「お待たせ~」
「よし....みんな集まったね」
時刻は21:45、二日目の不思議解決に向けカラオケルームへ集まるいすとりチーム。
安心し切っていたところに近付いてくるこの時間。
怯える者とはどうにも目が合わなく、参加したくないのが目に見えていた。
ミツバはその様子を察して何とか鼓舞しようと図る。
「でも、やっぱり成功率は上げてかなくちゃいけない。リーダーに選ばれたらどうしようもないけど、出来るだけ戦力は高い方が良い...失敗したら元も子もないからね」
「となるとやっぱり.....言いづらいけど、刃牙くんには積極的に出てもらいたいわ。その方がみんなもきっと安心すると思うから」
「もとよりそのつもりだよ。気にしないでください」
「...ありがとう。じゃあそろそろ、マスを決めるわね」
デンモクを手にし、全員がそこに視線を集める。
いすとりチーム③、あやとりチーム④、すなとりチーム㉒、それぞれ○△□に分類されている。
全チーム意外にも順調に解決することが出来ていた。
「最初は全チームクリアか....」
「なら次はこことかどうですか~?」
「!....あ、あぁ、⑧(これ)?」
刃牙の腕に寄り付くことで自身の豊満な胸を主張する。
ギョッとする刃牙に艶やかに微笑むのは萌美だ。
そのあからさまな"アピール"にやえはムカッとさせるも何を言っていいかは分からなかった。
「別にいい.....よな?」
「多分何が出るかとかは完全に運だろうしな」
光圀と福満が腕を組みながら考えるも、特に問題は無いだろうと結論付く。
その反応に呼応するよう全員頷き、刃牙の指が⑧へと向かう。
『学校の裏番ッ!101匹のスズメ8』
『《リーダー 木村萌美》』
「ひっ!」
御札の数は5つ。
難易度的には以前より低そうだが油断は出来ない。
兎にも角にも、戦員決めが第一優先。
だったが、リーダーに選別された萌美が青冷めた顔で駄々こね始める。
「無理無理無理絶対ムリーー!!男子誰か変わってよぉーーーッ!!」
「む、無茶言うなアホッ!」
「萌美ちゃんはもう確定しちゃってるから....」
「じゃあ刃牙さんは絶対ついてきてくださいね?!じゃないと私行かなぁーい!」
「はいはい.....」
「わーい!」
さっきそう言ったじゃんか、と呆れた顔を浮かべるも萌美は打って変わった愛らしい笑顔を見せた。
何なんだと言いたくなるが、ここは堪えてあと一人のメンバーを探さなければならない。
「お、俺が行ってもいいか?」
「福満、大丈夫なの?」
「...あぁ。流石にリーダーに任せっきりじゃ、かっこつかないしな...ッ」
福満重里が震える体を押し切って立ち上がる。
三葉の心配の声もなんのその、福満は反骨心に燃えていた。
ビビってばっかの自分はもう嫌だと、嘗て不良だった時の戦闘意欲を思い出す。
「足引っ張らないようやるよ。よろしくなリーダー」
「刃牙でイイって....よろしく、福満」
「おう...!」
俺の名前覚えてる!───と嬉しみながらも小っ恥ずかしそうに握手を交わした福満。
今宵はこの布陣で不思議の解決へと向かう。
範馬刃牙、福満重里、木村萌美の三名だ。
「萌美頑張って!」
「福満も初参加なんだから気ぃつけろよ!」
「みんなファイトやで!」
全員からの激励をもって出陣とする。
BOXの出口扉を開いて、閉まった後は待機するしかない。
あちらの様子も確認することが出来ない待機組にとって、彼らが帰ってくるまでの時間は少しも落ち着けないものだった。
自分達の勝敗の運命も分かつことになるのだから。
「行っちゃったね...」
「信じて待つしかないわよ、やえ」
「うん、分かってる」
「大丈夫だって。刃牙先輩、最強だしさ」
彩也香の言葉は妙に現実味を帯びており、やえの不安は少し軽くなった。
だがその時、ふと足元がぐらついた。
「痛っ....」
「やえ!?大丈夫!?」
「う、うん...ウチ、脚が病気で....昨日ちょっと着地...ヘボったんよ」
「すみませんやえ先輩...私があんな提案したせいで...」
「いいのいいの!寧ろあんな美味しいところもらっちゃってラッキーだよ!」
「やえ先輩...」
彩也香の懸念を和らげる。
