シュリーマの夜明け( League of Legends二次創作) 作:Flowell
皇帝アジールは唐突に死の眠りから呼び起こされた。
彼の記憶は超越者になるため、太陽の円盤で超越の儀式を受けていたところで途切れていた。
シュリーマの砂漠を照らす極大の構造物、太陽の円盤。二つの柱に挟まれた、純金の円盤は支えもなく、浮遊している。
その規格外の巨大構造物は遠方からも見え、旅人曰く「シュリーマには太陽が二つある」と語られるほどであった。
その祝福を受け、定命の身を捨てて、人を超えた『超越者』として蘇る儀式。
腹心であり友、ゼラスと定命の身としての最後の抱擁を交わした。そしてアジールは参列していた宦官に奴隷解放の宣言を布告した。
「定命の身、最後の我が業として、シュリーマにおける奴隷の廃止を命ずる!何人であろうとも、この皇帝の下に奴隷を持つことを禁ずる!」
彼の業績の中に燦然と輝くであろう布告が終わった後、彼は誇らしげにゼラスに微笑んだ。対して、ゼラスは驚きに満ち、わなわなと震えていた。何かを恐れるかのように蒼白になっていくゼラスの表情は既にアジールには見えていなかった。
「これで余とそなたは真の兄弟、もはや我らの絆をさえぎるものは何もない。皇帝と奴隷ではなく、友と友として余に力を貸してくれ。」
「アジール、私は……」
ゼラスの呟きは祭壇に吹き付ける風によってかき消された。魔力によって轟轟と渦巻く風はどことなく不穏だった。
「太陽の円盤よ、余を祝福せよ!余は超越者として蘇り、シュリーマに繁栄をもたらす者なり!」
壇上に戻ったアジールは太陽の円盤から放たれる黄金の光に包まれた。
それと同時に彼は壇上から何者かによって突き落とされ、背中を刺された。何が起きたのか把握する間もなく、アジールは円盤からの光に焼き尽くされた。
蘇ってから初めに浮かんだのは、自ら亡き後のシュリーマのこと。皇位は誰に継がれたのだろうか。参列した宦官、万をも超えるシュリーマの民はどうなったのか。不安と焦燥は尽きない。
何より超越の儀によって身を滅ぼした皇帝だと民に思われるのは、誇り高い彼にとって耐えがたい苦痛だった。
「ゼラスよ…そなたはどう生きたのだ…」
虚空に問いかけても答えは返ってこない。
次に浮かんだのは自分の死後、ゼラスがどうなったかであった。奴隷解放など自分の死後の混乱で立ち消えになったに違いない。
いくら皇帝に取り立ててもらっていた男といえど、自分が死んでしまえば、奴隷として冷遇されてしまっていただろう。そのことを思うとやるせなさと悲しみが胸に満ちた。ゼラスは当代切っての魔術師であり、何千年も研鑽を積んだ超越者たちにも勝るとも劣らない魔術の腕を持っていた。攻城戦や、荒ぶる精霊の封印にその力を奮った。
彼の才気、魔術の腕を活かせる舞台は自分の死後にはあり得るはずもない。その後の彼が隠遁や帰郷して、平穏無事に過ごせたことをアジールは祈っていた。
皇帝としては貴重な人材を惜しみ、友として彼のその後を案じた。郷愁が彼の心を過ぎ去っていく。
そしてアジールは自分が死んでから、どれだけ経ったのか感覚的に理解した。少なくとも何千年も経っているであろう。もはやゼラスは既にこの世を去り、再会は二度とかなわない。
思考がはっきりしてきたところで彼は自分の肉体に意識が向いた。
今、彼の体は砂で構成された残骸のようなモノになっていた。五感も遠く、呼吸は浅い。
かろうじて人の形を押しとどめているだけの醜悪かつ無様な姿。
顔は凹凸に欠け、まるで風化した像のよう。装飾品や衣服などは生前のままであったが、煌びやかなそれも砂の人形が身に付けているのであれば、まるで虫の甲殻のようで、気品は感じるすべもなかった。
それでも皇帝としてのプライドが彼を奮起させる。真実を確かめ、シュリーマの皇帝へと再び戻り、この地を繁栄へと導く。それがなされるまで倒れるわけにはいかない。
権力欲と傲慢が彼の心の中に燻っていた。皇帝で在った時からの彼の悪癖は幸か不幸か彼を生かしてる要素の一つであった。
