西風は何処へ吹く   作:黒鵜

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ヒロイン登場回。
短編なのでかっ飛ばしていきます。短編なので。


剣に魅了された男の転換

 

 ここしばらくミホークと行動を共にしていて、わかったことがいくつかある。

 

 一つ目は彼が「暇潰し」と称して海賊を潰してまわっていると言うことだ。

 

 その根底には彼が胸中に抱く「飽き」が大きく関係している。そも、ミホークという男には剣術に関して天賦の才が与えられていた。それに加えて剣を振るわねばならない幼少期の過酷な環境――センゴクさんの話ではそうだった――とそれを厭わぬ忍耐力の高さ。

 

 彼の男は世界一の大剣豪になるべくしてなった、と言えよう。

 

 だからこそ強者へ挑みたい、血肉沸き立つ戦いがしたいと体が欲しているのである。幼い頃は容易に叶ったであろうそれも、自らの力量が上がるごとに相手がいなくなったのだろう。

 

 彼は今、刺激に飢えている。

 

 二つ目は、ミホークは存外世話焼きなのだということ。

 

 拠点としている偉大なる航路(グランドライン)前半の通称「楽園」はクライガナ島シッケアール王国跡地の廃墟――元は王の住まいとして機能していた絢爛豪華な城の一室を借りているウルフレッド。

 

 雨粒打ち付ける分厚い窓ガラスの下にあるテーブルを這う電伝虫と向かい合い、手元の手帳を開きながら真剣な眼差しで話をしている。元帥センゴクとの定期報告である。

 

 七日に一度の頻度で行われる報告会では、その間に討伐した賞金首の照合やミホークの行動範囲、果てや民間の治安などを話していた。

 

 「そう言えば、センゴクさん、私強力な技を開発したんですよ! これもミホークに付けてくれたセンゴクさんのお陰です」

 『そうか……お前のためになっているようで何よりだ 』

 

 海軍広しと言えど風を纏う剣士はウルフレッドただひとり。その特徴を最大限生かすべく、記憶喪失の彼は拾われてから数ヵ月後には赤犬の元で学び始め、海軍本部勤務の幹部たちは総出で頭を悩ませた。にも関わらずウルフレッドの剣術はそれ以上発展する様子がなく、気が付けば五年以上が過ぎていた。そんな今日、突然次のステージへと登ったと言う。それにはやはり世界一の大剣豪ジュラキュール・ミホークの存在が大きいと言えよう。

 

 ウルフレッドも尽力してもらったという思いがあるからこそ、自分の成長を大いに喜んでいるのである。ようやく、あの人たちに報いることが出来る、と。

 

  静かな執務室に、規則的な時計の音が響く。机の上には整然と積まれた報告書と、差し掛かる陽光。片手で受話器を耳に当てながら、彼は机の上の書類を軽く指先で叩いた。

 

 「それにしても、やはりミホークは天才です。彼の剣術は大胆にして繊細、パワーだけかと思いきやテクニックも混じえてのそれで、とても勉強になります」

 

 受話器越しに伝わる熱のこもった言葉に、相手はしばし沈黙する。雑音混じりの電波の向こうで、書類をめくる微かな音が聞こえた。

 

 『……随分と仲が深まったようだな』

 

 「! も、勿論、海賊と海兵であるという前提は忘れてはいません!」

 

 慌てたように声を張る。受話器を持つ手に力がこもった。

 

 「ただ、同行員をするにあたり必要なのだと――」

 

 『――よい、よいのだ』

 

 低く落ち着いた声が、すべてを制するように響いた。彼は口を噤み、僅かに姿勢を正す。

 

 「し、しかし……」

 

 『キミの頑張りはよく伝わっているよ』

 

 静かな肯定だった。受話器の向こうで書類が閉じられる音がする。

 

 『それは報告からもわかる。とても細かいし、分かりやすくまとめられていて卒がない。()()()()()()()()()……』

 

 「あの子?」

 

 一瞬の沈黙。電話の向こうで、誰かが遠くを見やるような気配がした。

 

 『……ともかく、キミはそのままでいい』

 

 それ以上の言及はなく、静かに締めくくられる。

 

 「は! 必ず良い結果を報告します」

 

 背筋を伸ばし、彼は受話器をしっかりと握り直した。

 

 センゴクとの定期報告では、彼の弱さが滲み出る。まるで人の親のように振る舞い、心配する。本心からのそれが、本来別の者に向けられたものだと、ウルフレッドは投影された影でしかないのだと分かっていながらも、記憶喪失の自分を拾ってくれた恩からそれを甘んじて受け入れようと努めていた。