それが痩せ我慢であることは全員が察していた。
ミツバは悪化を恐れ、肩を貸して何とか立ち上がらせる。
「...部屋戻って、今日はもう休んで?」
「...うん。ありがとう、ミツバ」
「気にしないで。こう見えても私、生徒会長やってたの」
「!....ふふっ」
部屋のベッドに丁寧に寝かせ、二人は目を合わす。
何となく少しだけ、もう少し二人でいることにした。
「刃牙くんのこと好きでしょ」
「ブッッ.....はっえ!?」
「分かりやすいッたらありゃしないわ。バレないようにしてるせいで余計分かりやすい」
「いや、イヤイヤ、ナイナイ、ソレハナイ....」
「はいはい、乙女なのね」
汐らしく視線を逸らすやえに呆れたミツバ。
ただやえからすれば、否、ミツバからしてもソレは決して手放してはならない気持ち(想い出)だった。
「焦らすつもりは無いわ。ただ、なるべく早めに伝えておく方が貴女の為にもなるわ」
「!....そうかもしれない....けど...まだ...あの人のこと何も知らんしぃ....」
「ふふ、そう。で、どこら辺に惚れちゃったの?やっぱり筋肉?顔?」
「っ......ウチは....そーゆーの、よう分からんけど...」
「ただ....刃牙くんの"飛ぶ姿"が頭から離れなくて」
「最初は憧れだったけど、気付いたら...て感じかしら?」
「.......」
バサッと布団を上からかぶり顔を隠す。
どうしてそこまで認めたくないのだろう、一瞬そう考えたが何となく分かった気がした。
此処で出逢って、好きになった人を亡くした自分の気持ちに失礼だと思ったのだろう。
なんて優しい子なんだろう。
報われて欲しい、ミツバは心からそう思った。
「生きてここから出たら、沢山遊ぼう」
「そしたら貴女の痴話喧嘩でも聞かせてよ」
「....1個は約束出来ないけど、もう一個は必ず約束する」
「あはは!約束だよ、やえ」
「...うんっ」
小指と小指を交わせ唄う。
『指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボン呑ます』
『指切った』
誓いの唄、破ることなかれ。
此処に今、一つの"親友"が生まれた瞬間だった。
「─────ん....あ....ミツバ....?」
無意識に寝てしまっていたようだ。
立ちどころに目を覚ましたやえは目を擦りながら起き、辺りをきょろきょろと見渡した。
時計を見ると既に0時を過ぎていた。
焦りもそこそこに、一先ず喉が渇いていたためドリンクバーへと足を運んだ。
ガシャァッッ
コップを落とし、破片が散らばる。
全員が玄関前に立っていた。
重傷に塗れた瀕死状態の福満と萌美が糸の切れた人形のように倒れ込む。
一人だけ、足りなかった。
「刃牙くんは.....?」
「やえ.....」
「ごべッ.....やえちゃ....オレ、お、俺がぁ.....ッッ」
福満は何とか声を振り絞り、涙しながらそのまま意識を途絶えさせる。
全員が全員理解が追いつかずにいたが、最後に一言、萌美が虚ろな瞳で呟いた。
「ばきさ.....ん....死んじゃ、た....」
意識を引き取る萌美と、唖然のまま立ち尽くす皆々。
すぐさま南方と光圀が二人を介抱するが、場は凍りついていた。
ある者は果てのない後悔を、ある者は受け入れようとはせず、ある者は泣き崩れ、ある者は───その全てを抱いた。
「嘘や」
「やえ....っ」
「やえ先輩....」
やえは光の無い虚ろな目で扉を見た。
ドアノブを握り、外へ出ようとするが、ミツバに手を引かれ止められた。
「待ってやえッッ!今出たらルール違反で何が起きるか分からないわッッ」
「でもッ、まだ、まだ生きてるかもしれないッッ」
「やえ先輩.....」
「刃牙くんがこんな所で死ぬはずないッッ!刃牙くんが、刃牙くんは、絶対生きて帰って────あ」
福満は何かを握っていた。
血痕だけではなく、おびただしい攻撃を受けた跡がその学ランに刻まれていた。
手にすると、今さっきまで羽織っていた体温の温もりを感じた。
「あ"ぁッ、あ"ぁあぁああぁアァぁあ"ぁぁぁあアァ"あぁあ"ああ"ぁぁッッッ!!!!!」
やえは泣いた。
脚が病気になった時より泣いた。
どうして?