よろよろと這いずり、壁に寄りかかりながら彼はようやく起き上がった。周りを見渡すと、彼は驚愕した。
一人の娘が意識を失いつつ、うめいていた。アジールは知らないが、彼女の名はシヴィア。名の知れた砂漠の傭兵である。彼女は遺跡の調査を依頼された末、その依頼主に裏切られて、今ここに倒れている。
娘はこの地域特有の、鞣した革の防具に身を包んでいる。しかしその防具も攻撃を防げなかったのか、彼女の腹からはドクドクと血が流れていた。
「うぅ…カシオペアめ…ノクサスの犬がぁ…」
彼を一番、驚かせたのはその顔と娘が持っていたものであった。彼女の顔はアジールとの血のつながりを感じさせるほど似ていたからだ。また彼女から流れる血が太古の魔術のつながり、すなわち皇族としての血筋を感じさせた。
「娘よ…そち、いやそなたが当代の皇帝ではないのか…なぜこのようなところで倒れておる…?」
もう一つ、彼を驚かせたのは彼女が意識を失ってなお握っていた『十字型の剣』であった。それはチャリサーと呼ばれる武器だった。投げれば、数多の敵を引き裂き、振るえば、鋼であろうとも紙のごとく断ち切れる魔法の武器。
最初の超越者である、偉大なるセタカの振っていた得物。シュリーマの威光の象徴とも言える武器の輝きはアジールを圧倒した。
しかしアジールの心にあったのは、自分の子孫である娘が血にまみれ、倒れてることに対する義憤であった。
自らが皇子だった時は暗殺の危険こそはあったものの、何不自由なく暮らすことができた。
しかし彼女はどうだろうか。革の鎧に身を包み、生死を賭けた生業の末、砂塵の底で命が尽きようとしている。皇帝の血を引くものが受けてはいい仕打ちではない。
今を生きる子孫を助ける。その決意は彼を何よりも強くした。
全身に力を込めて立ち上がると、両手で娘を抱きかかえ、走り出した。
目指すのは、癒しの水を湛えた泉。その水につかれば、傷は癒される。そんな一縷の希望にアジールは望みを託した。
問題は彼女の命が尽きるまでに、アジールがそこにたどり着くことができるかであった。
歩くのでさえ困難だった彼の体にとって、人を持ち上げて走るという行為は論外である。それでも彼はその歩みを砂の上に刻んでいった。
既に死んだ自分が2度死んだところで変わるまい。しかし一度も死したことのない娘だけは助けなくてはならない。
「ハッ…ハッ…間に合ってくれ…いや余が絶対に間に合わせる!」
彼は少しずつ崩れていく砂の体にさらに鞭を打つかのように加速した。
崩れた柱を乗り越え、積もった砂を散らし、無人の住宅街を走った。彼の歩みを阻む障害物は、あまりにも多かった。
しかし彼は一心不乱に走った。そしてとうとう、泉に彼はたどり着いた。
たどり着いた泉は彼の記憶にあるものより、遥かに少なくなっていた。砂に埋もれ、金で装飾されていた外縁部は劣化し、くすんでいた。それでも泉から漏れ出る魔法の光は神秘的でゆらゆらと揺らめいている。
アジールは抱えていた娘を優しく水につけた。水に浸った彼の手はボロボロと崩れていく。彼の体も今までの負担に襲われ、末端から崩壊していった。
「冷たい…ここはどこ…?傷は…?ちょっと待って貴方、誰!?ぐッ…」
意識を取り戻したシヴィアは叫んだ。その叫びは彼女の傷に響いた。すぐさま癒しの水はシヴィアを優しく包み込み、その清浄さが彼女の中に浸み込んでいく。
その様子を見たアジールは微笑んで、彼女に声をかけた。
「我が名はアジール。シュリーマの皇帝であった者であり、そなたの祖先だ。」
彼は奇妙な確信と安堵をもって、再び言葉を紡いだ。彼は再び与えられた生を正しく使い切った。
「余はまた砂へと戻る。ただそなたを救えたこと、それだけで余は満足だ。」
アジールの体はどんどんと崩れていく。
「待ってくれ!なんで私を助けたんだ!何が欲しかったんだ!?」
「余はもはや過ぎ去った過去に過ぎぬ。今を生きるそなたの未来。それこそが余に、そしてシュリーマにとって唯一の希望、望みだ。」
混乱するシヴィアを前に、アジールは泰然自若と構えている。その精神は彼の人生の絶頂期と比べてなお誇り高く、尊いものであった。
