零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第三章『零崎曲識』 8

 

 ◆   ◆

 

 気が付けば、飛行機はもう目的地のすぐ近くまでたどり着いていた。

 

 夢を、見ていた。

 懐かしい夢を。

 

 あの時、あの天才音楽家が常識の命を救ったのは、九割方偶然だった。

 

 彼があの島を訪れたのは、たまたま偶然、近くを通りかかり。一賊の誰かの気配を頼りに、だった。

 

 もしも彼が、海上に家族の気配がある、という状況を不審に思わなければ、彼があの島にやってくることはなかっただろう。

 

 その上で——残り一割は。

 

「全くあの女、やってくれるぜ」

 

 思い出すだけで、腹が立ってくる。

 

 あの女——石丸小唄は常識のためにしんがりなど、務めてはいなかった。

 

 普通に、常識を見捨てて地下に向かっていた。

 

 彼女もまた、ロケットの場所には勘付いていたようで、常識が部屋の中で爆弾の解除作業している間に、自分は地下に潜り、ロケットに乗り込むつもりだったらしい。それこそ、常識の命を、囮にして。

 

 その道中で——見慣れぬ島の見慣れぬ実験施設に、おっかなびっくり入り込んだ音楽家と、出会っていたのだ、と言う。

 

「この先で戦っている人がいるから、助けてほしい——などと言われてな」

 

 そうして、あの天才音楽家は、零崎常識の元へと辿り着き、その命を——救ったのだった。

 

 その後については、語るまでもないだろう。常識は今もこうして生きていて、そして音楽家の元へと向かっている。爆発寸前の人工島からの、怪盗淑女を巻き込んでの命からがらの脱出劇は、語るには過ぎた蛇足だ。

 一人乗りのジェットスキーに、犇めき合うように乗り込んで、海上を必死に走った思い出は——胸の中にしまい込んでおくのが、綺麗な終わりというものだろう。

 

 人工島『飛燕』は、真紅の爆炎に包まれ消えた。何もかもを灰塵に帰して、元からそんなものはこの世に存在しなかったと言わんばかりに、海の藻屑とすらならず、完膚なきまでに消え去った。

 

 そして——ロケットによって打ち上がった彼女がどうなったのか。その顛末は、知らない。知らないが——噂によれば。その日、関西圏のとある山に、()()()()()()()()()()()()()()()なんて話もあって——

 

 人類最強は。

 今も請負人を、やっている。

 

 そんな記憶を思い出して、常識はくつくつと笑う。

 笑って、笑って、笑って——

 

「もし」

 

 ふと。

 ファーストクラスの、その席の。

 間仕切りの向こうから、声をかけられる。

 

「あん?」

「いえ、あなたの笑い声が、あんまりにも煩かったものでしてね」

「ああ、そうかい。そりゃ悪かった」

 

 言って、常識は足を組み直す。公共の場ってのは、これだから嫌いだ、なんて思いながら——しかし。

 

「いえ、そうではなくてですね——」

 

 なんて。

 その声は、話を続ける。

 

「少し、気になってしまいまして。あなたの——未来を、見てしまったんです」

「はあ?」

 

 素っ頓狂な言葉に、常識は思わず口を開けるが、声は止まらず。

 

「ああ、申し遅れました」

 

 なんて、平然と続けて——

 

「ボクは、咎凪(とがなぎ)見科(みとが)と申します。『()()()』を、やっています」

 

 と。

 囁くような声で、そう言った。

 

「その上で、言わせてもらいます。常識さん。零崎——常識さん。あなたは、死にます。近い未来。一年以内なんてもんじゃない。一ヶ月後。一ヶ月後に、あなたは死にます。どうしようもなく惨たらしく、どうしようもなく絶望的に、どうしようもなく無価値に無意味に、誰に看取られることもなく、一人で孤独に、死に果てます」

 

 それが——あなたの未来です。

 と。

 彼は諭すように、語って見せた。

 それに対して、常識は——

 

「そうかい」

 

 と。

 ただそれだけを。

 それだけの言葉を返して——

 

「あんたの予言、間違ってるぜ」

「いえ、ボクの予言は絶対で——」

「たとえ」

 

 遮って、言う。

 

「俺が一ヶ月後に死ぬとしよう。どうしようもなく惨たらしく死ぬとしよう。どうしようもなく絶望的に死ぬとしよう。どうしようもなく無価値に無意味に死ぬとしよう。誰に看取られることもなく、一人で死に果てるのだとしよう」

