白を染めるいろ   作:サルノトラ

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「トロッコ問題です。貴女の大切なお嬢様を犠牲にすれば、貴女の妹も含めた大勢が助かります。どちらを助けますか?」

小暮「そんなの小白お嬢様一択だろうがよ!!」ガシャコン!


運命を定める人

──鴨居小暮(かものいこぐれ)。医療を司る鴨居家の長女である。妹である次女は鴨居家を継ぐ事が決定している。

 

彼女は両親が亡くなり天涯孤独の身の上となった大塚小白の《世話役》を務め、《後見人》も兼任している二十三歳の暖かい日差しを遮る木々の木洩れ日を思わせる人を安心させて落ち着かせる雰囲気を持った女性だ。

常にホワホワと柔らかい微笑みを浮かべていて、誰かのお世話をすることを喜びとする女性である。

間延びした口調に温厚な性格に料理上手と非の打ち所が無い人であるが、彼女は自分が庇護すべきとした存在が悪意に晒されるのを良しとしない人なのだ。

 

かつて天涯孤独となった大塚小白を引き取りたいという多くの《妖滅師》の一族から申し出があった時に既に《世話役》として大塚小白の傍に在った彼女は、親を亡くした少女を思いやる好意的な言葉と心配するような顔に隠された裏を徹底的に調べ上げて潰し回った事がある。

どの様な輝かしい経歴が有ろうとも歴史が積み重なれば腐敗し爛れていく。《妖魔》という不倶戴天の敵が居ようとそれは関係が無い。

 

あわよくば、"古くから一度も断絶する事なく続いている《妖滅師》の純血の大塚小白という少女を取り込み、大塚家の絶大な権力を手中に収めよう"。などという邪な思惑が有るものは例外なく内部から崩壊させ潰していった。自身の息子を婚約者に宛がう為に送り込まれた子息を遠ざけたり、()()()()()()()()()()()()したりと多くの事を成した。

彼女はそれを「腫瘍を切除して治す。"治療"ってそう言うモノですよ~?」と微笑みながらいつもの世間話の様に言っていたが、底知れない凄みがある。当時の彼女は実に苛烈であった。*1

ともあれ大塚小白という少女を守り、育むという役目に最も適した存在なのだ。

 

そんな彼女ではあるが、その本質は人を愛し慈しむ【慈愛の人】だと言えよう。

本人曰く「怒るのは苦手なんですよ~。どうせならいつも笑って過ごせる方が楽しいじゃないですかぁ?」と困ったように頬に手を当てて言うだろうが。

 

そんな彼女が大塚小白と出会ったのは、十三歳の頃だ。少女がその時まだ六歳でありながら優秀であったが為に極めて異例の齢一桁での初任務を熟してからだった。

 

何故、此処まで鴨居小暮という人物の事を説明をしているのかと言えば、大塚小白にとって鴨居小暮という人間は文字通りの()()()()()()()()()()()だからであり、運命の人なのだ。

彼女の存在の是非によって大塚小白の境遇は酷く悲惨で残酷な末路を辿るのだ。

 


 

──私には夢がある。

 

《妖滅師》たちを癒し救う事を生業にし、誇りとする《鴨居家》に生まれながら霊力に乏しく癒しの力を発現出来なかった鴨居小暮という私が初めてあの女の子に出会ったのは今から十年前の事だ。

《鴨居家》に仕える医療の術を扱う父の部下の中には私を"出来損ない"と陰ながら蔑まれる事も多かった。それでも家族の仲はとても良好だったのは不幸中の幸いだったと思う。私にとって父と母はとても良く出来た人たちで心から尊敬出来る人たちだ。

 

私自身、前線に出て戦う事も出来ず、さりとて後方支援として癒し救うことも出来ない事を申し訳なく思うことはあったが、実を言うとそこまで気にしたことが無かったのだ。

 

両親がその事に胸を痛めていたのは心苦しかったけれど。

 

それでも沢山の愛情を注いでくれていたと理解している。だから母のお腹の中にいる新しい命──私の妹が産まれたら、両親から注いで貰った愛情を妹にも注いで愛してあげよう。と暢気に考えていたのだ。

 

けれど現実は残酷だった。子供とは両親が居て、庇護され、沢山の愛情を与えられて育つのだと思っていた。

私がそうだったし、何より四年前に産まれた妹へ私も沢山の愛情を注いで可愛がっていたからだ。

 

