零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第三章『零崎曲識』
第三章『零崎曲識』 1


 ◆   ◆

 

「——へぇ、あいつ、店なんか開いたのかよ」

 

 だから零崎(ぜろざき)人識(ひとしき)がその男と出会したのは、アメリカ合衆国はテキサス州、ヒューストンの一角だった。

 

 街中で、バッタリと。お互い、まさかこんな場所にいるとは思ってもいなかった相手だったものだから、驚きつつも——しかし久しぶりの再会を祝して、一つ食事でも、となる程度には、お互いに、相手のことを嫌いではなかった。

 

 というわけで、アメリカならば、なんて枕詞をつける必要もなく、それこそ世界中のどこであっても見かけることができるだろう、超有名ハンバーガーチェーン店。人識にとって馴染み深い、日本のそれと比較して、何もかもがアメリカンサイズな巨大な店舗のテラス席にて、二人は向かい合っている。

 

 片側に座るのは、背の低い少年。半袖のTシャツにタクティカルベスト。タイガーストライプのハーフパンツ。物々しいデザインの安全靴。まだらに染めた髪を後ろで括り、右耳には三連ピアス。左耳には本来は携帯電話用のそれだろうストラップが吊るされている。そして何よりも目立つのは、その可愛らしい顔面の半分を覆う、頬に刻まれた巨大な刺青。

 

 彼こそは、言わずと知れた人間失格——とある事情から日本を離れ、このアメリカへと逃避行にやってきた、零崎人識その人だった。

 

 バニラシェイクを啜りながら、彼は対面を見つめる。

 

 そこに座るのは、これもまた異質な青年だった。背が高い、とは言えない。人識に比べればそれなりの背丈はあるけれど、それでも平均を超えることはないだろう。革のショートブーツに、青いデニムのオーバーオール。至って普通の白いシャツに——二の腕までをも覆う、巨大な手袋。何が素材なのかもわからない漆黒のそれが、青年のシルエットを歪に歪めている。

 

 彼こそは、言わずと知れた爆弾魔——零崎人識にとっては、曲がりなりにも兄に当たる、一賊古参の殺人鬼——『寸鉄殺人(ペリルポイント)』零崎常識(じょうしき)だった。

 

 彼らは向かい合って、談話していた。

 ハンバーガーを食べながら、特に議題があるわけでもなく、世間話を、適当に。

 

 殺人鬼が二人も集まってすることとしては随分と牧歌的なことだけれど、しかしそのうちの片方は、すでに殺人鬼としての活動を封じられているのだから、仕方のないことと言えるだろう。

 

「それにしても、お前も随分爆笑だよな。まさかよりにもよって、哀川潤に正面から喧嘩売る馬鹿がこの世にいるとは思わなかったぜ」

「仕方ねーだろ……知らなかったんだよ」

「けはは、『こっちの世界』のお勉強を疎かにしてきたバチが当たったな」

 

 その結果、殺人鬼としちゃあ殺されたも同然だってんだから爆笑だぜ——言って、常識はバーガーにかぶりつく。日本のそれと比して、かなり巨大なサイズのそれに、大口を開けて。

 

「んで、哀川潤から逃げるがために、逃避行か」

「ま、正確にはそれだけじゃないが、そんなとこ」

「それで、曲識(まがしき)の奴を頼ったと。ふーん、あいつも良く手貸したもんだ」

 

 言って、常識はバーガーの最後の一口を食べ終える。随分な早食いだった。よく喉を詰めないものだ。人識は思う。

 

「そんで? 曲識の店ってのはどこにあるんだ?」

「ああ。北海道の、フツーの繁華街にあった。デカくはないが、良さげな雰囲気だったぜ」

「まあ、あいつがわざわざ自分の店を持つとなって、内装を妥協はしねぇだろうな。ふーん、そうか。北海道ねぇ……せっかくだし、開店祝いにでも行こうかね」

 

 バーガーの包み紙をぐしゃぐしゃと丸めながら、常識は言う。人識は眉を寄せた。

 

「行くのは良いけど、俺の紹介だ、とは言わないでくれよ」

「あ? なんでだよ」

「厄介事を送り込んだと思われたら困るだろうが」

「随分言うじゃねぇか。この俺を厄介事扱いか?」

「事実だろ」

「けはは、爆笑だな」

 

 ひとしきり笑って、常識は席を立つ。

 

「ま、とりあえず、良い話を聞けたぜ。情報料だ。くれてやるよ」

 

 言って、常識は人識へ向けて札束を投げる。

 

「どーも。……これで、伊織ちゃんにまともなもんを食わせてやれるぜ」

「あん? イオリチャン?」

「なんでもねーよ。とにかく、サンキュ」

 

 誤魔化すように言って、人識は札束を大事そうに財布にしまった。

 

「おー、感謝しろよ。俺のパトロンに」

「あんたにではねーんだな」

「そりゃ俺の金じゃねーしな」

 

 言いながら、常識は「けはは」と笑って、その場を後にする。

 

