西風は何処へ吹く   作:黒鵜

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長かったので二つに分けました。
そういえば最近目がゴロゴロします。黄砂ですかね?


風の赴くままに
出立


 その日は随分と風が吹き込んでくる一日だった。

 

 まるで嵐のように停滞するクライガナ島の空気をかき乱す偏西風が干したばかりの真っ白なシーツを空高くへと攫い、かと思えば急に大粒の雨が地面に叩きつける。

 

 シーツが見つかった頃には、泥まみれの上で島のヒヒたちが上でピクニックでもしたのか、大きな足跡と共に何かの食べカスがシーツを斑に染めていた。

 

「はぁーあ、また洗い直しだな」

 

 その場でしゃがみ込んでシーツを腕に回収する。今日の予定を考えると、このままに持ち帰るのは億劫なことだった。

 

「それもこれも、みんなミホークのせいだ……」

 

 今朝、思い立ったかのように出立を告げたミホークのせいで、諸々の家事を早急にこなさなければならないのである。食事と掃除こそツバキが担っているが、その他の仕事は相変わらず分担性。存外綺麗好きなミホークに酷使される形で高頻度の洗濯を行うのがウルフレッドの仕事の一つであった。 

 

「――って、私は家政婦か!」

 

 膝に手を当てて立ち上がったウルフレッドは遣る瀬のない怒りを湛えながら汚れたシーツを小脇に抱えると強い風に押されるように珍しく垣間見える青空の色に目を細めた。上空を風に煽られた鴎が殴られたように飛ばされていく。どうやら地上だけでなく上空までもが強風らしい。

 

 パシパシと長い髪が頬を打つ。

 

 こんなふうに風が強い日は、あの言葉を思い出す。

 

 任務へ出る前に島の長老にかけられた”嵐”という言葉。

 

 どうにも意味深で、気にかかる言葉だ。それが何を指し示しているのか、ウルフレッドにはまるでわからない。わからないが、その嵐は空気どころか時代さえ動かしかねない、大きな”うねり”であることは無意識にわかっていた。 

 

「ここにいたのか」

 

 ぼう、と空を見つめているウルフレッドに並び立つミホークは、真似をするように目線の先を追った。

 

「……良い風だ」

「どこが」

「退屈の無さそうなところだな。ほら、これを見よ」

 

 ミホークから半ば投げるように渡されたのは小さな巻物だった。政府が使う極秘文書だ。特別に調教された蝙蝠を用いて配達を行うため、小型かつ軽量化されており、かつ蝙蝠が落とさないよう特殊な鉤がついているのだ。見る者が見れば一目で分かる。

 

 巻物をくるくると開いていくと、そこには招集命令が大きく記載されていた。それも普段のような定例会議とは異なる、本来の使用用途を果たすための、戦闘力としての招集だった。

 

「戦争か」

「それは分からん。だが、全員招集となると、そういうことだろうな」

「――私は海兵だ。そしてお前は王下七武海」

「ああ」

「あの子は、どうなる」 

 

 ウルフレッドは戦争への不安より先に、ツバキの処遇を心配した。自らが半ば攫うように奴隷から解放した女。少しずつ、互いを知っている最中にあるツバキは、打ち解けつつある彼女はウルフレッドの規則と正義しか無かった心に大きく居座って仕方がないのである。

 

「ここは留守になる。不安ならば他の島へと任せてしまえばよかろう。不安ならばオレが城の維持に住まわせても良い。あの女を救ったのは貴様だ。貴様が決めろ」

 

 ――弱き者が、自らの在り方を決めることなどできない。

 

 それは、世界一の剣豪が口にすることである種残酷なまでの世界の不文律を浮き彫りにする、そんな言葉だった。強さを至上とするミホークの持つ価値観。それが生い立ちに関係するものなのか、それとも自らの強さからそう考えるようになったのか、ウルフレッドには分からない。ただ、ミホークの価値観がウルフレッドの思考と大きく乖離していることだけは強く感じた。

 