 

 だが、それでも——

 

「それでも、俺は孤独には、死なないぜ」

 

 だって、零崎常識には。

 

「愛すべき家族ってやつが、いるからさ」

 

 だから俺は。

 俺は一人で死ぬのだとしても——

 決して独りでは、死なないのだ。

 

「何を言っているのか、わかりませんが……」

「いいさ、こっちの話だ。それより——なあ、あんた」

「はい?」

「あんたは自分の予言ってやつに随分自信を持ってるみてーだけど——その予言って、自分にはできないのか?」

「……はあ。それはもちろんできますが、しかしする意味がありません。ボクは予言者であって、未来予知者ではない。己以外の予言を伝えることが役割で、己の未来など、知ったところで虚しいだけです」

「そうかい。そりゃあ、カワイソウにな」

 

 気が付けば、すでに。

 飛行機は空港に着陸していて。

 残る乗客は、二人きりだった。

 

「じゃ、お先に」

 

 言って、常識は飛行機を降り行き——

 

 かちりと。

 降りきったそこで、手の中のボタンを、押し込んだ。

 

 そして——爆発。

 

「うわああああっ、なんだ!? 飛行機が!」

「爆発です、飛行機が、爆発して——」

「待て、乗客は!」

「全員降りて——待ってください、一人、取り残された方が——」

 

 騒然とする場を無視して、常識は歩みゆく。

 家族に会うための、待ち遠しい道のりを。

 

 ◆   ◆

 

 そのドアが開かれた時、零崎曲識(まがしき)はちょうどピアノを弾こうと椅子に座った瞬間だった。

 

 某道、某市——などと濁したところで、日本に道は一つしかないのだから、あまり意味はないのだろうけれど——某道、某市。歓楽街。聳え立つビル群の一角の、地下二階に存在する、彼自身が経営する店の中。

 

 壇上のピアノの前で、椅子に座って、彼は両手の指を広げていた。

 

 内羽根のプレーントゥに、黒のスラックス。ドレスシャツに白の蝶ネクタイ、同じく白のウェストコートに、漆黒の燕尾のジャケットと、極めてフォーマルな燕尾服に身を包んではいたけれど、それはあくまでも音楽家としての正装をしているに過ぎず、つまり彼にとっては、その装いはあくまでも普段着でしかない。だからこそ別段、ピアノを弾こうとしたとは言っても、誰かに聞かせるために、というわけではなかったし、事実店内には、入り口の扉が開かれるその瞬間まで、曲識以外には誰一人としていなかった。

 

 曲識がピアノに触れたのは、どちらかといえば、むしろ、誰にも聞かせないつもりでだ。調律し直したピアノの様子を探るために、一曲、試しに弾いてみようか、というのが正確なところで、完璧を心がけるのならば、来客が来た時点で演奏は取りやめるべきであるとさえ言えたのだろうけれど——

 

「お、弾くのか、ピアノ」

 

 ドア前に掛けられた「close」の看板も無視して、このピアノバー『クラッシュクラシック』にやってきた来客は、そんな風に期待に目を輝かせた。

 

 シックな店内にはふさわしくない、ラフな装い。薄汚れた革のショートブーツに、デニム生地のオーバーオール。白のシャツに、二の腕までを覆う、巨大な黒い手袋。赤銅に染めた癖毛を長く伸ばし、背後で一本の三つ編みにまとめている。

 

 男は、その紫色の瞳で曲識を見つめていた。

 

「せっかくだ——聞かせてくれよ」

 

 なんて、なんの躊躇いもなく言い放つ。

 その瞳を見るのも、随分と久しぶりな気がする。男の要望に、曲識は小さく答えを返す。

 

「そうだな。あなたが来たのなら——一曲弾くのも、悪くない」

 

 言って。

 彼は鍵盤に、指を乗せる。

 

「作品No.187——『回転枠登』」

 

 ターン、と。始まりの音は、軽やかに。走り出すような旋律が高らかと鳴り響く。それを追うように、激しい低音が鳴り響き、先の旋律と立体的に交差していく。

 

 演奏が続くにつれ、無数に重なってゆく音。一歩間違えば雑音へと転がり落ちかねないそれを、けれど絶妙なバランスで音楽として成立させる。次第に、音全体が連動を始め、まるで巨大な立体構造が自律的に稼働を始めるような、そんな壮絶な音の津波が部屋中を駆け巡り、煌めく音が回転する虹となって空間を埋め尽くしていく。

