零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第三章『零崎曲識』 5

 ◆   ◆

 

「……宜しかったのですかな、お仲間を行かせてしまって」

 

 杖の握りを撫でながら、老人は問いかける。真紅の少女を見つめながら、不思議そうに——あるいは、()()()()()

 

「あなた——()()()()()()()()()()()

 

 老人はモノクルの向こうのヘーゼルの瞳で、少女を具に観察する。

 

 全身に火傷や擦り傷などが数多く見られるのは一目瞭然な話だけれど、しかし酷いのは中身だった。巧妙に隠してはいるが、しかしこれまで数多くの傷付いた人間を、傷付ける側の人間として見続けてきた骨壷にはわかる。——骨折無数、筋肉断裂無数、腱の断裂複数、内臓にもいくつか損傷があるだろう。右目の焦点が微妙に合っていないあたり、脳にもなんらかのダメージを負っているのではないだろうか。

 

 生きているのが不思議なくらいの、重傷中の重傷。一体どんな無茶をすればそれだけの傷を負えるのかと逆に疑問に思えるほどの重体。あたかも生身で宇宙から地球に叩きつけられたような——もちろん比喩だ。実際にそんなことが起きれば死んでしまうどころか死体すら残らず消滅する——ズダボロの体でありながら、たった一人で壁役を買って出るなんて、自殺行為もいいところだ。

 

 と。問われた側の少女はと言えば、「はん」とその言葉を鼻で笑って、太々しく答えて見せる。

 

「あ? いいに決まってんだろ、ボケ。あんたみてーな年季の入ったご老体を相手に二体一で寄ってたかって暴力を振るうなんて、老人虐待だと思われちまうだろうが」

 

 死にかけてるくらい、ちょうどいいハンデだっつーの——なんて、シニカルな笑みで。

 

「……そうおっしゃるのなら、ワガハイには手加減する理由もございませんが」

 

 そう言って杖を構えようとする骨壷に、けれど彼女は待ったをかける。

 

「あんたの質問にも答えたんだからさ、こっちの質問にも答えてくれよ」

「なんです? 言っておきますが、ロケットの場所を教えてくれと言う質問なら答えは『嫌だ』ですが」

「それはいーよ。あいつが探してくれてるし。そうじゃなくてさ」

 

 彼女は頬をかきながら言った。

 

「なーんで『あんたみたいなの』がここにいるんだ? いくらここが秘匿研究施設だからっつっても、わざわざ肆屍が出張ってくるほどのそれじゃあないだろ? つーかそもそも、他の研究員や警備員が避難してるってのもおかしな話だし。あんたら、一体()()()()()()()()?」

「おや、あなたがそれをお聞きになられますか——()()()()

「怪盗ぉ?」

 

 なんて、語尾をあげて首を捻る少女に——老人はわずかに片眉を上げる。

 

「ふむ、違うのですか? いや確かに、あなたのやり口は怪盗というより強盗ですが……」

「あたしは怪盗でも強盗でもねーっつーの。ここにはただちょっとばかり、ロケットを借りにきただけだ」

「ふむ、怪盗ではない……しかし狙いはロケット、ですか。ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということですね」

 

 言って、老人は「やれやれ、困ったことだ」なんて首を振った。

 

「おいおい、勝手に納得してんじゃねーよ。まだあんたはあたしの質問に答えてねーぞ」

「ほとんど答えたようなものだと思うのですが……まあいいでしょう。ワガハイ()が何に備えているかと言えばそれはもちろん——怪盗ですよ」

 

 ()()()()——などと、そんな風に名乗っていましたか——なんて、老人は思い返すように言う。

 

「この研究所に、三日ほど前、予告状が届きましてね——『飛燕宇宙開発研究センターの皆様方へ。三日後、ロケット・ナウシカ号を頂きに参上します』と。今一度聞きますが——怪盗淑女、石丸小唄とはあなたのことではないのですが?」

 

 その質問に、彼女は答える。

 

「知らねぇよ。誰だそいつは」

 

 ◆   ◆

 

 零崎常識は駆けていた。

 

