シュリーマの夜明け( League of Legends二次創作) 作:Flowell
皇帝の復活より数刻前、シヴィアの血によって復活したのはアジールだけではなかった。古き血脈の魔法は、歴代皇帝の陵墓の封を解き放った。
そこには、超越者である将軍レネクトンが兄であるナサスの助けを借りて、諸共封印した魔神がいた。
魔神の名はゼラス。かつて皇帝アジールに使えた奴隷であり、彼を裏切り、超越者となった者だ。
「封が解けたのか…?」
ゼラスの視覚はこの暗闇にないはずの光を見て、呟いた。
石棺の中で休めていた体を起こすと、彼は宙に浮き上がり周りを見渡した。陵墓にあった強靭な魔力は消え失せ、扉も頑強さを失っている。
「クハハハハハ!素晴らしい!ついに我が力を万全に振るうことができるわ!!これでシュリーマをついに我が手に収めることができる!」
彼は哄笑しながら、魔力を解き放った。彼から湧き出た蒼色の雷は数千年の間、傷つくことのなかった霊廟の像や装飾を破壊していく。像についていた金銀の装飾は帯電し、バチバチと音をたて、宝石やガラス細工は粉々になった。
「ゼラス、バカ騒ぎしてどうしたんだ。とうとうこの暗闇の中で頭がイカレちまったのか?」
ゼラスの後ろからしゃがれた声が聞こえた。口調は粗暴で大声だが、その声には諦念が滲んでいた。それが聞こえたゼラスは、嘲りの感情を隠しつつ、猫撫で声で後ろの男に喋りかけた。
「おお、わが友レネクトンよ。朗報だ。ついに忌々しき石棺の封が解けた。これで我らは晴れて自由の身だ。君も兄への復讐を果たすことができるとも!」
その言葉を聞いて、レネクトンは急いで立ち上がった。
「なんだと!?ついに来たかこの時が!これで、裏切り者のナサスの首に俺の刃を突きつけることができる!アイツの血を啜り、臓腑を砂にばらまいてやる!」
語気荒く叫ぶレネクトンの体はゼラスとは対照的に輝きを失っていた。纏った鎧は輝きを失い、動きは弱弱しい。しかし目は執念にぎらついていて、焦点があっていなかった。彼の最大の特徴は頭部が鰐で、体は鱗でおおわれていることだろう。その鱗も鎧と同じようにくすみ、牙と目は濁り切っていた。
レネクトンは扉に向かって走ると、手に持っていた刃を叩きつけた。ギシギシと扉が鳴る。滑らかな花崗岩で作られていた表面には大きな傷がついた。体は衰えつつも、その一撃は歪むことのない綺麗な太刀筋を見せた。
「オラァアアアアアア!!!砕けやがれ!!!」
レネクトンはもう一度、錆びついた体に気合を入れると、扉をもう一度切りつけた。扉は中心から大きなヒビが入り、崩れた。崩れた先は砂が積もり、古びた通路になっていた。
「待っていろよ、ナサス!!お前が生きている限り、俺の復讐が終わることはねぇ!必ず見つけ出してやる…!」
一人で怒鳴り散らしながら、通路を駆け上がっていく。そこには比類なき大将軍として称えられた超越者はおらず、見当違いの復讐に酔う哀れな猛獣の姿があった。
「バッカイだ!逃げろ!」
激走する彼の姿を見て怯えた一団があったが、それに目もくれず、レネクトンは遮二無二前進し続けた。
鍛え上げられた肉体は衰えこそあるものの、定命の人間では出せぬほどの速度をもって切り立った洞窟の崖を登攀した。
「この程度の封印、この程度の地形など俺の歩みを鈍らせるには足りねぇ!」
レネクトンは豪語しながら、愛用の斧を背に背負って、かぎ爪を壁に突き立てた。ガラガラと崩れていく岩を尻目に地上へと到達した。彼は数千年ぶりに見る夜空に感激していた。さえぎる物のない星光が暗闇に慣れた目を痛ませた。
「地上だ!!やっとだ!あのクソッタレの暗闇から抜け出して、俺は自由になった。あの囁きもナサスの野郎も全部ぶっ殺してやる!邪魔するやつも全部ぶっ壊してやる!」
レネクトンは暗闇の中、ゼラスと共に封じられていたことで正気を失っていた。同じ親から生まれたナサスを心から憎み、抹殺することを渇望するようになってしまっていた。