 「彼女は物ではない」と言葉が口の端から溢れる。

 

 ミホークは落胆に目を細めた。初めて会った時と変わらぬ思考は好ましくもあり、それでいて退屈だ。ウルフレッドという男は剣士としては一流でも、覇気が使えないという大きなハンデを背負っていた。それに発破を掛け、才能が開花したならば、その才能はこのオレに比肩し得るものがあると。友として相応しい存在だと、そう思って、ミホークはウルフレッドと行動を共にした。

 

 剣技を磨いた。この男は規則に支えられた安定したメンタルを持っていた。自らを象徴するような、特別な技を持っていた。日がな鍛錬を欠かさず、しなやかで十分な肉体を持っていた。友と呼び、自らの力への自覚を促した。

 

 それでも、”覇気”を使うには至らなかった。

 

 覇気とはそれ即ち意志の力。

 

 それは万人が持っており、そしてその大半が自覚することなくその生涯を終える力。修練を積んでも目覚めるスピードは人それぞれ。中には目覚めないままの人間も少なくはない。しかしそれを身につけることが、本部昇格の最低ライン。ウルフレッドの階級を考えると、本部へ来るには”覇気”を持っていなければ示しがつかず、そして使い物にならない。

 

 だからこそ、幾年も愚直に昇格試験を受け続ける不屈の男を、不遇の剣豪を、センゴクは海賊如きに託したのだ。どうやっても覇気に目覚めることのない男を、今までとは全く異なる刺激的な環境に置くことでその開花が促されないか、と。

 

 そして、それはある意味で正しかった。

 

「共に」

「なに……?」

「ただ、共に在りたい」

 

 ウルフレッドは選択した。

 

 ツバキを置き去りにするでも、放り投げるでもない、第三の答えを。

 

「お前の側付きとしてで良い。どうか共にマリンフォードへ連れて行けないだろうか」

 

 愚直なまでに真っ直ぐな双眸が、ミホークの黄金の瞳をひたと見据える。その奥底で微かな欲がチリチリと燃えていた。

 

 自らの望みのために、あれほど気にしていた女の意思を無視して、オレの特権さえも利用してみせるその思考。初めて会った時の、まるで規則が人の形をして歩いているような物足りなさは強風に吹き飛ばされたかのように無くなっていた。

 

「貴様、良い目をするようになったな」

 

 まるで狼のような、鋭い瞳がミホークを貫いていた。

 

「力を貸してくれ、ミホーク」

「……意志の力、か」

 

 相分かった、と頷いたミホークにウルフレッドはにこりと笑った。欲しいものが手に入った幼子の様な顔で、にこにこと。

 

 ・

 

 同日。

 

 元々出立の準備をしていた為、海軍本部へ進路を取るだけで変更は十分だった。

 

 難航するかと思われたツバキへの説得は、彼女自身の無頓着さからすんなりと了承され、ウルフレッドは思わず気の抜けた返事をした。海軍本部へのエターナルポースと共に海図を手にしたウルフレッドは最短距離で航路を行くべく、得意の風読みで以って帆目一杯に風を受け加速を促す。

 

 強風に煽られてミホークの頭上で付け羽が萎む。

 

 いつもの如く狭い棺の様な船に詰められながら、一行は海を進んでいた。ミホークは例の如く横たわり、愛用のテンガロンハットを顔に被せることで日差しを遮り。ツバキはその足元で小さくなりながら座り込んでいる。ウルフレッドは足の踏み場に困る船上から少し上に登り、帆の扱いを買って出たと言うわけだ。

 

 ツバキの隣にいるとなぜだか暑く、集中できないと言うのもあった。

 

 強い日照りが海で反射して、内地育ちのウルフレッドの白い肌を焼く。

 

 海の男として早七年、最早見慣れた海図とエターナルポースとを見比べながら、早く海流に乗れるように帆を繊細に操る。強い風を受けて風を孕んだ白い帆が左右に振られるのを上手い具合にいなしながら、小さな帆船は大海原を超えていった。

 

 若干汗ばみながら手慣れた様子で縄を手繰るウルフレッドをぼんやりと見上げていたツバキはふと口を開いた。

 

「海兵は、それぞれが己の正義を持っていると聞いたわ」

 

 ――貴方の正義は何ですか?

