西風は何処へ吹く   作:黒鵜

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植物を育てても悉く枯らしてきたのですが、先日ついにサボテンを枯らしました。


新たな友

 海軍本部で定期開催される七武海を招いた会議の直前、海軍の主要メンバーが一室に集められた。

 

 海軍元帥 センゴクをはじめ、三大将や大参謀つるなど錚々(そうそう)たる面子が真剣な面持ちで見つめる先には設けられた席の横で直立を保つ金髪の男――ウルフレッドの姿があった。

 

  肩に掛けられた正義の二文字の下では腹と肩の位置を包帯で巻かれており、本人もわずかに顔色の悪い様子が見て取れた。

 

  極秘任務のため数ヶ月間に及ぶ強行旅とその後の連戦に次ぐ連戦で疲労が積もっているのであろう。先の内乱から一週間が経った現在。緊急オペの後、高熱を出しながらも海軍本部へ直行したウルフレッドは報告のために海軍元帥の元を訪ね――ちょうど良いからと海軍の主将核揃った前での報告を強いられていた。

 

  と言っても大概の上官は年に一度の本部昇格試験で会話の経験があり、顔見知りと言っても良いだろう関係性だ。

 

 特に海軍大将がひとり、赤犬サカズキは毎年死闘を演じる相手であり、かつ足りない点を指導してくれるかつての師匠でもあった。

 

「――という次第です。私は気を失っていたので又聞きとなりますが、どうやらクロコダイルを倒したのは東の海(イーストブルー)出身の海賊 麦わらのルフィとのことです。拘束したクロコダイルは一時的にサンディ島に一番近い海軍留置所へ移送しております。報告は以上です」

「ウム、報告ご苦労。まぁ、なんだ……色々と言いたいことはあるが、これだけは先に言っておこう」

「?」

 

 センゴクはそこで一度言葉を切った。はて、と小首を傾げたウルフレッドの両目をしっかりと見つめながら、センゴクは海軍として下した決定を話しだす。

 

「――クロコダイルの企てた国家転覆計画の発見及び阻止、クロコダイル討伐の栄誉は君とスモーカー君に与えられることとなった」

「それは……」

 

 それは明らかな詐称。正義の名を冠する海軍の出した答えがそれだった。

 

 ウルフレッドは欺瞞に過ぎないそれを甘んじて受け入れた。海賊が国を救ったなどと、どうして言えようか。それも同じ海賊によって搾取され、騙されてきた国の民に。それ故の詐称。手柄の横取りとも言えるそれに、しかしウルフレッドは苦笑して頬を指先で掻いた。

 

「スモーカーが嫌がりそうですね」

「……アラバスタ王家からも感謝状が届いている。授賞式も近日中に執り行うつもりだ」

 

 渋い顔のままそう言い切ったセンゴクに手を当てて恭しく礼を取ったウルフレッド。その姿は白い制服と相まってどこぞの騎士然としたものだった。海賊の手を借りたにしても、アラバスタは王家からの感謝状を以て手打ちにしようと、偽りの大義名分を与えたのだろう。

 

 男にしては長めの金髪が絹糸の如き滑らかさで白い頬を滑る。目尻にかかる毛束を整えられた指で払ったウルフレッドは、そのまま立ち上がると一礼をしてさっさと退出しようとする素振りを見せ――サカズキに捕まった。先の昇格試験でも火傷を負いながら試験後に体術の指導を受けた仲だ。厳格なサカズキもこのイキの良く、向上心に溢れる男を気に入っていた。覇気が使えていれば即刻自分付きに引き上げたのだが、と毎度残念に思いつつ、それでも目をかけているのは彼に期待しているから。

 

「この後七武海共を集めた会議がある。それが終わり次第稽古をつけちゃる」

「ありがとうございます、サカズキ大将。しかし、私はもう戻らねば……もう基地を三ヶ月空けています」

「ほうか」

 

 武闘派で名を鳴らす大将からのありがたい話を断ったウルフレッドは、もう一度折り目正しく礼をして今度こそ退出した。

 

 部屋から一歩出ると吹き抜けの廊下を強い潮風が駆けていった。後ろ手に扉を閉めて深呼吸をする。海辺特有の生臭い潮風が鼻腔を抜けていく。いつまで経っても陸とは違うにおいに慣れないと独りごちる。縺れる正義の袖口がバシバシと背中に当たるのを感じながら、遠くに見える細波を眺めていた。

