――海軍の絶対正義の名の下に、民衆を悪の手から救う。
それがウルフレッドの揺るぎない信念だった。
しかし今この戦場で立ちはだかる現実は、理想を試す冷酷な試練そのものであった。
荒れ狂う波のように押し寄せる海賊たち。火薬の臭いが焦げついた空気を満たし、怒号と剣戟の音が響き渡る。それぞれの正義を胸に、信念を胸に、命を賭してそれを守ろうとしている。それは果たして、悪の手と言えるのだろうか。
――否、今は考える時ではない。センゴクさんは参戦を許してくれたが、サカズキさんに話を聞かなければ……!
ウルフレッドは不思議な風を纏った剣を手に、まるで一陣の嵐のように敵陣へ切り込んだ。
「退け!」
振り下ろされた剣が大気を裂き、鋭い風の刃が海賊たちを宙へ吹き飛ばす。誰も致命傷を負わない。それがウルフレッドの誇りであり、戦場での譲れない一線だった。
彼は命を奪うために戦うのではない。
ただ守るために、立っている。
しかし、切っても切っても敵の数は膨れ上がり、四方八方から刃が迫る。
剣において追従を許さぬ技量はその捌き方で分かる。繊細な剣捌きによって、一振りの間に十振りの軌道を逸らす。石畳に力強く叩きつけられたカトラスが甲高い悲鳴を上げた。
どれだけウルフレッドの剣技が優れていても、止まぬ波を切り続けていれば疲労が蓄積するというもの。
次第に剣技のキレが無くなり、足取りが徐々に重くなっていく。
「ッ、遅い!」
思わず剣を振り抜いた時、生じた隙を縫って敵の刃が脇腹を掠め、浅い傷を残した。
赤い血が白いシャツに滲む。
剣を構えるまでの時間では間に合わぬ。
ウルフレッドは分厚いブーツを思い切り正面の海賊の胸元へと繰り出す。
靴底に何かが折れる感触と共に海賊が人波に弾け飛ばされた。それを見届ける事なく、猛る海賊たちの剣を、銃を、大槌を逸らしながら無力化に努めた。
足を飛ばし、武器を弾け飛ばし、腕を飛ばし、意識を飛ばす。
――人を殺すことは、あまりにも簡単だ。できれば無力化に留めたいが、いかんせん数が多い……!
ウルフレッドは再び剣を振るう。
今までに体験したことのない程の、凄惨な戦いだった。
風が唸り、敵を吹き飛ばす。
膝をつく暇すら与えず、次々と迫る敵を退ける。
足元には倒れ伏す海賊たち。
叫びと共に振り抜かれた剣。
その刃は肉を裂くためのものではない。鋭い風を纏い、衝撃波となって敵を弾き飛ばす。
海賊たちは宙を舞い、地面に叩きつけられる。
背後から襲いかかる影。
反射的に身を翻し、逆手に持ち替えた剣で一閃。
風の刃が唸りを上げ、襲撃者の武器ごと腕を吹き飛ばす。
生まれた僅かな隙を、百戦錬磨の海賊は見逃さない。
投げつけられた銃底がウルフレッドのこめかみを打ち付けた。
ぐわん、と揺れる視界。
熱いものがこめかみから顎先へと滴る。人間としての防御機構が働き、刹那、動きが止まった。強敵を討ち取らん、と海賊たちが得物を振り上げた時だった。
空気を割くような爆発音と共に振り上げられた得物が弾け飛ばされる。戦場の向こう側から鋭い叫び声が響いた。
「ウルフレッド少将ッ! 援護する!」
振り返ると、そこには鋭い眼差しを宿した女海兵――マルシルがいた。
赤茶けた髪が血煙の中で揺れ、彼女の背後には副官のジンが銃口から立ち上る煙をそのままに必死に追いすがっている。
「た、すかるッ!」
「全く、先走るなァ! アンタ病み上がりでしょうがッ! 無理しちャ、ツバキさんが、悲しみますよッ!」
「ハハ……気を付ける、よッ!」
軽口の応答。
ウルフレッドは和かに笑いながら、飛ぶ斬撃を振り抜いて、弾けるように海兵を甚振る海賊目掛けて飛び出した。