暗闇でレネクトンと戦い続ける中、ゼラスは少しずつ魔術を混ぜ込んだ話術で彼の精神を追い立てていった。ゼラスを封印する時に、レネクトンを犠牲にしたのはナサスの奸計であり、ナサスはレネクトンのことを疎ましく思っていたのだと。今頃、地上を歩いているハズのナサスは彼のことを嘲笑っているはずだと。
「おやおやレネクトン。お前の兄はこの薄暗い地下に寄ることすらせず、我と共に朽ちるに任せたようだな。お前は裏切られたんだよ。」
過去にその言葉を初めて受けた時、レネクトンは拒絶した。長き時に渡る兄への信頼を汚すゼラスが彼には許し難かった。激高し、手斧で切りつけるレネクトンをゼラスは嘲笑い続ける。
「戯言を言うなゼラス!ナサスがこの俺を裏切るはずがないだろう。俺の兄弟を侮辱するなよ!貴様こそ裏切りの誹りを受けるべきだ、薄汚い奴隷風情が!」
「奴隷風情だと!?我は意志持つ力なり!その言葉、後悔させてやるぞ!」
レネクトンに浴びせられた言葉に図星を突かれ、ゼラスは逆上し、さらなる雷を放った。
そうして時は流れ、陵墓の暗黒とゼラスの甘言はレネクトンの誇り高い精神を削っていった。時折、ゼラスのことも認識できなくなるくらい錯乱した彼の思考は濁り切っていた。
「暴れるがいいレネクトン!我の忠実な犬として、兄の首を獲れば誉めてやろうぞ。」
ゼラスは走り去っていくレネクトンの背を見送りながら呟いた。
今、ゼラスの中には野望が渦巻いていた。肉体にあふれる超越者の魔力を使い、全世界を支配するという大それた計画がふつふつと湧き上がっている。
神髄が統治するターゴン、三姉妹と半神によって導かれるフレヨルド、神秘溢れるアイオニア。全盛期のシュリーマでさえ征服しきれなかった土地を自分の手に収めるという考えは彼の力を示すのにぴったりだ。
「超越者無き砂漠などたやすいものよ。ましてや皇帝のいないシュリーマなど、我でなければ統治する気も起きない不毛の荒野に過ぎぬ。」
彼は一人ごちた後、言葉を区切り、無人の霊廟に呼びかけた。命無き軍勢を呼び起すために、魔術師は将軍さながらの声を張ったのだ。
「我が軍勢よ、目覚めよ。無尽の魔力によって動く石像どもよ!」
ギギギと不快な音を立てながら、ゼラスの周りにあった石像や精霊をかたどった棺桶の装飾が動き出した。目に彼の蒼い雷と同じ色をした光を宿しながら地面を踏みしめる。
「「「ウォオオオオオオオオオン!!!」」」
動くことができるようになった歓喜からか、石像たちは雄たけびを挙げた。その様子を満足げに見ていたゼラスは腕を振り、自分の忠実なる配下たちに前進するように指示をした。
4体の石像が霊廟の中央に据えてあった玉座を担ぎあげて、肩に担いだ。そしてゼラスは優美に腰掛け、進軍を始めた。
「どれ、地上の星でも見て、無聊を慰めるとするか。この暗闇との別れを祝し、我が力を解き放つのもいいな。」
上機嫌に先ほどから言葉を連ね続けるゼラスに対し、石像の一体が奏上をしようとした。
「ゼラス様、報告すべき事柄があります。」
水を刺されたゼラスは少し不快そうにその像に向き直ると、報告を聞くために玉座に深く背をもたれさせた。
「何事だ。我が56番目のしもべよ、奏上を許す。報告をするがよい。」
「はい、ゼラス様。先行していた我が隊のものより、結果が返ってきていました。現在、この陵墓周辺には瀕死の女戦士、およびその部下と思われる傭兵団。そして都市外周に盗賊かと思われる団体がいます。そやつらに関しては、どういたしましょうか。」
ゼラスはつまらなさそうに前を向くと、勅令を下した。
「傭兵団など捨て置け。定命の者が我に何をしたところで砂塵一粒ほどの影響を与えることすらできん。それにしても、瀕死だとは笑わせてくれる。ただでさえ短い命をお互いの争いによってさらに短くするか!」
