零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第三章『零崎曲識』 6

 ◆   ◆

 

「石丸小唄——ふぅーん……そう、あなたが噂の怪盗淑女さんってわけなんだ」

 

 油断なく、そばに狼を控えさせながら、俑子は油断なく闖入者——石丸小唄を睨みつける。

 

「その節はどうも、お嬢さん」

 

 お嬢さん——と、煽るようにすら呼びかけつつ、小唄は後ろ手で常識の手に触れ、器用にも唇を動かさずに囁く。

 

「わたくしが合図をしたら、動いてください」

 

 常識は手を触れ返すことで了承の返事をした。何がなんだかわからないが——少なくともこの場では、味方、ということらしい。

 

「それで? おねーさんはなんでロケットなんて狙ってるわけ? そんなもの盗んだって、置き場に困るだけだと思うけど☆」

「あら、おしゃべりに付き合ってくださるのですか? 余裕ですね、お嬢さん」

「ふふん、だって本当に余裕だもん☆ それにぃ、気になるじゃん? なんでそんなもの欲しがるのかって。ロケットなんて盗んだって、どうしようもないでしょ? 置き場にだって困るしさ☆」

「あら、そうでもありませんわ、お嬢さん。ロケットは大事にしまい込んで楽しいものではありません。飛ばしてしまえば、置き場なんて関係ない。そうでしょう?」

「ふぅん、飛ばせるつもりなんだぁ☆」

 

 少女は言って、ピシ、と威嚇するように鞭を振るう。

 

「ま、いいや。おねーさんがどんなつもりでもぉ……捕まえちゃえば、一緒だもんね☆」

 

 たっぷりごーもんしてあげるから、覚悟してよね、なんて俑子は言って——

 

「ゴー、ロムルス」

「走って!」

 

 掛け声と同時に手を引かれ、常識は小唄に釣られて走り出す。思い切り——背後に向けて。

 

「お、おい、逃げるのか!?」

「最初からそう言っているでしょう、お友達(ディアフレンド)。三十六計逃げるにしかず、ですわ」

 

 挑みかかるつもりで重心を前に傾けていた常識は、突然の反転に思わず転びそうになるが、なんとか体勢を立て直して小唄について行く。

 

「だが、相手は狼だぞ!」

「だからこそ、ですわ、お友達(ディアフレンド)

 

 廊下を駆ける。背後を振り向かずとも、荒々しい吐息が、リノリウムを蹴る爪の音が、狼の追走を二人に知らせる。

 

「確かに狼は人間より早いでしょう。けれど——それは平地での話でしかありませんわ」

 

 言って、小唄は常識を連れて飛び出す。廊下を抜けて——研究所の中央の、巨大極まる()()()()()

 

「さあ、跳びますわよ」

「と、跳ぶって——!?」

 

 困惑する常識を置いて、小唄は手すりの上にブーツで乗り上げ、そのまま真上へと跳躍。そして、()()()()()()()()()()()()()、ワンフロア上の手すりの根本へと捕まる。そのまま渾身の力で這い上がり——小唄は階層を一階上がった。

 

「あなたも、早く!」

「くっ、ぅおおおっ!」

 

 背後に差し迫る爪音を聞きながら、常識もまたそれを追う。手すりに足をかけ——跳躍。三階の根元に手を掛けて、そのまま手すりを這い上がる。

 

 階下では、うぉううぉうと狼の吠える声が聞こえるけれど——今となっては、所詮は負け犬の遠吠えだ。

 

「十全ですわ、お友達(ディアフレンド)

 

 小唄は微笑んで、「さあ、行きましょう」と常識を促し、その場を走り去る。

 後には、低く響く狼の唸り声だけが残り——

 

「ふぅん……ざこのくせに、なかなかやるじゃん」

 

 ロムルスの後を追ってやってきた俑子は、吹き抜けを見ておおよその状況を察した。相手が狼と見て、即座に三次元での逃走を思いつくとは。俑子は思うけれど、しかし。

 

「逃しちゃったのは残念だけど——私のペットは、ロムルスだけじゃないもんね☆」

 

 言って——彼女は頭上を見上げる。

 

「お願いね——アウグストゥス」

 

 ◆   ◆

 

「わたくし、石丸小唄と申します」

「それは聞いたよ、怪盗淑女サン……んで? あんたはなんで、俺を助けてなんてくれたんだ?」

 

 人の消えた研究所。三階の一室。資料室か何かだろうか? 立ち並ぶ金属ラックに、幾つものファイルが収納されている。そんな部屋に入り込んで、二人は一時、体を休めていた。

 

 小唄は壁にもたれかかって。常識はその向かいに座り込んで。走り通して熱った体を、休める。

 

「……あなた、せっかちですのね。そして、失礼ですわ。人に助けてもらった時は、まずお礼を言うものだとお母様から教わらなかったのですか?」

「あいにくと、母親なんてもんには生まれた瞬間以来縁がなくてね」

 

 肩をすくめる常識に、彼女は「それは失礼致しましたわ」なんて慇懃に頭を下げてみせる。

 

「それに、助けてもらったとは思ってねぇぜ。あの程度の雑魚相手なら、あのまま戦ってても——」

「勝てたのでしょうね。あなたが万全だったなら」

 

 痛いところを突かれ、常識は小さく舌打ちをする。

 

「よくもまあ、そんな体で戦おうなんて思うものですわ、お友達(ディアフレンド)。あなたの体調(バイタル)、ほとんど死人も同然でしょう。わたくしが医者なら、絶対安静を言いつけるところですわ」

