あやとり試験───それは言わ猿による人間あやとりだった。
言葉を交わさず、人間同士結ばれた状態で指定の形を作るのが合格条件。
ディスコミュニケーションから導き出された方法は、ある男による圧倒的暴力だった。
腕力で人を投げ、気絶させ、引きずり、形を作る。
そうすることでしか不可能に思えた男は自分の罪悪感すらも封じ込めてそれを行使したのだ。
そして出来上がったのは、暴力が支配する完全な王様制度。
ある男による絶対的な暴力があやとりチームを牛耳っていたのだった。
「おっ!おつかれ~~ひびきちゃん♡朱美ちゃん♡」
「あ、どもでーす....」
その男こそが100kgを超える肥満男『原 海』。
張り付けられたゲス顔は自信の表れ。
闘うなんて怖くて出来なかった自分が、暴力が強いということに気付いた男の自惚れた姿である。
そして気が付く、二人が連れてきた謎の男の姿。
「で.....なにそれ??制服違くない?別のチーム?」
「あ、これは~....まだ生きてるかもしれないから、連れてきちゃって....」
「イヤイヤ、ダメって言うか死んでるでしょどう見ても!それに別のチームの人間生かそうとかどういうつもりなん!?」
「分かってるけど...そういう時は敵味方関係なく助けるのが、人間として当たり前なんじゃないんですかね」
「あ?」
原海がひびきという名の少女の前に立つ。
パンッ───平手で頬を叩き、煩い口を黙らせる。
「ひびきッ!」
「大丈夫大丈夫.....ねぇリーダー。じゃあどうすればいいのさ?」
「そんなん決まってんじゃん。汚い(ばっちぃ)のはポイだ♡」
ひびきが背負っている男の顔面に手を伸ばしたその時。
カタッ
突如、小さく震え出す。
苛立ちを感じた時のような震えは、次第に怒りを覚えた時のような震えになり、軈ては極寒の中に放り込まれたかのように痙攣し始めたのだ。
無論、困惑した原海は手を止めて周囲を見渡す。
「....え?」
自分の"下僕"達も同じように震えていたのだ。
震えていないのは目の前にいる少女二人と、背負われている男のみ。
「な、なんだこれ。急に体が....」
「お前もか?なんか震えるんだよな....」
「全員かよ....どうなってんだ?」
少女二人は何が起きてるのか全く理解が追いついていなかった。
まるで強大な何かに脅かされているようなその肉体反応。
ジム通いの二人はある程度肉体について知っていたが、このような現象は初めてだった。
ポカン、とさせていた二人だが、これはチャンスだと勇気を振り絞る。
「手当てが済んで意識が戻ったら帰ってもらうので!」
「あ、お、おいッ!原海様(リーダー)の許可は出てねぇぞ!!」
一気に自分の部屋に駆け込んで鍵を閉める。
これでもう邪魔者はいなくなった。
二人は深い溜息をつき、床に倒れ込む。
「危なかったぁ....!」
「ひびき、ほっぺた大丈夫?」
「平気だよ。それよりこの人をまず何とかしなきゃ....スッゲェ重い....ッッ」
床へそっと寝かせ、へこたれた顔で肩をぐるぐると回す。
彼女の名は『紗倉ひびき』
皇桜女学院の生徒で食べるのが大好きな黒ギャル風の元気っ娘。
肉のついた体型を気にしてとあるジムへ通っている普通の女子高生である。
応急処置は既に施したが完全ではない、そんな処置でありながら驚くことに、男の体は止血へと導いていたのだ。
「さっきまで血だらけだったのに!?」
「拭いたら綺麗になったわね...どういう体なのかしら♡」
「な、なぁ、さっきから息荒くない?」
「はぁ、いや、あまりにもこの殿方の筋肉が眼福過ぎて....ッ」