──でも、彼女は違った。

独りぼっちだったのだ。文字通り頼りになる身寄りも居らず庇護するはずの親も居ない天涯孤独。

いや、奪われたのだ。彼女を護り、胸に抱いて愛情を注ぐべき両親を。

あまりにもあの子の両親の死因が雑すぎる。私も数回しか会ったことしか無かったけど、簡単に殺される様な方々じゃなかった筈だ。

 

いや、今は置いておこう。

初めて見た時には唯でさえ青白い顔を真っ白にして気を喪っている状態なのに震えていてか細く"お父さま、お母さま……"と呼び掛けていたのだ。

彼女が急患として鴨居家の病室に運び込まれてからは蜂の巣をつついたように慌ただしくなった。

 

気を喪失した原因は多大な精神的負荷による失神だ。

詳しく聞けば、あの子はまだ六歳で優秀な能力を示し、戦力と成り得ると判断されて人員不足を補うため。

古くから一度も断絶する事が無い純血の《妖滅師》として箔を付ける為に異例として齢一桁で初陣をさせた。らしい

そして任務の結果はあの子以外の人員の全滅。生き残ったのは彼女だけだ。

 

それを聞いた途端、私は強烈な怒りに身を焦がされた。いくら優秀だろうとまだ六歳の女の子に《妖滅師》の不倶戴天の敵である《妖魔》を討伐させるなんてどうかしている。狂っていると断言出来る。

 

きっと怖かっただろう。不安だっただろう。

それでも自分の役目を理解して必死に戦ったのだろう。

私に出来ない事をこんな小さな子供が為し遂げたのだ。尊敬する。よく頑張ったと褒めてあげたい。

だけどその分、心に大きな消えない傷を負ってしまった。

同行した人員は彼女を護りきったのだ。自分の為に命を捨てる事を意図していないとしても強要しなければならなかったのだ。

そうして生き残って帰ってみれば、何者かに親が殺害されていた。

 

《大塚家》は代々、一人だけしか子供が生まれないらしい。

身寄りが居ればまだ良かった。良くはないけどまだマシな状況だろう。

けど、一人だけの現状が今なのだ。

病室のベッドに魘されて眠る彼女を眺める事しか出来ないのが悔しい。

 

「いかないで……お父さま、お母さま」

 

その言葉が聞こえた瞬間虚空に伸ばされていた彼女の小さな手を握っていた。無意識なのだろう。私の手を黄色くなる位に強く握ってくる。

 

「大丈夫だよ。私が傍に居るからね……」

 

しばらく握っていてあげると、寝顔は安らかになって握られた手の力が抜けていく。その顔を見てから掛けてある布団を肩まで被せる。

 

椅子から立ち上がって病室から出る前にもう一度女の子の顔を眺めてから覚悟を決めた。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう決めると私は大塚邸の惨状の後始末の対応に忙しいだろう両親の元へと向かうことにした。

 

慌ただしい中で両親は私の話をちゃんと聞いてくれた。

私がすべき事。私の目的。私のようやく理解した生まれた事の意味と理由を。

 

「話は分かったが、お前はまだ十三歳の小娘だ。そんなお前が六歳の少女の責任を預かると言うのか?」

 

最もだろう。これまで何の不自由もなく育って来た世間知らずの小娘だ。他人の命と大きな責任を背負うのは並大抵のモノじゃないし、大人の世界に踏み込むのは早すぎるだろう。

知るべき事も多くある。必要な知識も教養も嘗められない様な立ち振舞いも覚えないといけないだろう。

幸い料理するのは好きだったし、誰かのお世話をするのも大好きだ。そこにあの子を教え導くのに必要な教養が多く積み上がっただけだ。

 

沢山の障害や困難は待ち構えていて立ち塞がるのは目に見えてる。私が頑張ればいいだけならば簡単だ。全く苦じゃないんだから。

 

けどいくら理屈を並べ立てても父も母も首を縦に振らない。私もそうだろうな。と頭の片隅で理解している。

理屈じゃない理由が必要なんだ。

 

「お父さん。お母さん。色々と理由を並べてるけど、一番の理由は()()()()()()()()()()()()()()()()()からなの」

 

ここで私があの子の傍に居なければ、きっと彼女は悲惨な末路を辿ることになる。という()()()()()

 

「医療を司り、癒し救う事を誇りとする《鴨居家》に生まれて、戦う力も、癒しの力も無い役立たずの私だけど、あの子を見てやっと私の生まれた事の意味と存在の理由を理解したんだ。()()()()()()()()()()()()()()()為に生まれたんだって」