残されたマルシルはため息を吐きながら鋭い剣戟で敵を切り裂き、ジンはその隙をカバーするように銃で相手を牽制するように動いた。
「全く、あの人は……!」
「ウルフレッドさんらしいじゃないですか」
ふたりは息を合わせるかのように、互いの背中を守りながら前線へ敵味方の合間を縫うように進んでいく。
剣で、銃で、お互いの不足を補いながら戦場の空気を駆け抜ける。
「ジン、遅いッ!」
「あなたが速すぎるんです!」
そんな掛け合いさえも、この極限の戦場では不思議と心を奮わせるものだった。
マルシルが大柄な海賊と剣を交えている隙を突き、別の海賊が背後から襲いかかる。
「危ない!」
ジンが咄嗟に間へ飛び込み、自らの体を盾にしてその一撃を受けた。
鋭い刃が彼の肩を深く切り裂く。
しかし、ジンは倒れなかった。
痛みを押し殺し、必死にマルシルを守ろうと銃底をフルスイングし、相手のこめかみを振り抜く。
「なぜ避けないかった! ……どうして、そこまで……!」
「決まってるじゃないですか! あなたを……ず、ずっと、好きだったんです!」
その瞬間、時間が止まったかのようだった。
マルシルの瞳が大きく見開かれる。
戦場の喧騒の中で、その告白だけが鮮明に響いた。
マルシルは一瞬だけ呆然としたが、すぐに鋭い笑みを浮かべる。
「バカね……こんな時に、言うことじゃないでしょ!」
そう言いながらも、彼女の瞳には確かな温もりが宿っていた。
マルシルはほんの一瞬だけ、普通の村娘の様な顔で笑う。
「でも……悪くない、そういうの」
ふたりは再び背中を預け合い、互いを守る盾として戦場を駆け抜けた。その姿はまるで、絶望の中で灯る一筋の希望のようだった。
戦場は既に狂騒の坩堝と化していた。
炎の揺らめきが闇を裂き、鋼がぶつかり合う音が空を震わせる。
血と鉄、焦げた肉の臭いが鼻腔を満たし、地面は赤黒い泥と化していた。
ウルフレッドはその只中にいた。
剣を振るうたびに、暴風が巻き起こる。
風を纏った刃が敵を切り裂き、宙へと弾き飛ばす。
彼の動きはなお冴え、舞うように戦場を駆け抜ける。
しかし――限界は、すぐそこまで迫っていた。
呼吸が重い。
傷口から滴る血が、戦闘服を深紅に染めていく。
手足がわずかに鈍る。
意識の端で、それを自覚する。
「……はッ」
息を整え、剣を構え直す。
――まだだ。まだ斃れる時じゃない。
だが、運命は無慈悲だった。
不意に、背後から走る悪寒。
――カチッ
戦場を騒音が支配する中で、ウルフレッドの聴覚に小さな音がやけに響いた。
「――!」
感覚だけが警鐘を鳴らす。
振り向く時間は、ない。
次の瞬間、鋭い衝撃がウルフレッドの胸を貫いた。
熱い痛みが爆ぜ、肺を焼く。
「……ッ、が……」
剣を持つ指先から力が抜け、鋼がするりと滑り落ちる。
膝が砕けたように崩れ、視界が歪んだ。
「今だ、やっちまえ!」
「少将! お守りしろ!」
耳鳴りがする。
世界が遠のいていく。
ここまで、か。
唇の端が、わずかに笑みの形を作る。
こんな戦場で、死ぬことになるとは。
不本意ではあるが、騎士の本分としては相応しい最期だろう。
――嗚呼、サカズキさんにはついぞ会えなかった……
血潮が地面に落ちる音が、やけに鮮明に響いた。
遠くで誰かが叫んでいる。
「ウルフレッドさん!」
下半身を煙と化したスモーカーが傍らへと飛んでくる。周囲を取り囲んでいた海賊たちを十手で薙ぎ倒して強引にスペースを作る。
それでも海賊は勢いを落とす事なく先へ先へと歩みを進める。
壁となったそれに阻まれる形でマルシルとジンが遠く叫んでいるのが聞こえた。