 広い研究所の中をひたすらに、三階層を上がり降りして、ロケットのヒントを探しながら。まさか宇宙開発用のそれが机の引き出しに入っているわけがなし、ロケットを隠すためには、相応の隠し場所というものが——相応の広さの隠し場所というものが、あるはずだ。

 

 だからこそ、それを求めて、常識は走っていた。おおよその、目星はついていると言えばついている、問題は、そこへ辿り着くためにはどんなルートを辿ればいいのかがわからないということで——それを探しながら、駆けずり回る道中。

 

 常識は——それと会敵した。

 

「——————!」

 

 警報器の音だ、と。最初は思った。だが——違う。それにしてはあまりにも、()()()すぎる。たとえば、そう、それはまるで、何か、()()()()()()()()()()——

 

「な——っ!?」

 

 通路が交差する、曲がり角を曲がった瞬間、常識は()()()()()()

 

 人間に——ではない。荒い吐息、警報のような吠え声、巨大な体、鋭い爪、獰猛な牙。伸びた鼻面は犬に似て、けれど、それとは一線を画す捕食者の瞳。

 それはまさに——

 

「狼だとっ!」

 

 狼——正確にはおそらく、ハイイロオオカミ。その名の通りの灰色の毛色に、現存するイヌ科の動物では最大と言われて納得する体格。掛け値なしの猛獣そのものに襲われ、常識は顔を青ざめさせるが——

 

「はーい、ロムルス。ストップストップ☆」

 

 と。

 甲高い声が響き渡り——ぴたりと。

 常識の上にのしかかる狼が、動きを止める。

 そして——廊下の奥から。

 

「へぇい、そこのよわよわおにーさん☆ そんなに急いで、どこ行くの〜?」

 

 一人の少女が、現れる。

 

 歳の頃は十代前半といったところだろう。警察が被るようなそれに似た、ほとんど黒に近い藍色の軍帽。胸元までを覆うが限界のショートコートに、ヘソ出しのタンクトップ。それだけでも十分目を引くファッションだが、問題は下半身だった。

 

 下着——それもローライズの、極めて際どい紐パン一枚。それに、膝下までの黒いロングブーツ。露出狂もかくやという極端すぎる服装(下半身に関してはもはやそれは服なのかとツッコミたくなる布切れ一枚だが)に身を包んだ、その金髪の少女は、その露出を強調するかのように大胆にもしゃがみ込み、狼に組み伏せられた常識の顔を覗き込む。

 

「な、何者だ、お前——」

「あれあれ〜? 人に名前を名乗る時はぁ、まず自分からってぇ、おかーさんに習わなかったぁ?」

 

 きゃはは、と煽るように笑って、「でもまぁいっか」なんて意見を翻す。

 

「私、肆屍俑子(ようこ)☆ おにーさん、ざこざこだけどイケメンだからぁ、特別に私のことぉ、ヨーコちゃん☆ って呼んでもいいよぉ☆」

 

 なんて、語尾にハートマークでもついてそうないやらしい猫撫で声で、少女は言う。

 

「肆屍……チッ、あのジジイだけじゃなかったのか」

「あ、先にツボジィに会ったんだ☆ でもぉ、あれあれ? だとしたら、なんでざこのおにーさんが生きてるの? ツボジィが侵入者を生きて取り逃すとは思えないけど……もしかしておにーさんってゆーれいさん?」

「それだったらさっさと壁をすり抜けて消えてるよ」

 

 やはり、あの肆屍の老人は相当な手練だったらしい。置いてきた真紅の少女は無事だろうか——なんて、心配する義理もないのだけれど。

 

「ふぅん? まあいいや、ツボジィだって、調子の悪い日くらいあるよね☆ それじゃあさ、ざこのおにーさん。ちょっと聞かせて欲しいんだけどぉ〜……あなたの名前って、石丸小唄?」