それが分かったのは、今この瞬間。
彼の事がこんなにも好きだったことに、いなくなってから気付いたから────。
制限時間5:00を過ぎても、扉が開かれることはなかった。
***
「何があったか、聞かせてくれるかしら」
翌日、夕方頃───意識が戻った萌美にミツバは問いかけた。
福満は損傷の大体が擦過傷、刃物傷といったものばかりであり、打撃痕のようなものは一切見当たらなかったが、右手の小指を第一関節まで切断するという重傷を負っていた。
萌美に至っても、横腹に深く切り込まれた重傷があり、意識がない隙にミツバが縫いつけ事なきを得たが、内臓まであとほんのわずかだった。
素人が策を講じて行った応急処置のため、完全ではないが、一先ず萌美は生きることが出来ていた。
萌美はその問いに、カタカタと震えながらも小さく答えた。
「順調だった....順調だったんですっ....でも、でも、あの時....ッ!」
それは昨夜に巻き戻る。
学校内へと進む辺りから、記憶を辿る。
「───暗ぁ....萌美怖い~~~!」
「うお....流石に夜の学校はちょっと怖ぇ...」
初参加の二人はあまりの雰囲気にドギマギさせるが、刃牙からすれば慣れたものだった。
「大丈夫だよ。中にいるの、お化けだけだし」
「「だから怖いんだよッッ」」
「すみません....」
相も変わらず叱られる刃牙。
しかしそんな余裕すら見せる彼の姿に福満は動揺していた。
校内へ足を踏み入れるが、恐怖を紛らわすために会話だけは途切れないようにした。
「なんでそんなに頑張れるんだ?」
「なんでって....そりゃあ生きるため....?」
「生きるため、か.....なら俺はばっちゃんの為だな」
「ばっちゃん?ふくみっちゃんおばあちゃん好きなの?」
「ふくみっ!?あ、お、おう。ちょっと恥ずかしいけど、ガキの頃からずっと一緒でよ。不良辞めれたのもばっちゃんが励ましてくれたからなんだ」
「生きて帰って、ばっちゃんのおにぎり食うまでは絶対死ねねぇ」
「そっか。萌美も...ママに会いたい」
「...誰かのため.....ね」
ならば俺は誰のために生きていこうと思うのだろう。
それは恐らく自分を大事に思ってくれている人の事を指すのだろうが、生憎そういった人の気持ちを察せる能力は乏しい。
親父は自分が死んだら悲しむのだろうか?
