「──まぁ、こんな感じかな。いやぁ当時の自分の考えをトレースするのは恥ずかしいな」
大塚邸の居間で許嫁である男の子、遠山透は照れくさそうに頭を掻いて微笑んでいる。居間のテーブルには湯気を立ち上らせるダージリンティーとそのお茶請けとしてショートケーキが出されている。
その話を聞いているのが、オレ達の通う学園の制服姿の黄金色の髪を背中まで伸ばした職人が丹精込めて作ったビスクドールみたいに端整な容姿の少女が紅い瞳を半眼にして呆れた様に溜め息を吐きながら優雅に茶器を持っていた。その所作はなんかこう、ものすごく綺麗で目が引き寄せられる。いつも手本にさせて貰ってる。ありがとな!
そんな彼女の名前は
「トレースと言ったって、当時六歳ではありませんの。そこまで理路整然とした考えを出来る訳ではありませんわ。己を美化するのはお止めになって下さいまし」
「分かりやすくしたまでさ。君が僕と大塚さんの出会いの話を聞きたいと言ったからだろ?」
「ええ、確かにワタクシが聞きたいとは言いましたわ。でもほら、あの娘って臆病で怖がりで、人見知りで人間不信も多少はあるじゃない。そんな相手に変な対応をしていないかと気になっていましたの」
余すこと無く赤裸々に語られる透視点の話にオレはどう反応すれば良いんだ。
と言うよりも、どうしてこんな事になってんだよ。
「それと寂しがり屋さんだよね。大塚さんはそこも可愛いんだけどさ。僕達の世代は大塚さんの《世話役》である小暮さんには全く頭が上がらないからなぁ。昔も今も逆らえないさ。何よりも"鬼子母神の七日七晩"とまで言われる程の粛清をした鴨居小暮という人物の恐ろしさは誰もが知っていたからね」
「さらっと惚気ないでくださる?透さん。貴方、よくあの小暮さんに認められましたわね。実は凄まじい幸運の持ち主ではなくて?」
事の始まりはオレが学園が終わり、帰るかぁと考えていたら学園の昇降口で透と遭遇してオレを邸まで送ると言って着いてきたからだ。送って貰ってそのまま別れるのが何か申し訳なく思ったオレが、透を引き留めて少し話をしようと誘ったのだ。
そうしてお茶請けをどうしようかなーとか考えていたら、突如として何かを察知したようで紋白が来訪してきた。
頭の中で種が割れてキュピーン!としたらしい紋白は居ても立ってもいられずに我が家に来たらしい。しかも急な来訪だと言うのにご丁寧に紅茶の茶葉とショートケーキを持参してまで来たのは良く気が回るよなぁと感心すらしていた。
それなら一緒にと言うことで、こうして居間で集まって会話を楽しんでいたのだが、徐に紋白がオレと透が許嫁なのだから二人だけの話題があるのかと訊ねた結果こうなったのだ。
ほぼ透が言った通りなのだが、そんな感じだったのかと新鮮な気持ちで聞いていた。ただ、何分オレは《世話役》として庇護してくれる小暮以外にも大きな後ろ楯を必要としていたから許嫁候補を見繕う必要があったのだ。
自分の状況も小暮が許嫁を探す理由も理解していたから不満もなかったし、何より小暮がオレの為に色々と動き回ってくれていたのも知ってたからそれが嬉しかったのもある。
小暮は毎日オレを可愛がって愛してくれてたし、毎朝オレの髪を梳いて"今日も可愛いですねぇ。小白お嬢様は世界で一番素敵な女の子ですねぇ~"と褒めてくれていたのだ。
そんなんされてたら、オレも自分で出来る事をするしかないだろう。
ただ、透とは個人的に"仲の良い友人関係"みたいに思っていたのだが、透はオレを初恋の相手だと思っていたのを初めて知ってちょっと動揺してる。
いや、嫌じゃないよ?その内透とは結婚して子供を拵えて産む予定だからさ。でも嫌じゃないけど、こう、自分の中に変な感じのモノがモヤモヤしてるんだ。
なんて表現すれば良いのか分からないけど、まぁ、悪いモノでは無いのは確かだ。
それもあってオレは二人の会話をテキトーに聞き流しながら黙って黙々とこの美味しいケーキをむしゃむしゃと貪っているのである。