涎を垂らしかけている彼女の名は『奏流院朱美』
皇桜女学院の生徒で容姿端麗、才色兼備。
実家が趙が3つ付くほどの大金持ちで、とあるジムに通う普通とはかなりかけ離れた女子高生。
清楚な黒髪ロングとは裏腹に、欲情してしまうほどの筋肉フェチだった。
「デカさこそ街雄さんより劣るけど、確かにすごいな!」
「凄いなんてものじゃないわよひびき!これは恐らくオリンピック選手を軽々凌駕するほどの機能性を持つレベルの筋肉質よ!」
「ま、マジでッッ!?」
「この筋肉量でここまでスポーティに仕上げられるのは天才という他ないわ。質ならもしかしたら街雄さんを凌ぐかもしれないわね....」
「はぇ~....世界って広いんだなぁ。因みにどんなスポーツやってるか分かる?当てるの得意だろ?」
「.......」
余すことなく刻まれた腕、拳、首元に至るまでの古傷。
普通の競技ではまずこうはならない。
敢えて言うのなら、普通の世界で生きていればまず有り得ない肉体だった。
言うなれば、言うなればこれは。
「グラップラー(格闘士).....」
「?....空手家とか、武闘家とかでもなく....グラップラー?」
「.....ごめんなさい。私もよく分からないわ」
「朱美でも分からないのか。なんか私ら、とんでもない人拾っちゃったんじゃ....」
「かもしれないわね....味方であることを祈りましょ」
「だな....っと、お客さんかな」
聞き慣れたノック音に迷わず扉を開く。
眼鏡をかけた女性が不安そうな表情で立ち尽くしていた。
彼女の名は『柘植まさみ』通称つげちゃん。
強い訛りがコンプレックスだが、内気な性格と料理上手な側面は皆から好かれる存在だった。
将来の夢は国連の職員となり自身の言葉で世界を平和にするという壮大な夢を持っている。
「ふ、ふたりとも、でぇじょうぶか?」
「つげちゃんいらっしゃい。いや~案の定えらい目に遭っちゃいました!」
「まだ無事に終わった方だべ....それでその人は気を失ってるのが?」
「....出来る限りの事はしましたが、心臓は止まったままで呼吸も....」
「生きてる.....のが?」
「一つだけ...そう思える事があります」
朱美は男の腹部を掌でそっと触れる。
「熱いんです。最初からずっと.....体が」
「熱い?.....ほ、ホントだべ。すんげぇ熱いべ」
「上手く言えないけれど...."必ず独力で乗り越えてみせる"という強い意思が、私には感じられます」
「ずっと戦ってるってことか....スゲェや、スゲェよほんと、かっこいいや」
ひびきは男の体を眺め、素直に感服していた。
生きることを諦めず闘う姿はかくも美しい。
「まだ一回も喋ってないけど分かる気がする。アンタがホントに凄い人なんだってことが」
「もし起きたらさ。教えてよ!そんな風に"痩せる"方法をさ」
無論、返事は返ってこない。
悪戯な笑みを作ったひびきは彼を丁寧に寝かせたまま、お風呂と歯磨きを済ませて眠りについた。
全員が眠りについた。
彼もまた、深い深い眠りについていた。
「────ここは.....はは、俺、ホントに死んだんだ」
扉があった。
真っ暗な空間にポツンと一つ、白い扉が佇んでいる。
自分の声が異様なほど響き渡り、自分以外に誰1人存在しないのが分かる。
この扉を進んだ先に、一体何が待っているのだろう。
良い気もするし、悪い気もする。
ただ不思議と怖くはなく、もう身を委ねてしまおうという感情の方が大きかった。
「.....あれ」
気付けばドアノブを引いていた。
しかし鍵がかかっていて開かなかった。
それでは何故このような?