「最後にそなたの名を教えて欲しい。このアジールの血を継ぎ、シュリーマの夜明けとなる者の。」
「私はシヴィア、この砂漠最高の傭兵。そしてこのブレードの主。」
その姿を見て、アジールは笑った。その笑いには嘲りなど欠片たりとも含まれていなかった。ただただ歓喜に満ち溢れていた。
「ハハハハハ!我が子孫こそが”雨をもたらす者”であったか…」
その言葉を最後にアジールは完全に崩れ去った。
「あなたが本当の皇帝だかわかんないけど、助けてくれてありがとう。」
と、シヴィアは一人寂しげに呟いた。消え去った皇帝や痛めども血が流れる様子のない傷。彼女にとっては謎ばかりだ。
「それにしても、もう少し説明してくれたっていいのに…」
彼女が愚痴を言った瞬間、地響きが鳴り響いた。恩知らずな彼女の言葉を聞いていた皇帝の怨念だろうかと、シヴィアは疑った。
しかしそんな陳腐なものではなかった。シヴィアの目の前の地面が渦巻き、金色に光りだしたのだ。
突如、砂の竜巻が巻き起こり、その中には人影が見えた。
「砂漠よ!これがそなたの意志か!余に3度生きよと言うのか!」
黄金の光が激しく、明滅する。竜巻の中から聞こえてきた声は、先ほど消えていったはずの皇帝の声であった。前の消え入るような声とは違い、嵐のように力強い声だった。
中に見える人物は先ほどまでいた砂人形ではない。頭部は金と宝石で作られたかのような鷹の形をしており、豪奢な衣は魔法の輝きを持ってひらひらと舞っている。
このシュリーマにおいて、そのような外見を持つのは『超越者』のみ。
皇帝は砂の身を捨て、鷹の超越者として精練されたのだ。
「シヴィアよ、余はそなたを助けたことにより砂漠の意志によって、3たび目の生を得た。余がこうして2度蘇ったのはそなたの血のおかげであり、余はそなたに礼を言わなければなるまい。」
超越者が目の前に復活したことに、シヴィアは恐れおののいた。伝説には「山を砕くほどの剛力を持ち、三日三晩戦い続けても衰えはない」と謳われている。もし皇帝が機嫌を損ね、襲ってきたらたまったものじゃない。
無礼がないように、水中から彼女はあわてて体を起こし、皇帝に向き直った。
「こちらこそ助けてくれて、ありがとうございました、皇帝陛下。」
彼女は普段の粗暴な口調を抑え、慎重に返事をした。
「そう畏まる必要はないぞシヴィアよ。しかし余は行かねばならぬ。シュリーマを我が手に取り戻すために。我が子孫よ、見るがいいシュリーマの夜明けを。」
そういうとアジールは浮遊し、遺跡の上部へと去っていった。
皇帝が去っていくのを見届けると、シヴィアは体に付いた水を振り払って、チャリサーを握った。そしてそのまま、遺跡の外に向かって走り出した。
外に出て、仲間と撤収できればもう安心だ。超越者が何をするか知らないが、私は私。そんなことは関係ない。
地上に上がったアジールは体に力がみなぎっていくのを感じた。自分の体の隅々まで太陽の力が流れ込み、それを使うのは息をするよりも簡単に思える。
彼は精神を整え、魔力を凝縮した。滅んだ都市を再び砂の下から興すための魔術を行使しようとしているのだ。
そうして集めた魔力を廃都全体に解き放つと、アジールの眼下には在りし日のシュリーマが蘇った。
崩れていた尖塔が修復されていき、乾いていた水路に水が戻っていく。そして砂に沈んでいた場所も浮かび上がり、都市の形を取り戻していった。
打ち砕かれて、地に伏していた太陽の円盤は元の力を取り戻し、空中に浮かび上がった。
彼によって起こされた風が砂塵を舞い上げ、その砂塵に煌めく陽光が写る。ゆっくりと上ってきた朝日は地上の火である太陽の円盤と共に輝く。
その光景だけは彼が定命の者で在った時から変わらぬ景色はそのままだったが、それを見つめるものは彼一人だった。
シヴィアは既にこの都市から抜け出し、自分の傭兵団と合流していた。その様子を超越者の鋭敏な感覚で察したアジールは呟いた。
「自由に生きるがいい。シュリーマの意志は余の意志。シュリーマはそなたを祝福している。」
皇帝からの激励は夜明けの空に溶けていった。