 

「……正義、か」

 

 ウルフレッドは迷っていた。

 

 無力さに、貫けぬ正義に、自分を見失っていた。対クロコダイル戦で実感した覇気の必要性。どれだけ教えを乞うても、血反吐を吐くほどに鍛錬を積んでも、勉学を極めても、身に付かなかった覇気。大将赤犬曰く、覇気とは()()()()であるらしい。自らを信じ抜き、斯く在るべしと考える意思が具現化し、現実に干渉する事象のことをそう呼ぶのだと。意志の力というものは戦い以外の場でも度々耳にする重要な要素である。思い込みの力とも言えようか。自分がそうで在ると思えば()()()()。それこそが意志の力なのだと。

 

 それを使えぬ自分は、果たしてなんなのだろう。海軍一の剣豪と呼ばれても覇気が使えねば新世界ではただの置き物に過ぎない。無冠の剣豪とはよく言ったものだ。

 

 強くなりたい。そうすれば自分の正義を見つけられる気がするから。ウルフレッドは潮風で肺を満たし、諦観を抱いた。

 

 さあ帰ろうと踵を返した時だった。

 

「もし、そこな男よ」

「!」

 

 その男はなんの前触れもなくそこに居た。

 

 廊下の曲がり角で佇む黒衣の男はまるで幽鬼のように静かに声をかける。その男にウルフレッドは驚愕を隠せなかった。身の丈ほどある大きな剣、羽の揺れるテンガロンハット、そして鷹のように鋭い瞳。

 

「鷹の目……」

「さぞ名のある剣士と見た」

 

 ――王下七武海がひとり。世界一の大剣豪と名高い男。ジュラキュール・ミホーク、その人だった。

 

 かつては強者との闘いを求め、海賊・海兵見境なく襲いかかっては勝利を勝ち取ってきた生粋の戦闘狂だと聞く。

 

 「どうだ、今からひと試合設けないか?」

 「いや、私は……」

 

 爛々と黄金の瞳を輝かせる鷹の目に息が詰まるような心地がした。そも、世界一と称される剣豪に、弱き剣士が挑む権利はあるのだろうか。

 

 「……私の剣は私のためではなく、か弱い民間人のためにある」

 

 苦し紛れの言葉。少し前までは本心から言えたその言葉に含まれたわずかな迷いを悟られたのか、鷹の目は目をうっそりと細めて剣に手をかけた。

 

 「その心意気、覚悟、どれほどのものか見てやろう!」

 

 海兵たちの総本山ともいうべき海軍本部の、それも元帥室の目の前で切り掛かるミホークに目を剥きながら咄嗟に引き抜いた剣で斬撃を空へ打ち上げる。

 

 周囲への攻撃を分散させようとの試みだが、やはり世界一の剣豪は伊達ではない。流した斬撃で痺れた手をぎゅっと握り込む。

 

 余波で弾け飛んだ廊下の欄干から外へ飛び出したウルフレッドを追うように、鷹の目も木屑が舞う中へ飛び込んでいった。

 

 海軍本部の瓦でできた屋根をふたつの影が疾る。白と黒の影は時折斬撃を交えながら移動して行き、ついには訓練場として確保されている開けた場所で立ち止まった。

「何事だ⁈」

「あれは……鷹の目のミホーク! 追われているのは海兵だ!」

 

 異変を察した海兵たちがゾロゾロと本部から吐き出される。遠くから感じる視線の中には好奇に満ちたもの――他の七武海だろう視線も含まれていた。察するに邪魔立てする気はないようだと踏んだミホークは愛刀の大業物 黒夜を眼前に構える。一寸たりともブレない(きっさき)越しに、真剣な眼差しの男と視線が絡み合う。

 

「急に斬りかかるとは、礼がなってないな」

「迷いなどかなぐり捨てて、貴様の全てを俺に見せろ、強者よ」

 

 戦いに魅せられた男が欲望に任せて斬りかかる。対抗するようにつば競り合いをする両者。確かな剣技とパワー、それを後押しするような熱量にウルフレッドは半ば吹き飛ばされるように後ずさった。

 

 一度斬り合えばわかる。鷹の目の驚異的な才能が、血の滲むような尋常ならざる鍛錬の量が、剣を伝ってくるようだった。

 