「小白さんは何かありませんの?透さんとの思い出話とか」
「……このけぇきはとても美味しいです。紋白、何処で購入したのですか?」
急に話を振られたから今食べているケーキの事を言ってみた。すると紋白はオレに対して半眼で見つめるもすぐに仕方なさそうに苦笑した。
「そんなにそのショートケーキが気に入ってくれたなら良かったですわ。それはワタクシが手ずから作った物ですのよ」
「おや、意外にも器用なんだね?殴る蹴るの戦い方だから外面を取り繕っているのかと僕は思っていたよ」
「おォん?喧嘩売ってますのね?よろしい。二束三文で買い付けてやりますわよ?」
「喧嘩は駄目ですよぉ~?此処は小白お嬢様のお屋敷なのですから、暴れるのはいけませんよぉ~」
様子を見に来た小暮が居間の出入口からひょっこりと顔を出して微笑みながらそう注意をすると、透と紋白の二人は軍隊の様に即座に立ち上がり綺麗な敬礼をした。
「ももも、勿論ですわ!これはちょっとしたじゃれ合いでございますわ!ねぇ、透さん!?」
「そ、そうだよ!愛しの大塚さんの前でそんな醜い事をする訳ないじゃないですか、小暮さん!!」
「うふふ。それなら良いんですけどねぇ~。あ、お嬢様。今日はお野菜がとても安く手に入ったので、カレーを作りますねぇ~。透くんと紋白ちゃんも是非食べていって欲しいなぁ~」
すると二人が敬礼をしながら此方を見るので頷く
「小暮のかれぇはとても美味しいですから楽しみです。私もたまには透くんと紋白と共に夕食を楽しみたいと思っております」
オレの頷きを見た小暮は、"それでは後程~"と間延びした口調で調理をするために去って行った。
二人は緊張を解いて安堵の息を吐く。
「どんな察知のスキルですの??気配も音も無いとかメッチャ恐ぇですわ」
「今でもどうして僕があの小暮さんに大塚さんの許嫁として選ばれたのかを不思議に思うよ……」
まぁ、小暮だし。オレとしてはそれだけで説明が着くのである。
【鬼子母神】の鴨居小暮。それはオレにとって親であり姉であり保護者であり、何よりもこのオレを愛して成長を見届けてくれる尊敬する女性だ。
"あの時から十年"だ。オレだけだったら見るも無惨な状況になっていただろう。けどそうはならなかった。
全ては十三歳でオレと言う命の責任を背負ってくれた小暮が居たからこそだ。
大塚小白の《世話役》は皆が尊敬する凄い人なのである。
クソッ!あの小娘の力のせいで蓄えてきた残器が一つしか無ぇ。なんだあの能力は。いくら永い時を掛けて洗練されてきた霊力だとしても規格外にも程がある。過去に類を見ない程の才能を宿した最高傑作として献上される極上品の筈だ。
まさかその贄に消滅寸前まで追い詰められるとは思うまい。そのせいで俺の領域である《マヨヒガ》を発生させて休息することも出来やしない。
取り憑いた人間共に選択肢を提示し、俺の《マヨヒガ》に誘き寄せ、一番の障害となる小娘の親を殺させ、孤立させたまでは良かったが……その後が予想外だ。
まさか取るに足らないと思っていた女があの小娘の傍で本領を発揮するとは思わなかった。此方の手駒を全て軒並み潰し回り、排除されるとは想定外の連続だった。あの小娘の所に送り込む予定だった欲望にまみれた手駒をも失うとはな。
仕方なくあの小娘の後ろ楯を得る為に選定していた許嫁候補達の親の一人に取り憑いて襲って手篭めにする選択をさせた奴も背後から音も無く接近し、小刀で首を刺して一撃で意識を刈り取り、そのまま切り裂いて容赦なく殺すとは思わなかった。
あの女、本当に戦う力が無いのか?それにしては能力値がやけに高かったが。まさかそう言う《異能》持ちか?それによって補正が掛かり、あれだけの動きを可能としているのか……?だが、そんな《異能》を発現させるに足るならばとっくに俺たちの敵として戦いの場に出ている筈だ。
だが、まさかこれまでの世界において、ただの
ああ、腹が立つ!腹が立つ!!腸が煮え繰り返って仕方ない!!!何が《妖滅師》だ!!俺の餌の分際で!!!!
