零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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本日は時間を分けて三話連続更新します。
このお話は三話更新の三話目です。
「第二章『零崎軋識』 3」および「4」をお読みで無い方は、そちらからお読みくださいませ。



第二章『零崎軋識』 5

 ◆   ◆

 

 激突は虎と熊の正面衝突を思わせた。

 

「根性ォオオオッ!」

 

 腹部に愚神礼賛(シームレスバイアス)の直撃を喰らいながらも、初道は叫び耐え、逆にヨーヨーを射出する。渦巻く回転。硬質に輝く特殊合金の鈍色。風を切り裂き、飛翔したそれが、軋識の顔面に直撃する——が。

 

「ヌルいっちゃよ——」

 

 軋識もまた、それを耐え忍び——歯を食いしばって口角を吊り上げる。鼻血を吹き出しながら、軋識は愚神礼賛(シームレスバイアス)を再度振り上げる。そして——激突。

 

「根性」

 

 それは一度にとどまらず、二度——「根性」、三度——「根性」、四度五度六度七度八度——「根性根性根性根性根性——」

 繰り返される殴打の応酬。

 釘バットが、金属ヨーヨーが、互いの体を打ち合い、叩き合い、傷つけ合い、けれど——

 

「根性ォ——ッ!」

 

 都合十六度。

 壮絶なる暴力の嵐が吹き荒れた末に——初めて。

 

「——っ、ちゃ」

 

 軋識は、攻撃の手を緩めた。

 

 ふぅ——と、大きく息を吐き——一歩。

 足を、下げる。

 その一歩は、距離としては大した距離とは言えない、文字通りの一歩分ではあったけれど、しかし心理的には——大きな後退だった。

 

 軋識は額を手の甲で拭う。汗で薄まった血が、手の甲を赤く染めた。

 

「……根性根性、うるさいやつっちゃね」

 

 いい加減、聞き飽きたっちゃよ——なんて。

 軽口を叩きながらも、しかし——軋識は、ボロボロだった。

 

 肩で背負うようにして愚神礼賛(シームレスバイアス)を持ちながら、軋識は油断なく眼前の敵を見つめる。

 

 初道は動かない。

 それは決して、動けないという意味ではないだろう。

 全身にヨーヨーを受け続け、傷だらけの軋識に対して——初道は。

 

「仕方あるまい。根性とは望んで口に出すものではなく、気がつけば口から出てくるもので候」

 

 訳のわからないことをほざきながらも——未だ、健在。

 

 完全な無傷というわけではない。わけではないが——そのどれもがかすり傷。

 

 全員に打撃という打撃を喰らったのは、軋識と同じであるはずなのに——青あざが、吹き出た血が、全身を色とりどりに染め上げている軋識に対して、初道は、未だ身綺麗なまま。せいぜいが、一番最初の眉間の傷くらいのもので——

 

(こいつ——)

 

 軋識は思う。手元の愚神礼賛(シームレスバイアス)にチラリと視線を向けながら。

 

()()()()()()()()()()()()——?)

 

 血を流させることを、最初のうちは出来ていた。

 打撃の勢い、その衝撃のほとんどを殺されながらも、しかし皮の一枚程度を、引き裂くことは出来ていた。

 それが、今は。

 

(無傷——)

 

 皮一枚にすら、傷を負わせられず——完全な無傷で、凌がれている。

 凌がれて、しまっている。

 

 そんなことが、あるのか。

 そんなことが——あり得るのか?

 

(……考えたくはない話だが)

 

 ()()()()()、ということなのか。

 己の攻撃に——愚神礼賛(シームレスバイアス)の一撃に。

 慣れて、より完璧に防御できるようになった——と、そういうことなのか?