上機嫌のゼラスは、周囲の人間どもを見逃すことに決めた。
「しもべども、これからは我のことは皇帝と呼べ。我こそ真の超越者。これより我はシュリーマ皇帝のゼラスである。我が覇道の礎となれる歓喜にむせぶがいい。」
「承知いたしました皇帝陛下。偉大なる皇帝陛下のしもべたちよ、皇帝への感謝と畏敬の念を叫べ!」
代表の指示に従い、ゼラスの軍団は皇帝に仕えるものとしてふさわしい偉容を持って、完全に同じタイミングで合唱した。
「「「皇帝陛下万歳!我ら一同、皇帝陛下の威光をこのルーンテラの全てに届けるため、覇道を作ることに全精力を傾けることを誓います!!!」」」
一糸乱れぬ大合唱は、全てゼラスの魔力によって行われているため、もはや一人芝居と変わらない。自分の言葉に対し、望むものを無機物に答えさせるという行為は、もしこの状況を見る者がいれば滑稽に思えただろう。しかしゼラスはしもべからの称賛に対して、非常に満足げな表情を浮かべる。自分に従う無敵の軍団は彼のあくなき支配欲を刺激したのだ。
軍勢は霊廟から地上への通路を埋め尽くし行軍する。ズシンズシンと大地を震わせる足音が世界をも砕くかのようだった。
とうとう地上に到達したゼラスは表面上、落ち着いていた。だが彼は期待と歓喜に震えていた。
「ついにこの時が来た!我が軍勢よ、北へと向かえ!滅びたシュリーマなど我が都市にはふさわしくはない、我が玉座と王宮を建てるにふさわしい都市を手に入れるぞ!」
彼の軍勢はますます速度を上げて、道行く者すべてを引き殺さんばかりの勢いを持っていた。そのまま無人の砂漠を進んでいくかと思われたが、彼の行く手をさえぎるものがいた。
簡素な衣を纏い、杖を持った人の群れであった。年齢、性別もバラバラで、シュリーマではあまり見かけないアイオニアの血が混ざっているであろう者も見えた。
「お待ちください強大な力を持ちし御方よ。願わくば私の言葉をお聞きください。」
先頭にいる老人が声を張り上げ、ゼラスを呼び止めた。目の前には動く死の軍勢がせまっているというのに、その集団は怯えながらも進路にとどまっていた。
「聞いてやろう定命の者よ。だが我は慈悲深くはない。つまらぬ戯言ならば、貴様の一団ごと今この場で我が雷霆によって塵にしてやろう。それこそが我が与える唯一の慈悲である。」
その言葉を聞いた老人は恐怖に体を震わせながら返答した。
「偉大なる御方よ。我らは砂漠の民の一族の一つです。今から1年ほど前にメイジである私が貴方様の復活を予言したのです。『絶大なる魔力を持つ超越者が復活する。数多の敵を打ち破り、再びシュリーマを統一に導く』と。ご尊名こそ寡聞にして存じあげませぬが、その魔力溢れる出で立ち、間違いなく復活した超越者様に違いありませぬ。」
話を聞いていたゼラスは老人からの称賛を聞くと気を良くした。それを顔の下に隠しつつも、彼は厳しく老人に言葉を与えた。
「我が名はゼラス、シュリーマの皇帝たる真の超越者なり。だが御託はいい。我の覇道は決められたこと、何人も阻むことはできぬ。老いた魔術師よ、我に何を望む?従属を誓うというのならば、然るべき代償と引き換えに、お前の部族を我が支配下においてやろう。」
老人はゼラスからの言葉に丁寧に返事をした。今のゼラスの見た目は人の形をした雷に石棺の欠片が纏わりついたような異形である。それを前にし、冷静に返事をする胆力は驚嘆に値するものであった。
「我が部族は貧相で、貴方様に献上できるに値するものはおおよそありませぬ。しかし我が部族の者は人よりも多くの魔力を持ち、古からの秘術を継承してきました。皇帝陛下の絶大なる力には及びませぬが、何かのお役に立てます。」
老人の言葉からは謙遜と同時に、部族の技を誇る意思が見え隠れした。皇帝の前でありながら、自らが継承してきた魔術を誇り、掲げたいという浅はかな顕示欲が湧いてしまったのだ。
