アラバスタ王国 首都 アルバーナにて――
王下七武海たるサー・クロコダイルが開いたアラバスタ王国最大のカジノを中心とした歓楽街を経由して首都に辿り着いた一行は王宮へ向かい行進していた。落ち着いた街並みの中で正義の二文字を背負うセーラー集団はいささか浮いて見える。等間隔で二列に進む一行の先頭で歩いていたウルフレッドは、王宮前にある巨大な時計台の下で足を止めた。
静止を合図する手に素早く反応した精鋭たちは口を開かず、ただ次の言葉を待っていた。
「一同、心して聞け」
副官が場を整えてから、ウルフレッドは自らの巡らせた思考を語り始める。
「先日起きた事件の折――そうアラバスタ王国上陸時の件だ。その際、取り逃した男がひとりいた。副官くん」
ウルフレッドの言葉に俊敏に反応した副官が差し出される手に一枚の資料を乗せた。軽く目を伏せてそれを流し見ると再び言葉を紡ぐ。
「――男の名はダズ・ボーネス。西の海の殺し屋だ」
ダズ・ボーネス。
その名に震え上がったのはひとりやふたりでは効かなかった。
かつて西の海において、殺し屋ダズの名は闇に生きるものの中では知らぬ者のいない名前だった。凶悪な悪魔の実の使い手で、一見丸腰に見える姿で現れてはターゲットを切り刻んで惨殺する。その凄惨な現場たるや、何が行われたかを想像するだけで恐ろしい。
西の海に配属されたばかりのウルフレッドが捕縛し、インペルダウンへ連行途中で船が難破したとの報告があったが、まさか偉大なる航路で相見えるなんて。運命とは数奇なものだと独りごち、ウルフレッドは青ざめる部下たちの顔を見回した。
「数年間潜伏していた男がアラバスタで姿を現した。それも私が捕らえた者たちの始末をするためだけに、だ」
姿をくらました殺し屋もどきの賞金稼ぎが王下七武海の守護する偉大なる航路の一国に、それも深刻な水不足で内乱中の国にいるなんて、怪しいと言わずなんという。ウルフレッドは言外に彼らが結託して何か企んでいるのではないかと疑っていた。それを確かめるために、彼らはここにいるのだ。すなわち、アラバスタ国王が座す首都アルバーナに。
「この国に何かが起きている。それを確かめたい」
「少将、それは任務の範囲から大きく外れた行為です」
ウルフレッドの言葉にざわつく部下たち。その中のひとりが勢い余ったようにそう溢した。職務に忠実で、真面目で、実直な男だ。上官への反抗とも取れるその言葉に、しかしウルフレッドは怒るでもなく静かに目を見返した。
「……キミ、何年目だ」
「は、今年で五年目になります」
「海兵として、最も重要な職務は? その根底にあるものはなんだと考える?」
部下の男は自分の中で考えを噛み砕くと、敬礼を以てこう答えた。
「――絶対正義の遂行であります、少将」
「その通りだ。では絶対正義の所在は何処にあると考える?」
「……」
ウルフレッドは他に応えるものが出ないかを少しの間待った。しかし、誰もが思考を巡らせているだけで一向に答えは上がらなかった。海軍のあり方からして仕方ないことだとは思う。それも、平穏な前半の海で生まれ育ち、持ち前の正義感から海兵を志した者達だ。規則規範に囚われて、その根底について深く考えたことがある者は少ないだろう。
乾いた唇を湿らせると、ウルフレッドは言った。
「――民衆だよ」
「!」
「我らの正義は民衆の安寧ありきだ。もちろん海軍の手が届かない場所も、守られない者もある。それでも、海軍の持つ絶対正義の名の下に、民衆を悪の手から守ることは使命である!」
ハッとした顔つきになる部下達を尻目に、ウルフレッドは今後の指令を発した。
「これより我が部隊はニ班に分かれての行動をとる! 目的はアラバスタ王国の支援……と、スモーカーくんの捜索だ。一班は私に着いて行動、ニ班は国王への謁見と現状の把握に努め、分かり次第密に報告を。指揮権は……副官くん、キミに預ける。うまくやるように」
「了解です」
副官くんはにっこりと笑みを浮かべ、数十人単位の海兵を率いて広場の奥へと進んでいった。彼はああ見えても器用な人間だから、きっとうまくやるだろう。ウルフレッドは半数が抜けた小隊を率い、広場から一本奥の路地へと向かった。