 

 だとすれば。

 だとするのならば——

 

(このまま撃ち合い続けても、勝機はない)

 

 そんな結論が、導き出されてしまう。

 

 どろり、と。

 血混じりの汗が、頬を伝う。

 

 撤退。

 その二文字が、脳裏に浮かんで——

 

(ありえねぇ)

 

 握りつぶす。

 それは。それだけは——ありえない。

 

 この先には、家族がいる。

 家族が——待っている。

 あるいはその家族もまた、窮地に陥っている可能性が——高い。

 

 一人ならまだしも、三人だ。

 こうも偶然、自分を狙うプレイヤーが連続して現れるということはありえない。

 明らかに何かしらの、意図がある。

 意図が、絡んでいる。

 だからこそ——

 

(突破する)

 

 それこそが、自分の役目。

 自分が果たすべき、唯一の使命だ。

 

「考え事は終わったで候か?」

「ああ、悪いな、待たせちまってよ——」

 

 息を吐く。口の中が熱かった。肩に担いでいた愚神礼賛(シームレスバイアス)をおろし——構え。

 

「おおおおっ!」

 

 一歩、踏み込む。退がった心を踏み潰すように。

 勢いそのまま、軋識は愚神礼賛(シームレスバイアス)を横ぶりに振るう。今度は——タイミングをずらして。相手が愚神礼賛(シームレスバイアス)を見切ったというのならば、いいだろう。その慣れを逆利用して、防御の隙に最強の一撃を叩き込む。

 

 軋識は決意して、釘バットを振るう。その戦闘スタイルから誤解されがちだが、軋識は闇雲なパワーファイターというわけではない。フィジカルの頑健を活かし、最も効率よく戦えるスタイルがそれだというだけで、本来は、かなりクレバーな戦い方をするタイプだ。

 

 だからこそ——

 

(あ——)

 

 思わず。

 その表情を歪めたことは、軋識にとっては、極めて珍しいことだった。

 

 戦闘中でも、否、戦闘中だからこそ、内心を表情に出すことはしない。するべきではない。そんなものはプロのプレイヤーとしての心構え以前に、一度でも真剣勝負というものをしたことがある人間ならば誰もが思い知る教訓だ。軋識はそれを愚直に守ってきたし、これまでだってどれだけ絶望的な状況に追い込まれようとも、表情を崩したことは——ただの一回を除き——一度もなかった。そう自負していた、自負していたが——しかし。

 

 今だけは、その表情が歪まざるを得なかった。

 

「根性ォオッ!」

 

 眼前の敵が叫ぶ言葉も——どこか遠くに聞こえる。

 二度のフェイントを交えた上で、叩き込む一撃——それが、ズレる。

 

 魂を込めた、完璧なスイング。力の全てを敵へと叩き込む、絶死絶殺の一撃。何千何万と繰り返したはずのその動作が——崩れた。

 

(まずい——)

 

 軋識は思う。

 

 ()()()()()

 

 そうとしか言えない。そうとしか言いようがない。手元が滑り、愚神礼賛(シームレスバイアス)が制御を失う。原因はわかっている——汗だ。

 

 連戦。吹き飛んだ帽子。照りつける太陽の日差し。痛めつけられ、悲鳴を上げる体。原因を挙げれば限りがないが、しかしいずれにせよ——今。

 

 軋識の手のひらは汗で滑り、愚神礼賛(シームレスバイアス)の制御を誤った。

 

 必殺の一撃は必殺として機能せず、どころか、この一撃を防がれれば、間違いなく自分は致命的な隙を晒してしまう。それがわかる。

 

 わかるからこそ——

 

(まずい——!)

 

 軋識は絶望を、その表情に浮かべてしまって——

 

「——ぐむっ」

 

 その現実を、現実であると信じることができなかった。

 

(——————は?)