「そりゃ爆笑だな。んで? 医者じゃない怪盗さんは、俺に何を言いつけるんだい」

 

 その言葉に、小唄はむっすりと表情を曇らせるも——諦めたようにため息をついた。

 

「認めましょう。確かにわたくしは、あなたに協力を要請するつもりですわ」

 

 両手を上げた小唄に、けれど常識は「けはは」と小さく笑う。

 

「協力、ね。爆笑だな。あんた、ロケットが欲しいんだって? あいにくと、俺の目的もまたそれでね。譲ってやることは、できないぜ」

 

 その言葉に、彼女は訝しむように視線を向ける。

 

「……あなた、なぜロケットなんか欲しいんです?」

「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ、怪盗サン」

 

 その言葉に、小唄は力無く首を振った。

 

「どうも、頑固ですのね、あなた。いいでしょう。別に、秘密にしなければいけないことでもありませんし——」

 

 と、彼女は渋々語り出す。

 

「あなた、まず——今起きている『戦争』について、どこまでご存知ですか?」

「ああ? 『戦争』だと?」

 

 その言葉に——常識は首を傾げる。それは彼女から、なぜそのワードが出てくるかがわからなかったからなのだけれど、彼女はそれを、戦争というワード自体に覚えがないのだと解釈したようだった。

 

「わかりませんか。まあ当然でしょうね。今起こっているこの『何か』。世界を三つも巻き込んで、巻き起こる嵐。大いなるうねりとしか言いようがない、訳のわからない現象が——しかし真実のところ、たった数人の人間による闘争の延長線上でしかないなんて言われても、信じられるものではないでしょう」

 

 と——言われてしかし、常識はそれを信じられる。信じられるというか——知っている。

 

「わたくしはこの『戦争』に、黒幕がいることを突き止めました。そしてその黒幕は——」

「三日前から宇宙にいる……か?」

 

 問えば、少女は驚いたように目を見開く。

 

「……驚きました。まさか、わたくし以外にそれを突き止めている人間がいるだなんて」

「あいにくと、俺はそれを突き止められなかった側の人間だよ。俺の……同行者が情報源でね」

 

 彼女をなんと表現するべきなのか、迷った挙句、常識は彼女を同行者と言い表した。どちらかといえば、常識が彼女の同行者であるのだが——ともかくとして。

 

「同行者……下で戦ってらっしゃった方ですか」

「知ってるのか。ああ、そいつだよ」

「その方……何者なんです?」

「さーな。俺にもよくわからねぇよ。宇宙から生身で降ってきて五体満足な生き物が何者なのかなんて」

 

 いえば、彼女は「は?」と眉を顰めるが、ともかくとして——

 

「そういう訳だ。俺はそいつにロケットをプレゼントしてやらなくちゃいけなくてね。悪いが、あんたに協力はできない」

「……いえ、できますわ」

 

 顎に手を当てて、彼女は言う。

 

「その方が何者なのかは知りませんが——しかし、その方は、少なくとも『黒幕』を叩こうとしている側の人間なわけでしょう? そうでもなくちゃ、ロケットを強奪しようなんて考えないでしょうし」

「まあ、そうだが——」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女は言って、覇気のある笑みを浮かべてみせる。

 

「……どういうことだ?」

「ロケットは、何も一人乗りではないということです」

 

 協力の余地は、十全にありますわ——と。彼女はまっすぐに、常識を見つめる。

 

「つまり?」

「このわたくしもまた、このふざけた戦争の黒幕を、一発殴ってやりたいと思う人間だ、ということですよ、お友達(ディアフレンド)

 

 戦争というものは、程々のところで終わってもらわなくては困るのですわ——なんて、彼女は笑う。

 

「敵の敵は味方、か——」

 

 常識は呟いて——立ち上がる。

 

「わかった、協力しよう」

 

 同行者には無断だが、しかし悪くはない選択肢だろう。どうせ、ロケットを打ち上げるまでが常識の仕事なのだ。ごたごた抜かすようでも、最終的にはロケットに詰めてしまえばいい。

 

 言って、常識は片手を差し出す。握手。細らかな指に握り返されて、ふと、手袋を外さなかったのは失礼だったか、とも考えるが、全ては今更だ。

 

「んで、俺は何をすればいいんだ」

 

 協力する、と決めたはいいが、常識は純然たる死にかけだ。武力的には、役に立たないだろう。

 思って言えば、す、と。

 彼女は常識の手を指差した。

 

「その手袋」

「ああ……握手の時外さなかったのは悪かったよ」

「いえ、そうではなく——それを見るに、あなた、爆弾使いでいらっしゃるのでしょう?」

「……わかるのか?」

 

 驚きと共に問えば、「昔、似た素材をみたことがありまして」なんて言われる。

 

「ともかく、あなたに貸して欲しいのは、爆弾使いとしての知識ですわ」

「なるほどな。ミサイル技師としての知識を応用して、ロケットを飛ばせ、って話か」

「いえ、全然違いますわ。あなたにして欲しいのは——爆弾解体です」

「は?」

「玖渚のお歴々は、よっぽどあのロケットが大事なようで」

 

 肩をすくめて、彼女は言う。

 

「奪われるなら諸共、ということでしょうね」

 

 彼らはこともあろうに——

 

「ロケット、ナウシカ号の発射機構に——爆弾を仕掛けたのですよ」

 





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