西風は何処へ吹く   作:黒鵜

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先日サイゼリヤに行った時、サイコロだったポテトがハッシュポテトに戻って大歓喜しました。


西風は何処へ吹く
失うもの


 

 七武海会議は招集までに多少の時間を要した。癖の強い七武海たちは常より自由奔放、会議への出席率も人によりまちまちである。そこで中将率いる軍艦一隻をそれぞれの迎えとして寄越すことにしたのだが、どうやら交渉が難航した者も中には居た様だ。

 

 ウルフレッドは背の高い中将の手に巻かれた包帯をチラと見て、手前に置かれた珈琲を口に流し込んだ。

 

「……」

「ハハハ! ここの珈琲は苦い事で有名なんだ。ミルクを入れたほうがいい」

 

 あまりの苦さに眉間に皺を寄せたウルフレッドに手に包帯を巻いた男――海軍本部中将モモンガは豪快に笑って見せた。

 

 道理で誰も珈琲に手を付けず、腕を組んでいるわけだ。

 

 ウルフレッドは文字通り苦い思いで頷いた。

 

 程なくして届いたミルクピッチャーはふたつ。

 モモンガはピッチャー半分ほどのそれを、珈琲を混ぜながら注いだ。漆黒の水面に白い渦巻きが美しい模様を描き、そしてスプーンの作る流れに掻き消されて混ぜ合わさる。ウルフレッドもそれを見て、同じ様にした。

 

 白の混じった漆黒は、存外悪い味ではなかった。

 

「そういえば噂になっていたぞ? あの朴念仁が女を本部まで連れてきた、とな」

「揶揄わないでください。彼女はそう言うのではありません」

「いや何、揶揄おうと思ったんじゃあないさ。ただ一眼見れたらなぁ、と」

「彼女はG-三支部基地長のクランベリー殿がいらっしゃったので世話を頼んでおります」

 

 実際のところ、それはカイラン率いる一派による誘拐を警戒してのことだった。彼らはツバキを執拗に狙っている様子で、あれしきの妨害で諦めるようには思えなかった。そこで、偶然寄港していたクランベリーの副官に気付き、彼を通じてクランベリーにツバキの事情を差し支えのない範囲で伝え、保護を依頼することにしたのだ。

 

 この依頼はちょうど良い報告の場にもなった。というのも、以前クランベリーと出会った際、彼から人攫いの捜索を頼まれていたからだ。彼の担当する島では誘拐事件が横行しており、もし手掛かりを得たなら知らせてほしいと言われていた。しかし連絡手段が分からず、これまで報告すらできずにいた。今回の偶然の遭遇はその遅れを埋める好機であった。

 

 今まで潰してきた人攫いの一味からは有力な情報は得られていなかった。しかしクランベリーは薄紅のツインテールを揺らし、小首をかしげながら「それは残念です、はい」と嫌にあっさりした様子で応じた。

 

 その悠然とした態度を思い返していると、傍らで意地の悪そうな顔をしていたモモンガがきょとんとした表情を浮かべていた。

 

「クランベリーが? あの出不精がここまで出張ってくるなんて、よっぽどの事があったのだろうな」

「モモンガ中将と歳が近いですよね」

「ああ、私の一つ下の訓練生だった。深く人となりを知っているわけじゃないが、基地長を任せられているくらいだから芯のある奴なんだろうな」

「そうですか……。不安定な彼女をここに連れてくるわけには行かなかったので、彼の副官の顔を知っていたのは行幸でした」

 

 それから暫くの間、雑談の声がポツポツと上がるだけで部屋の中は静かな雰囲気に満ちていた。

 

「諸君、ご苦労だった」

 

 沈黙に響く声に皆一斉に立ち上がり、最敬礼をした。一糸乱れぬそれに頷いたその人は、丸いメガネのブリッジを押し上げた。

 

「! センゴクさん……いらしてたんですね」

 

 一拍遅れて立ち上がったウルフレッドの言葉にセンゴクは重々しく頷いた。

 

「ああ……少しいいか?」

 

 言外に内々の話なのだと言うセンゴクにウルフレッドは急いで手に持ったままのカップをソーサーに戻した。

 

 

 会議室から廊下をしばらく歩いて行くと、小さな休憩室があった。

 

 元は給湯室として用いられていた部屋だが、新しく給湯室が増設されたのと立地の悪さから、今では滅多に訪れる者はいなくなってしまった。白を基調とした部屋の中には撤去されずそのまま残された小さなステンレス製のシンクと臙脂色の少しハゲた二人がけのソファ、小さなテーブルと1人掛けのカウチが埃を被っていた。