 

『それと、鷹の目との距離感を間違えるな。奴は――』

「飯だ」

「! ああ、すまない」

 

 いつの間に居たのか、部屋の入口に背を預けたミホークが腕を組んでこちらを見つめていた。

 

 いつもの黒衣とは違う胸の空いた白いフリルブラウスを微塵も汚さずに、しかし肉料理の香りを纏う男。自分がすれば飛んだ脂でシミができるのに、と毎度不思議に思いながらもウルフレッドは「またご連絡します」と受話器を置いてミホークの後に続いた。

 

 城は廃墟ということもあり、使える部屋と使えない部屋とがある。勿論掃除をすれば使える程度ではあるのだが、男二人の生活でそこまで気が回るはずもなく、専ら使っているのはそれぞれの自室とキッチン、リビング、あとは書斎程度であった。

 

 そのうちの一つ、二人がリビングとして使用している部屋は長テーブルといくつかの見事な椅子が整然と並んでいる。かつては赤い絨毯も敷かれていたが、経年劣化が激しくゴミとして燃やしてからは冷たい石が剥き出しとなっていた。

 

 長テーブルには三又の燭台がいくつか並べられ、その間を縫うように銀の大皿に乗った料理が並べられている。赤ワインをメインとして、それに合う料理の数々だ。

 

 チーズの盛り合わせと肉料理、付け合わせのマッシュポテトにはたっぷりと胡椒が振られ、カリカリのベーコンが油を滴らせながら豪華に乗せられている。

 

「いいジャガイモだ……明日はハッシュポテトだな」

「あの珍妙な形のハッシュポテト……後は肉を積んだ料理も頼む」

「気に入ったようで良かったよ」

 

 ここで摂る食事は交代制で調理している。これは互いが誇り高き剣士であり、毒を盛られる心配がないことに起因している。海賊と海兵ではあれど、今の関係性は同行員。危害を加える理由がない。

 

 薄切りのローストビーフを嚥下したウルフレッドは、ワインを片手に窓の外へ耳を澄ました。大きな雨粒がガラスに叩きつけられる音。暴風が唸りを上げては遠くで木々を揺さぶり、普段は騒いで止まないヒヒたちも沈黙を守っている。数ヶ月行動を共にしていて最大の嵐が到来していた。

 

「雨だな」ウルフレッドが呟く。

「よくあることだ」ミホークはワインを揺らしながら生真面目に応えた。

「こういう日は外に出たくなる。昔住んでいたところでは仕事でよく雨に打たれたからね。雨は嫌いじゃない」

 

 郷愁を帯びた横顔が雨雲を通して遠くを見つめていた。

 

 ――風がよく吹く街だった。乾風も、雨風も、嵐の日でさえも休むことなく職務を全うしていたあの日の自分が抱いていた正義を、今はもう思い出せない。

 

「……今日の報告は長引いていたな」

「ああ、報告自体は終わっていたんだが世間話が盛り上がってな」

「そうか」

 

 バスケットに詰め込まれたパンを首にかけた小さなナイフで切り落とし、上に肉を載せて口に放るミホーク。彼はどこまでも他人に興味がないようで、よく見ている。ミホークの猛禽類のような温度のない瞳でじっと見つめられると、ウルフレッドは本心全てを見透かされているような、いたたまれない心地になる。

 

 隠し事が多い身には強すぎる瞳だ。

 それでも、ウルフレッドはこの年上の友人を嫌いにはなれなかった。

 

「……何か、コツは掴めそうか」

 

 覇気のことだ。面倒見の良いこの男は剣術の指導をすると共に覇気を使う糸口を与えようとしている。

 

「いや。ただ、剣術の腕は上がっているよ。もう直世界最強の座に手が届きそうなほどにね」

「戯け……貴様は既にこのオレに並ぶ腕前だろう」

 

 腕が疼く。血が踊る。剣が蠢く。

 

 これは、剣士の宿命なのだろう。センゴクさんが警告しようとしていたことも、わかる気がする。目の前に座る男は、飢えた狼なのだろう。血湧き肉躍る戦いを求める、剣に魅了された、哀れな一匹狼。

 

 己もその一匹なのだ。顔に笑みを貼り付けながら、ウルフレッドは一人自嘲した。

 

 ・

 

 それはいつも通りの一日だった。

 

 シッケアール王国から出立して一週間もしないあたりで、少し前に有人島へ寄港したため食料や水も豊富に積んでいた。

 