ミホークが遠く、壁の上で目を見開く。強き友を失うことに。
センゴクが遠く、処刑台の上で目を瞑る。過保護なまでに愛した養い子がかつての二の舞になったことに。
サカズキが遠く、豪華な椅子の上で猛る。手塩にかけた弟子が倒れたことに。
ウルフレッドは薄れゆく意識の中で、最後の力を振り絞る。
「私の好いた、人が、いる……ツバキ……美しい、ひと……ッ……」
分厚い手を手袋越しに握り締め、ウルフレッドはそれを彼の心臓の上へと持ち上げる。
呆然とした顔つきのスモーカーの口元から葉巻が石畳へ零れ落ちる。
「あとは……頼んだよ、スモーカー大佐……!」
その言葉と共に、彼の視界はゆっくりと闇に沈んでいった。
――もし、運命が存在するのなら。
それは、きっとキミの形をしているのだろう。
ツバキ。哀れで逞しいひと。
救えなかったあの子の影を重ねた君。
――約束も守れぬ私を、どうか許さないでくれ。
「ともに朝日を見たい」、なんて簡単な約束さえ守れないから。
どうか、私を許さないでくれ。
キミの過去になる私を。
――どうかキミの人生に幸福がありますように。
風が静かに吹き抜けた。
それは彼の最期を包み込む、穏やかな祈りのようだった。
・
一年後 西の海 ウィンドブロウ島
風と共に在る島。
その西の端にひっそりと造られた墓石には多くの花と酒が手向けられていた。
酒と風を愛した正義の人が死んでから一年。
一周忌を偲ぶ為に多くの人が辺鄙な島を訪れた。海軍の現元帥 サカズキをはじめ、隠居した彼の養親 センゴク、果てはネフェルタリ王家の護衛隊長までが訪れたのだから、彼の人望も知れよう。
その墓石の前にポツネンと佇む黒髪の女――ツバキは、共に暮らす父親のカンランに肩を叩かれる。
胸に金髪の赤子を抱きながら、彼女はひとり静かに海を見つめていた。
その背後に現れた白髪の海兵――スモーカー。彼もまた、言葉を交わさずに海を眺めていた。その眼差しには、どこか遠くを見つめるような深い思索が宿っている。
「あの人は、西風のような人でした」
ツバキが静かに言葉を発する。
「気が狂いそうなほどに圧迫された日々の中で、限界に近い場所で――海軍でありながら、最も大事にしていた規則を破って私たちを助けてくれました」
スモーカーは目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
彼にとって、ウルフレッドはただの上司ではない。訓練生だったころ、見届け人として支えてくれた存在。迷惑をかけたし、尻拭いも散々させた。後悔はしていないが、彼との思い出はスモーカーに大きな影響を残していた。
「あの人は、規則に縛られた風だった」
スモーカーは静かに言う。
「よく言われたよ、『風は自由だが、ある種の規則に沿って世界を回っているんだと知ってるか?』ってな」
ツバキはその言葉に微笑み、静かに頷く。
「……可哀想な人だったわ」
ツバキの脳裏には騎士として在ったウルフレッドの姿があった。
彼女が恨む海兵ではなく、あくまで高潔な騎士で在ろうとした男。
ツバキを通じて何か別のものを見ていた、浮世離れした美貌の彼。
その必死な姿は傷ついたツバキの心を確かに癒していた。
だからこそ、感じていた。
「気丈に振る舞っていたけれど、どこか焦ってた」
スモーカーはその言葉を胸に刻むように、しばらく黙っていた。
「……」
ツバキは目を閉じて息を吐き、しばらくしてから、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「あの人、最後は笑えたかしら」
