◆ ◆
「う、うわああっ、お、お兄ちゃん! 助けてください!」
なんて情けない声をあげてみせる入皆だったけれど、もちろん本気で怯えているわけもなかった。それは『殺し名』序列一位の匂宮本家の最高戦力として、明確な格下である罪鼓に怯えなんて感情を抱くわけがないなんて事情以前に、そもそもこの罪鼓罰撥という刺客が、匂宮入皆自身が直々に登用した傭兵であるという事実が大きかった。
匂宮入皆と罪鼓罰撥はグルである。罰撥という刺客がこの場に現れたのは偶然でもなんでもなく、匂宮入皆自身が敷いた策ゆえにであり、味方相手に怯える理由なんてものはどこにもなかった。
つまるところ、零崎双識は罠に嵌められたのだ。『
それは奇しくも、かつてランドセルランドでとある策士が敷いた策とよく似たそれであったのだが——ともかくとして。
「わかってる。大丈夫だ入皆くん。君のことは、私が守ってみせる——!」
零崎双識はそんな策略に一つとして気付くこともなく、溌剌と啖呵を切って見せる。
心なしか、いつにも増して生き生きとした表情だった。なぜこの状況でテンションを上げられるのか、入皆には理解不能だった。
事実——状況は最悪に近い。泣きじゃくる子供を背後に庇っての正面戦闘。それだけでも十分以上に辛いというのに——その敵が。
「けひゃ、けひゃっ、けひゃひゃひゃひゃ——!」
舌をべろべろと振動させて、男は笑い声を上げる。同時——その両手を
『
回避することは、できなくはない。しかし——回避した結果、
(ありがたいのは——)
双識は思う。
(他の団員が、直接戦闘には参加してこなかったことだ)
あくまでも、彼らはバックミュージック担当ということか。正面戦闘を担当するのは、罰撥だけであるらしい。しかし——
「けひゃぁっ!」
「——っ!」
振るわれたバチが、こめかみにクリーンヒットする。視界に火花が散って、意識が眩んだ。歯を食い縛って意識が落ちるのを堪え、無理矢理に上体を起こし、反撃を入れようとするが——
音が、響き。
双識の攻撃が——リズムに沿ってしまう。
それを、罰撥はケヒャケヒャと奇怪な笑いを漏らしながら、
これだ。
これこそが——厄介だった。
罪鼓交響楽団。彼らの演奏に、強制力はない。強制力はないが——
双識の一挙手一投足、その全てが、音楽に介入される。無意識的に、メロディに合わせて攻撃を行い、リズムに合わせて防御してしまう。それが——致命的な隙となる。
「〜〜っ、四対一とは、なかなか卑怯な人数比じゃないかい罰撥くん!」
「お生憎様ですねぇマインドレンデル氏。この私、罪鼓罰撥は、卑怯もラッキョウも絶叫マシンも大好物なんですよぉ〜〜!」
叫びながら、罰撥は手に持つバチを振るう。双識はそれを受けようとするけれど——メロディが、それを狂わせて。
衝撃が、双識の肩を痛打する。
舌打ちを一つ。双識は眉間に皺を寄せた。
(事前の演奏が効いたな——)
最初に聞かされた曲——『淑やかなる呟き』だったか——あれが双識のコンディションを下げ、下がったコンディションが、演奏による誘導を受け入れてしまう。デバフにデバフが重なり——本来ならば捌けるはずの攻撃が、捌けなくなっている。
「辛そうですねぇマインドレンデル氏ぃ〜〜!? 諦めた方がよろしいのではないですかぁ〜〜? 今なら特別に、お好きな音楽をあなたで弾いてあげますよぉおおおおおおっ!」
「あいにくと、音楽は弾くより踊る派でねっ!」
「ならば私の手のひらの上で踊り死んでくださぁぁあああああい!」
けひゃあっ! と気迫十分に雄叫びをあげ、罰撥はバチを振るう。
ど、ど、ど——双識の肉体を楽器として、音色が響き渡る。肉が撓み、骨が軋み、神経が悲鳴を奏で上げる。四つの楽器がその旋律を取り込んで——一つの音楽が、完成していた。