 今までの旅からするとむしろ順調な旅路だ。船の上ということもあり娯楽は少なく、ふたりは必然的に会話をポツリ、ポツリと落としていく他ない。遠い故郷の話や昔熱中していたもの、師匠の話や食い扶持の稼ぎ方などその話は多岐に渡った。

 

 ティーンエイジャーのように話があちこちへ飛び散っていた。それでいてあまり熱心に話を聞いているわけではないので深く掘り下げることもなく、奇妙な空気の中船は進んでいく。

 

 細波に揺られ、船底を魚の群れが徒に擦る。潮風が飛沫を巻き上げて冷たい水滴を浴びせ、風を受けてパンと張った帆がバサバサと靡く。引き攣るような悲鳴を上げる糾われた縄が帆と船体を繋ぎ止める。

 

 海鳥の間延びした声も久しく聞こえない海の真ん中で、ふと遠くから大きな船が波を切り裂いて進んでいるのが見えた。

 

「いやに大きなガレオン船だな……貿易船か?」

「……」

 

 ウルフレッドが船を見上げて感心したように呟いていると、固く目を瞑っていたミホークが静かに口を開いた。

 

「あれが民間人の船に見えるか?」

 

 嘲笑を含むミホークの言葉にハッとなって近づく船体を検分するように見る。

 

 清潔とはいえない船体と船員。甲板に積荷は見えず、物々しい男達が船上を行ったり来たりと忙しそうだ。確かに、貿易商と言うには粗雑で、海賊というには海賊旗がない。

 

「……なんてことだ」

「フン」

 

 船の上でひとりの女が暴れていた。黒くて艶のある長い髪――陸の女の髪だ――を振り乱し、スラリとした手足を白い華美なワンピースから伸ばす女。顔はひっそりと咲く鈴蘭のような静謐さと可憐さを湛え、菫のような瞳は怒りに燃えている。

 

 小さな花のようでありながら、不思議と色気を纏うその美しい女は、手首に無骨な手枷をかけられていた。男達に早々に取り押さえられながらも抵抗を見せる女の姿にウルフレッドは絶句した。

 

 ――奴隷だ。

 

 今進んでいる航路から判断するに、船はシャボンディ諸島の進路をとっているようだった。人身売買のホットスポットであるシャボンディ近くならまだしも、シッケアール王国から程近い新世界も後半の海から遥々運ぶ奴隷船は稀だ。せめてもの救いは見える範囲に天竜人の紋章――天駆ける竜の蹄が刻印されていないことだ。刻印されている奴隷商は世界政府公認の商人であるため、海軍が手を出して良い相手ではない。

 

 海軍としての暗黙の了解に従い目を伏せようとした矢先である。ウルフレッドと女の瞳が絡み合った。

 

 ――たすけて。

 

 「ッ!」

 

 声なき言葉が海風に乗って耳元へ届いた時、ウルフレッドの心の奥底から風が吹き荒れた。自分の掲げる正義と海軍の在り方との矛盾の間で揺れ動いていた心が、覚悟がようやく決まった。衝動に突き動かされるように刀を鞘から引き抜いた姿を見て、ミホークは目を細めた。雁字搦めの正義を背負う、この自分もわからぬ男が初めて見せた衝動。その行先を見極めるように、見定めるように。

 

 ウルフレッドが剣を構えれば、何処からか風が舞い上がる。

 

西風の(アスター)――」

 

 ウルフレッドレッドが剣を振り下ろせば、それは一陣の風となりて海原を征く。

 

「――暴風(ブラスター)ッ!」

 

 海を切り裂く暴風は、寸分違わず女と男達の間を駆け抜けた。ガタン、と一瞬振動が来た後に巻き上げるような風が船上へ吹き付ける。

 

 海の冷たさを含む風は女の黒髪に指を通し、ワンピースは風を孕んで膨らんだ。絡んだままの瞳は音がしそうなほどの熱量で、ウルフレッドの胸は大きく跳ねた。女の端正な顔立ちが物言いたげに歪んだところで、巨大なガレオン船は二つに両断されて、海面に倒れた。

 

 傾く船上で女の体がふらりと宙に浮くのが見えて、ウルフレッドは反射的に海へ飛び込んだ。ミホークが間一髪、船の上に落とされた彼が腰に()している剣を拾い上げ潮から遠ざけるのを後目に、一心不乱に船へと泳いでいった。

 