スモーカーはその問いにすぐには応えなかった。しばらく目を瞑り、風を受けて瞼を振るわせる。その顔は普段狂犬と揶揄される海兵とは思えぬほど穏やかなものだった。
「……ああ」
そのとき、ふと、海から一陣の風が吹き抜けた。
まるで、誰かの囁きのように、穏やかで遠く、そして切なく響く。風は静かに二人の間を抜け、海の向こうへと流れていった。
「――西風は、どこへ行くのでしょうか。」
ツバキの問いかけが、吹き荒ぶ風の中で響いた。
スモーカーは目を閉じて、静かに答える。
「――行きたいところに行けばいいさ、もう自由なんだからな」
風が再び、静かに吹き抜ける。
二人の髪を弄んだ風は、静かに眠る赤子の頬を撫でて、何処かへ消えた。
――西風は何処へ吹く 完了――
・
・
・
――???――
「――!」
夢を、見ていた。
酷く辛い夢を。
「――い――!」
だけど、幸せな夢を。
「――い、大――!」
自分の正義とは何か、規則は本当に正しいのか。
「おい、キミ、大丈夫か!」
「ガイア、隊長」
「こんな傷だらけで……! 一体何があった」
夢を見ていた。
辛くて幸せな夢を。
――夢は、醒めてしまった。
皆様ここまで読んでくださりありがとうございます。
この一年、社畜となり、体力面でも精神面でも、趣味に時間を割く大変さを実感しました。創作とは完結して完成ではなく、読んでもらって初めて完成するのだと改めて実感いたしました。ありがとうございます。
タグにある微クロスオーバー先、分かったでしょうか? ヒントを自分なりに散りばめてみたので、気づかなかった方はもう一度意識して読んでみてください!(誘導)
クロスオーバー先は原神です。
海軍と騎士団って似てない?
そんな思いから走り始めました。
脳内で走り出すウルフレッドの人生は正しく風のように痕を残さずに吹き去っていきました。
ウルフレッドは剣豪でありながら覇気が使えない。その矛盾とも言える点で彼がこの世界とは異質な者であると表現しました。力はあるが足りず、人望はあるが人を見る目はなく、信念はあるが組織の正義とはそぐわない。あと一歩がいつも足りず、未来ではなく過去を見続ける男がウルフレッドという男です。ようやく前を向いて歩き出して、でも全ての真相を手にすることもできずに過去の男になってしまう男。
彼は最期、名もなきモブに討ち取られてしまいますが、これは彼の生まれ故郷であるテイワットをイメージしてのことです。原神をプレイしている中でネームドではない敵に囲まれてフルボッコにされたことがプレイヤー誰しもあると思います。
HP管理が疎かになっているとなりがちですよね。
そういうことです。
以下キャラ詳細設定です。
ウルフレッド・フォン・グンヒルド
西風騎士団 騎兵団副隊長としてガイアの下で敏腕を奮った騎士にして、ジンの幼馴染。元は婚約者であったが両親の死をきっかけに家が没落、養子として迎えられる。
とある遺跡を捜索中、ジンを庇ってワンピース世界へ。血塗れで倒れている所をセンゴクに拾われ、海軍少将にまで登り詰める。
天賦1西風剣術
天賦2 風車の暴風(アスター・ブラスター)
風を纏った居合い斬り。切り返す事で連続で放つ事ができる。切り替え可能。
天賦2 竜巻風車(アスター・ブロア)
落下攻撃。
スタミナ消費で空を飛び、回転して落下する事で竜巻を起こす。対集団技。切り替え可能。
爆発
狼風雨天 雨を降らせ、雨の向こうから北風の狼 アンドリアスが現れる。竜巻を起こす。
狼風晴天 バフ。自己強化技。落下攻撃メイン。HP消費