白を染めるいろ   作:サルノトラ

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弌ノ白―(ゆき)之章―[彼女は漸く色を得る。]
自分が嫌いな白


階段を登る。石造りの長い階段を一歩一歩踏み締めるようにゆっくりと。右手には水の入れた水桶と柄杓を持ち、左手には線香とお花、そしてお供え物を入れた風呂敷を携えていた。

風に揺られさざめく木々の音、道端の草木の陰で鳴いている蛙や虫などの声を聴きながら登り続けると目的の場所が見えてくる。

名前の彫られた石が多く並び、その内の数個にはお花が供えられていた。

 

此処は墓地。一般人の立ち入りが禁止されている《妖滅師》の一族が眠っている安息の地だ。

この墓地は街の郊外の小高い山の中に在り、土地の管理を担っているのは《囲楼家》である。

《囲楼家》は土地の管理業務を担当しており、場所の閉鎖や物件などの不動産関連を一手に担う役目を持っているのだ。特殊な結界術によって、《忌物(いぶつ)》を封印している土地《禁足地》の管理が主な仕事である。

オレの邸やこの街の至る所にある櫻の配置などは事前に《囲楼家》が指定した位置に植えており、それに従って構築された強力な結界である《方陣結界》によって低級の《妖魔》は出現した瞬間に消滅し上級の《妖魔》は力を抑え込み、弱体化させる。

こうすることで《妖魔》が人の世である《常世》で好き勝手出来ない様に防いでいるのである。だからこそ《マヨヒガ》に奴らは引きこもって人を虎視眈々と狙っているのだが。

 

まぁ、話を戻そう。此処はその中でも一等地としてオレの家である《大塚家》の墓だ。そこからはこの街を一望出来てとても眺めが良いのだ。こんな場所で眠る事が出来るなら、死ぬのも悪くないんじゃないか。と思えてしまう。櫻の花が舞うのも風情があって良いものだ。

持ってきた荷物を置いて、簡単に墓石を掃除していく。二ヶ月に一度はこの景色を見るのも兼ねて尋ねているので、そこまで汚れていないのもあり手間は掛からない。持ってきたお花を活けて線香をあげると、自分で作って拵えたお萩をお供えして手を合わせた。

 

「お父さま、お母さま。御二人の娘である私は元気に生きております。頻度は高いかと思われますが、何分此処から望める景観が好きなのです。どうかこれからもこの場所からこの小白を見守ってくださりますよう御願い申し上げます」

 

数分だけ手を合わせてから道具とお供え物を回収して後片付けを済ませる。最後にもう一度街の景色を眺めてから風に揺れる長い黒髪を軽く整えて立ち去る事にした。

 

階段を降りて、密集するお墓の一つに女の子が両手を合わせて合掌しているのを発見した。

彼女はオレの通う学園の制服に身を包み、胸元を飾るリボンの色は中等部を示す茜色だった。緑色の髪を頭の後ろで結ってポニーテールにしている。そんな彼女は愁いを帯びた悲しげな雰囲気を纏い、手を合わせ俯いた顔から表情は見受けられない。何処か彼女からはオレの《世話役》を務める小暮と似ている顔立ちをしていた。

それもその筈で、彼女の名前は鴨居白癒(かものいしらゆき)。小暮の血の繋がった実妹である。歳は十四歳であり、医療を司り"癒し救うこと"を誇りとする《鴨居家》の跡取り娘である。

 

「──あ」

 

どうしようかなと一瞬考えていたら、顔を上げた彼女の白緑(びゃくろく)の瞳と目が合う。墓参りの邪魔するのもどうかと思ったので会釈をして去ろうとすると、ガタガタッ!と音を立てて片付けをしてオレの元へ駆け寄って来た。

その顔は先ほどまでの愁いを帯びた悲しげなモノは無く、晴々とした太陽に照らされた風にそよぐ草木を彷彿とさせる明るい笑みを"貼り付けて"いた。

 

「せんぱい!今日はお墓参りの日だったんですね!二ヶ月に一度とはいえマメですよね!」

 

「私の場合は、《大塚家》のお墓から見える景観を眺める為という理由もあります。あの場所ではお父さまとお母さまが一緒にあの眺めを見ていてくれるという感じがするのです」

 

並んで階段を降りて歩きながら会話をする。風が吹いて草木をさざめかせ、風に乗って櫻の花弁が舞って空に昇っていく。隣で喧しく矢継ぎ早に話題を繰り出して話す後輩の女の子は見ていて辛そうだった。

けれど、本人がそれを面に出して見せるのを良しとしないのであれば、オレはそれに何も言えないのだ。

こういう時、何も出来ない自分自身がやっぱり無力だなぁ。と無力感がオレを苛む。

 