確信にも似た憶測がある。
此処は狭間、そしてこの先は現世、新たな輪廻が始まるのだろう。
天国とか地獄とか、そんなメルヘンチックなものではなく、ただ単に次の生命として生まれ変わるのみ。
その道が閉ざされている。
つまりこれは、俺は。
『開かなかったか。その扉が』
「!.....神?」
『あぁ、そうだ。お前達の思う神とは違う神だが』
「はぁ...本当の神様、ほんとに」
白い人型の何かは神と名乗った。
神が扉をガチャガチャとさせるもソレは決して開こうとはしなかった。
開けられるのは自分だけなのだろうか。
『また私の一部を奪いおって。人間は欲深きことこの上ないな』
『時に命よ、何故私の一部を得ている?』
「いや...奪ったりとかはしてないと思うんですけど....」
『.....そうか。しかしそれもまた一興』
「あのぉ...話が見えないっていうか....」
『........』
白い光が奥から侵食してゆく。
神はその光に紛れて消えていってしまった。
『責務を果たせ』
その一言を置き去って、そこから先も前も、記憶がなかった。
***
3日目───時刻は21:50、時間が迫る。
あやとりチームは結集し、今夜の不思議に挑む準備を始めていた。
しかしおかしな事があった。
何故か解決していないマスが自分達のマスになっていた。
解決したマスは②と④、その間の③は確かいすとりチームのマスがあったはずだった。
間に挟んだマスが自陣の物となる。
その理屈は自ずと答えへと導き出される。
「オセロ....?」
「もしかしてこれ、リバーシルール....!?」
「おっ、てことはこれってラッキーなヤツ!?」
「てことですかね....」
「ほっほーい♪そういうことなら角取りゃこっちのもんでしょ!」
「あっ、ちょ、ちょっと待っ───」
原海は勝手に左下のマス㊸をタップし、止められず決定してしまう。
確かに角のマスを取れれば有利な事この上ないが、だからこそそのマスは危険なのではないか。
恐る恐るテレビに映し出される映像を見る。
『坤(ひつじざる)』
『リーダー《紗倉ひびき》』
御札数、過去最高の10枚に至る。
それ見た途端非難が飛びかねなかったが、大将は原海、そんな冒険が出来たらはなから反逆でもなんでもやっていた。
致し方なし、寧ろ解決出来りゃ超アドバンテージ。
ひびきは意気揚々と立ち上がり、武器である『巨大ハンマー』を手に取った。
「ちょっと不安だけど、やるだけやってみるよ!」
「私も行くわ」
「朱美、無理しなくてもいいんだぜ?」
「ひびきと一緒なら安心出来る。待っていた方が不安だもの」
「へへっ」
二人の勇気に感化され、何人かが立候補しようと立ち上がるも、ある一人の存在によって阻まれる。
「二人が行くならオレも行こっかなぁ~♪」
「あっ...お願いします、原海さん」
「こ、これなら今回の不思議も余裕だな~っ...!!」
完全なる『よいしょ』に原海は勘づき、一人の男の胸倉を憤怒の表情で掴みあげる。
最初から気に食わなかった。
自分が正しいはずなのに、みんな俺の事を嫌な顔で見やがる。
助けてやっただろ?
今日も俺のお陰で生きられてるだろ?
あらゆる疑問が彼を怒りに蝕んでゆく。
「うぜぇんだよテメェらッ!!どいつもこいつもてきとうこきやがってッッ!!」
「う、ウチらが悪かったべ!だから今は怒りを沈めてくれ!」
「ッ....なんで俺が悪いみたいになってんだよッ....クソがッッッ!!!」
「あ、おい!待てよ原海さん!」
「はぁ....先が思いやられるわ」
バタンッ───一人勝手に飛び出して行った原海を追いかけるひびきと朱美。
皆が大きな溜息をつく。
あんな昭和のガキ大将が、今の時代に合うはずがなかった。
「もう限界だ.....もうこの中でアイツにつけられた傷無いやついないだろッ!?」
「だからって言葉で解決出来るもんじゃないだろ....それこそ暴力でしか語れないんだからよ....」
「それに実際....原海がいなきゃあやとりの試験は厳しかった....なんつーか、むず痒いんだよな....」