 

だからお父さん、お母さん──

 

「──お願いします。私の生まれて初めての我儘の為に力を貸してください」

 

"二人に私が貰った愛情を注いで愛してあげたい"

 

きっとこれが私の運命なんだ。私の言葉を聞いた両親は二人だけで目を合わせると此方に向き直る。

 

「好きにしなさい。お前ならば《鴨居家》の名前も上手く使えるだろう。必要な手続きは我々でしておくから」

 

「いつでも頼るのよ。何があろうと、貴女は私達の大切な娘なんだからね」

 

そう言って両親は私を抱き締めてくれた。きっとこれが私が鴨居家の娘としての最後の時間になるだろう。私達はそれを言うまでもなく理解していた。

 

そうして三日後になってようやくあの子は目を覚ました。その時の顔は今でも忘れない。

普通に警戒される。当たり前だろうが、少し傷付く。

ベッドのすぐ傍でニコニコと微笑みながら座っている見知らぬ人間を不審な目で窺う怯えた無表情に近い顔。無意識に服を強く握り締める両手と僅かな身体の震えに()()()()()のだと安堵する。

 

けれど自分よりも七歳も年下の女の子のそんな様子に事前に考えていた挨拶の言葉が彼方に消え去った。それを噯にも出さないで笑顔の裏に隠す。

 

「──良いですか、小白お嬢様。これだけは憶えていてくださいね~。"笑える事は幸せだということです"」

 

唐突な頓珍漢な言葉に彼女は不可解そうに左右に首を傾げた。きっと頭の上にはクエスチョンマークが大量に浮かんでいるだろうな。と思いながら不謹慎にもその様子がとても可愛らしくてつい笑ってしまう。

 

「私は小白お嬢様の世話役となった鴨居小暮と申します。宜しくお願いいたしますね~」

 

今の私は全てが突貫工事の状態だ。これから大変な状況になるだろう。けどそれがなんだ。

 

──ねぇ、私。覚悟は出来てる?

 

──もう既に覚悟は完了してる。大丈夫だ、問題ない。

 

「さて、先ほどの言葉ですが、古来の偉い方が云いました。笑う門には福来る。と!良い言葉ですよねぇ~うふふ」

 

呆然と私を見上げる女の子を可愛いと思いながらも必死になって頭を動かして口を回す。

 

──此処が私の正念場だ!

 

「笑えることは幸せの証です。そうすれば不思議と幸福が舞い込んで来るんです。知ってますか?」

 

「私はお嬢様が笑って下さるなら、それだけで幸せになれて嬉しくて楽しくなって笑えてしまうんですよ~」

 

「だから、笑って下さいね。我慢しないで良いんです。思いっきり思う存分に吐露して良いんですよ」

 

黙って聞いていた女の子の宝石の様な瞳から大粒の雫がこぼれ落ちる。

(なく)しかけていた感情が表出した。もう少しだ。

 

「確かに我慢しなきゃいけない時もあります。でもそれは"いま"じゃないから」

 

こうして近付いても逃げないで私が抱き締めても嫌がらない。優しく抱擁するように小さな身体を懐に招き入れる。

 

「だから、良いんです。いまは疲れるまで泣いても。誰も怒らないよ。嫌な気持ちなんてしないよ。もしそんな人が居るなら、私がやっつけてあげちゃう」

 

──だからね。私が護るから、貴女は健やかに大きくなって欲しいんだ。

 

私だけの、私にしか出来ない大切なお役目。それが貴女の、大塚小白お嬢様の《世話役》だから。貴女の成長を見届けさせて下さい。

 

──私には夢がある。

いつか小白お嬢様の大切な人が出来て、その男性と結婚する白無垢に身を包んだ小白お嬢様のお姿を見届ける。

 

そんな私の大切な尊い夢だ。その為に徹底的に不要な腫瘍を切除した。小白お嬢様のお相手に相応しいと予感した男の子はとても利発的で聡明な子だ。彼なら小白お嬢様を幸せにしてくれる。

その時に私のお役目は一つの節目を迎える。その後はどうするか考えていないけれど、いつか小白お嬢様の子供を腕に抱いてみたいと夢想してみたりする。

 

──今日も一日が始まる。私の大切な小白お嬢様の為にも頑張ろう!

*1
その様、子を護る母の如し。あれこそ鬼子母神である。




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