 

 見れば。

 

 自分の、制御を誤った一撃を。タイミングがずれ、制御を失い、致命的なまでに威力を失った一撃を受けて——眼前の敵が、苦しんでいた。

 

 血反吐を撒き散らす、とまではいかないものの——しかし歯を食いしばって悲鳴を噛み殺し、痛みを、苦しみを、耐え忍んでいた。

 

 それはこれまでの、一切のダメージを受けていないかの如き防御とはまるで異なって——

 

「ああ、そういうことか」

 

 軋識は、全てを理解した。

 

「——ふ、今の一撃はなかなかいい根性で候なぁ、愚神礼賛(シームレスバイアス)。しかしこの程度の攻撃では、拙者の根性は揺るがぬ——」

「うるせぇよ」

 

 冷たく言って、軋識は——パン、と。

 自らの両頬を、平手で張った。

 

「お前の防御——そのカラクリはわかったっちゃ。今度こそ——一撃で仕留めてやる。お望み通り、お前をあの世までぶっ飛ばすような、()()()()()()()()をくれてやるから、そこを動くなっちゃ」

 

 まるでホームラン宣言をするかのように、愚神礼賛(シームレスバイアス)を突きつけて、軋識はそう宣告する。鷹のような瞳。冷たく光るそれは、捕食者の相を見せ。

 

「……ほぉう、それは楽しみで候」

 

 言いながら、黒後家初道は両手を広げる。余裕を見せつけるように。己を誇示するように。待ち受ける笑みすらも、崩さずに。

 

「——死ね、黒後家初道」

 

 威迫の言葉は淑やかに。呟くように紡がれた言葉は、けれどそれを追う愚神礼賛(シームレスバイアス)にこそ追い越され。

 

 風を切る獰猛な音色。空間を叩き潰すような衝撃の予兆。狂い猛ける殺戮の化身が、暴威と共に振るわれて——

 

 

 

「根性ォォオオオオオオオッ!」

 

 

 

 絶対破壊の一撃が、炸裂する。

 

 

 

「——うそ」

 

 呟かれたのは、菩薩峠銀螺子の声だった。

 

 見れば。

 黒後家初道の肉体は——跡形もなく砕け散っていた。

 

 血飛沫が、肉片と共に撒き散らされて。

 大地を赤黒く、染め上げる。

 

 それまでの、無敵の守りが嘘であったかのように、呆気なく。黒後家初道は、木っ端微塵の肉片となって——一欠片の生存の余地もなく、完全無欠に、死に絶えた。

 

「——せ、先輩、先輩!」

 

 そんな——どうして——なんで——

 

 取り止めもなく、言葉が口から溢れ出る。あるいはそれは永遠に続くのではないかとさえ思われたけれど——しかし、菩薩峠銀螺子は、歯を食いしばって——軋識を見つめる。

 

「お前、何をしたんデス!?」

 

 銀螺子は叫んで、両手の鉤爪を振り上げ、軋識に挑みかかるけれど——

 

 一閃。

 

「ぎっ、あああああっ!」

 

 振るわれた愚神礼賛(シームレスバイアス)が、かろうじて体を捻り、直撃を避けた銀螺子の片腕に()()()。それだけで——腕一本。肩から先を丸ごと——粉砕した。

 

「う、あ、ああああっ!」

 

 叫びながら、銀螺子は肩を抑えて地面に転がる。

 

「お、お前、よくも——」

 

 銀螺子は涙を流して叫ぶけれど、しかし——

 

「……あー、悪いけれど、何言ってるかわからんっちゃよ」

 

 言いながら、軋識は肩をすくめる。

 

「鼓膜、潰したっちゃからな」

「——は?」

 

 あの時。軋識は自らの頬を張るふりをして——指先で、耳の鼓膜を潰していた。

 

「なんデスか、それ、どういう——」

「あの男、黒後家初道は、自分が気功使いだなんだと()()()()()()()()()()()

 

 耳が聞こえていないからだろう。微妙にタイミングの噛み合わない会話。やや食い気味に、銀螺子の声を遮りながら、軋識は語り出す。

 

「あいつは気功使いなんかじゃない。硬気功で体を鋼にしてるってんなら、それはいつでもそうであるはずだっちゃ——ま、気功なんてもんがほんとにこの世にあればだっちゃが。いずれにせよ、本当に奴が無敵であるなら、たかだか汗で手が滑って攻撃のタイミングがズレた程度のことで、ダメージを喰らうわけがないっちゃ」