 

 それはあたかも——爆発的に。

 

 音が音を押し、押された音が加速する。そんな錯覚を覚えるほどに。曲調は加速に加速を重ね、もはやそれを綴る曲識ですら制御できないのではないかと思えるほどの巨大なエネルギーを孕み——

 

 解放。

 

 全ての音が、連鎖する。絡まり合う旋律。重なり合う音階。惹かれ合う音響。演奏は絶巓に至り——そして、縮小。ビッグクランチ——宇宙の収縮を思わせる、淑やかな落ち着き。高まったエネルギーが緩やかに発散していき、少しずつ、少しずつ音たちの躍動がおさまっていく。

 

 そして、疲れ果てた子供が眠るように、ぽつりぽつりと音が閉じていき——ターン、と。

 

 最後の一音が、鳴り閉じる。

 

 静寂、一秒。

 

 遅れて——拍手が。

 余韻を邪魔せず、寄り添うように、上品にも、鳴り響く。

 

「良い演奏だった。イケてるぜ」

 

 手袋越しにではあるが、手を叩きながら、男は曲識の演奏を賞賛する。調律は、上手くいっていたようだ。

 

「悪くない——まさかあなたに演奏を褒められる日が来るとは思わなかったよ、リル」

 

 言って、曲識はその男の方へと顔を向ける。

 その男へ——『寸鉄殺人(ペリルポイント)』零崎常識へ。

 

「けはは。なんだよなんだよ爆笑だな。俺が音楽に心を動かさない冷血漢だとでも思ってたってのか? あいにくとだが、俺は音楽は好きな方だぜ。お前と趣味が合うかはわからねぇけどな——俺がお前の曲を誉めなかったってのはそりゃあ、褒め言葉を記憶に残してやれるほど、お前が俺の前で演奏してくれちゃいないってだけのことだろう」

「ふむ。思えば確かに——そうだったかもしれない。お互い、一賊の中では個人主義が強い方だ。共に戦う経験は、確かに少なかっただろう」

「ま、俺とお前は戦法って点じゃあ水と油だからなぁ。俺の爆弾は、お前の演奏を邪魔しちまう」

 

 だからこそ——と、言いながら常識は、オーバーオールのポケットに手を突っ込んで、そこから何かを取り出した。

 

「こうして、戦場でもなんでもない店の中でなら、お前の音楽にも、じっくり耳を傾けられるってもんだ」

 

 言いながら彼は、手のひら大の丸い玉を、曲識に向けて放る。曲識が咄嗟にそれを受け取ると——ぽん、と。手の中で、その玉は小さく弾け。内側から——器に飾られた、プリザーブドフラワーが現れる。

 

「ちょっとばかし遅れちまったがな。開業、おめでとう」

 

 小さくも、色とりどりの花が束なったそれ。中心には、小ぶりな赤いバラが飾られていて——曲識はふと、己の原点を思い出した。

 

 そう言えば——あの時。己の命を救ってくれたのは、あの鮮烈な赤色であり、同時に、目の前の熱き爆弾魔でもあったのだ。

 

「……少し、昔話をしても良いだろうか?」

 

 曲識の言葉に、常識はどうぞとばかりに手のひらを向ける。

 

「……実を言うと、昔。僕はあなたに嫌われているのだと思っていた」

「ああ? なんでだよ」

 

 首を傾げる常識に、彼は無表情のまま、けれど穏やかな口調で、訳を話す。

 

「昔。大戦争のころ、あなたは、僕に手榴弾を預けてくれたことがあっただろう?」

 

 と。言われ——確かに、そんなこともあったな、と思い出す。

 あれは確か、そう。曲識が、身内の体を、操ってくれるようになる手前の頃だったか。

 

「あの爆弾は、とても役に立った」

「おお……そうか」

「あの時、僕は、あの頃の僕一人では、絶対に敵わない敵と相対して——そして僕はあなたの爆弾に、命を救われたんだ」

 

 でも、だけど——

 

「その爆弾が、本当はそんな用途で渡されたものではないと言うのも、わかっていた」

 

 あの爆弾は——

 

「自害用に、渡してくれたんだろう?」

 

 どうしようもなく勝てない敵に相対してしまった時。

 潔く身を引けるように、渡してくれたのだ、と。

 その意図も、わかっていた。

 

「それ自体は、嬉しいことだった。家族の手で最後を迎えられるのなら、それは悪くない最後だ。だから、その心遣いは悪くない。感謝している。だが同時に——」

 