 

 ウルフレッドは先んじて部屋に入ると錆び付いた窓を数度揺すって開け放った。両開きの大きめな窓だ。そしてセンゴクを部屋に入れる前に一度剣を振るような素振りをした。すると、忽ち風が巻き上がり家具をガタガタと揺さぶって窓の外へ埃を巻き上げながら飛び出していった。

 

 部屋は掃除をした後の様に綺麗な様相となっていた。

 

 綺麗になったソファへセンゴクを促したウルフレッドは、向かいのカウチの横でセンゴクをじっと見つめた。

 

「私に気にせんで座っても良いと、いつも言っておるだろう……」

「上官の許し無く座るなど……」

「赤犬め……」

 

 かつて、センゴクとウルフレッドが初めて会った時、センゴクが彼に抱いた第一印象は「風の様に自由な男」だった。豪快かつ繊細で、清廉潔白。絶対正義の名の下に民衆を救い、弛まぬ努力を続ける意志の力も持っていた。そんな彼を赤犬直属の部下として配属したことで、良くも悪くも彼は変わった。

 

 赤犬にとってはセンゴクに預けられたと言うこともあり、またウルフレッドの性質を気に入っていたこともあり、彼なりに可愛がっていた。しかし、彼らの相性は良くない形で噛み合ってしまったのだろう。

 

 センゴクがソファに腰掛けて声をかけると、ウルフレッドはようやく腰を下ろした。

 

「ンン……今回呼んだのは他でもない、王下七武海専属プロジェクトの件だ」

 

 数珠繋ぎの髭を撫でながらセンゴクはウルフレッドの瞳をしっかりと見据えて言った。

 

「まずは君の口から報告を聞きたい」

「承知しました!」

 

 定期報告こそ電伝虫越しにしていたものの、こうして面と向かって向かい合うのはいつぶりの事だろうか。少なくともミホーク付きとなってからは一度も無かったように思う。あの平和な風の吹き巡る島も、今は一体どうなっているのか。副官からの定期的な報告はあれど簡易的なもの。懐かしき面々の顔が脳裏に浮かんでくる。

 

 ウルフレッドはミホークと共に過ごした数ヶ月を順を追って説明していく。

 

 拠点の場所、賞金首の総合討伐数、捕縛数、彼の趣味嗜好や美しき女との出会い――

 

 あっという間の数ヶ月。しかし、充実していた。

 

 ウルフレッドはそこまで話し終えると、パッと表情を明るくした。

 

「そうだ、センゴクさん。私も覇気が――」

「もういい」

「……え?」

「報告はもう良いと言ったんだ、少将」

 

 センゴクは取りつく島もない様子でピシャリと言う。

 

 眉間を抑えると、仏の異名からは程遠い顔つきで後悔を吐いた。

 

「やはり……海賊風情に託すのではなかったか……!」

「奴は海賊と言うにはあまりにも――」

「あまりにも、何だ? 海軍将校が少し共に居ただけの賊に絆されたか? 正義を体現すべき我々が口にしていい言葉か、よくよく考えてから発言するんだ、少将」

 

 突き放す様な言葉の端々から感じる。

 

 センゴクの抱く深い愛情と後悔。

 

 そしてセンゴクは今、ウルフレッドに海軍としてのケジメを求めていた。

 

 それはミホークと近しくなり過ぎた事への警告でもあり、決別を促すもの。この応答如何では本部への昇進は未来永劫閉ざされると、否が応でも理解できた。

 

「私は――」

 

 嫌に口が渇く。

 

 友を捨てるか、将来を捨てるか。

 

 そう、友。

 

 ミホークは今やウルフレッドにとって気の置けない友人であり、剣術の師匠であり、切磋琢磨する仲間であり、そして。

 

「――友のおかげで、更なる力を得ました。今まで到達し得なかった境地に引き上げてくれたのは何を置いてもやはり……」

「……それがキミの答えか、少将」

 

 ウルフレッドは目を伏せて滔々と語る。

 

 男にしては長い睫毛が繊細に揺れ、膝の上の拳は握り込まれる。自らの掲げる規則に則った正義と反する行為であった。上官の要望に背き、反抗する行為である。怒られる幼子のような姿に一度強く目を瞑ったセンゴクは静かに立ち上がるとウルフレッドの言葉を遮るように言った。

 