 飛ぶ斬撃に交えて直接斬り合うふたりの剣士。ミホークはウルフレッドの風に翻弄され、ウルフレッドはミホークの繊細かつ豪胆な剣術に圧倒される。

 

「風を纏う剣なぞ初めてだ……面白い!」

「そりゃあどうも!」

 

 突きを得手とするウルフレッドは無銘ながら愛用している翼のような柄の西洋剣で猛攻、リズムを崩すような動きで不規則に袈裟斬りと突き、鍔競り合いを繰り返す。巻き上げるような風が大剣を揺らそうと吹きつけ、飛ぶ斬撃を巻き込んで彼方へと吹き荒れる。

 

 ミホークにとって今までに例のない珍妙な技の使い手であり、それに加えて剣士本人の腕前も相当のもの。満足以外の言葉がない。良き暇つぶしになっていると内心喜色を浮かべながら黒夜を振るう。

 

 パワーではミホークに軍配が上がるものの、ウルフレッドの剣術も引けを取らない。戦いは均衡していた。

 

 それでも、大怪我をしているウルフレッドはやはり不利であった。

 

「ッ……!」

「! 貴様……」

 

 大振りの、力の入った斬撃が黒い刀身から飛来する。地面を抉りながらまっすぐに進むそれを先ほどと同じように上空へ打ち上げようと剣を上げて――肩の傷が開いた。包帯越しに滲む赤。蓄積した疲労によろめいた姿を見て、ミホークは思いもよらぬと言った顔で目を見開いた。

 

 なかなか骨があるやつだと楽しんでいたところをこの幕引き。それはないだろうと思うも、一度放った斬撃を巻き戻せる訳もなく。ミホークは自ら放った斬撃が、その経験の豊富さ故にウルフレッドの胸を切り裂く位置に吸い込まれるように飛んでいくのだと分かった。

 

 ただでさえ包帯を巻いた重症の男だ。一撃でも貰えば命に関わると感じながらも、斬撃を放ったまま残心の構えを解くことなく、ただ残念に思いながら最後を見届けようと目をさらに見開いた。

 

「そこまでじゃあ、海の塵屑がァ!」

「サカズキさん……」

 

 それを妨げるようにサカズキが遠方から拳型のマグマを飛来させ、さらには本人もマグマと化しながら着地と共に斬撃をかき消した。

 

 そして両者の間に立つと、海賊嫌いの名に恥じぬ呼称でミホークを見下ろして腕を組んだ。深く被ったキャップの下から人でも殺せそうな鋭い視線が猛禽類を思わせる黄金の瞳とぶつかり合う。

 

「ワシの弟子に何しちょるんじゃア!」

「……すまない、つい熱が入った」

 

 素直に謝罪するミホークだったが、サカズキの怒りは止まらない。仁義を尊び、道理を愛す。規範に縛られながらも自らの掲げる正義を貫いてきた男は、その実誰よりも()()である。苛烈な正義こそが真の安寧をもたらすのだと、彼は心の底から信じきっているのである。だからこそ、少しの規律違反も許せない。ある種の完璧主義者じみた性格がここにきて牙を剥いた。

 

「そもそも会議を無断欠席するとはどういう了見じゃい!」

 

 七武海定例会議開催直前の暴挙だったため、ミホークの姿は当然開始時間になく、サカズキは怒りここに極まれりと言った様子で気炎をあげる。

 

「そいつはお前の弟子か」

 

 ミホークは強者故か自分のペースを保ちながら、サカズキの怒りを気にも留めずに肩を治療されているウルフレッドの姿をサカズキの肩越しに覗いた。俯いてはいるものの、斬り合った時にぶつかり合った、あの飢えた狼のような貪欲な瞳を思い出すだけでミホークの中で眠る竜が鎌首をもたげるような心地がする。こんな気持ちになるのは、かつてのライバル――四皇 赤髪のシャンクスが腕を失う前以来のことであった。ずっと感じていた乾きが癒えるような、そんな心地。

 

「話を聞いちょるのか、海の屑が……!」

「気に入った」

「おい、話はまだおわっちょらんぞ! オイ!」

 

 ミホークは帽子を深く被り直した。穏やかな潮風に羽が揺れる。そう言えば、あの男がいると良い風が吹く。

 




キャラクター覚え書き

 ミホーク
 王下七武海 鷹の目のミホーク。世界一の剣豪と呼び声高い。ライバル不在でしょげていたところに新しい候補者を発見して内心昂っている、かもしれない。
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