零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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昨日投稿したエイプリルフール番外編は、一旦下げさせて頂いた後、本編完結後に番外編として再投稿予定です。



第三章『零崎曲識』 4

 ◆   ◆

 

 

 瀬戸内海東部。関西人ならば誰もが独特のリズムと共にその名を覚えているだろう、瀬戸内海最大の島から、西に約二十キロ。小豆島とのちょうど中間に、その島は浮かんでいた。

 

 人工島『飛燕』。

 

 神戸を拠点とする権力機構——玖渚機関がゼロから作り上げた人工島であり、その目的は宇宙開発。人工衛星や無人探査機。その他諸々の宇宙開発設備を打ち上げるための、ロケットの発射拠点として、この島は建造された。

 

 当然、極秘である。

 表向き、この場所には人工島など存在しない。宇宙開発など、こんな場所では行われていない。それはつまり、とてもではないが表には出せないような後ろ暗い開発を行なっているという意味でもあり——当然、玖渚機関にとってしてみれば、絶対に外部に知られてはいけない秘密施設となっている。

 

 ゆえに、この島に存在する人間もまた全てが全て、表向きにはこの世に存在しない人間ばかりであり、その実態は殆どが玖渚機関に絶対の忠誠を誓う私兵集団だ。

 

 外部からの侵入など許すはずもなく、また仮に、もし万が一外部からの侵入があったとしたところで、それらは速やかに排除される。

 そのような手筈になっている。

 

 そんな島の外縁に——現れる影が二つ。

 

 真紅と赤銅。奇しくも同じく、赤の系列。似た髪色の二つの人影が——島の外縁から、中心に向けて。

 誰に憚ることもなく堂々と——歩いている。

 

「——しかし、あれだな。冬の海ってのは意外と、冷たいもんなんだな」

「その気付きは人を巻き添えにして飛び込む前に得てほしい気付きだったぜ」

 

 ずぶ濡れの体をかき抱いてガタガタと震えながら、常識は言った。いくら温暖な瀬戸内海とは言え、冬の海だ。海面水温は十度を下回る。淡路島から二十キロ。そこを平然と泳ぎ切った彼女の背に、浦島太郎よろしくしがみついての航海は、ただでさえ死にかけの常識の体力を容赦なく削り取った。濡れた体に、夜風がさらなる追い打ちをかけて、常識の唇は真紫だ。

 

「笑えねぇぜ……機械のバケモン相手になんとか生き延びた先で、冬の海に飛び込んで凍死なんて死に方はよ……」

「そう悲観すんなって。いざとなったらあたしが裸で抱きしめてあっためてやるからさ」

「お前と裸で抱き合うくらいなら死んだ方がマシだ……」

 

 言いながら、常識はトボトボと歩く。島の中央にぼんやりと見える、研究所らしき建物へ向けて。

 

「……ていうか、それにしてもおかしくないか?」

「あ? 何がだよ。言っとくけど、二十キロ泳ぎ切った割にあたしが元気すぎるって文句なら受け付けねーぞ。こう見えてあたしは元気花丸女の子と呼ばれていてだな——」

「その文句も多大に言いたいところだが、そうじゃなくてさ」

 

 どこが「こう見えて」なんだ、というツッコミも放棄して、常識は見渡す。

 

「あまりにも、静か過ぎないか?」

 

 人っこ一人いない、周囲の様子を。

 人工島『飛燕』。玖渚機関肝入りの、極秘宇宙開発拠点。そこには玖渚機関の私兵たちが配備され、外部からの侵入を許さぬ絶対防衛線が築かれている、という話だが——

 

「今のところ、それらしい歓迎は受けちゃいねーぜ」

 

 銃弾は愚か、誰何の声さえ飛んではこない。

 文字通り無人の野を行くが如しに、二人は島を散策できてしまっている。

 

「この時間だしな。案外、みんなおねむの時間ってとこなんじゃねーの?」

「都合良く考えすぎだろお前は。暢気ポジティブ女の子に改名しろ。……むしろ、警備を考えるならこの時間だからこそだろ。不埒な侵入者ってやつは、闇夜に紛れてやってくるってのが大昔からのセオリーなんだから」

 

 それこそ、二人がまさしくそうであるように。

 厳重な警備というならば、夜をこそそうするべきなのだ。

 

「真に厳重な警備ってんなら時間帯で差異をつけるべきじゃねーと思うけどな。気を付けなきゃいけないのは昼も夜も同じだろ。危険度で言うならむしろ、闇夜に紛れる小悪党より、白昼堂々現れるような自信に満ち溢れた大悪党の方が危険だろうし」

「自動車教習所の意地悪問題みたいなこと言ってんじゃねぇよ。……まあ、意見には同意するけどな。しかしそれなら尚更、なんでこんな警備のけの字もないような状態になってるかって話だが——」

 

 と、話が振り出しに戻ったところで、二人は無人の荒野の中央に聳える巨大な建物へと辿り着いた。

 

 外観は円形。全貌は見渡せないけれど、湾曲した建物の形状は、おそらくそうなっているのだろうと思わせる。真っ白い外壁に、窓のない作りは、機密を重視してだろうか? 窓がないので分かりずらいが、高さはさほどでもない。おそらくは三階建てか、天井が高ければ二階建てだろう。ロケットやその発射場らしきものは見えないが——

 

「どっかに隠されてんのかもな」

 

 言いながら、赤い少女は入口へと近づいていく。

 