 

 軋識は言いながら、愚神礼賛(シームレスバイアス)を肩に担ぐ。

 

「問題は——なぜあいつはダメージを受けたのか? 最初は、タイミングかと思ったっちゃよ。つまり、汗で攻撃のタイミングがずれて、それが偶然、相手の防御を——受けるタイミングを損なって、攻撃が通ったのか、と。しかしそれにしては、妙な点が多いっちゃ」

 

 軋識だって、馬鹿ではない。戦いの中で、愚直に攻撃を振るうこともあれば、フェイントを交える隙もあった。タイミングがズレたぐらいで攻撃が通るというのならば、それ以前に通っていて然るべきなのだ。

 

「だからこそ、たとえばそれは、意識の問題なのかと思ったっちゃ。攻撃が通った時、タイミングがズレたのは、俺自身意図してない挙動だった。たとえばそれまでは、相手が達人として、俺の心理を完璧に読み切り、フェイントやらなんやらを含めた上で、完全にタイミングを合わせて防御していた、ということなのかもしれない、と。だが——そこで気付いた。その考察は、()()()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

 ぶん、と。調子を確かめるように愚神礼賛(シームレスバイアス)をスイングして、「やっぱりだな」と軋識は小さく呟く。

 

「つまり——意図。俺自身の意図が、問題なんじゃねーかってことだ」

「ど、どういうことデス——」

 

 なんて問う銀螺子も無視して、軋識は語り続ける。

 

「根性——あいつが口煩く叫んでたキーワードだ。最初は、気合を入れるために叫んでるんだと思った。あるいは、それが防御力を発揮するための動作なのか、ともな。だが、()()()()()()()()()()()()?」

 

 たとえば——

 

「暗示」

 

 軋識の言葉に——ぴくりと。

 銀螺子が、眉を跳ねさせる。

 

「少し前、レン——俺の兄弟が、妙な連中とやり合ったと言っていたっちゃ。確か——罪鼓交響楽団っつったか。最近、どうも方々で威勢の良いことやってる連中らしいっちゃが——そいつらは、ちょっとばかし特殊な戦い方をするそうだっちゃ」

 

 曰くして——『()使()()』。

 

 音を通じて、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな戦い方を——するらしい。

 

「本当に、もっと早く気付くべきだったんだっちゃよな。俺の過去の因縁が、今更になって襲ってくるなら——一賊の誰かの因縁が、俺に降りかかってくることだって、あり得るんだっちゃ」

 

 そこで——軋識は銀螺子を見る。

 

「お前ら——偽名使ってるっちゃろ?」

 

 言われ——銀螺子は。

 

 痛みによるそれとは違う——冷や汗を垂らす。

 

「『有翼幻獣(ジェットストーム)』菩薩峠銀螺子、『首吊大橋(ストリングリング)』黒後家初道。聞いたことがないはずっちゃ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お前らの正体は——罪鼓だ。

 なんて、軋識は断言する。

 

「な、何を根拠に——」

「証拠は、そこに散らばってる肉片だっちゃよ。黒後家初道——本名が罪鼓某なのかは知らねーけどな。こいつは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 声。

 

 転じて言えば——音。

 

 黒後家初道は、音を通じて、軋識に暗示をかけていたのだ。

 

「あいつの無敵の防御の正体——気付いちまえば、なんてことはない。()()()()()()()()()()()()()()。あいつは防御なんてしてなかった。身を守りなんてしていなかった。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 軋識はもう一度、釘バットを振るう。なんの躊躇いもなく、開放感と共に。

 

「あいつは一番最初、俺の攻撃を曲芸じみた技で止めたっちゃ。()()()()()()()()()()()()()()()。俺はその時、攻撃を止める感覚を味わわされた——『()()()()()()()()()()()()