「....元々は、優しい人だったんだ。でもあのあやとりの試験でおかしくなっちまったんだ」
「本当は、誰かを傷つけることなんか出来ない....臆病者(優しい人)なんだ」
柘植まさみは哀しい瞳で皆に伝えた。
そうは言ってもここ数日の暮らしぶりと来たら酷いもの。
そんな言葉を並べられても拭えないほどの憎しみがあやとりチームには生まれてしまっていた。
しかしなんだろう。
今夜は何かが違う気がする。
全チームが選択した不思議を柘植は確認する。
『いすとりチーム ⑮「無限階段」』
『あやとりチーム ㊸「坤」』
『すなとりチーム ⑦「艮」』
角の不思議が二つも選択されている。
柘植は嫌でも最悪の想定をしてしまう。
それを振り払い、無事に帰ってくることを祈った。
しかし違った。
何かが違う気がする。
その予感はこの不思議達が選ばれたことではない気がしたのだ。
何か、とてつもなく大きな何かを感じていた。
時限爆弾のような、不安な感情が脳裏に焼き付いて離れない。
「私(わだす).....何を感じとるんだ....?」
「.....へっ!!?」
自分の背後に男がいた。
それは昨夜二人が連れてきた男だということは一瞥で理解したが、まず先に頭に思い浮かんだ想像は。
これ(核爆弾)だった。
部屋内のメンバー全員がその存在に気が付き始め、そして結果は誰一人として身動き一つ取れなかった。
体の震えが止まらず、声をかけることも止めることも出来ない。
出口の扉を開き、ふとこちらに踵を返したその男は、大きく頭を下ろした後に消え去った───。
「あ.....ッ」
「い、行っちまったぜ...」
「え、なに、今の。えっどうなるのこれ」
「分からんべ....分からんが、何だかあの人.....悪い雰囲気はしなかったべ....」
柘植の感じた予感は鬼と出るか邪が出るか。
それが今夜、明かされる。
***
「なあ原海さん、もうこんなやり方じゃチームはまとめられないよ!」
「そうです。暴力は一時的な解決策にしかなり得ないわ」
「ッ....ッッ......ッッッ」
何故か分からなかった。
何故コイツらは自分の有難みに気が付かないのか。
暴力が、命を救ったんじゃねぇか。
そんな強い暴力を持っている自分に感謝しろよ、従えよ、"弱いから虐められるんだよッッ"。
過去の忌まわしき記憶が、より原海の精神を蝕んだ。
「───じゃあテメェらが全部やってみればいいじゃねぇか....ッ」
「づっ!!」
「おいッッ」
朱美の首を鷲掴んだ時、原海の手首もまたひびきが掴み取った。
原海の血管が浮き彫りになるが、原海は異変を感じ取る。
自分の力が───徐々に追い尽くされてゆく感覚。
「ぬおッ!?」
「もう我慢の限界だ。いっぺん痛い目見ろッッ」
ドゴッッッ
「うぼぉおおッッッ!!!」
ひびきの拳が柔らかな腹にめり込んでゆく。
衝撃は波となり、瞬時に型を変えて金槌となった。
壁に大きな穴と亀裂を作り、そのまま気を失った原海の眼は白く剥かれていた。
「ひ、ひびき.....ちょっとやりすぎじゃ...」
「.....いぃや。みんなに与えてきた暴力を私の一発でチャラにしてやるって言ってんだ。安いもんだよ」
何故彼女にこれほどまでのパワーがあるのか。
それは彼女の食事にこそあった。
食べるのが大好きな彼女は常人の何倍ものカロリーを摂取し、食べてきたエネルギーがそのまま肉体へと詰め込まれる特異体質持ちだった。
それに加えジムによる筋力増強によりその才能が開花した。
彼女が目指す『お姫様体型』は日に日に遠さがっていくが、代わりに彼女にはヘビー級ボクサーすら愕然とするパワーを与えたもうた。
それは嘗て筋肉の神とすら噂されるシルバーマンジムトレーナーを腕相撲で"一瞬本気"にさせるほどの。
「これで懲りてくれればいんだけどさ」
「それはそうだけど、今日は多分今までで最難関よ?この戦力減少はまずいんじゃないかしら....」
「......ま、まぁ、何とかな」
めぇ~~~
「......なんか聞こえた?」
「えぇ.....なにかしら」
めぇ~~~~~~~~~