空を見上げれば、もうすぐ太陽が沈み始める夕暮れとなる。これからは《妖魔》が活発に動き出す戦いの刻である《逢魔ヶ刻》が近い。

 


 

──あたしは自分が嫌いだ。

あたしの実家である《鴨居家》は"癒し救うこと"を誇りとする医療を司る家である。あたしもそれを誇りに思っている。

 

任務において傷付いた多くの《妖滅師》を癒して助けるのは大変だけど、実際に助けられれば良かったと思うし感謝をされることもあって嬉しくなる。

けどその分、命の終わりを目の当たりにする事もとても多い。

いや、"とても"ではないかな。"かなり"多いんだ。

 

医療の現場は命と触れる場所だ。傷付いた人間の悲鳴と呻き声、今にも事切れそうな息遣い。染み着いて消える事の無い血の臭い。溢れ出ている臓物なんてのは、日常茶飯事だ。

 

その中であたしは育った。それはあたしにとって"在って当たり前"の物で、存在しない事はあり得ない。きっと外の国でも《魔物》とか言う生き物がそこら辺を闊歩しているらしいからありふれた"日常"って奴なんだろうなって思う。まぁ、外の国に半年の短期留学していた囲楼先輩の抽象的な話だから知らないけど。

 

あたしはそんな環境において、《鴨居家》の必要としている素質を全て持ち合わせて生まれた。姉である小暮お姉ちゃんがそういった才能を全く持っていなかったから、周囲の──主にお父さんの部下の人たちは諸手を挙げて喜んでいたのを憶えている。お父さんは少しだけ悲しそうに申し訳なさそうに微笑んでいたけどね。お姉ちゃんはそんな事、全くこれっぽっちも気にしてなかったのにさ。

 

そうして必要な知識や発現した癒しの能力を訓練して伸ばして、実際に見習いとして七歳の頃からお父さんの手伝いをしながら傷付いた《妖滅師》の人たちを癒していった。この頃から十歳の初陣に向けた《妖滅師》としての心構えと戦い方等の準備をし始めていたんだ。

 

最初は良かった。軽い傷を治して、骨折などを治療して。人の命に関わる仕事は流石に遠ざけられていたから仕方ないのだろうけど、自分には才能があるって鼻が高く伸びていた頃だ。治した分だけ相手から褒められて感謝されていたんだから、そうなるのも当たり前だと思うんだ。そうやってあたしは着々と成功体験を積み上げていった。それは儚く簡単に崩れ去るんだけどね。あれだ、砂上の楼閣ってヤツ。

()()を経験したのは十歳になる一年前、あたしが九歳になった頃だ。この時からあたしは本格的にお父さんの後ろに着いて重症患者の治療に付き従う様になっていた。

 

「白癒、お前は一年後に《妖滅師》として戦いの場に出る。我々は本来、後方支援として待機し前線出ることはあまり無い。だが、お前には戦う為の才能もあるようだから、今の内から()()()と云うものに慣れておく必要がある。キツイし、辛いし、酷く重いモノだ。それでも父親としてお前ならば受け止められると信じている」

 

突然前を歩いていたお父さんが振り返ってあたしに目線を合わせて片膝を付いて真剣な眼で肩に手を置いて強く握る。その力が強くて──でも痛みを抑え込んでいるように感じられた。

 

「だから潰れるなよ。かのお方は六歳の身空で"それ"を体験している。それにお前は女の身だ。彼奴ら《妖魔》がどういった存在なのかを見せなければならん。この末路を知らなければお前にはまだ助かる()()()()()()()を癒し、救う事は出来ない。お前は《鴨居家》の当主であるこの儂の自慢の娘だ。気を強く持て」

 

そう言って、あたしの頭を撫でてから小部屋となっている《鴨居家》の病室の扉を開けて入っていく。ただその小部屋は重症患者と言うよりも、()()()()()()()()()人の為の部屋だったと気付いたのは後になってからだ。

 

「────えっ……」

 

そうしてお父さんに続いて入ってすぐにあたしは言葉を失った。部屋中に漂う鼻につく程の異臭と()()()()()()()()がこびり着いている女性だった。部屋には臭い消しの薬草をふんだんに使用しているのにそれを上回る程の臭いだ。いや、大量の臭い消しを使用してやっと部屋の外に臭いを漏れ出さないので精一杯なのだ。

鼻を押えて我慢して次に驚いたのは、被せられたシーツのお腹の部分がまるで空洞の様にへこんでいたことだ。その部分は流れた血によって赤く染まっていて、よく見ると女性の両足と右腕が存在していなかった。辛うじて繋がっているのは、ボロボロの左腕のみだった。それでも生きているのか、胸は穏やかに上下を繰り返している。

