零崎常識の人間ストライク   作:忘旗かんばせ

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第二章『零崎軋識』 2

 ◆   ◆

 

 考えてみれば、彼とは疎遠というわけではないが、しかし親縁と言えるほど親しいわけでもなかったと気付いた。

 

 血縁ではあっても近縁ではなく、無縁ではなくとも合縁ではない。宿縁であっても遠縁で、腐れ縁というには迂遠にすぎる。

 

 兎にも角にも、零崎(ぜろざき)軋識(きししき)にとっては、零崎常識(じょうしき)とは、そんな関係性の男だった。

 

(別に、避けてるってわけじゃあ、ないんだがな)

 

 都会からは少し外れた、片田舎。周囲には畑や田んぼが広がる、道幅の広い公道を疾走するスクーターの上。風に煽られた麦わら帽子を片手で直しながら、軋識は思う。

 

 どうにも——縁がないのだ、零崎常識とは。

 

 共に戦ったことはある。

 背中を預けたことも数知れず。

 彼のためなら、命をかけることだって、なんの躊躇いもない。

 

 信頼はしている。

 信用もしている。

 しかしそれなら親愛があるかと言えば——どうなのだろう。

 

 家族として。

 愛していることは間違いないけれど——どこか。

 あと一歩が踏み込めないような、そんな距離感。

 

 軋識は常識に対して、それを感じている。

 感じている、からこそ——

 

「いい機会、だっちゃよな」

 

 なんて、独りごちる。

 そう、いい機会——だ。

 

 背負う竹刀袋の中身の重さを肩に感じながら、軋識は思う。

 

 この先に待ち受ける、零崎常識とタッグを組んでの仕事(殺し)を。

 

 久々となる、常識とのマンツーマンでの行動。それはどう考えたって、いい機会だ。

 

(……誰にとっていい機会か、ってのは、考えないといけねーけどな)

 

 零崎一賊最強とも名高い零崎常識と、零崎一賊三天王の一角を担う零崎軋識。二つのビッグネームが一堂に会するこの機会を、絶好と感じる誰かも——いるだろう。

 

()()()の一件からどうも、いろんな物事がすっきり片付かない。霧の中で彷徨ってるような気分——というか)

 

 霧の中で——彷徨わされている気分というか。

 

 いずれにせよ、嫌な感じだ。

 嫌な感じが、連続している。

 

 ついこの間も、匂宮が零崎を狙って事を起こすとか起こさないとかで、兄弟(零崎双識)が妙な連中とやりあった。それだって、一応のカタはついたらしいものの、しかし全てが終わったのかと言えば、そうではない。

 

(早いとこ、この戦争にもカタを付けたいところだ)

 

 なんて思う軋識だけれど、しかし真実問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その一切が不明であるという現実なのだ。

 

 それを思い返して、軋識は憂鬱になる。

 

(この憂鬱を——)

 

 スクーターのアクセルを強めて、軋識は思う。

 

(あいつが、吹き飛ばしてくれりゃあいいんだがな)

 

 なんて、人任せな考えは無責任だ。

 そんなことはわかっている。わかっているのだが、それでも期待してしまう。

 

 あの痛快な爆弾魔なら、この立ち込める濃霧をさえ吹き飛ばして、全てを木っ端微塵に、解決してくれるのではないか、なんて——

 

 軋識はそんな期待を、零崎常識に対して、向けていた。

 

 ◆   ◆

 

 三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)三振(みふり)という男がいた。

 

 かつて『暴力の世界』において数多くのプレイヤーをマウンドに沈めてきた伝説の殺戮ピッチャーであり、ありし日には『完投権(ドライイースト)獣室(ししむろ)貪狗(どんく)と首位投手の座を競い合ったといわれる、伝説の戦う野球選手(キリングベースボーラー)

 

 残念ながら今現在は故人であり、死後には弟、三十三間堂二振(にふり)がその名を継ごうとしたとかしないとか、そんな噂も流れはしたけれど——いずれにせよ。

 

 彼は間違いなく、伝説と語られるに相応しい一流のプレイヤーだった。

 

 しかしその伝説に幕を引いた張本人であるところの零崎軋識はと言えば、そんな彼のことを綺麗さっぱり忘れ去って、それどころかその弟である二振にさえ引導を渡したことも、等しく完全無欠に忘却していた。

 

 有象無象にとっては伝説でも。

 零崎軋識という生ける神話にとっては——その信仰が打ち砕いてきた並居る敵の一人でしかなかった。

 