乾いた空気に混じって砂粒が表皮を叩く。ジリジリと肌を焼くような日差しと相まって、皆目を細めていた。
路地裏といっても人が十人は並べるほどに広いそこで、国王軍が固まってこちらを見返していた。
アラバスタ国王軍は強い日差しを遮るために白い布を頭部から首筋にかけて巻き付けた砂漠の国特有の衣装と、ワニを模ったノースリーブの
半月型の薙刀を得物としており、棒術を行使する集団としては偉大なる航路でもピカイチの腕を誇る。刃物の部分を多く取り入れた殺傷能力の高い武器でありながら、長い柄の部分で傷をつけずに無力化することも可能という、ある意味で合理的な武器である。
こちらを覗き込んでいたうちの一人が、鎖帷子を鳴らしながら声を張り上げた。
「海軍か……アンタら一体何の用だ!」
ウルフレッドは応えない。
「こんな場所にいるとは、奇妙なこともあるものだ」
まるで独り言を言うかのように、静かに言葉を放つ。部下達は凛として背を伸ばし、ただ上官の動向に注視している。ざわめく国王軍と比較すると練度の差は顕著であった。固まる男達のうち、一人が腰に差した銃を抜いて構える。明確な敵対行動に、しかしウルフレッドはじめ一行は臆さない。片手を上げて静止を促したウルフレッドは、その場で腕を組んだ。
「今、この国は内乱中のはず……荒れた情勢の中、一部隊にも満たない国王軍が職務をするでもなく、人目のない路地裏で話し込んでいる」
――これを奇妙と言わず、なんと言う。
返答は鉛玉だった。
躊躇なく放たれた銃弾はウルフレッドの胸へ吸い込まれるように飛んでいき、しかし、その寸前で切り飛ばされた。縦に
上官への発砲に
捕縛は一瞬だった。前半の海所属の海兵とはいえ、ウルフレッドが育て上げた精鋭中の精鋭だ。国王軍は自分たちが持つ長物を使うそぶりは見せずその場に捨て置くか、もしくは不慣れそうに使うかの二者に分かれた。
やはり不自然。偉大なる航路屈指の練度を誇る国王軍にしては何もかもがお粗末だ。軍の誇りたる長物も、上官の名に従わぬ忍耐力の無さも、何もかも。
「少将! こいつら腕に揃いの髑髏がありますよ!」
「”
身じろぎもできぬほどに縛り上げた国王軍の装備をひん剥いていた海兵達が、共通する点を発見して声を上げた。二の腕の部分や腹、足に至るまで様々な場所に翼とカトラスがモチーフの髑髏があり、さらにその上に”BAROQUE”の文字が刻まれていた。
「おそらく組織名だろう。先日捕らえた男にも同じマークがあった」
なんとも自己顕示欲の強い組織だと半ば呆れ顔になりながらも、今回こそはと尋問に入る。部下達を見張りに立て、捕らえた男達を一人ずつ物陰へ連れて行き対話を重ねることでボロを探す。海軍では稀な、平和的尋問である。疑惑を容疑に格上げするための材料を溢すまでは、海軍といえども政府加盟国の軍人に手荒な真似はできなかった。
名前、出生地、経歴、前職や家族、友人に至るまでを事細かに聞き出していく。一人、二人、三人と尋問を終えた頃、ウルフレッドの懐に収まっていた小型の電伝虫がプルプルプルと鳴き出す。それはジン副官からの報告だった。
曰く、国王とは謁見できなかったものの国王親衛隊隊長代理の男と会うことができた。チャカと名乗る男は内乱の影響で国外退避する大臣が多い中で残った最高権力者であるという。王が不在の今、軍の全権は親衛隊隊長代理の彼が握っていると言うわけだ。
そんな彼が言うには反乱軍が首都 アルバーナへ進軍している今、国王不在とはいえ捜索に全振りすることは難しい。そこでジンをはじめとする海兵にそれを頼みたいとのことであった。もう一人いる護衛副隊長も姿が見えず、大変困っているそうな。
「こちらも収穫があったぞ。どうやら”BAROQUE”何某がこの反乱の首謀者らしい。国王軍に潜伏する工作員を何名か拘束した。この分だと反乱軍にも幾分か潜んでいるだろう」
『工作員ですか……やはりこの国で起きている揉め事は裏で手を引く者がいる様ですね』
「ああ。未だ証拠は掴めていないが、目星はついている。そうだろう?」
『恐らく僕の脳裏にも同じ顔が浮かんでいると思います』