『敗れたのなら俺の血が薄かったということ。敗れた結果が死であるなら、それもまた奴の運命だったということだ』
何となく、そんなことを言いそうだが。
少しゃ悲しんでくれたりするのかな、そんな事を考える。
「刃牙さんは彼女とかいないんですか~?」
「え?あ、あー...俺は....」
バリンッッ
「「「!?」」」
廊下を歩んでいた時、野球ボール程のサイズの何かが窓を突き破って中に入ってきた。
目を凝らして良く見てみると、それはあまりに巨大化したスズメバチ。
バチィッッ
「「おわっ!?」」
猛スピードでこちらへと飛んでくる雀蜂の羽を捕らえる。
巨大化しているとはいえ、行動そのものは普通の雀蜂と大差───
ドヒュッッ
「!────なるほどねぇ....ッッ」
射出された巨大毒針を間一髪、髪の毛を通過して避けるも、冷や汗は止まらない。
羽をつまんだまま振ると、引きちぎれ床へ転がった。
迷うことなく踏み潰した時、雀蜂という超危険生物の習性を思い出す。
「みんなッ....逃げた方が良い.....ッ」
「な、なんで...?」
「まさか....うそうそうそッ!!?」
何かを察した萌美は咄嗟にアイテム『マント』を羽織る。
7分間という限定付きだが透明になることが出来る万能具。
一人静かに消え去る萌美、そしてようやく何かを理解した福満は踵を返して全力で駆け出した。
ここは任せたと言わんばかりに、刃牙を後にした。
ババババババリンッッ
「ひぇ~~~~~~~~~ッッ.....」
雀蜂は殺された時、警報フェロモンを分泌させ周囲の仲間を誘き寄せる習性がある。
まさかとは思ったが、このサイズ、この凶暴性、そしてこの数は───あまりに予想外。
残り計100匹の雀蜂が、一斉に刃牙へと襲いかかる。
「(どうするッ!?逃げるッ!?しかしこれはッッ)」
あまりの量に面食らった刃牙はここで止まったことをやや後悔していた。
そんなことを考える暇もなく、まず迫り来るのは大量の"毒矢の嵐"。
躱し切れないのは一目瞭然───視線を教室へ。
バキャァッッ
飛び込んだ先は教室、ただこれは単なる時間稼ぎに過ぎないが、今際の際、死に際の集中力が彼の視界をスローモーションにさせた。
間髪入れずに自分の元へと飛び込んでくる雀蜂を、間合いに入った瞬間に削る。
毒針を既に放った雀蜂のすることは特攻、自慢の歯で肉を食い破るしかない。
毒針の再生には時間がかかるようだ。
バチィッッ
左の上段回し蹴りが円を描いて4匹打ち払う。
モタモタしていると猛攻が来るため移動しながら避け続ける。
『Float like a butterfly, sting like a bee』
蝶のように舞い蜂のように刺す。
これがまた理にかなっていた。
流石は全局面的戦法と言えよう───この数、このサイズ、この馬鹿げた戦力差を相手に彼は対応している。
避けきれず毒針が掠ることはあっても、牙では決して触れさせない。
こんな目に遭いながら、彼は数を減らしつつある。
「!」
気付けば目の前には分厚い壁が佇んでいた。
周囲に逃げ道が無いッ、何処だここはッ、場所の把握をしていなかったッッ───あらゆる考えが脳裏に浮かび上がる。
答えは体育館倉庫だった。
踵を返して構えを取り直す。
汗を拭き取った後、現れる数十匹以上の怪物。
アレをやるっきゃない、そう考えた刹那。
「こっちッッ」
「ッ!?」
何も無い所から、透明な何かに手を引かれ、何かを被らされる。
透明な何かは萌美、そして被らされたのは透明になるマントだった。
「しッ.....静かに」
「.....分かった」
幾ら透明になれるとはいえ、そこに実態は存在する。
雀蜂が少しでもそこに触れれば、居場所がバレる。
息を殺して漂う雀蜂が去るのを待つ。
「ブッ ブブッッ」
「ブブ.....ブ....」
「「「.......」」」
「.....行った、みたいです」
「助かったよ。ありがとう 萌美ちゃん」
「たまたまここに走ってきた刃牙さんを見たんです。ヤバそうだと思ってついてきてホント良かったぁ....しかも」
「?....えっ」
突然押し倒され、手首を捕まれ胸を揉ませられる。
あまりに唐突すぎて反応が出来なかった。
「どうですか?私結構自信あるんですよ....?」
「.....は?」
「シちゃいましょうよ♡全部忘れて、ね?」
バンッッ
「キャッッ」
萌美の体が浮き上がり、呆然としながらそのまま立つ。
え、なんで今浮いたの?