 だからこそ零崎軋識は、己の進路に立ち塞がったその男が上げた名乗りに対しても、一切の特別な反応を示さなかった。

 

「三十三間堂一振(ひとふり)だ」

 

 車道のど真ん中に立ち塞がり、軋識のスクーターに強制的にブレーキをかけさせたその男は、そんな風に名乗りを上げた。

 

 目を引いたのは頭だった。群青色の、ツヤのあるヘルメットをしている。ヘルメットといっても、それこそ軋識がいましているようなライダースヘルメットではないし、工事現場で見るような安全用のそれでもない。ではどんな場所で見るそれかと言えば——

 

 球場。

 

 球場で見るような、バッティングヘルメットだった。

 よくみれば衣服も、あたかも野球選手……というよりも、もはや高校球児のユニフォームのようなそれで——

 

「聞き覚えがあるだろう?」

 

 二言目は問いかけだった。

 

 スクーターのエンジンをかけたままだった軋識は、そこで初めて、エンジンを停止させ、スクータから降りた。ヘルメットを脱いでハンドルに掛け、代わりに背中に下げていた麦わら帽子を被り直す。ざらついたアスファルトと、靴裏が擦れる音がした。向かい風が強い。軋識は帽子を押さえながら言った。

 

「あいにくだが、聞き覚えはねぇっちゃよ。三十三間堂一振、っつったか。は、仰々しい名前だっちゃな。何か勘違いしているみたいだが、ここは京都じゃないし、甲子園球場も遥か彼方だぜ」

 

 煽るように言って見せれば、一振は肩をすくめる。

 

「安い挑発だ。僕は何も勘違いなどしてはいない。僕の目的はただ一つ。京都観光でも甲子園出場でもなく——あんたを殺すことだ、零崎軋識」

 

 言って、一振は眼光鋭く軋識を睨みつける。殺意のこもった、苛烈な視線。眉間に刻まれた深い皺が、必要以上に大人びて見せさせるけれど、しかし、若い。十代だろう、というのが、軋識の見立てだった。

 

「は、俺を殺すこと、ね。きひひ……できるもんなら、やってみて欲しいもんだっちゃが——」

 

 言いながら、軋識は背の竹刀袋に意識を向ける。

 

「しかし理由はなんだっちゃ? わざわざこの俺に——零崎に、喧嘩を売る理由ってのは」

 

 零崎一賊——暴力の世界にその名を、その()()を轟かせる、殺人鬼の一賊。

 

『殺し名』序列第三位。純粋な位階で言えば、上に匂宮と闇口が君臨しているけれど——しかしその『嫌われ具合』で言えば、殺し名の中でも、飛び抜けて一位。

 

『絶対に敵に回したくない』と——そう思われるのが、そう思われて然るべきなのが、零崎一賊だ。

 

 それはもちろん、零崎が殺し名の中で唯一、人を殺す理由というものを持たない、理由なく殺す殺人鬼であるから、というのもあるけれど——それ以上に。

 

 零崎一賊が、組織として持つ特性——一賊の誰かが、一度傷付けられたのなら、他の一賊全員が、総出で殺しにかかるという、過剰報復にこそある。

 

 一賊を傷付けた当人は当然に、その家族、その友人、その知人、果ては同じ町に住んでいたというだけの赤の他人までをも含めて——尽くを、殺し尽くす。

 

 そのやり過ぎという言葉を百重に重ねてもまだ足りないほどの過剰報復がこそ、零崎一賊が忌み嫌われる最大の理由。

 

 それを知った上で、目の前の男が零崎軋識に挑んでいるのだとすれば——その理由は。

 

「決まっているだろう——復讐だ」

 

 やはりか、と軋識は思う。

 それ以外に、零崎に自分から挑むような愚を犯す人間はいないだろう。

 

 しかし——だからこそ、軋識は首を傾げる。傾げざるを得ない。

 なにせ、零崎の行う過剰報復は、そういった憎しみの連鎖を物理的に生まないためにもやっているという側面がある。報復によって恨みを買い、それが一賊の人間に危険が及ぶ理由になるなら本末転倒だ。怨恨なんてものが生じようがないように、やり過ぎなくらい全てを殺すのが一賊のやり方で——だからこそ。

 

 軋識はそれを、思い出した。

 

「……ああ、そう言えば、いたっちゃね。三十三間堂……三十三間堂三振、だったか。暑っ苦しい名乗りをしてた奴が」

 

 過去の記憶を、辿る。

 

