこで打ち切られた。
ゴロー復帰までの数日間、リスナーは悶々とした日々を過ごすのであった。
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