零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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本日二回目の更新です。
「第三章『零崎曲識』 1」をお読みでない方は、そちらからお読みくださいませ。


第三章『零崎曲識』 2

 ◆   ◆

 

 かつて、『大戦争』と呼ばれた一年にわたる戦いがあった。

 

 後の世には神話に等しく語られる、空前にして絶後の戦乱。

 

 四神一鏡、合わせて五家が牛耳る財力の世界。

 玖渚機関、合わせて八家が組み敷く権力の世界。

『殺し名』『呪い名』合わせて十三家が蔓延る暴力の世界。

 

 それらが()()()()()()に蹂躙され、後にも先にも類を見ない、波濤の如き混沌の渦へと叩き落とされた、悍ましき戦禍。

 

 誰もが何が起こっているのかすらわからぬまま、誰もが何をしているのかも分からぬまま、誰もが誰とそうしているのかも分からぬまま、戦い、戦いに、戦い尽くした暗黒の戦役。

 一年に渡り続き続いたその戦争は、その()()()は——三つの世界においては、あるいはその余波を喰らった『普通の世界』においてさえ、完全な禁忌として扱われ、その経緯を総じて語るものは、語れるものは、現代では存在していない。

 

 ゆえに、これから語られる記憶もまた、その戦争のほんの一欠片だ。

 

 三つの世界が、あるいは四つの世界全てが巻き込まれた、究極にして絶対の大戦。

 長きにわたる闘争の、その末期に近しい一ページ。

 夜明け前の最も暗き、しかし一際星の輝く——焼け付くような、赤の記憶。

 

 そう、それを紐解くのならば、あるいは苦い記憶でもあるのだろう。

 

 戦争も佳境となる、冬の日のこと。

 その時零崎常識は、嘘偽りなく絶体絶命の大ピンチだった——

 

 ◆   ◆

 

「けははは……爆笑だぜ」

 

 爆笑だ、爆笑だ、爆笑だ——と。

 

 一人、うら寂しく呟きながらも、しかし——状況は、すでに終局に近く。

 

 零崎常識の脳裏には、敗北の二文字が浮かび始めていた。

 

 日本国内、某府某所の研究施設——それも、元、と付けるべきだろうくらいには、破壊の限りを尽くされたその場所。公的にはもちろん、裏社会においても存在しないことになっているはずのその場所で——零崎常識は、一体の()()に追い詰められていた。

 

「——わたくし、由比ヶ浜ぷに子と申します」

 

 ういーん、がしゃん。なんて。冗談みたいな駆動音を響かせながら——その()()は、稼働していた。

 

 眼前。十メートルもないだろう距離に、それは鎮座している。

 全高は五メートルはあろうか。

 シルエットは、巨大な蜘蛛かタカアシガニのように見えた。

 長い足——十本のそれが、体を支えている。鋼鉄で形作られた、巨大な足。重機の一部のようなそれが、唸りを上げながら体を支えている。

 

 それだけでも、十分に異形と呼べる姿だが、問題は上半身だった。

 それは、子供が出鱈目に砲門をくっつけた巨大な戦車としか言いようがない姿をしていた。かろうじて、左右は対称に見える。対人を想定するなら明らかに過剰火力だろう、巨大な戦車砲——それが、七対十四門。内六門は、この戦いの中で常識が潰したけれど、残り八門。加えて、掃討用と思しき細かな火器が半減してなお五十はあろうか。砲銃だけでもそれだけの数を搭載しておきながら、さらに。広がる翼のように伸びた、巨大なミサイルポット。そこに、夥しい数のミサイルが装填されていた。

 

 機械仕掛けの神——そうとさえ呼びたくなる、異形の巨大兵器。その中心には——首から上を失った、顔のないメイド人形が、磔にされるかのように搭載されている。

 

 由比ヶ浜ぷに子——と。その異形極まる巨大機械は、残った喉笛でそう名乗った。

 

「おやすみなさいませ、ご主人様」

 

 場違いなほどに愛らしい声が響き渡って——常識は顔を顰めた。

 

「お休んでられるかってんだよ、クソマシンが。薄気味悪い姿しやがって。けはは——イケてねぇにも、程があるぜ」

 