「確かに、俺はお前と同じ苗字の男を殺してるっちゃ。そしてその弟——二振もな。だが——そいつらに関しては、()()()()()()だったはずだっちゃ。三振と二振は二人兄弟で、二人殺してそれでジエンド。そのはずが——なんで三人目がいるんだっちゃかね」

 

 言えば——ギシリと。

 音が聞こえる。

 それは、一振が奥歯を噛み締めた音だった。

 

「決まっている。そんなものは——二人の兄が、俺を守ってくれたからだ」

 

 殺し屋、三十三間堂兄弟。彼らは間違いなく暴力の世界のプレイヤーであり——しかし、その末の弟、三十三間堂一振だけは——()()()()()()

 

 かつて、一振の二人の兄は、一振の野球の才能を惜しみ、彼を殺しの世界に引き摺り込むことを躊躇って——彼を『普通の世界』に旅立たせた。

 

 名を変えさせ、戸籍を偽装し——彼を完璧な一般人に、擬態させた。

 

 偽装して、擬態して、擬製して。

 一般人として、人生を歩ませた。

 

 だが、しかし——

 

「それも、今日までだ」

 

 彼は言って——その背から。

 その背のバットケースから、何かを引き抜く。

 

「人生、生あれば死ありだ」

 

 それは——一本の刀だった。漆塗りの鞘に収められた、一本の太刀。それを、彼は手に握り、そして。

 

「幸せな時もあるだろう。苦しい時もあるだろう。あるいはいつかそれを振り返って、どちらも良き思い出だと回顧する時だってあるだろう」

 

 ——抜刀。

 

「だが、死ねば無意味だ」

 

 凄烈。気迫と共に、引き抜かれた刃がギラリと陽光を反射する。鈍く、濡れたような煌めき。波打つ波紋は静謐に、されど鋭く殺意を示し。

 

「人生は死ねば終わりだ。人生は死ねばそこまでだ。人生は死ぬまでだけが勝負だ。敬愛した兄、三十三間堂三振も、親愛した兄、三十三間堂二振も、強く、優しく、そして愛しい家族だった。だが死んだ! 名を残そうが伝説を刻もうが神話として刻まれようが、死ねば無意味だ! 彼らとはもう二度と会えない! 話せない! 顔も見れない! 残された者はただ悲哀にくれ、憎悪に苦しむ他にない!」

 

 彼は叫び——引き抜いた刀を正眼に構えた。

 

「改めて名乗ろう! 僕の名は三十三間堂一振! 二人の兄の愛によって生かされ、二人の兄の死によって目覚め、そして二人の兄の人生に報いるために立ち上がった男! 野球を捨てて哀泣し、バットを捨てて抜刀し、人生を捨てて新生し、いざ、零崎軋識! 兄たちの仇を討つがため、貴様に挑ませてもらう!」

 

 一条の涙をこぼしながら、一振は堂々と仇討ちを宣言する。

 それに対して——軋識は。

 

「は、家族の仇討ち、だっちゃか。それなら——受けて立たないわけにはいかないな」

 

 言って。背の竹刀袋から、()()を取り出す。

 長く、太く、重たく、そして何よりも——攻撃的なシルエット。

 

 それは一本の——()()()()だった。木製のそれに釘を打ち込んだような、粗製のそれではない。バットと釘が一体に鋳造された、総鉛製の金属釘バット。

 

 銘を——『愚神礼賛(シームレスバイアス)』。

 

 人間を、人体を、人命を、この上なく荒々しく、容赦なく破壊し尽くすために作られた、絶対的な殺戮凶器。

 

 それがこそ、零崎軋識の異名の源にして、また信仰の印。彼の前に、一賊の前に立ち塞がった数多くの敵たちを、三十三間堂の名を背負った二人の兄弟をも、尽く一撃の元に打ち砕いてきた、零崎軋識の魂とも言うべき武器。

 

 彼はそれを、構える。奇しくも、バットを構えるように、八相に。

 

「仕方ねえから、この俺が兄弟と同じ場所に送ってやるっちゃよ」

「ほざけ。兄弟の元に行くのはあんたの方だ。今のうちから詫び文句を考えておくんだな」

 

 言葉を交わし合って——一歩。互いに、踏み込む。

 

「さーて、それじゃ」

 

 かるーく零崎を始めるちや。

 

 その言葉を皮切りに。

 ピッチャー不在。バッター二人。

 異色の試合が、幕を開け。

 

 いざ——プレイボール。

 





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明日は自分もサークル参加させていただく同人イベント、イシンノセカイ13(3月30日開催)の開催直前記念としまして、「8:05」「14:05」「20:05」の三回に分けて、連続投稿します。
お楽しみに!
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