 

 それが——暗示の始まりだったんだ、と、軋識は語る。

 

「あいつがわざわざ、俺に無防備を晒して攻撃を打ち込ませたのは、暗示をより強固にするためだっちゃ。……思えば、それより前にうだうだ語ってやがったのも、それだったんだろうな。俺の筋肉を気色悪く褒め称えてやがったのは、俺に自分の体を意識させるためだったんだろう。筋肉を、神経を、その躍動を意識させることで、暗示の効きを——『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という暗示を、強めたんだっちゃ」

 

 それこそが、黒後家初道の無敵の正体。

 それは防御ではありはせず、むしろその逆。

 攻撃を止めさせる暗示がこそ、虚構の無敵を作り上げていた。

 

「要は、俺は攻撃を寸止めさせられてたんだっちゃ。あの『根性!』っつーやかましい掛け声をキーにな。最初のうち、あいつがちょっとばかし血を流したりしていたのは、まだ暗示が完璧じゃなく、攻撃の停止が甘かったからなんだろうな。あいつは戦いが続くにつれて攻撃に慣れ、防御を硬くしていったんじゃなく、むしろ俺の方が()()()()()()()()()()()()、あいつを傷付けなくなっていったんだっちゃ」

 

 だからこそ——あの時。

 釘バットを振るい、汗で手が滑って、その制御が効かなくなった時。攻撃は——直撃した。いくら暗示で攻撃を止めようとしたところで、汗で滑った釘バットが慣性の法則に従いそのまま突き進むことを止められはしない。

 

「この考察があってたか間違ってたかは、まあ、聞くまでもないっちゃね」

 

 軋識は血溜まりに目をやり、そして愚神礼賛(シームレスバイアス)を構え直す。

 

「それじゃあま、ご清聴ありがたく、ってところだっちゃ。そろそろ、お前も限界だろ。きっちりとどめをさしてやるから、心配すんな」

 

 きひひ——と。

 シニカルに笑って、軋識は愚神礼賛(シームレスバイアス)を振り上げる。

 

 徹底的な残酷の予兆に、銀螺子は。

 

「あ、う——ぅぅううわああああああああっ!」

 

 叫び、何処かから、()()()()()を取り出して——

 

 

 

 ぐしゃり。

 

 

 

 それを鳴らすことすらできず——決定的な破壊を受けた。

 

 かくして、決着はなる。

 

 菩薩峠銀螺子改め、罪鼓(たばかり)

 黒後家初道改め、罪鼓梁人(はりと)

 

 双方死亡——勝者、零崎軋識。

 

 戦いを制した彼は、つまらなさそうに後ろ頭をかき、乗り捨てたスクーターを起こして、再びまたがる。

 

 向かう先は、兄弟の元。

 田舎町の果てに聳えるマンションの、最上階。

 

 かくして、軋識は辿り着くことになる。

 何も知らぬまま、何も気付かぬまま。

 

 尽く、遍く。

 全てが手遅れ、後の祭りの——終わった後の、戦場へ。

 

 ◆   ◆

 

 ごー、と。機械音が響いていた。

 

 思えば、エレベータに乗れることのなんとありがたいことだろう? 軋識の恋するとある少女——軋識が、あるいは軋識のもう一つの名が、暴君と呼ぶ彼女に(まみ)える時には、この文明の利器の恩恵に預かれることはない。業腹なことに同じく彼女の従僕である——言い換えれば、軋識にとっては同僚となる壊し屋が、それを解体してしまうからだ。おかげで、軋識は何千段とある階段を己の足で登り切らなければならない羽目になる。暴君のためと思えば疲労など感じるわけもないが、しかしあのいけすかない同僚のせいだと思うと多少のむかつきを感じはする。

 

 なんて——その感情は、今思い出すには少々場違いだけれど。

 

(……十六、十七、十八——)

 