その時、電伝虫の向こうで砂嵐が起きたような、ざらついた音が響いた。遠くで副官が叫んだような音声の後、静寂に包まれた電伝虫。その顔つきがそばかすの散ったものから人相の悪いそれに変わる。電話口の相手が変わったのだ。顔の中央に、横一文字でつけられた傷跡はその相手が誰なのかを如実に伝えていた。
「……クロコダイル」
『クハハ……久しぶりだなァ、大佐殿。いや、今は少将だったか』
世界政府に承認された七人の大海賊――王下七武海がひとり、サー・クロコダイルその人だった。
王下七武海。その選定基準の第一義は「政府に所属することで他の海賊への抑止力となる事」。この男もそれに違わず狡猾で強大な力を持つ男である。そして何より、彼の持つ
「どうしてお前が……」
『野良犬を探してはるばる偉大なる航路か……政府の狗もご苦労なこった』
プカ……と紫煙を燻らせながらクロコダイルは嫌みたらしく言った。
「王下七武海の剥奪は免れないぞ」
『構わねェさ……俺ァ更に先を見ている』
聞こえぬ部下達の声に、ウルフレッドは声を怒りで震わせながら、絞り出すように言う。しかしそれも暖簾に腕押し。クロコダイルは全く応えた様子もなく、再度葉巻を咥えた。
「国王の不在もお前の仕業か」
『聞きすぎじゃあねェか……知りたがりめ』
「王下七武海としては品行方正、世界政府からの信頼もあった。それを裏切るほどのメリットか?! 考え直せ!」
『クハ! 今更すぎるぜ、少将殿……オメェらが探していた国王は磔に、エージェントとテメェの国王が入れ替わっていることに気付きやしねェ愚図な軍隊、無実の軍隊に石の礫を投げ続ける市民達――この国はどいつもこいつも救いようのねぇ莫迦ばかりだ!』
王宮の庭園で、クロコダイルは大きく手を広げて哄笑した。
自分の手のひらでまんまと踊らされた間抜けどもが、その高い愛国心故に国を滅ぼす。その様を想像しただけで、クロコダイルは笑いが止まらなかった。なんたる無様! ……崩れゆく国の中、それも砂漠に囲まれたこの国だ。自分の能力があれば目的のブツは直ぐに見つかるだろう、と三年間降り注ぐ太陽を仰ぎ見た。
「……は、」
その時、クロコダイルの耳に僅かな呻き声が届いた。
「おいおい、頑張るじゃねェか」
それは白い制服を真っ赤に濡らしたひとりの海兵だった。這うように体を持ち上げながら壁へ磔にされた国王へ一心に進む姿は鬼気迫るものがある。自らも虫の息だと言うのに、後ろで部下だろう海兵達が倒れているのに、この男は自らの任務を全うするためにその一切を見ずに行動している。まさに規律規範に縛られる海兵の誇りだ。
震える手で芝生を握り、体を腕力だけで前進させていた男を、クロコダイルはその長い足を背に振り下ろすことで容易く止めた。
「グ……」
「ちょこまかとウザってェやつばかりだな、海兵ってやつは」
グリグリと高いヒールで正義の文字を踏みつけるクロコダイル。気力を振り絞っていただろう海兵はその重みに、痛みに耐えかねたように呻いた。芝生の上に広がる赤い血溜まりに、意識朦朧としていたアラバスタ国王ネフェルタリ・コブラは腕に走る鋭い痛み――両肘を串刺しにされることで壁へ磔になっているのだ――も構わず、声を上げた。
「これ、以上は……ハァ……ハァ……」
「これ以上、なんだ?」
嘲を口内で転がしながら、クロコダイルはコブラへ近づいていく。国王という身分故痛覚に耐性のない身でありながら、コブラは必死に声を上げる。
「お前の目的は私だろう! 私は逃げも隠れもせんぞ!」
自分のために死なせるわけにはいかない。コブラは自らを曝け出すことで倒れ伏す他者を助けようとしていた。それは国王という身分故の矜持か、はたまた彼自身が持つ博愛故か。
暴力と策謀で溢れる海賊世界を渡り歩いてきたクロコダイルからしてみれば、コブラのこういう甘っちょろいところがずうっと気に食わなかった。それは地下で暗躍してきた四年前、王下七武海としてこの国に拠点を置き、国王に形だけ仕えていたあの日から。
「クハハハハ! 何を言うかと思えば! そもそもこいつらが血を流しているのも、お前の愛する国民が自滅しようとしているのも、全てはテメェのせいさ!」