 弾かれたように顔を上げたウルフレッドは、部屋の入り口に立つ海軍元帥の背を呆然と眺めることしかできなかった。

 

 扉に手をかけたセンゴクは振り返らぬままに言う。

 

「本日付けで七武海同行員としての任を解き、計画を凍結する」

「センゴクさん……」

「奴とは二度と関わるな。明日からは所属であるサウスウェンディ島へ戻り、職務を全うするんだ」

「センゴクさん!」

「話は以上だ」

 

 話を切り上げ、開かれた扉から陽光が差す。逆光となってセンゴクのシルエットだけが光の中に浮かび上がり、ウルフレッドの網膜に焼き付く。その背に背負う、正義の文字と共に。

 

 静かに閉じた給湯室の扉の前で、ウルフレッドは静かに立ち上がる。

 

 私は期待を不意にしたのだ。記憶のない、身元も知れぬ男の世話をしてくれた大恩人を裏切ったのだ。

 

 薄暗い一室でゆっくりと目を開けたウルフレッド。その目は、停滞した風のように死んでいた。

 

 ・

 

 海軍本部が交通を支える大港は数多の軍艦が揃って並んでいる。

 

 戦争間近と言う事もあってか、常よりも大勢の海兵たちが二人一組で巡回を行なっていた。厳戒な警備の敷かれた先に浮かぶ一隻の軍艦。純白のメインマストには大きくG-三の文字が浮かび、多くの海兵たちが忙しなく動き回っている――筈だった。

 

「無い……」

 

 そこには何も無かった。

 

 正確に言えば船首が犬の戦艦が代わりに入っており、その部隊所属の海兵たちが持ち場を駆け回って停留する準備を進めていた。

 

 ウルフレッドは愕然とした面持ちを隠そうともせず、ちょうど横を駆けてきた海兵の襟口を捕まえた。

 

「君、ここに停留していたG-三の軍艦の行方を知っているかい?」

 

 捕まった海兵は一瞬首が閉まったことでくぐもった声を出しながら、迷惑そうな顔で振り返った。喉元を摩りながら、それでもウルフレッドの肩に掛かる将校にのみ着用を許されたコートを見て姿勢を正す。きちんと向かい合って敬礼を返してから、海兵は自分の知る限りを話し始めた。

 

「ハッ! G-三管轄のロベリア島へ出航したと聞いております!」

「それは確かな情報か」

「はぁ……同乗員の一人が自慢気に言ってたんですよ」

 

 ――行方不明だった島民を保護したんだ、と。

 

 その言葉を聞いた瞬間、ウルフレッドは目の色を変えた。海兵の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。不意に近付いた端正な顔つきに思わず頬を赤らめる海兵の青年。それに構わず、ウルフレッドは叩きつけるような声量で問いただす。

 

「女が、黒い髪の美しい女性が乗ってはいなかったか!」

「エッ……そうですね、見てはいないのですが、声は聞きました。女性の声だったと思います。G-三は男性のみ所属していると噂で聞いた事があったので妙だとは思ったのですが……」

「クソッ」

 

 ウルフレッドは短い舌打ちと共に考え込むように顎に手を当てた若い海兵から手を離して蹲った。美しい手入れされた髪を外聞を気にせずに掻き乱す。

 

 どうすれば彼女を――ツバキを助けられる。約束したじゃないか、傷つけないと。

 

 焦りと後悔が渦を巻き、思考が空回りする。

 

 どうすればいい?

 

 どうすれば彼女のもとへ辿り着ける?

 

 軍艦の速度は民間の船とは比べものにならないほど速く、追いつくのはほとんど不可能だ。

 

 取り零した――その言葉が脳裏に滲む。

 

 いつもそうだ。

 

 私はいつも、大切なものを取り零す。

 

 もう二度と失うまいと足掻いたはずなのに、結果がこれか。

 

 胸の奥が変に浮つき、息苦しさが喉を締めつける。

 

 焦燥が頭を真っ白に染め上げ、膝をついた石畳へと視線が落ちたその瞬間、不意に長い影がウルフレッドの前に立ち塞がった。

 

「そんな辛気臭い顔してちゃァ、せっかくの綺麗な顔が台無しですよ」

 

 聞き慣れた声に顔を上げる。

 

「――マルシル」

 

そこに立っていたのは、島の管理を任せていたはずの女海兵、マルシルだった。

 

 

 

 




キャラクター覚え書き
 モモンガ
 海軍本部中将。コーヒーはミルクたっぷり派。クランベリーとは旧知の中らしいが……?
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