 どこか。

 

「自分は信頼されていないのではないか、と。いつか必ず、勝てない敵と出会い、どうしようもなく負け、一賊に迷惑をかけるだろうと、そんなふうに」

 

 そんなふうに予測されたのではないかという、気がして——

 

「僕は、あなたに嫌われているのではないかと、そう思っていた」

 

 だけど——今。

 

「僕はようやく、あなたに。僕自身の弱さを、許してもらえたような気がする」

 

 と。

 その告白を聞かされた常識は——

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」

 

 と。

 とてつもなく長く、大きいため息を、吐いた。

 

 まるで魂の全てが抜け出すような、大きい大きいため息で——

 

 常識は。

 

「お前、まさか十年間ずっと、そう思ってたのか?」

「そうだが」

「マジかよ……」

 

 頷いた曲識に、常識は天を仰ぐ。

 

「あのな、お前——そんなわけないだろ」

 

 そんなわけない、と。常識はそう言った。

 

「それは、どこがだ?」

「全部だよ全部。お前、俺の爆弾が自害用って、これまで十年間ずっと——勘違いしてたってのかよ」

「か——」

 

 勘違い? と、曲識は首を傾げる。彼にしては極めて珍しいことだが、しかし常識はそこに注目している余裕はない。

 

「そうだよ。全部、お前の勘違いだ。俺が家族に、自害用の爆弾なんてもん、渡すわけないだろ」

 

 俺の爆弾で身内が死んだなんてことになったら号泣するわ、なんて彼は言う。

 

「それじゃあ、あの爆弾は——」

「普通に、お前が使った通りの使い方を想定して渡したんだよ。あの頃、お前操る方の音しか使えなかったろ? だから、それが通じない敵が現れた時に、使える武器があった方がいいと思ったんだよ」

 

 それをお前、自害用て。

 と。

 常識は本気で落ち込んだ様子で、ヘナヘナとしゃがみ込む。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃねぇわ。ばか。あほ。お前それで十年……十年も俺、そんな冷血漢だと思われて……」

 

 ぶつぶつと呟く常識に、曲識は言う。

 

「すまない。実を言うと、あの爆弾は実は、単体ではその『音が効かない敵』には通じなかったんだ」

「え? 何? 追い討ち?」

「いや、違う。僕が勘違いした理由を話している」

 

 あくまでも——対人用の威力だったそれを、だから曲識は、自ら使うものだと勘違いしたのだ。

 

「……お前も、人じゃない相手と戦ったのか」

「ああ」

 

 曲識は頷く。彼はもちろん、常識が言っているのはあくまでもあの悍ましい猛獣たちの話であると思っていて、真実、彼らが姿は違えど同じ敵に追い詰められていたことなど知る由もないのだが——ともかくとして。

 

「じゃあ、そいつ相手にお前はどうやって勝ったんだよ」

「単純な話だ。その時僕の前には——頼れる助っ人がいたのさ」

 

 僕と、彼女と、そしてあなたの爆弾。

 

「その三つがなければ、僕は生きていなかった」

 

 だから——

 

「ありがとう、リル。君のおかげで、僕は生きている」

 

 そう言われて、常識は——

 

「けはは、まったく——悪くないぜ」

 

 と。

 言って再び、立ち上がった。

 

「ま、積年の誤解も解けたことだし。そろそろお暇するわ」

「もう行くのか?」

「ああ。そろそろ店開ける時間だろ? いつまでも長居しちゃ悪いしな」

「それならば——」

 

 曲識はプリザーブドフラワーを見つめながら、出ていく彼の背に、言葉を投げかけた。

 

「また聞きに来てくれ、リル」

「ああ、聞きにくるさ。だからそれまで——死ぬんじゃねぇぜ」

 

 約束だ、と。

 言い合って——彼らは別れた。

 

 残念ながら、その約束はどちらも果たされることはなく、彼らは最後を、迎えることになる。

 

 橙色の暴力が、全てを薙ぎ払うまで。

 

 もう残り一ヶ月となる、ある日のことだった。

 

 

 

           SCORE——SPARE

           肆屍俑子

           ロムルス(狼)

           シーザー(黒豹)

           ティベリウス(ハイエナ)

           カリグラ(羊)

           クラウディウス(山荒)

           ネロ(鴉)

           カラカラ(大蛇)

           アウグストゥス(キメラ)

           +1

           咎凪見科

           ——To be Next GAME





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