『厳かなる殺戮学級会』——なんて酷いネーミングセンスだ、と双識は内心毒付くけれど、しかし逆に言えば、文句をつけられるのはそこくらいであるということ。悪趣味極まる下劣の音楽であっても、その効果は絶大。零崎双識をして逃れられぬほどに、悪辣極まる。
「……一つ聞かせてくれるかい、罰撥くん。君はなぜ、私のことを狙うんだい?」
必死になって攻撃を捌きながら——あるいは捌ききれずに受けながら、双識は問う。突如現れた大敵に浮かぶ疑問は数あれど、最も大きな疑問はそこだった。
「んん〜〜? 殴られすぎて記憶に障害が出てきましたかぁ? 先ほどお伝えしたでしょう。クライアントがそれを望んでいる、とねぇ!」
「それは覚えているともさ。だがしかし——クライアントに望まれた程度で、
振り下ろされたバチを、分割した
零崎——零崎一賊。それは『殺し名』序列第三位に列せられる殺人鬼の一賊。
殺し名としての純粋な戦力では第一位・匂宮雑技団や第二位・闇口衆に劣るとされながらも、しかし零崎は、殺し名の中で最も忌み嫌われ、絶対に敵対してはならないと恐れられる集団だ。
理由なく人を殺す殺人鬼——その性質的な悍ましさもさることながら、それ以上に。
組織としての団結力——一賊の誰かが一度傷付けられれば、残る全員が総出で報復に掛かる。その報復は下手人一人に対してでは収まらず、その親兄弟親戚一同、友人知人恋人愛人、果ては同じ街に住んでいたというだけの赤の他人までをも含め尽くして、全てを全て殺し滅ぼすという過剰報復。
それがこそ、零崎一賊を恐怖の集団たらしめる最大の理由であり——それゆえに。
たかだか依頼を受けたから、程度のことで零崎をターゲットとして殺しを行うような人間は、少なくとも暴力の世界には存在しない——はずだった。
その原則が、壊れている。
壊れ始めている。
誰かによって——壊されている。
「けひゃひゃひゃひゃ——随分とまあ、ヌルいことをおっしゃいますねぇマインドレンデル氏。私とて確かに、あなた方のその悍ましい
その上で——
「それの、何が問題だと言うのです?」
罪鼓罰撥は、嗤って見せる。
「零崎一賊——『殺し名』第三位、零崎一賊! 推しも押されぬビッグネーム! 殺し名七名の中では三位と中途に位置しながらも、しかし最も『殺し名』たるを体現する殺人鬼集団! それを——」
もしも。
「
叫びながら、罰撥はバチを振るう。掬い上げるようなそれが、旋律と共に双識の脇腹に直撃し——双識は小さく血を吐いた。
「その第一歩があなたなのですよ、マインドレンデル氏。報復、結構。何ら問題はありませんとも。もとより我々は
殺し名の座、頂きますよ——なんて、彼はニタニタと笑って見せる。
「殺し名の座、なんて、躍起になって欲しがるものでもないと思うんだけれどね——」
口元の血を拭いながら、双識は困ったように言う。
しかし——
「そう言うわけなら、私としても、君を生きて返すわけにはいかないな」
もとよりそのつもりではあるけれど——その上で。
「零崎はもう、始まっている」
その言葉に、けれど罰撥が返すのは嘲笑だった。
「生きて返すわけにはいかないぃ〜〜? けひゃひゃひゃひゃ! 随分とまあ、可愛らしい虚勢の張り方ですねぇマインドレンデル氏ぃいい! 私の旋律から逃れられず、戦慄と共に防戦一方に、戦々恐々と死を待つあなたが! どうやって私を殺すと言うのですかぁああ〜〜!?」
叫びながら、罰撥は両手をめちゃくちゃに振り回し、四方八方から双識を痛めつける。攻撃一辺倒の極端な偏重。防御も回避も捨て去ったその連続攻撃は、本来ならばいくらでもカウンターが狙えそうなものだったけれど、しかし彼を補佐する楽団の奏でるバックミュージックが、それを阻害する。
完璧に等しいコンビネーション。隙はなく、活路もない。
そう思えるからこそ——双識は。
「……そうか、なるほどな」