 言いながら、爆弾を投げつける。迎撃の火砲をすり抜けて、爆弾は直撃するも——損傷は微細。装甲の表面に傷がついた程度で、致命傷など程遠く。由比ヶ浜ぷに子は、健在だった。

 

 火力には自信があるつもりだった。どんなに防御力に自信がある相手だって、自分の爆弾なら一発だ。己の爆弾で殺せない相手なんて、この世界には存在しない——その考えは正しかった。対象を人間に限るなら。

 

 由比ヶ浜ぷに子は怪物だった。

 

 その怪物がどのような沿革を経て怪物と成り果てたのかは知らないし、知る由もない。ただ、おそらくは何かしらの、()()()()()()()()()()()()()()()()を相手にすることを想定して、その肉体がデザインされたことは明らかだった。

 

 悍ましいまでの過剰火力。それを搭載しながらの、十本足による高機動。おまけに、異常なまでに頑丈なその装甲。どれもこれも、人間を相手にするそれとはとてもではないが思えない。それこそ、銀幕に映るような怪獣を相手に真正面から格闘することを想定したかのような、怪物兵器。

 

 それが、由比ヶ浜ぷに子というマシンだった。

 

 五時間。

 

 零崎常識は、この怪物を相手に戦い続けていた。爆弾のほとんどを使い果たし、体力も精魂も尽き果たしながら——五時間。

 

 この怪物を相手に粘り粘って——今。

 

 その限界が、訪れようとしている。

 

「——笑えねぇぜ」

 

 最後の爆弾を握りながら、呟く。

 

 この零崎常識が、一賊の内においては、あるいは最強の名をさえ欲しいままにする零崎常識が——死にかけている。それもこんな、わけのわからない、バケモノのような鋼鉄の塊を相手に。

 

 この状況を、どうやって笑えばいいというのか。

 

 零崎常識にはもはや——わからなかった。

 

 もはや跡形もなく、破壊の限りを尽くされ尽くした研究施設跡。焼け爛れた建材が有害な煙を吐き散らし、空を黒く閉ざしている。

 

 ういーん、がしゃん。

 

「お還りなさいませ。ご主人様」

 

 どん、と。衝撃音。残った八門の主砲。それらが一斉に砲弾を発射し——常識は必死になってそれを躱す。

 

 頭のすぐ上を砲弾が通過し、吹き荒れるソニックブームが常識の髪の毛をバサバサと掻き乱す。次の瞬間、爆音。着弾した砲弾が大地を吹き飛ばし、砂礫が凄まじい勢いで常識の体を強かに打ちつけた。

 

「クソッタレが……」

 

 炸裂した箇所が文字通り消し飛ぶほどの大口径砲門。八門同時の掃射は、地形を変えるほどの威力を発揮し——

 

 常識はため息を吐いた。

 

「……俺がここにいることを誰も知らないってのは、まだしも救いだな」

 

 呟く。

 

 常識がこの場所にいることは、誰も知らない。

 

 敵の首魁——首魁、と、言って良いのかどうかすらもわからないけれど——この戦争の、『大戦争』の原因——あるいは、元凶。そう呼べる存在を、そう呼べる存在がこの世に存在することを、知り得たのはおそらく、一賊では常識だけだろう。ほとんど偶然に近い幸運がいくつも重なって、常識はそれに気が付くことができた。黒幕の存在に、この戦争に、原因が、元凶が、源泉が存在することに——気付くことができた。

 

 だから単身、それに挑んだ。

 

 一賊を巻き込むわけには、いかない。ただでさえ、一賊はこの戦争で疲弊している。疲憊している。疲労していて、困憊している。ともすれば困窮していて、しからば困惑していて、あるいは困却していて、つまりは混沌の渦の中——壊滅の危機に瀕しているとさえ、言えるだろう。

 

 そんな状態で、一賊に黒幕の存在を示せば、示してしまえば——きっと誰もが、それを打倒するために戦いに出向く。出向いて、しまう。これまで死んだ家族に報いるため。一賊に降りかかった災難に報復するため。ようやく見つけた敵を殺すため、一賊が結集してしまう。

 