そんな疑問もままならず、既に移動しようとしていた刃牙がいた。
「バカなこと言ってないで、行くよ」
「....は~~い♡...あ、れっ」
萌美の足がカクっと崩れる。
確かに今自分は立っていたのに、いざ歩こうにも膝が嗤って動こうとしなかった。
極度の緊張のせいか、或いは恐怖心のせいか、いずれにしろ萌美をここから無理に移動させることは得策ではなかった。
「すみません...なんか、脚が言うこと.....」
「ここで待ってて。助けて貰った分、何とかする」
「待って!」
「ん?」
「えっと....一人は、怖いかも.....?」
「.....よし、ならこうしよう」
「へ?あっ?ちょっと待ってッ!?」
木村萌美という"武器"を背に。
範馬刃牙という"手脚"で扱う。
「しっかり掴まってな....落っこちても知らねぇぞ」
「うぅ~~~~~ッ、拒否権が無いぃぃぃぃッッ」
「ははっ───ヘイッッ」
「「「ブブッッッ」」」
雀蜂の集団を廊下で見つけた時、刃牙は声を張り上げる。
彼等は寸分待たずに方向転換させたが、動きが止まる。
何故なら居ないから。
声のした先には何もいなかった。
バチッッ
「「「ブッ!!?」」」
一匹の雀蜂が消えた。
そのカラクリ、言うまでもなく"透明化"。
萌美の羽織っていたマントを二人ごと被り、共に動いているのだ。
混乱極まれり。
雀蜂とて、見えぬモノには抗えぬ。
更にはソレがいつ来るかも分からぬモノとなれば、普段顔色にも見せない焦りが所作に出る。
逃げ惑う、しかし消え去ってゆく仲間達。
バチュッ
ベチッッ
ブチィッッ
「フゥ.....無事かい、萌美ちゃん」
「ぅう.....多分.....っ?」
「よし。もう少しだけ我慢してくれよ」
ベチャッ───返り血がマントに付いた時、雀蜂達は異変に気がついた。
空中で張り付く血、透明な何かはここに居ると単調な知能でも分かった。
しかしこう言った時には戦略家、それは彼等が普通の雀蜂でないからか『囲む』という選択肢を取った。
ゆっくり、ゆっくりと、透明な何かに近付く。
───そして今、飛び付いた。
ビタッッ
「「「!」」」
まるで縄に引かれた猛牛のように、空中停止した。
目を瞑っていた萌美はその光景を呆然と見つめていた。
雀蜂が空中で、ただこちらを見つめながら止まっている姿は印象的だった。
見つめられている本人、範馬刃牙はポカンとさせた後に、何かを理解したのか微笑んだ。
「ハチにも分かるもんなんだな。そこから少しでも動いたら俺の間合い(エリア)に入るってことが」
「流石は超危険生物....見切りが速いッッ」
ブァチィィッッ
萌美の目に何が起きたかを理解させる能力はなく、ただ分かるのは、自分に強い振動を与えずして、ものの一瞬にして自分達を囲んだ10匹程の雀蜂を屠り去った。
その時、萌美は静かに認識する。
『この人、速さが別次元だ』
自分が分かるのは精々、彼の手足に付いた血痕で"何かした"ということが分かる程度だった。
「すっごッ....ホントに全部倒しちゃった!」
「あぁ.....でもおかしいんだ」
「へ?おかしい?」
刃牙は自身の拳を見つめた、脚を見つめた。
「あと一つ、足りない」
「え?.....あっ、あれって....ふくみっちゃん?」
階段を下ってきた人影の正体は福満だった。
安心感に包まれた萌美は駆け足で彼の元へと向かったが、何か様子がおかしい。
と云うより、空気。
今の時間が不自然であることを、あらゆる情報から感じていたが、それが現実(リアル)さを帯びたのは、福満の体が雷によって明るみになった瞬間だった。
呼吸してるかすらも分からないほど、血塗れに傷ついた状態の福満が立っていた。
「おーーーい!ふくみっちゃ.....ん?」
「ふた....とも.....にげ、ろ".....ッ」