嵐のような乱打に晒されながら、双識は小さく呟く。音楽による戦闘の『流れ』のコントロール。それを前提とした息を吐く間もない連続攻撃。どれもこれも厄介だが、しかし、
双識は、それを見つけた。
ぎらり、と。レンズの下の瞳を輝かせ。
彼は小さく息を吸い——
「——あの娘は太陽のKomachi Angel〜〜! やや乱れてYo! Say,Yeah Yeah!」
歌い出した。
「——は?」
思わず、背後の入皆は口を開ける。それは戦闘中の罰撥も同様に。なんで歌? なんでB’z? というかなんだその無駄な美声は——誰もの思考が停止する中、けれど双識は歌い続け、そして——
「——っ!?」
息を呑んだのは、罰撥だった。一合、二合、三合——徐々に、自らのバチが、双識の持つナイフと激突する回数が増えている。
——
『厳かなる殺戮学級会』——罪鼓罰撥が零崎双識を仕留めるために、直々に作曲した音楽。そのリズムが刻まれるに合わせ、そのメロディが奏でられるに合わせ、双識はテンポを崩し、罰撥の
「けひゃあっ!?」
紙一重——交わす。罰撥の喉元を、刃が掠めていった。わずかに一条、罰撥の首筋に、血潮が滲む。
——反撃をさえ、双識は行うようになっていた。
「けひゃっ、なるほどなるほど……考えましたねぇ〜〜マインドレンデル氏ぃ。私が自ら作曲した音楽に合わせて戦うことでその実力を百二十パーセント引き出しているように、あなたもまた自らの十八番であるB’zに合わせて戦うことで。その調子を上げているというのですね。その気持ち、分かりますよぉお〜〜! お気に入りの音楽に合わせて戦うと、いつもよりテンションが上がりますからねぇ〜〜!」
「いや違うでしょ」
思わず突っ込みを入れた。入皆が。
「マイン……双識お兄ちゃんは、自ら大声で歌うことで、あなた方の音楽による操作を無効化しているんですよ」
バフを掛けているのではなく、デバフを無効化したのだ——と入皆は解説する。
罪鼓楽団。長たる罰撥は例外としても、しかしこの場にいる楽団員たちは、音使いとしては二流だ。人体を直接コントロールするような離れ技を使うことはできず、また
双識の歌によって彼らの演奏は乱され、それが齎す効力もまた半減していた。
「なるほど、そういうカラクリでしたか……なかなか頭も回るようですねぇマインドレンデル氏! しかし——けひゃっ、それならば考えるべきでしたねぇ! そんな風に大声で歌いながら戦っていれば、
看破に合わせ、大上段から振り下ろされたバチを、双識はナイフによって防ぐ。しかし——その衝撃は強く、双識の手を痺れさせ——彼は。
「——っ、はあっ!」
歌うのをやめ、大きく息を吸う。
「おやおや、お歌の時間は終わりですかぁ? けひゃひゃひゃひゃ、もっと聞かせてくださいよマインドレンデル氏ぃ〜〜!」
好機と見てか、双識が呼吸を整える隙を与えることもなく、罰撥は一気に連撃を叩き込む。濁流のような乱打。アトランダムな変調が加わった、アンバランスなその攻撃を、しかし双識は必死になって捌き切る。
「——確かに、私の肺活量には限界がある。トキじゃあるまいし、歌いながら戦い続けるなんてことも出来やしない」
けれど——
「君に仲間がいるように、私にだって味方はいるんだ」
言って、双識はにぃと笑い、期待のこもった声でその名を呼ぶ。
「そうだろう——入皆くん!」
いや敵です。入皆はそう言いたかった。
しかし——言うわけには、いかない。零崎双識を確実に仕留めるために、そして万が一仕留められなかった時のことを考えて、入皆はこの場では、ただの無力な子供であらねばならないのだ。
の、だが——
「さあ、入皆くん! お兄ちゃんのためにお歌を歌っておくれ!」
……なんかもう、これ背後から襲っちゃダメかなぁ……。
入皆はそう考え始めていた。もう、結構大詰めじゃないか? 自分がここで歌ってやらなければ、この人、普通に削り殺せるんじゃない? でもなぁ、万が一生き残られた時に不信感を抱かれてしまうとなぁ……。