 そしてそれがそのまま、死の行軍になりかねない。

 黒幕の元には、どんな危険があるかもわからない。それなら——己一人でやる方が効率がいい。一賊最強である自分が挑み、そして勝てるにしろ勝てないにしろ、()()()()()()にする方がいい。一賊最強の自分が無事黒幕を打倒できたなら良し。出来なかったなら——返り討ちにあったなら。他の一賊の誰であってもそれには勝てないという意味で——そんなものに、家族を挑ませるわけにはいかない。

 

 だから、常識は一人でここに来た。己の戦いに、ついてこられる誰かは存在しない。己の戦いに、巻き込む誰かなんて——いらない。そう考えて、一人、孤独に。誰にも告げず、誰をも連れず。某府某所の研究施設。山岳に囲まれた秘境の奥地。そこに潜む何者かを殺しに、常識はやってきて——

 

 そして——怪物と相対した。

 

「イケてねぇぜ」

 

 言葉を吐き捨てる。敵の首魁は、おそらくはもうとっくの昔に脱出した後のことなのだろう。そうでなくては、ガーディアンがこうも遠慮なしに暴れ、破壊の限りを尽くすわけがない。罠に嵌められた——あるいは、純粋に一手遅かった。あるいはもっと単純に、手が足りなかった。

 

 零崎常識には、この怪物を突破する手段が存在していなかった。

 

 だから、常識はここで死ぬ。

 誰にも知られず誰にも見られず、誰にも彼にも看取られず。

 それは寂しいことではあるけれど、しかし。

 家族を危険に晒さずに済むという意味では——幸運だ。

 

「せいぜい、俺のことは野垂れ死んだと思ってくれよ」

 

 言って、常識は爆弾を取り出した。それは攻撃のためではなく——自爆のための。

 

「逝ってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 ういーん、がしゃん。

 由比ヶ浜ぷに子の砲門が、常識に狙いを定める。

 

「言われなくても逝ってやるさ。クソッタレめ」

 

 もはや、それを避けることすらも、しない。爆弾を心臓に真上に当てる。確実に死ねるように。確実に逝けるように。

 常識は爆弾の、ピンを抜く。

 

「あばよ、みんな……なかなかどうして、爆笑な人生だったぜ——」

 

 と。

 軋識は炸裂間近の爆弾を胸に抱きながら、静かに目を閉じようとして——

 

「——どらっしゃああああああああああああっ!!」

 

 ()()は。

 遥か彼方の空の上から——()()した。

 

 赤い。赤い。赤い——どこまでも赤い、人影が——まるでテレビに映る変身ヒーローのように、片足を伸ばしたキックポーズで、遥か彼方の上空から。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして——爆発。

 

 爆発、爆発、爆発——

 由比ヶ浜ぷに子が——爆発していた。

 

 己が、五時間をかけて戦い通し、爆弾の全てを使い果たしても打倒できなかった敵が——たった一発で。

 たった一撃の、蹴り一つで、木っ端微塵に吹き飛ばされて——常識は。

 

「——————」

 

 その両目を見開いたまま、身動きすらも取れず。ただあんぐりと、口を開けていた。

 

「なあ、あんた!」

 

 そして、声を。

 声を、かけられる。

 真紅の炎に包まれた、由比ヶ浜ぷに子の残骸を背に——そいつは。その少女は——笑っていた。

 

 赤い。どこまでも赤い少女だった。燃え上がるような真紅の髪をサイドテールにまとめ、胸だけを覆うような過激なチューブトップに、下半身はズダボロのジーンズ。いやよく見れば、チューブトップもそう見えるだけで、胸から下は引きちぎれたような跡がある。おそらくは今の着弾の影響で、破けたのだろう。その証拠に、その下の体にも、そこかしこにありとあらゆる、傷がある。そんなボロボロの状態で、けれど少女は。赤い少女は楽しそうに、笑って、笑って、笑っていて——

 

「あんた、自殺志願者なのか?」

 

 なんて、問いをかけられる。

 

「は? どういう意味だ?」

「いやだってよ、あんた——」

 

 その爆弾、もう爆発しそうじゃん。

 

 胸の中央を指さされて、常識は——

 

「う、うぉおおおおおあああああああっ!」

 

 冷や汗を吹き出しながら絶叫し、爆破寸前の爆弾を、出来る限り遠くへと、渾身の力で投げ捨てた。

 





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