 

部屋の中にはお母さんが居て、涙を流さない様に我慢しながら女性の身体を綺麗にしている最中だった。

 

「連れて来たぞ。これから白癒に《妖魔》に囚われ穢された者の最後を見せる」

 

「……そうね。分かりました」

 

ただ困惑していた。いつもならお父さんが真っ先に状態を確認して治療の術を使うのに、今はそんな素振りすらなかった。お母さんもあたしを見て目を閉じて重苦しそうに頷いた。あたしはお父さんに背中を押されて穏やかな息をしている女性の傍に立たされる。

 

「お、お姉さん……大、丈夫……きっと、たすかる、から!助けるから!!だから!だから……目を開けて!!」

 

耐えられなくなったあたしは大声で女性の反応を待たずに被せられたシーツを剥ぎ取った。そして絶句した。

()()()()()()。何もそのお腹の中に内臓も女性になら必ずある筈の臓器も下腹部には存在していなかった。

 

「……ぅぁ……ぇ、なんで……」

 

思わず後ずさってお父さんとお母さんの顔を見上げると静かに頭を振った。そこで漸くあたしは現実を理解した。

 

"何れだけの才能があろうとも、助けられない命は存在する"ということを。

 

「…………ぃ、やだ……助ける……絶対に助けるんだから!!!!」

 

本能で、理性で理解していても認められなかった。能力があって、それを扱える才能があってもどうにも出来ない人もいるのだと認めたくなかったんだ。

 

当時の持ち得る全ての力と知識を総動員して治す為に力を術を行使していた。けれど、まぁ結果は変わらない。

 

泣きながら術を使っているあたしの頭に弱々しいボロボロの左手が乗せられて優しく撫でられた。

 

「……ありがとう。助けようとしてくれて……その気持ちだけでもう充分よ。貴女はとても優しい娘だね。……流石、あの小暮の妹なだけある、ね」

 

「……おね……ざん……やだ、やだよぉ……諦めちゃ、だめ……」

 

頭を撫でていた左手はあたしの泣き腫らした頬に触れて涙を掬う。今にも事切れそうなとても穏やかな表情に何も言えなかった。

 

「いいの……憶えていてね。《妖魔》に囚われた女はわたしの様になるから……油断したら駄目、だからね……わたしの分まで幸せに生きてね」

 

そっとシーツにしがみ着くあたしを後ろに押すとお母さんに抱き止められた。お父さんは女性に顔を近付けると最期の言葉を聞き出していた。

 

「これから《鴨居家》の眠らせる薬を投入するが、伝えるべき事は?」

 

「わたしを助け出してくれた長い黒髪の女の子に"ありがとう"って伝えて欲しい──あぁ、死にたくないなぁ」

 

それを最後に薬を左腕に投入された女性は眠る様に安らかな顔で全身の力が抜けていった。

 

「……白癒、これが我ら《鴨居家》の役目だ。可能な限り癒し助けられる様に努力はするが、どうにもならない時はある。不可能を覆す癒しの《霊質》が存在するならば希望はある。だが、《妖魔》とは我々人を喰らうのだ。身に刻め、魂に焼き付けろ」

 

辛かった。けど、お父さんの顔を見て何も言えなかった。あたしよりも遥かに長く癒して救って来て、それでも数多くの救えなかった人を背負っていたのだから。

あたしは泣きながら頷くしか無かった。

 

──あたしは自分が嫌いだ。

何れだけの能力があろうとも、何れだけの才能があろうとも、助けられない人は存在する。

十歳になり、《妖滅師》として戦いの場に出るようになってからはそれが更に強まった。無力感があたしを苛む。

 

けれどあたしは諦めない。いつか必ず誰かを死なせる事がなくなる様にと自分を削ってでも努力する。それがあたしが"癒し救うこと"を誇りとする《鴨居家》に生まれた意味だから。




topics:《忌物(いぶつ)
・かつて強力な力を持った《妖魔》や《堕人》を刀や太刀に作製途中に術式を刻んで造り上げた武器で刺し貫く事で封印をする一度限りの決戦武装だ。
ただ、適当に刺しても意味は無いんだ。《妖魔》の弱点となる部位に的確に刺し貫く必要があるんだ。
そうすれば刻まれた封印術式が発動して、相手を問答無用で封印が可能なんだ。
けど、この技術は最早ロストテクノロジーとなっている。理由としてはこれを造れるだけの技術力と資料が喪失しているからだね。
かつての《梛家》の滅亡と共に消え去っているよ。

因みにだけど、その《忌物》を所持している者は一名存在する。
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