入皆は一秒にも満たない間逡巡して……。
「ごめんなさい、僕、B’z知らないので……」
と控えめに断った。
が。
「何を言っているんだい入皆くん! そんなことは百も承知だ! 入皆くんの知ってるお歌を歌ってくれればいいんだよ! そう、童謡なんかがぴったりだね! ほらほら、入皆くんもそれだったら知っているだろう!?」
なんて、大声で捲し立てられる。それだけ声張り上げられるんだったら自分で歌えや。入皆は言いたくなった。
「仕方ないな。恥ずかしいならお兄ちゃんが一緒に歌ってあげよう! さあ、一緒に! 大きな栗の〜木下で〜!」
「……あ、あーなーたーとーわーたーし〜……」
なんだこれ。なんの羞恥プレイ? 思いながらも、入皆は双識の背後で控えめに歌う。どうせ自分が歌わなくてもこの変態ヒョロヒョロ男が勝手に歌うのだ。なら、ご機嫌取りにちょっとくらい追従しておくのが賢い選択だろう。そのはずだ。いや本当に? なんか騙されてない?
「うおおおおっ、力がみなぎってくるっ!」
興奮した声で叫びながら、双識は両手のナイフを振るう。確かに、それまでに比べればよく動いている。だが——入皆にはわかる。これは空元気のようなものだ。力を振り絞って無理をしている。それだけのことで、限界は近い。それがわかるからこそ、入皆は控えめに歌を歌う。全力では、決して歌わない。そんなことをすれば、双識に利しすぎてしまう。それではダメだ。入皆の目的は、双識の抹殺なのだから。そのために、罪鼓交響楽団なんてくだらない連中とも手を組んだのだ。なんて、考えている余裕は——直後に、消し飛ぶことになる。
ごう——と。唐突に、火柱が立った。
それは双識と罰撥が相対するちょうど中間。そこにあったマンホールから、聳え立った火柱だった。
分厚い金属製の蓋を溶解させて立ち上った火柱に、既で焼き焦がされることを免れた二人は、地面を転がりながら火柱から遠ざかる。
ごうごうと、まるで天を焼き焦がさんとするかのように燃え盛る火柱が——収まれば。
その向こうから、一人の
「は」
革のブーツに、パンクロックなダメージジーンズ。ド派手なバックルの革ベルト。仕立てはいいが古びたシャツに、ギラギラと輝く金のペンダント。上着のコートは灰色で、裾が擦り切れていた。
「ぐは!」
煤け、草臥れた中折れ帽。顎と口元を棘のように覆う、真っ白い髭。目元にはゴーグルのように眼球を覆う、黒い円形のサングラス。
「ぐははは——!」
獣が嘶くような笑い声と共に、大きく開かれた口の内側には、ギラギラと輝く総金歯。上下の前歯には『NITAKI』『SUIZOO』の文字がそれぞれ刻まれている。
だがしかし、双識はそれを認識しない。いやできない。そんなものに、目をとらわれている場合ではない。なぜって、それは——
「ぐわははははははははは——ッ!」
彼の右手に
——形は巨大なバーナーに似ていた。真紅の外装。金属製のそれに刻まれた『BLITZ GLAY』のエンブレム。おそらくは燃料が入っているのだろう巨大なタンクと一体になった本体に、そこから突き出る大きな円柱のノズル。
それは、巨大なプラズマジェットだった。円柱の先端から放たれる、目が潰れそうなほどの極光は、アーク放電の証。本来ならば金属加工などに使われるはずのそれを、あろうことか対人用の兵器へと改造した、規格外の殺戮兵装。零崎双識は知っている。それの名前を知っている。超電磁兵器『
ごくりと唾を飲み込んで、滴る冷や汗と共に、双識はその名を呼んでみせる。
「
「いかにも」
双識の言葉に、彼は頷く。
煮炊垂蔵——『
彼こそは、かつてその右腕の兵器、『
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