──復讐だ。復讐してやるぞ!!憶えていろ。必ず力を取り戻して喰らってやる。千年もの時間を掛けて造り上げた貴様らの極上の贄を情け容赦なくお前らの目の前で必ず喰らって俺の力としてやる!!
とは言え、だ。今の俺は力を失い弱っているのが現状だ。あの邸には櫻の木が囲い、《神域》として強力な結界が張られている。下手に侵入しようモノなら今の俺では結界に触れただけでも消滅するだろう。
あの忌々しい櫻が枯れればその限りでは無いがまぁ、無理だろう。あの櫻には《妖滅師》達が神社にて奉る巨大な櫻の樹からの力の供給をされているのだ。しかもその櫻との相性が最も良いのがあの小娘だ。そのせいであの櫻には季節なぞ関係なく一年中咲き誇っていることになる。それが忌々しい事この上ない。
そもそもあの結界は俺たち《妖魔》の侵入を防ぐ為の物だ。俺とは相性が悪いのは当たり前だ。
しかも腹立たしい事にあの櫻の枝を他の名有りの邸の敷地内にも枝分けしてやがるせいで俺の取れる手段も減らしやがった!くそがァ!!
今行動を起こそうにも俺には不可能だ。ならばそれが出来る奴に動いてもらえれば良い。
あの結界はただの人間には何の効果も及ばさないのは分かっている。ならば、簡単だ。
見繕う他ないだろう。だが、誰でも良い訳ではない。女では駄目だ。
前提条件として、俺の力は男に一番強く作用する。よって結果的にあの小娘と歳が違い男が対象だ。希望は多少なりでも霊力があって自己意思が余り無く、こちらの言うことを無条件に信じてくれる都合の良い存在だ。
現状あの小娘の一番近い位置に居るあの男が理想だが、残念な事に奴は意志が強すぎて駄目だ。下手をすれば此方を捕捉して殺しに来る。
理想ばかりを考えて嘆いても仕方ない。今は潜伏して力を蓄えながら新たな駒となる人間を探すしかねぇか。最悪人間に噛み付いて俺の力を流し込んで手駒を作り出す他ないだろう。
腹減ったなぁ……其処らの女を喰っても足しにもならねぇしなぁ……昔は俺の鱗が白いってんで、神の遣いとか言って喜んで傅いて巫女やら王族の姫やらを贄として差し出してくれてたんだがなぁ。時代の流れってのは残酷だぜ。
「蛇……?いや、でも白いし……アオダイショウかな?」
屈辱な思いを我慢しながら草むらに身を潜めていると、そんな声が俺の頭上から降ってきた。
見上げれば、屈んで草むらの中の俺を見下ろす特に特徴無い何処にでも居そうな雰囲気の男が居た。
俺の対して臆することなく平然と近寄ってくる男からはほんの僅かに霊力の残滓が感じられた。
恐らくだが、この男は野に下った《妖滅師》が世代を重ねた結果、殆ど何も残らないまでに血が薄まったのだろう。それに性格は温厚そうで、弱い相手を見捨てられない
着ている服装を見れば、あの小娘が通っている学園とかいう所の服装に似ていた。
──へぇ、神様って奴はどうやら俺を見捨てなかったって訳だ。此処まで都合が良い人間が現れるなんてな、ククッ!
俺は狙いをこの男に定めて身体を伸ばして飛び掛かった。
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topics:《世話役》
役職の名前だけなら大したことは無い存在だ。居ても居なくても状況は変わらない。
だけど、それが大塚小白に対して鴨居小暮という存在がするなら話は変わる。
有りとあらゆる障害や悪意から身を以て守り抜く母の様な強さを発揮して愛情を持って育て上げる。
それを彼女は十三歳の時にそうなると覚悟を決めたようだから、他の人間には真似できない偉業ではあるね。
よく言うだろう?"母は強し"って。
まぁ、彼女はまだ清い身体だけどね