「おい待てよ、正面から行くつもりか?」

「ここが正面かは知らねーけどな。入口があるんだし、そりゃそっから入るだろ。止められてるわけじゃねーんだしな」

「許可されてるわけでもねーだろ。ここまでは特に妨害もなくこれたが、流石に建物中は勝手が違うはずだ。ここは慎重に、忍び込める場所を探した方が——」

 

 いい、と。

 言い切るよりも先に。

 

「ごめんくださーい」

 

 なんて言いながら、赤い少女は平然と入口のドアを開けた。開けたというか、こじ開けた。本来は横開きだろうドアを、ロックを無視して無理やりに押し、バキバキと破壊音を立てながら。

 

「おい!?」

「あれ、おかしいな。誰もいないのか?」

 

 少女は開いたドアの前で首を捻る。

 侵入者を感知してだろう。ビービーと警報が鳴り響いてはいるようだが——しかし、その場に駆けつけるものはおらず。無人のまま、少女は建物の中に入っていく。

 

「待て待て待て、一人で先に行くなって!」

「あ? なんだよ、ロケット借りるところまではあたしが一人でやるっつったろ? 貸してもらえたら呼びにくるから待ってろって」

「ドアこじ開けて侵入しといまだそんなことが言えるとは爆笑だよ。お前みたいな危なっかしいやつ、一人でほっとけるわけねぇだろうが」

「なんだよ、素直じゃねぇな。あたしと一緒に居たいってんならそう言えよ」

「お前と一緒には一秒たりとも居たくないよ。居たくないけど、一緒に居ないともっと酷いことになりそうなんだよ」

 

 痛む頭を抑えながら言えば、少女はけらけらと笑う。ああ、腹が立つ。なんで自分はこんな女と行動を共にする羽目になっているのだろうか。やっぱりこんな馬鹿げた計画には乗るべきじゃなかった。

 思うも、今となっては後の祭りだ。

 

「とにかく、慎重に行くぞ。中には間違いなく、警備の人員と職員たちが待ち構えてんだから——」

「いえいえ、どちらもとっくの昔に避難済みですよ」

 

 ば、と。常識は見知らぬ声の方へと向き直った。懐から爆弾を取り出そうとして、舌打ち。それは使い切ったのだった。徒手空拳でどこまでやれるか。思いながら、常識は廊下の奥を見て——

 

「……何者だ、てめぇ」

 

 眉を寄せる。

 そこに居たのは——老人だった。

 仕立てのいいスーツに、磨き上げられた革靴。手にはシルクの手袋をつけ、頭上にはシルクハットまでをも被った、紳士然とした立ち姿。左手には持ち手にトカゲの彫刻がなされたステッキを持ち、目元にはモノクル。口元にはいかにも立派なカイゼル髭を湛え、深く皺の刻まれた顔で、柔和な笑みを形作っている。

 

「初めまして。ワガハイ、肆屍(しかばね)骨壷(こつつぼ)と申します。時に人には、『泥人(デイビット)』の骨壷とも呼ばれましょうか」

 

 その名乗りに、常識は一層顔を顰めた。

 

「肆屍——っつーと、『葬局(ほうむきょく)』か」

 

 葬局——玖渚機関の汚れ役を担う戦()組織。壱外、弐栞、参榊、肆屍、伍砦、陸枷、柒の名を飛ばして、捌限——それらを束ねる玖渚機関。その中でももっとも闇に近しく、また荒事を主とする実働部隊——それこそが肆屍であり、玖渚機関にとって都合の悪い人間を、都合の悪い存在を、都合の悪い概念を。闇すらない虚空へと葬り去るのが葬局だ。政治力の世界の住人でありながら、半ば暴力の世界に足を踏み込んだ異形の組織であり、その構成員は、どれも一流のプレイヤーと引けを取らない戦闘力を持つと言う。

 

「おやおや、よくご存知で」

 

 柔和な笑みを崩さないまま、老人は「ははは」と鷹揚に笑って見せる。その好々爺の如き態度が、けれど外蓑でしかないことを、零崎常識の直感はとっくの昔に見抜いていた。

 

「けはは、紳士ぶるなよ、葬儀屋が。うざってぇんだよ、その()()

 

 粘っこくて、嫌んなるぜ——常識は「おえー」と舌を出しておどける。

 

 軽々しく言っては見せたが——しかし。なんとも重たく、粘つく殺意だ。零崎として、息をするように殺意を抱く己がさえ、()()()()()()と思うほどの、悍ましい殺意。叩きつけられるそれが、常識の零崎としての本能を刺激して、どうにも肩が強張る。

 

「どうする?」

 

 主語なく、常識は隣へと問いかける。

 つまり、どちらがこいつの相手をするか——常識が問いたいのはそれだった。はっきり言えば、体力的には常識は戦闘を避けたいところだが——

 

「んじゃ、あたしが相手するわ。ロケットの場所、探しといてくれよ」

 

 あとで合流しようぜ——なんて、彼女は笑って言う。

 

「いいのか?」

「あたしを誰だと思ってんだ。暢気ポジティブ女の子だぞ」

「だとするならあまり信頼はできねーが……」

 

 しかし、矢面に立ってくれると言うにならばありがたいことだ。

 

「わかった。それじゃあ——後でな」

 

 短く言って、常識は進む。老人の横を通り過ぎて——施設の奥へ。

 

 骨壷は動かない。それが死につながると、きっとわかっているからだろう。

 

 かくして、戦いが始まる。

 

泥人(デイビット)』肆屍骨壷対『死色の真紅』。

 

 その戦いの裏で、常識はロケットを探す。名も知らぬ少女の、勝利を信じて。

 

 二人の道が再び交わるかは、未だ不明なれど。

 





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