 

 ウルフレッドは抽象的な問いかけに、鼻へ小皺を寄せた。

 

「規則だ。規則に則った正義。それこそが、私の正義だよ」

 

 言葉とは裏腹に、どこか自分でも納得し切っていない様子の言葉だった。ツバキはそんなウルフレッドを見上げ、パシパシと瞬きをした。

 

「規則……ね」

 

 それはウルフレッドを見定める様な色を含んだ言葉だった。

 

「ンー……そうだな、上の指示に従い、自らも下へ的確な指示を出す。その遵守でしか守られない命があるんだ。海軍の持つ絶対正義には、民衆の存在が前提だろう? 私は、民衆を守る為の海軍だと思っていたのさ」

「思っていた? 今は違うの?」

「説明しづらいのだけれどね。ミホークと行動を共にしていると、どうにも民衆を助ける事に対して抵抗を覚えるシーンも幾らかあった」

 

 例えば、キミを連れていた人攫い共とか。

 

「マ、簡単に言って仕舞えば、私は私が思うほど真っ当な人間じゃあないのかも知れない」

「そう……アナタ、思っていたよりもずっと窮屈そうね」

「……」

 

 ウルフレッドとツバキとの辿々しくも相手を知ろうとする手探りの話し合いは、海軍本部への最短ルートであるタライ海流に乗った事で跳ね上がった船の衝撃で途切れてしまった。踏み入った話はこれが初めてのことだった。

 

「あれがインペルダウンへ通じる正義の門だよ」

 

 ウルフレッドは目に入ったそれの名を告げる。インペルダウン前を通過した海流は最短最速のルートで海軍本部前に聳える正義の門へと船を押し流して行く。

 

 しばらくの間は帆を操るために縄がギチギチと音鳴り、風をいっぱいに受けた帆が大きくはためきながら加速していくだけであった。ミホークは夢現、ウルフレッドは操舵に集中している。そんな沈黙に耐えかねたツバキが固く結んでいた唇を思わず開こうとした時だった。

 

 タライ海流に一隻のオンボロ船が乗り込んできた。数世代前の型落ちのガレオン船で、潮水に揉まれて木材が腐食している箇所も散見される。歴戦の、と言えば聞こえは良いが、悪く言えば使い古された廃材寸前の船である。命知らずなその船は政府の認可を受けていない――つまりタライ海流に乗る資格を有していないことは一目で明らかだった。

 

「このまま海流に乗っていけばどこかで撃沈されるだろうね……よし、教えてあげるとするか」

「……弱者に興味なし」

「キミってやつはまったく……弱きを救うのが私たち海軍の本質なんだ、できる手助けは軍人の義務だ」

「フン……」

 

 軍人としての気高き心に突き動かされ、ウルフレッドはオンボロ船に向かって大手を振った。

 

「おお、い⁈」

 

 忠告しようと声を発した瞬間のことだった。

 

 向こうの船で何かが爆発するような腹に響く音がしたかと思うと、黒鉛の砲弾が飛来した。ほんの数メートル横に着弾した砲弾は強い波を起こし、小さな帆船はグラグラと揺らいだ。

 

 「キャッ」とツバキが思わず立ち上がり、揺らぐ船から投げ出されんとするのを咄嗟に腕を掴み取ることで防ぐ。ミホークは未だ眠りから醒めない。否、弱き者を相手にしない。

 

 ここで座っているように、とだけ言い含めて剣に手をかけるウルフレッドに、オンボロ船の乗組員たちはどよめきながら怒りの声を上げた。

 

「テメェ! 海軍の癖にオレたちの船を沈めやがって!!」

 