「チィッッ"!!!」
二度目の雷の時、"ソレ"が見えた。
福満と萌美の後ろに浮かぶ規格外の"ナニカ"。
今、刃牙の肉体が反射的に爆発。
脱力を極めた極意、ゴキブリダッシュの最高速で目的地まで飛んで二人をそこから退かす。
ついでタックルで敵を押し飛ばすプランだったが。
ジャクッッッ
「かひ...ゅ......?」
「ギっ.....!!!」
鋭利な"刃"が萌美の横腹を裂く。
そして福満の小指を切断し、痛みのあまり二人は地面へと転がった。
「あ、あ....ばき.....さ」
「ッ....リーダー....」
刃牙の腹に深々と突き刺さる"毒針"。
タックルに合わせられた毒針は想像以上の長さを誇り、およそ2メートルにも及ぶ。
太さこそ細いものの、肉体を貫通したそれは致命傷に近かった。
本体、もとい『女王蜂』の全長、3mを超える。
「邪ッッッ」
自ら引き抜き、致命傷を感じさせない動きで打ち放った飛び後ろ回し蹴りは女王蜂の顔面に深々とめり込んだ。
あまりの衝撃で壁を破壊し吹き飛んだ今、最後の猶予。
ズキンッッ
「ッッ!.....萌美ちゃん....横腹を、なんでもいい....何かで抑えて、この先にある保健室で包帯を、巻くんだ」
「福満は、小指を心臓より...上にして....保健室に着いたら、その小指を、氷漬けにして....もしかしたら、まだ接着出来るかもしれない....そしたら二人とも、絶対動かないで...」
「ばきさ....バキさんは、どうする、んですか....?」
「俺はいち早く、二人がBOXに帰れるよう...アイツを倒すよ」
「い、一緒に、逃げよ....っ?クリア、出来なくても、制限時間が過ぎればっ....ひゅ....ぼ、BOXに、帰れる....!」
「あと5時間以上だぜ....それにもう、逃げられない」
「でも.....!!!」
「イイから.....早くッッ」
とんでもない羽音がこちらに近付いてきているのが分かる。
今すぐにでも逃げなければ、全滅は必至。
溢れ出る激情を押さえつけ、この英雄を、この勇者を愚弄することは出来ず、二人は何とか力を振り絞り膝に力を込めた。
互いの肩を貸し、保健室へと歩を進める。
「ごめん....なさいぃ"....ッッ」
「すまねぇ、すまねぇ、すまねぇ」
その無情さに、その酷さに、二人は涙を抑えることが出来なかった。
自分の弱さに、絶望を感じていた。
「へ....また、毒かよ.....」
毒に恨まれでもしたか、肉体が蝕まれてゆく感覚が嫌でも分かる。
だがまだ動ける、今この瞬間に決めるしかない。
「さぁて、行かなきゃなぁ.....怪獣退治」
「ブブブブブッッッ!!!」
人ならざるモノと闘って死ねるなら本望だ。
やり遂げることもやった、こんな特別な闘いで敗れるのなら、どんなに嬉しいやら楽しいやら......。
「─────あ.....ぅ.....い"ッ....た」
保健室で萌美と福満は指示通り、緊急治療を素人でありながら精一杯行った。
しかし中途半端な処置は血の流れを完璧に抑えることは出来ず、血を多く流してしまい意識が朦朧となる。
記憶も曖昧なまま、二人は一瞬にして無意識に気を失っていたのだ。
「いま、なんじ.....え、もう0時....?」
「ふくみっちゃん起きてっ....急がなきゃ....ッ」
「つ.....なにが、どうなった?」
「分からない....けどっ....きっと、刃牙さんが不思議を解決してくれた、はず....BOXに、戻らないと....!」
「分かったッ...く、そッ、全身いてぇ、小指もいてぇッ...けど」
横腹を深く抉られた萌美に立ち上がって歩く体力は無い、ならば自分が、まだ小指しか重傷のない自分が彼女を連れていかなければ。
腰を持ち上げ、萌美をおぶる。
行ける....歩ける......!