 女は水面に叩きつけられた衝撃で意識を奪われたようで、水中に沈んでいくのが見えた。即座に息を吸い込み手を伸ばす。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 声をあげるも腕の中から返事はない。じっとりと水を含んだ黒髪が青ざめた鋭い頬に幾筋か張り付いていて、ポタポタとウルフレッドの腕に水滴を落とす。小さな唇から漏れる息に安堵しつつ、早々に意識を失ったのが良かったのだと海軍仕込みの知識が囁く。女の顔が水面から出るように片腕に抱え直し、ミホークの船を目指して片腕を動かした。

 

 その間、船の断面から溢れ落ちた人々が必死に泳いで木片を掴もうと足掻いているのが目に映った。大概が奴隷商の男のようだったが、中には数珠繋ぎに枷を繋がれた人間の姿もあった。繋がれた人間達の中にはもう息がないものもいるようで、力無い体も捌かなければいけないので余計に大変そうだとどこか他人事のように思った。

 

 船にようやっと辿り着いたウルフレッドは沈み行く船から浮かんできた幾艘かの船を風で巻き上げつつ、女をそっと床に横たえると人命救助のため再び海へ飛び込んだ。

 

 幸い航海の途中で人数を確保しようとしていたのか、繋がれていた人数の中で生き残っていたのはさほど多くなかった。老人がひとり、若い男が三人、娘がふたりと齢十ほどの子供がひとり。そのほかは全て荒事に長けた風貌の男達で、彼らには賞金もかかっていないと言うこともあり、不機嫌なミホークの一太刀によって海の藻屑と化した。

 

 小舟をミホークの船と縄で繋げた後、手枷首枷を刀で両断する。この手の繊細な剣技も二人にかかれば造作もない。自由になったそこをさすりながら口々に感謝の言葉が飛び交う中、目覚めた女は口を固く結びながら強い意志の光を宿してこちらを見据える。その姿がやけに目に留まった。手を合わせている老人に尋ねるも女の素性は知らないという。

 

「あなた方は私が必ず故郷へと送り届けます。背中の正義に賭けても、必ず」

 

 歓声をあげるものがいる一方で、沈んだ顔の者も何人か見受けられた。帰る場所がないのだろうか。海軍の持つ絶対的正義の名の下に、ウルフレッドは胸に手を当てて船底で揺れる人々と目線を合わせた。

 

「帰る場所がなければ私の島で迎えよう。仕事もあるし、風が肌に合わなければ移住してもいい。風も人も気持ちの良い島だよ」

 

 その言葉に何名かは顔を見合わせるのが視界の端に見えた。おずおずと手を上げる人々も含めて目的地を聞き出していくウルフレッドは、一人船べりに腰掛ける女の前で立ち止まった。

 

 女は、海軍が嫌いなようだった。

 

 ウルフレッドが羽織る正義の二文字を見ると憎悪滲ませる瞳でこちらを見やる。そしてひどく澱んだ顔で、声で、こう呟くのだ。私から奪ったのは海軍(あなた)だ、と。

 

「帰る場所はあるのか?」

「……助けて下さった事は感謝します。でも、どうかそこいらに捨て置いて」

 

 言外に居場所がないことを明かした女。濡れそぼった細い肩に潮の香りが強い上着を被せてやると、俯いた女のつむじをじっと見下ろしながら、ふとかつて救えなかった少女が頭をよぎった。そばかすのある、純朴な少女。ウルフレッドはその時新任の騎士で、守るべきものを守った。代償にその手から零れ落ちた小さな命。ウルフレッドは強い痛恨の念からくる衝動に突かれるように口を開いた。

 

「――ミホーク、彼女を共に」

「貴様が求めるのであれば、俺はそれに同意しよう」

「……感謝する」

「礼はこれでいいぞ」

 

 そう言って剣柄をノックするように叩いたミホークに安堵した心地で笑みを溢すウルフレッド。その姿を物悲しげな瞳の女が遠く眺めていた。

 

 ――弱さとは罪である。

 

 ――強さとは善である。

 

 ――規則こそが全てである。

 

 ウルフレッドが海軍生活の中で抱え続けていた価値観は、変化しつつあった。胸中を吹き荒ぶ嵐に煽られてグラグラと揺れていた歪なそれが、女との出会いで変わり始める。

 

 やけに潮風が鼻につく。

 

 嗚呼、酒と温かな風が恋しい。我が故郷のなんと遠きことよ。

 




キャラクター覚え書き
 センゴク
 海軍元帥にして、ウルフレッドの身元引受人。かつて衰弱していたウルフレッドを哀れに思い、手元に置くことにした。誰かの面影を重ねているようだが……?
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