白を染めるいろ   作:サルノトラ

3 / 11
僕にとっての彼女とは

僕には許嫁がいる。とっても綺麗で可愛い許嫁だ。

彼女の名前は大塚小白。年齢は十六歳で僕の一つ歳上の少女だ。

気の遠くなる程の昔から続く歴史ある名家の人間だ。多くの《妖滅師》の家系が《妖魔》との闘いにおいて断絶をしていく中で、唯一生き残り血を繋げてきた歴史ある由緒正しい名家だ。

 

かつて《妖滅師》の一族には二つの名の知れた一族が存在していた。

一つは《大塚家》。僕の許嫁である大塚さんの家系である。

《妖魔》との戦いは熾烈を極め、多くの《妖滅師》が喰われて犠牲になっている。その中に当時の一族の当主がいた事も多かった。その中で唯一連綿と現在まで続いている。これは凄まじい事だが、これには一つの訳がある。

《大塚家》は代々一人のみ子供が産まれ、その全てが例外なく女子だ。外に血を出すことで分散させずに優秀な胤を迎え入れてきた。永い時を掛けた乾坤一擲の手札とするために。

その結果、最高傑作ともいえる才能を宿した寵児が誕生したのだ。

 

そしてもう一つは《(なぎ)家》。この家系の直系は途絶えている。

かつて数百年前の昔に強力な力を持った《妖魔》を打倒、又は封印する為に一族総出で立ち向かって滅びたのだ。

彼らは元々戦闘に適した能力を持っていた訳ではなく、物造りに特化した一族だった。彼らは《妖滅師》が使用する武具や道具を作製していたのだ。

 

そんな彼らが件の《妖魔》を封印する為に使用した武器は《忌物(いぶつ)》として厳重に管理していたのだが、封印処置が長い時間によって綻びが発生していたのだ。放置していたら大変な事態となっていたけれど、それも大塚さんとその"幼馴染みである彼女"が二人で解決した。それについてはまた後程語る。

 

《梛家》の直系は滅びたが、傍流は途切れなかった。だが、一度表の人間として生きていた者達がすぐ《妖魔》との戦いの世界に馴染める訳でもなく数百年という年月を掛けて復帰を果たしたと言うわけだ。

そして何を隠そう。その傍流の血筋がこの僕、遠山透(とおやまとおる)の家である《遠山家》だ。

年月を掛けて足場を造り、固めてきたお陰でかつての《梛家》の繁栄には及ばないものの《妖滅師》たちの使用する武具や道具を作製し修理するという無くてはならない縁の下の力持ちという重要なポジションを確立した。

《遠山家》は手先が器用であり、何かしらの特殊な能力に目覚めやすいのだ。結果として、《梛家》に代わる《遠山家》は同じ立場の《鴨居家》とも治療に使用する器具を製作する関係で協力関係を結んでいたりもする。

 

その縁もあって、一番歳も近く特殊な能力に目覚める可能性が高いとして《大塚家》の姫君の大塚さんの許嫁候補として彼女の《世話役》を務める鴨居小暮さんに紹介されたのだ。

 

そうして引き合わされて彼女と出会ったのは、僕が六歳で彼女が七歳の時だ。あの時からもう少しで十年になるのか。彼女と出会ってから毎日が楽しいんだ。

 


 

大塚邸を囲うように等間隔で植えられた櫻が花を咲かせて花弁が舞うよく手入れの行き届いた庭園。その片隅に建てられた四阿(あずまや)で座って父親と一緒に相手を待っていた。

この四阿は事前に教えられた情報によると、これから顔を合わせる相手の女の子が好んでよく過ごす場所なんだとか。

確かに風通しは良くて、備え付けられた止り木に此方をじぃぃぃぃいっと"黒い燕"が留まっていて微笑ましくて、人差し指を差し出すと"触るんじゃねぇ!クソガキャァッ!"といった様子で容赦なく嘴で全力で残像を発生させる素早さで連続で強く突っつかれた。もしかして燕じゃなくて啄木鳥なのか?痛い。

 

緑も沢山あって視界にも優しい。

机の隅には小さな櫻の枝が生えていて、花を咲かせていた。何とも不思議な光景だが、気にしても仕方ないと隣に座る父親に話を振る為に顔を向けると驚愕して目を見開いた。

 