 階層を示すランプの移り変わりを、軋識は眺める。途中階で誰かが乗ってくる、なんてことはありえない。軋識はそれを知っている。

 

 日本某所。某県某市某町——などと秘す意味も存在しないくらいの片田舎。土地のほとんどが畑や田んぼとして使われているような、そんな農村地の一角に——このマンションは聳え建っていた。

 

 どこの酔狂な人間をそれにしたのか、パトロンからの贈り物だ、という、零崎常識のセーフハウス。

 日本各所に点在するうちの一つが、このマンション。他の住人、なんてものは当然、このマンションには存在しない。

 

(あいつも大概、わけのわからん交友関係を築いてるよな)

 

 軋識は思う。まあ、零崎一賊として活動する傍ら、『暴君』に忠誠を誓ってハッカー集団としても活動している軋識ほどではないだろうが——しかし。

 

寸鉄殺人(ペリルポイント)』零崎常識。得体の知れない男だ——と思う。

 

(——二十九、三十、三十一)

 

 そして——三十二。

 ランプが点り——ドアが、開く。

 一本道の廊下の先に——一つだけ。

 ドアがあって、軋識は。

 

「邪魔するっちゃよ」

 

 言いながら、軽く。

 なんの気負いもなく、ドアを開けた。

 

「リル? いるか?」

 

 言いながら、彼は土足で中に上がる。

 靴を脱ぎはしない。ここの住人が、それをしないことを知っているからだ。

 

 明かりの灯っていない廊下。音は聞こえない。当たり前だ。鼓膜を破ってしまったのだから。どんな音がしていたのだとしても、軋識には聞こえない。薄暗い影だけが、ただひたすら沈黙を保っている。

 廊下の向こう。突き当たりのドアのすりガラスからだけ、光が差し込んでいて——

 

「リル?」

 

 呼びかけながら、軋識は。

 そのドアを、開けた。

 

 

 

「……うーわ」

 

 

 

 そして、顔を顰める。

 

 そこにあったのは——死体だった。

 

 死体。死体としか言いようがないほどに、死体。

 元が人間だったのか、それさえもわからないような、()()()()()()()()()。ぐちゃぐちゃに、メチャクチャに、デタラメに——散乱した、無数の死体。尽くが、弾けて、焼かれて、砕けて、混ざって、粉々に、木っ端微塵に、いっそ支離滅裂にさえ、粉砕されて。

 床一面に、血と肉と骨との破片が、散乱し尽くしていた。

 

「……靴脱がなくて正解だっちゃな」

 

 焦げくせー、なんて呟きながら、軋識は死体たちをぐちゃぐちゃと踏み越えて——それらの中心。

 

 諸共砕けた家具たちの中でも、唯一無事である横長のソファーの上で、横たわって、いびきをかく男の元へ——向かっていく。

 そして——

 

「起きろっちゃ、リル」

 

 べしべしと、その頬を張る。

 

「——ふごっ」

 

 だが、起きない。

 

「こいつ……人が心配して必死に駆けつけたってのに気持ちよさそうに寝こけやがって」

 

 こういうところだよな——と軋識は思う。自分と常識の接点がないのは。つまり、助けがいがない。心配のしがいがない。危機に駆けつけようが、ない。

 だって、それはそうだろう。彼はいつだって、()()なのだ。

 助ける側で、心配する側で——危機に駆けつける側。

 そんな男だから、必然。軋識とは接点が、生まれにくいのだ。

 

「……」

 

 こうも思う。つまり自分と彼の接点が少ないことがこそ——もしかすればきっと、お互いへの信頼の証である、と。そういうことなのではないか、と。

 思い上がりだろうか? だが彼の寝顔からは——軋識への心配なんて、かけらも感じない。

 それはきっと——信じているから、なんじゃないか、なんて。

 

「……きひひ」

 

 薄く、笑い。

 

「ほれほれ、早く起きろよ」

 

 もう二、三度、頬を引っ叩いてやれば——

 

「ん、んああ……あぁ? なんだよ、アスじゃねーか」

 