その謎の声、音、何かは分からないが徐々に大きくなる。
耳を澄ますとそれは鮮明になってゆき───あ、そろそろちゃんと聞こえるぞ、とそう思ったその瞬間。
明ェェェエエエエエエッッッ
「「っ....?」」
バチュンッ───肉体が液体となり、その空間から二人は消え去った。
振り返った時、確かそこには羊のような何かがいて、大きく口を開いたのだ。
その中にある『陰陽玉』を見た時、二人の意識は遙か彼方へと飛ばされたのだ。
***
「やえっ!!ちょっと待って!!」
「やえ先輩!!!」
今夜のいすとりチーム出陣メンバーはやえ、ミツバ、彩也花となった。
誰の意見も耳を貸さず、やえは刃牙の学ランを身にまとい、BOXから飛び出して行ったのだ。
咄嗟に追いかけたのがミツバ、彩也香の二人だったという訳だ。
冷淡な眼差しで飛び出して行った彼女の真意を二人はとっくのとうに察していた。
「やえ先輩っ!バキ先輩を探したい気持ちは分かるけどっ、焦っちゃマズイですってッ」
「そうよやえ!まず不思議に集中しないとっ....!」
「分かってるッ.....だからさっさと解決したいんよッ」
やえの哀しみは苛立ちへと変換されていた。
あのバキくんが負けるはずない。
みんな同情してるけど本心はもうとっくに手遅れだって思ってる。
証明してやる───生きてたってことを証明してやるんだ。
「────!」
ガタンッ───階段を駆け上がり、次の階に踏み入れようとしたその直前、段が下った。
まるでエスカレーターのように階段が回転を始め、下の階へ引き戻される。
「!?.....みんな走ってッッ」
「うわッッ!」
下の階が無数の手によって埋め尽くされる。
自分達の足首を捕まえ、地獄へ引きずり下ろすという意思がひしひしと感じられた。
無限階段、いすとりチームが選択した不思議である。
しかし思ったより回転の速度は高くない。
一気に駆け上がれば問題ない───とは当然ならず。
「はっ、まじッ.....!?」
「ミツバしっかりッッ」
刹那、一気に回転速度がひき上がる。
突然の速度上昇にミツバの膝が混乱し、ガクッと段に突っかかる。
転びかけるミツバの手を取った彩也香は、持ち前の体力で一気に駆け上がる。
しかしたった今、自分は肉体的自負心に溺れていたことを知らしめられた。
「(やえ先輩ッ!?.....速いッッ)」
彼女は腐っても、否、今も尚短い時間であれば京都1位の三段跳び選手。
階段を駆け上る?
こんなこと、現役時代に幾らやったことか。
そしてこんなことを血が滲むほどやってきた。
たとえ運動神経抜群のボクサー少女だろうが、この手の競技は負けられない。
否、負けない。
「飛んだ......!」
諸刃の剣であった脚を、あんなにふんだんに扱っているやえの姿を初めて見た。
いつもは痛みに躊躇して無意識に守ってしまうやえが、今はなんの気迷いもなく酷使していた。
そしてやえは、今認識した。
階段を駆け上がり、自分の体が宙に浮かんだ時。
嗚呼、自分はまだほんの少しの間だけなら、誰にも負けない。
ガッッ
やえが彩也香の手を握り、引き上げる。
そして懐にあるアイテム『手榴弾』を取り出し、ピンを外し無数の手に向かい投げつけた。
ガシッ───不思議はキャッチし、地獄へと引き摺り下ろす。
バゴォォオオオオオッッッ
パラパラと舞う瓦礫、砂埃。
散り散りになった不思議を見下ろし、やえは呟く。
「これでいいよね....バキくん探しても」
「あ、あぁ.....はい....?」
「ちょっと待ってよやえ!アンタ焦りすぎよッ!」
ミツバはやえの前に立ち塞がる。
怪訝そうにミツバを見つめるやえに対し、ミツバは極めて真剣な視線でいた。
「やえの気持ちは痛いほど分かる。私も....同じ思いをしたから」
「でも、なんだか今のやえは...死に急いでるようにしか見えないわッ!」
「死に急いでる?.....死ぬ気なんてないよミツバ。ただ私はバキくんがまだ生きてるってことを証明したいだけだよ」
「それは私達だって同じよッ!まだ他の不思議がいる中で無闇に探すのは危険だって言ってるのッッ」