「何を……」
「おい、
「⁈ どこでその名を……!」
プルトン。
それこそがクロコダイルの真の目的である。神の名を冠する三つの古代兵器。その力は世界を滅ぼすとも言われる、そのうちの一つがプルトンであった。
驚愕に目を見開くコブラに、クロコダイルはすっかり笑みの消えた顔のまま後ろを振り向いた。視線の先には倒れ伏す海兵の姿があった。
「やめろ……やめるんだ!」
「これも全部、テメェが悪いのさ」
長い足でボールのように蹴り飛ばされた海兵にコブラは下唇を強く噛み締めた。仮に彼が死んでも、そして自分が死んだとしても、それだけは言えなかった。プルトンの在処が記されたポーネグリフの場所は。
悠々と
瀕死の体を何度も蹴り飛ばされた男は、すっかり呻き声も出ないほど酷い有様だ。赤に染まる全身に、傷口に砂が張り付き、痛々しさを覚える。戦争などここ百年経験していない平和な国にとっては、なかなかにショッキングな光景だった。
「ッ……」
「……嗚呼、忘れてたぜ」
その時、クロコダイルは返り血でぐっしょり濡れた革靴を止め、しみじみと呟いた。クロコダイルの肌を焼いていた陰りなき太陽が
「――私の部下に手ェ出してンじゃねェ!」
「――テメェも居たんだったなァ!」
正義のマントを翻し、怒りに燃える男がクロコダイルに斬りかかった。
風を纏う突きがクロコダイルの体を貫く。その度に砂となって霧散するそれはダメージになっていないものの、クロコダイルの動きを明らかに阻害していた。
体を戻そうにも風に巻き上げられて砂が戻らず、攻撃しようとすれば的確に崩される。不遇の剣豪は突きに混じえて柔軟に剣筋を変え、クロコダイルが一歩踏み出す間で腕には3つの穴が空いた。
「〜〜ッだァ、ちょこまかと!」
「状況を見れば明らかだが……クロコダイル。お前には国家転覆計画主犯の容疑が掛かっている! 大人しくお縄に着け!」
思うように行かず苛立ちを隠せないクロコダイルに、ウルフレッドは怒りに充ちた袈裟斬りを放つ。
「言ってることとやってる事が
「黙ってろ! 公務執行妨害で現行犯だ!」
「クハ……やって見ろ! 覇気も使えん小童がァ!」
ウルフレッドの猛攻に吼えるクロコダイルは流石大海賊と言った貫禄で鋭い突きを砂の質量に任せていなす。覇気を使えぬ人間が能力者の、それも
風を纏う剣術と砂を操る能力。似通った点があるが故に互いの領域を奪い合って鍔競り合う。
風が砂を巻き上げ、砂が風を遮る。
互いに一歩も引かぬ不毛な戦いが続く。そこで不意に、クロコダイルの眼球がウルフレッドの奥へ滑った。
そこには副官がいた。血達磨状態で浅く胸を上下させる副官を小さな毛玉が必死に引っ張っている。副官の飼っているモモンガだ。比較的安全であろう王宮の奥へ、主人を隠そうと足掻いている。
自分ではなく副官に狙いを定めたのだと分かった時には、反射的に体が動いていた。
「ッグ……!」
「クハハ……前半の海の海兵にしては健闘したンじゃねェか?」
均衡する接戦を制したのは、クロコダイルだった。
片腕を砂に変化させ、ウルフレッドの胴体を貫いたのだ。衝突し合う砂粒はやがて剣にも勝る高度に変化する。それでいて砂としての性質を失わない技は、まさに
「あばよ、剣豪。相手が悪かったな」
「何、を……!」
腹を貫かれた状態でふらつきながら尚も立ち上がったウルフレッドに、クロコダイルは黄金の義手を振り下ろした。細身な体に衝撃が走る。まるで殴打されたかのような衝撃の中に走る鋭い痛み。義手の先についたフックが、正義のニ文字を貫いてた。
心臓からは外れているようだがどちらにせよ重症だ。致命傷は避けたと体感では感じながらも、流れる血の多さに次第に視界が狭まっていく。遠くで小動物が鳴く声が聞こえた。
「……は……」
嗚呼、胸中を吹く風の、なんと寒々しきことよ。
この国は砂の渇きが強すぎる。
・
耳元をよぎる尋常ならざる喧騒に、重い瞼が上がる。意識が半ば囚われたまま夢現の状態で体を起こそうとして――どうしてか動かないことに気がついた。
「――少将! お気づきですか!」