 その男——零崎常識は、目を覚ます。

 両目を眠そうに(しばたた)かせて、手袋をはめたままの手で、ぽりぽりと首筋をかいた。

 

「ったく、ようやく起きたっちゃか。言っとくけど、今俺耳聞こえてねーから。唇ちゃんと動かさねーと何言ってるか読めないっちゃよ」

「ああ? なにかあったのか? わりー、寝てたわ。今何時?」

「知るわけねーっちゃよ。時計だってぶっ壊れてんだから」

 

 言って、軋識は親指で壁の時計を——時計だったものを指差す。

 

「ん、あー、あーあーあー、なるほどな。それで、この惨状ってわけだ」

 

 言って、常識は周りを見回す。散乱した死体たちを、「うへー」なんて嫌そうな声を出しながら。

 

「あ? なんだよ。これ、お前がやったんじゃないっちゃか?」

「それは解釈次第だな。俺がやったからこうなったとも言えるし、俺がやらなかったからこうなったとも言える」

 

 訳のわからないことを言いながら、常識は一つ伸びをして体を起こし、ソファに座り直す。くわり、とあくびを噛み殺しながら、彼は壁にかかった時計の残骸に視線を向けた。

 

「俺のセーフハウスには爆弾が仕掛けてあってな。定期的に、爆破機構を解除しないと、部屋中がドカンと行くように仕込んであったんだよ」

「……それ、うっかり解除し忘れたらどうなるんだっちゃ」

「こうなるんだろ?」

 

 なんて、常識は躊躇いもなく周囲を指差す。

 軋識は眉を寄せ、目を細めた。

 

「……おめーの家にはもう二度と遊びにこねーっちゃ」

「なんだよ、つめてーこと言いやがって」

 

 言いながら、常識は立ち上がる。

 

「んで、仕事だっけ。何すんだ? わざわざ二人も集まって」

「罪鼓とかいう変態集団の殲滅だっちゃ」

「ああ、この間レンが絡まれてたやつな」

「俺も道中、絡まれたっちゃよ。まったくもって、めんどくさい連中だっちゃ。……そういえば、ここに転がってるのは?」

「さあ? 知らねー。寝てる間に勝手に死んでたくらいだし、どうせ三下の雑魚連中だろ」

「ああ……ま、それもそうっちゃね」

 

 言い合いながら、二人は廊下を進む。

 

「さて、それじゃあ」

「ああ、それじゃあ」

 

 扉を出て——日差しが、眩く。

 

「かるーく零崎を始めるちや」

「愉快に零崎を始めようか」

 

 言って——二人はマンションを後にする。

 

 ドアが閉じられ。

 

 後にはただ、静寂だけが——満ちていた。

 

 

 

            SCORE——STRIKE×3

                  TURKEY

            罪鼓夢沙 罪鼓美己(びおら)

            罪鼓知恵路(ちえろ) 罪鼓痛罵(つうば)

            罪鼓吐論(とろん) 罪鼓(ほおる)

            罪鼓手埴(てはに) 罪鼓(おぼえ)

            罪鼓(くらり) 罪鼓脛足(すねあし)

            罪鼓白峰(しろほう) 罪鼓金寅(こんとら)

            罪鼓(ハーフ) 罪鼓日頃(ひごろ)

            罪鼓(うかれ) 罪鼓仮名(かりな)

            罪鼓此処野(ここの) 罪鼓電索(でんさく)

            罪鼓維礼(たもれ) 罪鼓遊歩(ゆうふ)

            罪鼓居臥(おるが) 罪鼓蟲派(ばぐぱ)

            罪鼓虎飼(とらかい) 罪鼓(しばる)

            罪鼓梵悟(ぼんご) 罪鼓喪笑(もにか)

            罪鼓神聖(しんせい) 罪鼓基板(きばん)

            罪鼓てる() 罪鼓四三三(おとなし)

            ——To be Next GAME





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