福満は一歩一歩踏み締めて、BOXへと向かう。
彼が不思議を解決したと信じて、扉が開くことを信じて進むしか無かった。
「お......お、おぉぉおおお.....っ」
血に塗れたボロボロの学ランが落ちていた。
そこら中に撒き散らされているどす黒い液体。
彼は自分たちにこう言った、BOXに帰らす、と。
彼はきっと自分たちが死ぬことを望まない。
BOXに帰れた時が、彼にとっての"勝利"であるはず。
「ずばねぇ....ずばね"ぇりーだー.....ッッ」
事実、最早福満にもう一人を背負う体力は無かった。
ただ気持ちを、英雄の形見をせめて手に取った。
***
「時間が...無かったんだッ....それに、リーダーの気持ちを無駄に出来なかった...ッッ」
「責めるつもりはねぇよ。ただ、これは痛ぇな....滅茶苦茶に」
福満の部屋では光圀が何が起きたかを聞いていた。
そして全てを理解し、陥るチームとしての窮地。
最戦力の一人を失い、チームの柱を失ったいすとりチームは壊滅状態となっていた。
『働き蜂が女王蜂を失った時、存在価値を失うように』
何をどうすべきか、分かってはいるものの分かろうとする気が起きなかった。
地上最強の男が負けたという現実を突きつけられ、不思議に誰が立ち向かえる?
常人ならまず無理だろう、それこそ自分の力量に大層自信のある猛者くらいのもの。
いすとりチームに予想だにしない、致命傷が与えられた。
「っ......」
ある者の扉の前に立つのは彩也香。
何十分も葛藤し、漸くの思いでノックをしようとした時だった。
「!....ミツバ」
「今は.....野暮だと思う....気持ちは分かるけど...」
「そんなこと分かってるよ....でもこんな時こそ声をかけてやるべきだと私は思う」
「...私は暫く、一人になりたかったわ」
「ッ.....クッソォォォッッ!!許せねぇッッ!!!」
「やえ先輩ッッ!!!勝手に仇討たせてもらいますからッッッ」
「仇....?」
「「っ!」」
扉が開き、出てきたやえの顔から感じた悪寒。
あの明るい表情も、あの無邪気な瞳も八重歯も、全てが氷のように冷たいものに変わっていた。
今までの"お転婆娘"とは全く異なる化けっぷりに打ち震える。
「仇も何も、刃牙くんは死んでないよ」
「「え....?」」
「あの二人がBOXに帰れたってことは不思議は刃牙くんが倒したってこと。それに二人は肝心の死体を見ていない」
「それは....」
「花子さんは言ってた。『不思議を解決するか、時間切れまでBOXに戻ることは出来ない』って」
「つまり時間切れになってもBOXには帰って来れる。まだ刃牙くんが死んだとは限らない」
「...仮にそうだったとしても、まだ帰ってこないのはどう説明するの?」
「......」
「やえ....辛いかもしれないけど、受け入れなきゃいけないこ───」
「うるさいッッッ!!!!」
いすとりBOX全域に広がった怒気は心做しか震度すら感じるほどに響き渡った。
間近で受け止めたミツバはそれでも尚、哀しみの表情を浮かべていた。
「ウチは可能性の話をしてるんや。死んだって決めつけてるのはソッチやないか」
「.......ごめん」
「あ、あの.....取り敢えず、落ち着きましょ。二人とも言ってることは正しいから...さ」
間に挟まれた彩也香は気まずさを抑えきれず仲裁を図る。
するとハッとしたやえの顔は一気におどおどとしたモノとなり、きゅっと口を結び自分の部屋へと戻って行ってしまった。
「あらら.....こりゃ本格的に、いすとりチームピンチだなぁ」
「.....」
ミツバは自分の言葉を恥じていた。
『やっぱり刃牙くんには積極的に出てもらいたいわ』
『辛いかもしれないけど、受け入れなきゃならないことがある』
こんなだから"同じ過ち"を繰り返す。
自分の無責任な一言で他人を、そして自分をも苦しめる。
自分が上になった気になって、指揮者になった気になって、嫌われ堕ちてゆく、失ってゆく。
此処でも、一緒か......。
「コラコラ。そんな顔しない!」
「彩也香.....私、どうしたらいいのかな」
「どうしたもこうしたも、やることは変わんないって.....練習しなきゃ」
「い、今はそんな場合じゃ」
「みんなそれぞれ思うことがあるのは当たり前。人の気持ちなんて簡単に変わらないんだからさ。今てきとうに考えた事を伝えても、私は良い方向に向くとは思えない」