「き、みは……」
「海軍本部曹長 たしぎと申します! スモーカーさんの元で補佐をしております!」
身じろぎしたことに気がついた一人の女がウルフレッドの顔を覗きこむ。
大きな黒縁のメガネに黒いボブの女だ。地味めな印象の割に派手な服装なのだな、とショート丈のジージャンとピッタリとした柄物のシャツを眺めながらそう思った。
たしぎと名乗った女には見覚えがなかったものの、後ろに連れている海兵たちからも、その身分は証明されたも同然だった。本来の目的である
「あいつは……」
「まだ動かないでください! 麻酔を打っているので痛みはないと思いますが、本来であれば手術室行きの大怪我です!」
たしぎが制止するのを気に留めずに起き上がったウルフレッドは麻酔のせいか妙に浮ついた足取りで隣に寝かされた男の元へと近づいた。赤に染まった制服を脱がされ、上半身を包帯でぐるぐるに巻き上げられている男。一見してミイラ男かと思う容姿だが、ウルフレッドには確信があった。
「副官くん……」
それは副官だった。
よく見てみれば包帯の首元で白い毛玉が震えながら身を寄せている。変わり果てた姿に眉を寄せるウルフレッドは、わずかに見える唇が震えていることに気がついた。
すかさず耳を傾ければ掠れた声で何かを言っている。はっきりと聞き取れずとも、それが謝罪なのだと、部隊を任せられたのにも関わらず十全に果たせなかったことを悔いているのだと、彼の為人を知っているから分かった。
「――よくやった。あとは任せろ」
「……」
震えていた口端が、わずかに釣り上がった。
ウルフレッドはよろけるのをたしぎに支えられながら現状を聞いた。
どうやら血溜まりの中で倒れていたところを国王護衛隊の者に手当てをされた後、スモーカー率いる部隊へ引き渡されたようだ。気を失う前までは起きていなかった戦いの音が四方八方から響く。国王軍と反乱軍が王宮前の大広場でぶつかり合っているらしい。
王宮に通すまい、と戦う王国軍とは対照的に、酷い旱魃で慢性的に飢餓状態にある反乱軍――それもなんの訓練も積んでいない一般市民まがいの者たちは数合切りあっては斃れていく。
もはや虐殺に近いそれだが、数の利は圧倒的だった。技術と統率で王国軍が、数の暴力で反乱軍が互いに拮抗した戦況を築いていた。まさに死屍累々といった様子だ。
ウルフレッドは報告を聞き終えた後、現在負傷者が治療されている海兵たちの拠点から大広場を見下ろした。
至る所で戦いが起きている。高いところから見るとその行動がよくわかった。このような不毛な戦いは止めるべきだろう。海賊が手引きした戦いなんぞ。
ウルフレッドは痛む腹を抑えながら声を張り上げた。それはこの場にいるすべての海軍の中で最も地位のあるものとしての責任を果たす、一種のプライドのようなもの駆り立てられての行動だった。
「総員、アラバスタ国民の避難を優先せよ!」
上官の言葉に部隊の垣根を超え、海兵たちの応という声が響いた。
班単位で散った海兵たちはそれぞれの役目を果たそうと働く。
ある者は声を上げて取り残された住民を集め、またある者は血の気の多い戦闘員から武器を取り上げる。ウルフレッドも傷に響かない程度の働きは見せようと立ち上がり、自ら前線に立ち、奮闘する。
場所を徐々に変えて行き、満遍なく住民を保護していく一行だったが、ウルフレッドはまたしてもことを見届けることなく意識を失うことになる。大広場上空で起きた大爆発の余波で倒れ、頭を強かに打ち付けたのである。
元より重症の身。いくら武に長けていようと生身の人間故、意識を失うことは往々にしてある。
かくして、アラバスタ王国の内乱はウルフレッドの意識なき内に終結を見せたのであった。
――歴史上でも類を見ない規模の内乱、しかしその中での民間人の死者数はごく少数に留まった。これは海軍の奮闘あってのことだと、後日アラバスタ王家から感謝状が届くほどの働きであった。
キャラクター覚え書き
マルシル
西の海サウスウエンディ島支部准将。ジンが知将であるならば、マルシルは武将。赤茶けたショートヘアの女海兵。ウルフレッドが支部を離れる時は代理として島を統括している。