「あ? 違うが……誰だそりゃ」

「だよねぇ、おにーさん、どう見ても淑女じゃないし。うーん、じゃあハズレかー」

「……なんなんだか知らねぇが、人違いだってんなら解放しちゃあくれねぇか?」

「うんうん、いいよー——なんて、言うわけないじゃん☆ おにーさんがいくらよわよわだからってぇ、侵入者なんだから、見逃すわけにはいかないよね☆」

 

 言って、少女は狼の頭を撫でる。

 

「ハズレだっていうならしょーがないから、ごーもんは勘弁してあげる☆ なるべく一撃で殺してあげるから、動かないでね?」

 

 言って、少女はショートコートの内側から、棘付きの鞭を取り出し——

 

「くそっ、やっぱりそういう展開かよ!」

 

 言いながら、常識は寝転んだ姿勢から思い切り膝を立てた。当然、その上には狼が覆い被さっていて、だから常識の膝は、狼の腹部に突き刺さることになる。

 

 ぎゃう、と狼がうめく。人間含め、脊椎動物のほとんどはその骨格構造上腹部を覆う骨というものを持たず、その内臓を筋膜と脂肪が覆う構造になっている。その都合上、腹部に対する攻撃には、どんな猛獣であろうとも耐えられる限度というものがあり——

 

「ロムルス、噛み砕いて」

 

 常識の膝蹴りは、その限界を超えてはいなかった。

 狼——ロムルスと呼ばれた彼は、常識の膝蹴りに呻き苦しみはすれど、しかしマウントポジションを解除することはなく、主人の命令を受け、常識の喉笛へと牙を突き立て——

 

「爆笑だぜ」

 

 呟きながら、常識は迫り来る牙の群れに、自らの拳を差し出す。本物の首を持っていかれるくらいならば、まだしも手首の方がマシ——なんて消極的な引き算を計算したわけでは、もちろんのこと、ない。

 

 常識の手には——あるものが装備されている。

 

 それは手袋だ。漆黒の、なんの素材で出来ているのかもわからないそれ。

 二の腕までを覆う巨大なそれは。決してただのファッションアイテムというわけではない。それは防具ですらもなく、常識が最も信頼する武器だった。

 

 対爆手袋、『寸鉄殺人(ペリルポイント)』。爆弾の爆発による熱と衝撃の九十九パーセントを反射し、その特性により常識に爆弾を扱っての近接格闘を可能とさせる、彼の異名の元ともなった武具。それが、その手袋の正体だった。

 

 至近距離での手榴弾の炸裂にも耐えうる強靭な生地は、狼の牙程度では貫けず——常識はそのまま、狼の口腔内を殴り抜いた。

 

 今度こそ——耐えきれず、狼は常識の上から跳ね飛ばされる。瞬間、真上から棘付きの鞭が振り下ろされるけれど、しかし狼を跳ね飛ばしながら、常識はその場から転がり逃げ、鞭による一撃を躱して見せる。

 

「もー、避けないでよね☆」

 

 なんて少女の言葉を無視して、常識は転がる勢いのまま立ち上がる。そこに、体制を立て直した狼が飛びかかるが、常識はブーツの爪先で鼻面を強かに蹴り上げ——

 

「ぐあっ」

 

 ——ようとして、激痛。そのまま、狼による噛みつきを仕方なく腕で受けることになる。

 

「ロムルスに酷いことしちゃだーめ☆」

 

 太ももに、棘鞭による一撃を喰らった。オーバーオールを喰い破って刻まれた傷跡から、激しい出血。太ももの肉が、ズタズタに裂かれているのを感じながらも、常識は狼と激しく格闘する。

 

 片腕を犠牲に、噛みかかってきた狼を食い付かせ、そのまま腕ごと振り回す——が、地面に叩きつける寸前、狼は自分から牙を離して、振り回される勢いそのまま大きく後ろへ飛び退る。そして、入れ替わるように——鞭が。

 

「ぐっ、ぅうう——!」

「きゃはは、おにーさんってばざっこぉ☆」

 

 肩口に叩き込まれた棘鞭が、肉を抉る。そのまま二度、三度と振るわれる鞭を、常識は両手で防ごうとして——獣の唸り。

 飛び込んできた狼が、常識の右足に喰らいつく。

 

