零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第二章『零崎軋識』
第二章『零崎軋識』 1


 ◆   ◆

 

 日本某所。某県某市某町——などと秘す意味も存在しないくらいの片田舎。土地のほとんどが畑や田んぼとして使われているような、そんな農村地の一角に——そのマンションは聳え建っていた。

 

 周囲がよく言えば牧歌的な、悪く言えば田舎臭い、閑散とした風景であるのに、そのど真ん中に聳え立つそのマンションだけが、貼り付けたように異質。

 

 生えるべき場所を間違った大樹のように、閑散とした田舎町を穿ち貫いて聳える、超高層ビルディング。酷く、なんて形容を前に置きたくなるくらい近代的な、その建物。一体誰が住む事を想定してなのだろうか? 地上三十二階、地下三階建ての、ともすれば町の総人口よりも収容人数が多いのではないかとさえ思える巨大建築。噂によれば、水面下でこの田舎町をリゾート地化する計画が進んでおり、その第一手として建てられたのだとも言われるが、真実は定かでなく。いずれにせよ、今は。

 

 孤立無縁に、異質に異常に。

 まるで落ち行く天を支える一本の柱のように、そのマンションは建っていた。

 

 そんなマンションの——そのものずばり、最上階。

 フロア丸々一つをぶち抜いてのペントハウス。広々とした——三十畳はあるのではないか——リビングの一角に置かれた巨大なソファに、一人の男が寝そべっていた。

 

 室内の、高級感のある家具や調度品とはまるで似つかわしくない、ラフな服装。白いシャツに、デニム地のオーバーオール。ここを欧米と勘違いしているのだろうか? 室内だというのに、黒革のショートブーツを履いたまま、踵を肘掛けに乗せている。それだけでも十分に目を引くが——それ以上に目を引くのは、その男の両手を覆う、大きな手袋だった。二の腕までを覆う、巨大なそれ。何が素材なのかもわからないドス黒い色のそれが、決して高いとは言えない平均的な背丈の男のシルエットを、奇妙に歪めている。

 

 男はクッションで首を支えながら、くうくうと寝息を立てていた。呼吸に合わせて、垂れ下がった赤銅の三つ編みが振り子のように揺れる。

 

 男は深く、眠っている。目を瞑って、すやすやと、子供のように。

 眠っていて——その、傍に。

 

 用意された小さな、ソファと比べれば簡素に見える、円形の椅子に——誰かが、座っている。

 

「——しかし、思いますよね」

 

 チクタクと。壁にかけられた振り子時計が、時を刻んでいた。同時——小さく。けれど確かに。キラキラと、甲高い。何かの音が——何かの音色が、聞こえる。

 

「零崎一賊——暴力の世界に於いて最も忌み嫌われる殺人鬼の一賊、でしたっけ……随分とまあ、過大評価にも程がある」

 

 クスクスと、嘲笑うように微笑みながら、男は足を組む。スラックスの裾がずれて、ワインレッドの靴下が見えた。

 内羽根のストレートチップ。極めてフォーマルな革靴は、しかしフローリングの上ではミスマッチだったけれど。

 

 音色は、今も——音楽は今も、響いている。

 

 キラキラと、淑やかに。

 星が砕けるように、響いている。

 

「一賊の人間を害せば、残りが総出で殺しにくる……なるほどそれは恐ろしい。蟻や蜂と同じくらいにはね。結局のところ、零崎一賊の神話というものは——敵対するものは皆殺しなんてルールとは、見せかけの看板でしかない。確かに報復は恐ろしい。確かに総力は悍ましい。でも、それだけ。それだけでしかないはずなんですよ、本当は。たとえば零崎でなくたって、匂宮も、闇口も、薄野も墓森も天吹も石凪も——もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 男は首元の蝶ネクタイを片手で直しながら呟く。片手で。もう片方の手は、動いていない。微動だにせず——何かを、手のひらの上に乗せている。

 

 何か。それは、小さな箱のように見える。金属製。真鍮だろうか? 黄金色に輝いている。蓋が空いていて、その内側で。ピンの刺さった円柱が、ゆっくりと回転している。そのピンが、細い金属板を弾いて、音を——音楽を、鳴らしている。

 

 オルゴールだ。

 

「零崎一賊の恐ろしさとは、つまりそういう事でしょう……? 単体を相手にすることが、イコールで総力を相手にすることにつながる。単体を相手にしていたはずが、いつのまにか全てを敵に回している。その構造が、脅威なわけだ。いわば、零崎一賊は()()()()()()()()()()()ということで——その極端さが、そのなりふり構わなさが、恐ろしいということ……」

 

 それはつまり——

 

「逆説的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、恐怖の象徴にはなり得ない、という意味ですよね……純粋な戦力で言えば殺し名七名のうちでも第三位、なんて言いますけれど、これですら正直、過大評価なんじゃないかと思いますよ。他の殺し名がある程度余裕を持たせて、バッファを持たせて、場合によっては内輪揉めなんかしちゃったりしながら、ほどほどのところでなあなあに戦って、それでもその順位に留まっているのに対し、零崎一賊は、常に全力を振り絞った上で、それでも所詮三位でしかない……」

 

 オルゴールの音色が鳴り響く中、男は語る。語り続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()——と、私はそう結論づける。結論づけざるを、得ない。だって、そうじゃないですか? 零崎一賊。一人を相手にすれば、総体が襲ってくる。それじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 たったそれだけ。それだけの、話——

 

 と。

 言って男は——部屋を見回す。

 部屋の中を。広いリビングを。一望して——

 

 そこに佇む、()()()()()に微笑みかける。

 

「そう思うでしょう、みなさん」

 

 言って——男は微笑んだ。

 

罪鼓(つみつづみ)交響楽団——その総力。精鋭中の精鋭が、私を含めて三十人。零崎一賊が、確か二十数人でしたっけね……十分に、相手できる数です」

 

 オルゴールを鳴らしたまま、彼はクスクスと笑う。

 

「罰撥くんは、愚かにも自分の力を過信し、二軍もいいところの粗悪なメンツを連れてあの自殺志願(マインドレンデル)に挑んだそうですけれど——この私は、罪鼓夢沙(むさ)は、そんな愚劣は犯しませんとも」

 

 壁にかけられた時計が、時を刻む。オルゴールは、そのゼンマイの力を懸命に使い、音を奏でている。

 

「罪鼓交響楽団の、その()()()()()()、私には、勝利する義務がある」

 

 だから——ねぇ?

 

「恨まないでくださいよ、寸鉄殺人(ペリルポイント)さん。あなたを寄ってたかって集団で囲み、見せ場もなく殺してしまうことについても——」

 

 オルゴールはもう間も無く、その演奏を終えるだろう。

 壁にかけられた時計は、変わらず時を刻んでいる。

 

 チクタク、チクタク。

 チクタク、チクタク、チクタク、チクタク——

 





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