「じゃーな、人識。せいぜい、長生きしろよ」

 

 言われて、人識は肩をすくめる。長生きしろ、だなんて、この世界じゃあほとんど、冗談みたいな言葉だ。

 

 だから人識は言葉を返さなくて、会話はそこで、終わってしまった。

 

 常識は立ち去り、その場には人識だけが残る。

 

 風が吹いて、それっきり。

 人識と常識の邂逅は、それが最後になった。

 

 ◆   ◆

 

 零崎常識がヒューストンに訪れたのは、たとえばジョンソン宇宙センターやヒューストン自然科学博物館を始めとしたヒューストンの文化都市としての顔を堪能するだとか、あるいは合計席数にして全米二位を誇る劇場の数々でオペラや演劇を鑑賞しヒューストンの美術都市としての表情を味わおうだとか、そんな豊かにして心躍る素敵で気楽な観光目的というわけでは、もちろんのこと全くなかった。

 

 零崎常識は、とある古い、そして絶対に断れない筋からの依頼によって、このヒューストンに訪れていた。

 

 曰くして——西東(さいとう)(たかし)

 

 その存在を、探ってくれ——と。

 はっきり言って、意味がわからなかった。誰だそいつは。関西人なのか関東人なのかはっきりしやがれ。それともまさか天竜人だとでもいうんじゃねーだろうな——なんて、文句は無限に出てくるけれど。

 

 しかし——断るわけには、いかなかった。

 

 そういう約束だ。

 そういう盟約だ。

 そういう盟友だ、とは、言えないけれど。

 

 しかしかつて肩を並べて戦った、戦友ではあった。

 声を聞くのなんて十年ぶりで、頼られるのなんてそれこそ初めてでさえあったけれど。

 

 だからこそ、その頼みを断るわけには——いかない。

 

 いかない——の、だが。

 

「まったく、イケてねぇぜ」

 

 常識は吐き捨てる。

 

 西東天については、よくわからなかった。

 

 死んでいる、と。公的には間違いなく、そうなっていることは確認できた。わざわざこのヒューストンに訪れるまでもなく、普通に、日本で。けれど、依頼者が、わざわざ今更死者についての資料を欲しがるような人間ではない、というのは、分かりきったことだ。だから——生きている。生きている前提で、動く。それしかない、と。常識は考えて、その関西人だか関東人だか、はたまた天竜人だかもわからない、へんてこりんな名前の男の古巣だという、このヒューストンにある学術施設——ER3システムに訪れたのだけれど——

 

「空振り——か」

 

 何やら、ER3システム内部で、なんらかの揉め事があった、というところまでは——探ることができた。できたが——そこまでだ。

 

 その揉め事とやらは、すでに終わった後の話であって、掴める尻尾は、もうそこには残っていなかった。

 なんらかの研究資料が盗まれた——という噂もあったが、その内訳は分からず——この辺りは、ER3の秘密主義が原因だ——結局、常識は手ぶらで、日本に帰ることになった。

 

 強いていうなら、人識から聞いた身内の近況が、唯一の成果だ。

 

 無論、依頼者に報告できるようなそれではないが。

 

「殴られる、で済みゃいいが」

 

 嘆息しながら、常識は飛行機に乗り込んでいく。

 ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港。ヒューストン近郊にある国際空港で、元々は名前もそれを冠し、ヒューストン・インターコンチネンタル空港と呼ばれていたそうだけれど、数年前に改名され、今の名前になったという経緯があるそうだ。

 

 いずれにせよ——その空港の、搭乗口。ボーディング・ブリッジから。駐機した飛行機——J2エアライン、ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港発、新千歳空港行き、TG1128便へと乗り込んでいく。

 

「直通便があるってのは、意外だったな」

 

 言いながら、彼はチケットに刻まれた番号に従って、己の席に座る。もちろんのこと、エコノミークラスやビジネスクラスなんかではない。貨物室に荷物として忍び込んだ、なんてことだってありえなくて——ファーストクラス。用意された最上級の席に、彼は座る。ボックス状に区分けされたプライベートな空間で、足を伸ばしてゆったりと。こういう時、パトロンの存在は便利だ。口煩くなく、金払いはいい。時たま気色の悪い猫撫で声で電話をかけてくることだけが玉に瑕だが。

 

 程なくして、離陸。体に緩やかな加速度がかかるのを感じる。サービスとして提供されたシャンパンを断って(酒は好きじゃない)常識は目を瞑った。

 

 思い返すのは、過去。

 振り返ってみればもう十年近くも前になる、戦争の——『大戦争』の頃の記憶。

 

 登場人物は、とある鮮烈なる赤色と、そして変わり者の殺人鬼。

 

 決して縁がある、なんて言葉を使えるほど、親しいわけではなく。

 むしろ疎遠で、あるいは無縁で。

 けれどどちらも、常識にとっては、かけがえのない思い出のひとかけらだ。

 

 だからこそ、彼は思い出す。

 微かな笑みと共に、己の過去を——空の上。

 





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