そんな老人をゼラスは心の中で嘲笑う。ここにいる全員、古代のシュリーマにおける魔術師の足元にも及ばない。ましてや人間であった時の自分と比べてさえ、赤子のようなものであった。綿々と紡がれてきた魔術の技の欠片しか持っていないのに、何が役に立つと言うのか。
(皇帝たるもの、統治する民と礼賛がなければ、恥ずかしいものよ。ここはひとつ、難題を与え、覚悟を問うとしよう。もちろんそのあとは、我が力の前にひれ伏させてくれるわ)
「では貴様の両手両足を貰おう。そしてその代わり我が魔法で打ち直された手足と、我が支配下に加わる栄誉を与える。支配下に入った暁には、我に久遠の信仰と忠誠を捧げよ。」
言い終わるや否や、ゼラスは指先を老人に向け、雷を打ち放った。老人は言葉通り手足を焼かれ、地面に倒れて苦しんでいた。それにどよめく彼の部族たち。それを見たゼラスは笑いながら、魔術を行使した。
「ハハハハハ!苦痛は一瞬だ、我が魔術の粋を見るがいい。凝固せよ、魔力よ!」
そういうと彼の体から溢れる四本の蒼雷が固まって、段々と形を作り出した。ニ本は鋭い爪をを持った銀の腕となり、残り二本は滑らかで光沢を持つ金の脚となった。ゼラスはそれを操り、老人の手足のあった場所に接合した。
義足義手は瞬く間に絡みつき、老人の手足の代わりとなった。苦痛に苦しむ老人は接合の際も絶叫を上げ、のたうち回った。しかし数秒もすると痛みは去り、老人は自らの衰えていたものよりも、自由に動く義体に驚いた。
「あ、ありがとうございます、皇帝陛下。これから我らは…」
どもりながら喋りだした老人はゼラスにそれをさえぎられた。
「もうよい、言葉を連ねる必要などない。貴様とその部族はこれより文字通り我が手足となって働くのだ。手足に言葉は要らぬ。黙って、我が命に従い動くがいい。よってまずは我が軍勢に付き従え!」
老人は言われた通り、無言で会釈をした後、感謝と共に、彼の部族はゼラスの軍勢の後ろについた。しかしゼラスの行軍は早くついて行くには厳しいものがあった。
皆、必死に行軍について行こうとした。長である老人は義体を授かっており、以前より遥かに強靭で、元気だった。しかし他の者はシュリーマまでの長旅に疲れ果て、追いつくことすら精一杯であった。体が弱い者たちは当然、ついて行くことなどできずに置いていかれるいかれていった。
「お、置いて行かないでくれ…頼む、頼みます、皇帝陛下!」
「私からもどうかお願いします!」
先日、獣に爪を喰らわされ、足を悪くした青年とその母が必死に叫んだ。
「手足が皇帝に対し、不遜であるぞ!塵となるがいい!脆い血肉の塊めが!」
もちろんゼラスは先ほどの言葉通り、手足による反論を許さなかった。怒号と共に怒りの雷が降った。彼と母はその光が消えた後、跡形も残っていなかった。
歩いていた部族の人々はそれに恐れおののいた。自分たちが皇帝と擁した人物がこれほどまでに冷酷だと思っていなかったからだ。あまりにも一瞬で彼らが消えてしまったので、死んだとも気づいていなかった者もいた。
「では定命の者どもよ、再び歩き出せ!」
それからゼラスは行軍の足を緩めるようなことはしなかった。置いていかれる者は皆、強靭な手足を授かった老人を恨むかのように見ていた。もし自分がそれを下賜されれば、助かっていたと。
「許してくれ皆。私が間違っていたのだ。許してくれ…」
皇帝の復活を予言した老人は自分だけが助かっていることにひどく罪悪感を抱いていた。自分が間違っていた。自らの故郷を捨て、予言と浅はかな希望に縋った末、何人もが命を落とした。今、部族の皆は彼を恨んでいる。
彼の涙は止まらなかった。
現実は非情だ。この部族はこの先、ゼラスの暴政の中で命を落としていくだろう。それは砂漠で飢え死にすることや、獣に食われることと比べれば遥かに幸せなことだ。何しろゼラスの魔術にかかれば、死ぬことに気づくことさえなくこの世を去るのだから。
砂漠にはゼラスの上機嫌な哄笑が響いていた。