「なら少しでも生きる為、強くならなくちゃ」
「......そうね」
「よし!ほらほら元気出して!"ハッピーエンド"目指して頑張ろ!」
「....うん」
***
「...とは言ったけどよォ...ホントにこのままおめおめとやられる訳ねぇだろう....」
勝負とは、何事も長引かせぬのが理想的。
最善の一手で効率良く、一撃で決め切る。
それが出来ない者が大半な故に、勝負とは面白いのだが、この勝負はこんな怪物相手に一秒も無駄には出来ない。
普通に考えれば無理なゲーム。
それを彼はいつものようにこなしていた。
ザワァァァッ
「ブッッ!」
1.3秒───男の異変を直ぐに感じ取った女王蜂は、自慢の毒針を心臓部へと走らせる。
1.5秒───透かした彼の体は最善の一手(中段回し蹴り)で女王蜂の下半身、及び毒袋に位置する部位を断ち切った。
2.0秒───毒々しい液体が溢れ出る最中、悶絶の叫びを上げながら巨大な牙で首を狙うが、男は突如目の前から姿を消した。
グリンッッッ
2.8秒───頸部に足をかけ、胡座の姿勢になり、頸部を回るように捻るその技の名を『転蓮華』。
廻り終えた時点の記録、ジャスト3秒(スリーセカンズ)。
頚椎が完璧に捻り折られた女王蜂には、最早いつ壊されたのかも理解する間もなく、肉体から魂を引き剥がされた。
高速で羽ばたく羽は途端に止まり、地面へ落下したのだった。
『ピンポンパンポーン。不思議番号⑧「学校の裏番ッ!101匹のスズメ8」いすとりBOX マス取り成功』
「はっ.....よっしゃあ.....」
役目は終えた。
これであの二人は無事にBOXに帰れるハズだ。
....お人好し過ぎる。
自分の命を投げ出してまで、人を助けて何の意味がある。
死んだ自分に残るのは、無だけだと言うのに。
俺はいつまで経っても弱いままだ───ネガティブな思考だけが妙にハッキリとしている。
「.....保健室に....」
ブシュッッッ
「ゲアぁッッッ」
嘔吐、吐血、血涙が流れ、全身が寒い。
柳龍光の毒手とは全く異なるこの毒質。
進む道にはおびただしい液体が撒き散らされ、人一人によって流れたものとは思えない惨状と化していた。
寒いのに熱く体温が気持ち悪く、学ランを脱ぎ捨て前のめりに倒れ伏す。
ドゥん、どぅん、とぅん.......心臓の音が弱々しく聞こえる。
「(静か......寒い.....寂しい.....)」
「(......独り.....意識が霞む......あぁ)」
「(これが死ぬってことかぁ........)」
突然、さっきまでの苦しみが消え、体が空気のように軽くなる。
でも動けないこの感覚はどこか不思議で、それでいて幸せのような快感を覚えた。
今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。
戦友、友人、親友、父親、お袋、ここで出逢った人々、そして愛人。
───やっぱり死ぬのは恐い。
「(会いたい......会いてぇよ......みんなに....少しだけでいいから、最期に.......)」
「(話したかったな................)」
「...............................」
「........................................」
永き夢を見ていたような気がした。
暗闇の中から、また暗闇が現れた時、そう思った。
「うわっ!?大丈夫ですかッッ!!??」
「はッ....山のような増帽筋にはち切れそうな大腿四頭筋ッッ!.....眼福過ぎてイッちゃいそう....♡」
「言ってる場合かッッ....といってもこれは....もう.....」
「廊下の血はまだ固まっていなかったから、そこまで時間は経っていないと思うわ」
「なら!」
「....でも心臓が止まってるわ。呼吸もしていない。期待させてしまったけど.....今さっき亡くなったようね」
「ッ......─────え、今手が」
「死後痙攣よ。あまり期待は....ちょっとひびき!?」
「生きてるかもしれないなら連れてくッッ。もう誰かが死ぬところは見たくないッッ!!」
「ひびき.....分かった。手伝うわ」
「サンキュー朱美!!」
そんな声が聞こえたか、聞こえてないか────