「今しか時間が無いんよ....ウチ一人で探しに行くから、二人は先にBOXに帰っててええよ」
「い、いやいや、それは流石に───」
パンッ
掌が頬を打つ音が廊下に響く。
唖然としたやえの目に、明確な怒りを秘めたミツバの表情があった。
「うっぅぅ......う"ぅッ」
頬をおさえ、溢れ出かけた涙を見せないよう、やえは思わずその場から逃げ出してしまった。
自分だって分かってると。
チームの意向に背いて士気を下げてることも、自分の願いなんて叶う訳が無いことも。
全ての非を受け止めて尚、やえは決して弱みを見せることが出来なかった。
大切な人を喪った哀しみに、負けたくなかったのだ。
「ミツバ.....」
「私....何してんだろ.....やえはただ、悲しんでいるだけなのに」
「.....とにかく、やえ先輩を追いかけないと。話はそれから───」
ドパンッッ
「「!?」」
背後からまるで水風船が弾けたような破裂音が響き渡る。
彩也香は振り向いた時、何故だが分からないが、そこから現れた二人の姿を見た瞬間に逃げ出したくなった。
しかしその気持ちを押し込め、その場に留まった。
「「あ"ぁあぁぁあぁぁぁあッッ!!!」」
「え、なに!?人!?大丈夫ッ?!」
突如頭を抱え、襲い来る頭痛に悶え苦しむ二人組。
状況に全く追いつけないミツバだが、彩也香は何故かおどおどとした、何をどうすればいいか分からない様子だった。
「彩也香、どうしたの?」
「あ、いや、えっと、なん、てゆうか.....」
「.....あや、か.....っ?」
「ッ頭が.....あ、彩也香?....彩也香!!!」
色黒の少女───紗倉ひびきが彩也香に抱きついた。
治りきらない頭痛よりも、積み上げてきた友情がひびきを突き動かした。
「「あの時は本っ当にごめんッッ」」
そして二人ともに告げたかった思いを告白する。
このまま離れ離れのまま、もしかしたらどちらかが険悪な仲のまま死んでしまうのかもしれなかった。
その不安が今、やっとのこと消え去り、二人の間にあった亀裂は瞬く間に元の形へと戻って行った。
「無事で良かったッ.....朱美もなッ!」
「えぇっ...彩也香なら大丈夫だと思ってたけど、やっぱり不安だったわ。本当に良かった....っ!」
「こっちのセリフだよッ、私っ、二人が死んじゃってたら、どうしようって、あのままっ....ぜんぶ、ぜんぶ私のせいだったのにッッ....!!!」
「もう気にすんなって彩也香!それにお前の言ってたこと、朱美も私も今じゃ納得させられてるんだよ」
「きっと、彩也香がこっちに来てたら、三人のうち誰か一人は多分...死んでたと思う」
「お前のこういう"戦闘センス"っていうの?ほんと、私らは疎いんだなぁって気付かされた」
「彩也香、私達を護ってくれてありがとう」
ひびきは泣きじゃくる彩也香の頭に手を置き、いつもの柔らかな笑みで伝えた。
そんなひびきの顔と言葉に彩也香は今まで留めていたものを全て吐き出した。
一夜だってまともな睡眠なんて取れやしない。
二人が生きていることを信じ、死んでいることを否定する毎日。
こんな残酷な渦中でも、一つでも救いがあったことに彩也香は心から嬉しんでいた。
もう死んだっていい、それくらい彩也香にとってこの二人は───物語の主役だったのだ。
「なんだか.....妬けちゃうなぁ」
ミツバは三人の熱い友情に羨ましさすら抱いた。
友情は一つ二つの喧嘩如きじゃ壊れるやわなものじゃない。
それを目の前で証明され、今度は自分の番だと固く意志(きめ)る。
やえにきちんと、面と向かって、謝らないと。
「さっ、そろそろやることをやりましょ!まず2人は何者で、何があったのか私に教えて!あと私はミツバ、よろしくね」
「あっ、ひびきっす!紗倉ひびきです!」
「私は奏流院朱美と申します。実は今....────」
朱美が何が起きたかを短く簡潔に説明し、ミツバと彩也香は聞き終えると同時に唾を飲み下した。
謎の怪物の口内にある陰陽玉のような紋様を見た瞬間、自分達の肉体は此処へ瞬間移動させられたこと。