「ワンコロが——」

 

 もう片方の足で蹴ろうと左足を浮かせた瞬間、狼は喰らいついたまま顎を引き、常識を転倒させる。強かに背中を打った常識は一瞬、呼吸が止まり——

 

「そぉれ☆」

 

 鞭が、鞭が、鞭が——常識の肉体を引き裂いていく。眼球や頸動脈などに致命的な一撃を喰らわぬために、頭と首だけはガードを固めるが、しかしそれは必然、それ以外の箇所を差し出すに等しく。幾度となく振るわれる鞭が常識の体を傷だらけにして——

 

「くぅ——ぁああっ!」

 

 寝転んだ姿勢から、そこに噛みついた狼の体ごと足を跳ね上げる。振るわれた鞭が、突如として躍り出た狼の体に直撃し、ぎゃう、と悲鳴。狼はたまらず常識の足を離す。解放された常識はその隙を逃すまいと必死になって立ち上がり、拳を構えた。

 

「ふぅーん……ざこのくせに、なかなかやるじゃん、おにーさん☆ でもでもぉ、そんな有様で、まだ戦うつもりなのぉ?」

 

 あるいは——戦えるつもりなの? と、少女は哀れなものを見るような目で常識を見つめる。

 

 常識は、傷だらけだった。ただでさえ、由比ヶ浜ぷに子との戦いでの無理が祟っているのだ。肉体は限界を、それこそ二、三度通り越した後で——

 

「うるせぇな」

 

 べ、と常識は血の塊を吐き捨てる。

 

「戦えるとか戦えねぇとか、そんなモチベーションでやってねぇんだよ、こっちは」

 

 考えるのは、殺せるか殺せないかだ——と。

 言って、しかし——それでいうなら状況は後者よりなのだろうな、と常識は冷静に判断する。口では勇ましいことを言ってみたものの、それは己を鼓舞するための虚勢でしかない。そんなことは、自分自身が一番わかっていることだった。

 

 拳を握る。布地の感触。幾千の戦場を共にしてきた相棒が、今は酷く心許ない。

 

 いくら『寸鉄殺人(ペリルポイント)』が手元にあるとは言っても、それを十全に扱う前提となる爆弾がないのであれば、武器としては片手落ちだ。猛獣と猛獣使いのタッグを相手に、真正面から戦えるほどの武力を、今の常識は持ち得ていない。

 

 勝てない——常識の脳裏に敗北の二文字が過ぎる。

 笑えない限りだ。殺し名序列第三位、零崎一賊において、最強の称号を欲しいままにする殺人鬼——それこそが己、『寸鉄殺人(ペリルポイント)』零崎常識だったはずだ。それが、ここしばらくの為体はなんだ? 戦争の黒幕を取り逃し、機械の怪物に敗北し、そして今や——本来ならば取るに足らないはずの雑魚にさえ、命を賭けてなお届かない。

 

 酷いざまだ。だらしない、くだらない、イケてないにも程がある。

 

 だが、それでも。

 それでも俺は、零崎常識は、戦わなくてはいけなくて——

 

「——いやいやいや、勝ち目がないのならお逃げなさいな」

 

 ぐい、と。誰かに、肩を引かれる。弾かれたように振り向けば——そこには。

 

「……おねーさん、誰ぇ?」

 

 一人の少女が、立っていた。

 

 デニムのコートにデニムジーンズ。派手なベルトに編み上げブーツ。左右に振り分けた長い三つ編みに、頭上にはハンチング帽。それが隠す顔立ちは——羞花閉月。驚くほどに美しく、それは、そう、まるで、あの赤い少女にも匹敵するような——

 

「——どうも、初めまして、お嬢さん」

 

 訝しむような俑子の問いに、その少女は常識を庇うように前に出て、慇懃にも瀟洒な一礼を返す。

 

 頭が、上がり。

 少女はその瑞々しい唇で、名乗りをあげた。

 

「わたくし——石丸小唄と申します」

 

 以後お見知りおきを——お友達(ディアフレンド)

 





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