見てない方は是非に
世は大海賊時代。玉石混交、海賊の中でも粒ぞろいの強者共がのさばる新世界はグランドライン。海は広しと言えど、かの風光明媚なシャボンディ諸島の隣に在る島と言えばひとつしかないだろう。
正義の二文字が大きく刻まれた建物こそ、世の正義を遵守すべく奮闘する海の男たちの巣窟である。そこらの海賊であればチラと見ることも叶わぬ要塞島の中程には大きな空き地がいくつか設けられており、普段は訓練生はじめ海兵の訓練場として機能している。そのうちのひとつで年に一度の本部昇格試験は行われる。今日もまた、ひとりの男が本部昇進の為、剣を構えていた。
太陽に煌めく金髪とウルトラマリンブルーの双眸が並ぶ白磁の顔はまるで舞台役者のように華やかで、軍隊には似つかわしくないとさえ思える。しかし、その手に握りこんだ片手剣のグリップは手の形にすっかり摩耗しており、使い込みようが察せられる。使い込んだグリップはあちらから握り返されていると錯覚するほどに手に合うのである。男は
「本日もよろしくお願いします、サカズキさん」
「腕は上げたンじャろうな?」
相対するのは武闘派と名高い海軍大将――赤犬サカズキである。黒いグローブ越しに拳を鳴らしながら男を見下ろすサカズキ。壮年期を迎えながらも筋肉がみっちりとついた身体中から立ち上る闘気は、その身が未だ現役であることをまざまざと示していた。
「昇格試験……はじめッ!」
エコーの掛かった声が運動場に響く。海軍本部勤務の海兵たちが物珍しげに眺める、その視線の先に立つ青年は流麗な見た目とは裏腹に質実剛健な剣捌きでサカズキに切り掛かる。先の潰れた鈍とはいえ鉛の塊が持つ質量は凄まじく、突きを繰り出すごとに風を切り裂く鋭い音が青空高くに響く。サカズキは距離をとりながらも身を僅かにそらすだけの最小限の動きで猛烈な突きの連撃を交わして行く。双方一撃も貰わぬまま進む試合だったが、観客含め皆わかっていた。少将も当然だが、大将赤犬も真剣に挑んでいるのだと。
連撃を捌き切ったサカズキは「今度はワシの番じゃき……!」と拳にマグマを纏わせた。マグマグの実を食べたマグマ人間、その本領発揮である。鈍では防ぐことのできぬ粘液に近い高温のマグマに、しかしウルフレッドは剣を突くことで対応した。常であれば瞬く間に鈍が溶け落ちるであろう相性を、ウルフレッドは自らを代表する、剣全体に風を纏わせる剣技で打ち散らしてみせる。
マグマが後方へ拡散して行くのを気にも止めず、サカズキは冷静にウルフレッドの突きによって生じた隙――即ち、脇腹へ痛烈なアッパーを喰らわせた。
「ガラ空きじゃァ!」
「ウグッ……!」
殴打殴打の瞬間、ウルフレッドは反射的に後方へ飛び、衝撃を逃がした。それでも、サカズキの拳は武闘派の名に違わぬ重さである。脇腹に鈍い痛みが広がり、彼は思わず顔を歪めた。攻撃を受け僅かに硬直する体に追撃の一発を貰ったウルフレッドはギャラリーの方へと吹き飛ぶ。どよめく群集が吹き飛んだ体を抱え起こしてやるのを横目に見ながら、サカズキは黒いグローブをキュッと嵌め直した。
仕切り直しとばかりに額から血を流したウルフレッドが剣を握りながらサカズキに向かって跳躍を見せると、その不屈の精神に硬派な男は若干の笑みを浮かべた。
握り込んだ拳から肩にかけてボコボコとマグマが噴き出す。
そこに飛びかかったウルフレッドの握る剣の、その刀身に風が巻き付く。
ごおごおと吹き荒ぶ風がマグマにぶつかって、そのまま吹き飛ばした。
サカズキが吹き飛ばされる稀有な光景にギャラリーのボルテージはどんどん上がっていく。
空中のサカズキに追撃するようにウルフレッドもそれを追いながら宙に突きを放った。
「流石ウルフレッド少将……海軍一と謳われる剣術は見事の一言だね」
その様子を島の一際高い建物の最上階に設けられた元帥室から眺めていた海軍本部中将つるが称賛の声をこぼした。
「だがしかし、だ」
「ああ、いくら剣の腕が良くても能力者には太刀打ちできん」
元帥 センゴクは自らが目をかける男を遠くから見下ろす。つるの隣でバリバリと煎餅を噛み砕いていた海軍の英雄 拳骨のガープもその言葉を引き継ぐように続けた。彼らは何もウルフレッドを低く見ているのではない。事実として、
「覇気が使えんのではな……」
この世の摂理だ。
能力者を非能力者が傷つけるためには、相性的対策をする他に
覇気とは、意志の力である。万人に備わった普遍的な素質であり、しかしそれが発現しないまま生涯を終えるものも少なくない。武装色・見聞色・覇王色の三種類が存在し、それぞれに適性が存在する。特に覇王色の覇気なんぞは百万人に一人という確率で備わる先天性のものであるが、新世界にのさばる強者どもは皆得てしてこれを備えている。見聞色も極めれば未来が見えると言われるが、特に海軍で必要なものは武装色の覇気である。体や得物を黒く染め、鋼鉄の如き硬さと共に能力者の実態を捉える技法は、非能力者が能力者に攻撃を通すことができる唯一の方法だ。
ウルフレッドが海軍一の剣術の腕を持ちながらも海軍支部の、それも前半の海の片田舎で少将の座に甘んじている理由がそれである。
――ウルフレッドは覇気が使えぬ海兵である。
そんな彼が年に一度の本部昇格試験に挑んだ回数は今回で五回目。その剣術の腕前から海軍大将が相手を務めるという異例の事態を招きつつも、本部の意向で彼は本部勤務を拒まれ続けているのである。
元帥の部屋からは吹き飛ばされる金髪がキラキラと煌めいて見える。赤犬相手に奮闘しつつも、徐々に押されているのが俯瞰だと良くわかった。つるは腕を組みながらそれを見下ろしていた。
「可哀想だとは思わないのかい?」
「いいや、覇気も使えぬ輩が生き残れるほど
つるの言葉に席を立たずに答えるセンゴク。それは、半ば自分に言い聞かせているような、含みを持った言葉だった。つるはそれを聞いて呆れたように首を振ると、以降視線を中へ向けることはなかった。その隣でズズ……とお茶を飲み人心地ついた様子のガープが苦虫を噛んだ顔のセンゴクに提案を投げる。
「ワシぁええと思うがの……あれだけ頑張っとるんじゃ、何、ワシが面倒を見ても――」
「――ならん!」
それは一重に頑張る若者のためを思った提案だったが、センゴクはらしくもない声を上げた。
「……ならん」
眉間を指で揉みながら俯いたセンゴクを鼻を穿りながら眺めていたガープは、ふと窓の外が騒がしくなっていることに気がついた。よっこいせと立ち上がり、つるの隣で歓声の上がる訓練場を見やる。広場にはすっかりマグマの熱で溶けた
「いいと思うんじゃがなぁ……」