 言葉から察するに彼らの目的はウルフレッドであるらしい。しかし、肝心のウルフレッドに思い当たる節は全く無かった。正確に言えば思い当たる節しかないのだ。気の赴くままに各地を訪れ、暇つぶしに目の前のものを切り捨てる。それが世界一の大剣豪の在り方なのだ。最早自然災害にも近いそれによって、ウルフレッドが同行し始めてからでも計五の海賊団とひとつの奴隷船が犠牲となった。つまり、どの残党なのか、皆目見当もつかないのである。

 

 大きく首を傾げながら己を指差すウルフレッドに、オンボロ船からは「テメェだよ!」と遠くツッコミが入る。

 

 やはり、いずれかの残党であるらしい。正直に言えば許してもらえるだろうか。一か八か、ウルフレッドは口元に手を当てて叫んだ。

 

「すまないが覚えがない!」

「テメェが忘れてもオレたちァ忘れねェ! テメェの横にいる女も、元はオレたちの商品だ! 海軍の癖にセコセコと盗みを働くとはなァ!」

 

 許されなかった。

 

 最後まで聞いて、ウルフレッドはようやく思い出した。奴隷を許容できなかったあの出来事。ウルフレッドが従ってきた海軍の規則を、初めて自らの意思で破ったあの日。衝動に、私情にあれ程突き動かされたのは生まれて初めての事だった。

 

 チラ、とツバキの顔を伺う。

 

 ツバキは頬を青白く染めてそっと目を伏していた。

 

 震えて、いた。

 

 それを視認した途端、ウルフレッドは口をへの字に歪めた。彼奴等、ツバキを奪う気だ。私が今度こそ守り抜くと誓った子を! 今まで風と自由が吹き荒ぶ故郷で、或いは海と規律の職務において、いずれも感じたことのない感情だった。臍を曲げたとも言う。

 

「お前たちは、治安を乱す不穏分子だ。吹き荒べ……風車の暴風(アスター・ブラスター)!」

 

 ウルフレッドは腰元の柄を握ると、大きく風を纏わせた居合を放った。飛ぶ斬撃。

 ミホークの十八番であり、共に居る中で身につけた固有の技だ。

 

 竜巻の如く地上のものを巻き上げる斬撃は流れる様な所作で斬り返し放たれた。総数五にも及ぶ竜巻は大海原の飛沫を纏わせて猛然とガレオン船へと向かって行く。悲鳴を上げながら逃げ惑う船員たちに確かに向かう斬撃は、しかしその直前で掻き消されるように忽然と宙へ瓦解した。

「なに……?」

 

 思わず驚きの声を落としたウルフレッドに向かって揃ってあっかんべー、の顔をした船員たちは口々に歓声を上げた。

 

「最高だぜ、ニューキャプテン!」

「あの剣豪を打ち破るなんて、流石は新世界有数の番人だ!」

 

 船の奥から悠然と姿を現したのは筋骨隆々なひとりの男だった。僧帽筋が発達した逆三角形の肉体を惜しげもなく太陽の下に晒し、潮で傷んだ茶の長い髪を後ろに撫で付けている。ぴっちりとしたスキニーと揃いの素材で作られた手袋には無骨な棘が付けられており、同様の意匠は肩や靴にも見られる。首元にはくたびれた白地に赤と黒で紋様が描かれた織物が巻かれ、黒い衣装に映えている。堀が深い顔は偏屈そうな口と冷酷そうな瞳が嵌め込まれ、胸には大きく剣の交わるタトゥーが彫られていて威圧的だ。大きな腕には火傷の跡が目立っており、見るからに歴戦の漢と言った風貌であった。

 

 男は船員たちの称賛を受けて手を挙げながらも、その双眸はしっかりとウルフレッドを見据えていた。

 

 男は幾度か拳を打ち鳴らすと、威嚇するように口の端を上げた。




キャラクター覚え書き
 サウスウエンディ島 東の村、西の村の村長
 風を尊ぶ二つの村。両村長はかつて良い仲だったそうな。
 ウルフレッドに予言の様な言葉をかけた。
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