「と、父さん!?そんなに震えてどうしたの?着信があった携帯端末並みに震えてるよ?」

 

「ゑ?あ、あぁ、だだだだ大丈夫に決まってるるだろ。と、父さんはな。こういう所にく、くく来るのが慣れてなくてな」

 

ガタガタ震えていた。本当にマナーモードの携帯端末みたいに振動している。こんな父親を見るのが初めてで思わず声を上げてしまった。

普段はもっと落ち着いていて、理知的な技術者としての格好いい姿しか見てなかったから驚いたのだ。

 

「お、お前は父さんとは違って随分と落ち着いているなぁ……見習いたいくらいだよ」

 

「実感が無いだけだと思うんだ。まだ実際に会ったこともないし、今日がその顔合わせの日だから緊張よりも興味の方が強いかな」

 

尊敬する父親から見習いたいと言われた照れ隠しにそう返しながら目線を背けた先には先ほどの"黒い燕"がいた。

その燕は、他の小鳥の様に自由気ままに跳び跳ねることもなく翼を畳んで止り木の上から静かに僕と未だにマナーモードになっている父親を見つめていた。

 

それはまるで"()()()()()()()()()"かの様だ。

そこで違和感に気付いた僕はにらめっこするようにしてその黒い燕を観察する事にした。暇潰しとも言う。

 

注意深く観察すると普通の燕よりも大きいのが解る。ちょうど僕と同年代の女の子の両手を合わせたくらいの大きさで、此方を見つめる双眸には理性的な意志が宿っていた。

人馴れしているというよりも、人と居る為に存在している感じがした。

 

「ねぇ、君はもしかして《式神》かい?ここまで精密な《術式》を施されているなんて驚いたな」

 

興味をそそられた僕は思わず手を伸ばしていた。つい先ほど思いっきり嘴で突っつかれたのに忘れてしまっていたのだ。仕方ないと思うんだ。だって《式神》というモノはあくまで使役する主をサポートする為の道具であって、こんな風に判りやすく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてあり得ないのだ。興味を持つなというのが無理な話だろう。

もう少しで指が黒い燕に触れそうといった所で、()は嫌がる様に翼を羽ばたかせて飛び立った。

 

「──あっ」

 

「お待たせいたしましたぁ~」

 

飛び立った黒い燕を目で追い掛けていると、四阿の外から間延びした若い女性の声が聴こえて来て、視線を向ける。

動きやすさを重視しているが、誰が見ても最上の品と判る上品な着物姿のとても愛らしい顔立ちの人を安心させる木洩れ日の雰囲気の微笑んでいる女中と思しき女性がそこに居た。彼女は確か一ヶ月前に僕を品定めするかの様にお見合いの話を持ってきた人で、《大塚家》の姫君である大塚小白様の《世話役》を務めている鴨居小暮さんだった。

 

そして先ほど目で追い掛けていた黒い燕が上空から降りて来て、小暮さんの後ろに隠れるように僅かに顔を覗かせる美しい人形みたいな長い黒髪の綺麗な着物姿の女の子の肩に降り立った。

女の子は緊張しているのか宝石みたいな瞳の中に警戒と不信の色を窺わせ、無表情に近い強張った顔で強く小暮さんの服を握って顔の半分だけ見せて隠れている。

状況から察すると、この女の子が僕を許嫁候補としている相手なのだろう。

 

「折角来ていただいたというのに、此方の準備が手間取ってしまって本当に申し訳ありませんでしたぁ」

 

「あ、ああ、いえいえ!此方こそ緊張でてんやわんやでしたので、寧ろ助かったと言いますか……何はともあれ心の準備だけは出来たのは有難いです、はい」

 

その時僕は時間が止まったような感覚に襲われていた。すぐ傍で父親と小暮さんが会話しているのが聞こえるが、水の中に潜っているかのようにくぐもって何も聞き取れない。

 

目が離せなかったのだ。冗談とかじゃなくて、本当に。

 