その最中、謎の映像を見た後、想像を絶する頭痛に襲われたこと。
そしてあれは恐らく、自分達が選択した不思議『坤(ひつじざる)』
御札10枚の最難関であるということ。
全てを聞き、二人は苦悩した。
「謎の映像(ビジョン)を映す坤.....角のマスはやっぱりそう簡単には取らせてくれないみたいね」
「だね...リバーシルールがこうも厄介とはなぁ」
「なんかすみません....」
「え?なんで謝るの?」
「いやぁ~....いすとりチームのマスは奪うし、厄介な不思議は選んじゃうしで....あやとりチームろくなことしてねぇなってつい....」
「全然気にしなくていいのに。リバーシルールなんだから幾らでも逆転の目はあるわ」
「そーっすけど.....」
「....あなた見た目ギャルなのに、意外と真面目なのね」
「意外とってなんすかッッ」
軽い嘲笑を買うが、ひびきはそもそも論、ミツバ達が自分達に協力しようとする意味が分からなかった。
「さっき放送でいすとりチームの不思議倒されてましたよね?もう帰れるはずなのになんで協力してくれるんすか?」
「私の友達が訳あって離れ離れになったの。探す為には情報は聞いておきたいし、遠い先の目標として───」
「『同点引き分け』のため、他チームとの結託が望みよ」
「「同点引き分け....?」」
ミツバは詳しい話をしようとするが、彩也香が肩に手を置きそれをやんわりと止めた。
「詳しい話は後でするよ。とりあえず全チームで協力して生き残りたいってこと。多分、そっちのリーダーはひびきだろ?」
「え?あ、いや.....」
「違うのか?じゃあその旨だけチームに伝えておいてくれないか?頼むっ」
彩也香が頼み込むと、ひびきと朱美はこくりと頷き、願ってもない案だと承諾した。
「そんな方法があるなら勿論協力するぜ!」
「私も賛成よ!」
ほっと胸を撫で下ろしたミツバと彩也香。
その同点引き分けとは一体どのような策なのか、それは後々明かされることとなる。
今はこの状況をどう打破するかだが、物事は全てがプラン通りに進む訳ではない。
「ぐす.....ウチ、どうしたらええんやろ....ぉ?」
教室の隅っこで体を丸めて蹲るやえ。
不貞腐れ?強がり?
何だか分からないがみんなの前ではついピリピリしてしまう。
ミツバが怒るのなんて当たり前のことだった。
今すぐ謝りに行きたいのに、自分の認めたくないという気位がそれを邪魔していた。
「アホ....もう、自分でも分かっとるのに"....っ!」
「バキくんはっ.....ばきくんはもう、死んじゃったのにぃ....ウチ、認められんよぉっ....ッ」
静寂に包まれる教室内、一人静かに啜り泣く音が妙に木霊する。
それを耳にし、そうっと近付き声をかける者がいた。
「あのー....大丈夫?」
「ひっ!?」
思わず距離を取ると、目の前にいたのは極普通の女子高生二人、そして男子一人だった。
見た事のある顔ぶれだった。
何処で見ただろうか。
確かこの試験が始まる前、泣いていたミツバに声をかけた二人だった。
「あっ....確かあの時の....」
「やえちゃんだよね?こんな所でどうしたの?」
「な、何でもない.....っ!」
三人を通り抜けて教室から出ようとするが、ある者に手を掴まれる。
その少女はどこか自分と似ていたが、自分よりも幸福そうに思えたような気がした。
「ちょっと待って!何があったか分からないけど、一人じゃ危険だよ。だから一緒に行こう?」
「あ、あぁ.....そう、やね」
やえは何とか笑みを作り出し、その場に立ち止まる。
頭冷やさなきゃ───ちゃんとミツバに謝らなきゃ。
自分の頬をピシャンっと叩き、自分のこんな手を引いてくれた女の子に対し名前を聞いた。
「ウチ、蓬莱やえ。キミらは?」
「"持田涙"(るい)だよ。よろしくね」
「"小浜来々留"(くくる)でーす」
「そういや名前あの時言えてなかったよね」
「俺"明石靖人"。やえちゃん、俺らと協力してくれないか?」
漸く今此処で、もう一つの物語との合流を喫する。
しかしあと一欠片、重要な何かが欠けていた。