綺麗だと思った。確かに彼女の容姿はとても整っていて美しい芸術品だと思える程に綺麗だけど、それよりも一番心が綺麗だと思えた。

目に見える訳でもないのにそう感じたのは僕が発現することになる《霊質》の片鱗が有ったからだろう。

 

例えるなら【雲一つない快晴の下、青い空を映す美しい水面の中の丘に大きな櫻の樹が生えていて、その根元に一人立っている。】

 

そんなイメージが脳裏に浮かんできたのだ。まぁ、こうしてあれこれ言ったけれど、要は一目惚れだ。

 

「あ、あの……ぼ、ぼぼ、僕は遠山家が長男、遠山透です。お、お名前をお聞きしても良いですか?」

 

「──っ!」

 

僕が名乗り、彼女に名前を訊ねるも嫌がったように小暮さんの背中に隠れてしまった。それにどうしていいか分からず困っていると、クスクスと笑う小暮さんの声が耳朶を擽る。

 

「もう、小白お嬢様。ご挨拶をされたらどうするか。ちゃんと教えましたよね?」

 

頑張りましょうねぇ~。と小暮さんが彼女の背中を押して僕の前に立たせる。彼女の肩に乗っている黒い燕が物凄い形相でメンチを切っているのはこの際触れないことにする。

そして彼女は僕の前に来ると、スンッと表情が抜け落ちて完全な無表情になった。

 

「…………わた、くしは大塚家の娘である大塚小白と申します。以後、お見知りおき下さいませ」

 

ピシリッと背筋を伸ばし指先まで意識が通っているみたいに身体の前で指を組んで見惚れる程に美しい所作で頭を下げた。そして頭を上げると、今度は確りと僕に眼を合わせて一呼吸。

 

「貴方の事は小暮から聞いております。失礼だとは思いましたが、先に観察をさせて頂きました。その結果、貴方はこれまでのわたくしの許嫁候補の方々よりも落ち着きがあり、無理にわたくしとの距離を詰めようとしないだろうと判断をしました。小暮からも相性は今までよりも遥かに良いだろうと紹介もされておりますが、これから貴方の為人を見てから最終的にどうするかを決めたいと思っております」

 

怒涛の勢いで言葉を浴びせられた。"拒絶したいけど、小暮さんの手前こうして会ってやってる。だから勘違いはするなよ。どうせお前も他の大人たちと同じなんだろ。"と、そう言われている気がした。

 

「えっと……うん。分かったよ。気を付ける」

 

「ですが、何故か貴方とならば良い関係を築けるとわたくしも思っております。だから──」

 

迷う様に視線を左右に迷わせてからまた僕を黒曜石のような瞳の中に捉える。

 

「──どうか、わたくしを独りにしないで欲しいのです

 

今でもこの言葉は強く記憶に残っている。こうして許嫁として関係が続いているのが結果だ。

僕はこの時の願いの言葉に()()があったんだ。何時かは知らないけれど、この言葉が現実になってしまうという強い予感が。

 

だから僕は誓いを込めて宣言したんだったかな。

 

「僕は君の隣に立つ為に頑張る。君を支え、一緒に居ることを誓うよ!」

 

強く思いを込めて叫んだのだ。その時、大塚さんはどんな風に受け取ったのかは分からない。だけど、悪くは思われなかったのは確かだろう。

 

その日から僕は必死に努力をしている。日々強くなる大塚さんの隣に立つ相手に相応しく成るように。僕の一方的な恋情であろうとも願われ、応えて願う。

 

あれからもうすぐ十年だ。早いモノだよね。え、その後はどうしたかって?彼女が使役する《式神》に対して僕が質問責めしたに決まってるだろ。

何せ"《式神》を使役するのが一人前"。と僕たちの界隈では常識なんだ。それを同年代の女の子が当たり前の様に使役しているんだから、疑問を解消するのが普通じゃないか。

 

僕にとっての大塚さんは、"初恋の相手であり、目標としている人"になるだろう。




topics:"白"の文字。
・"白"の文字が名前に入っている女性の《妖滅師》は我々にとっての毒である《妖魔》の《魔力》に染まりやすい。
完全に染まってしまった《妖滅師》を喰らうとその《妖魔》は力を増してより強力になる。
だから気を付けろ。彼女らを守りたいなら注意を払うんだ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。