「お前今日『がっこう』休んだろ」
「.......はい?」
学校、確かに休んだ学校だが、この目の前の現実は一体何だというのだろう。
銅像のような何かが勝手に部屋の中に侵入し、あまつさえ学校を休んだことを知られている、そして伝えている。
経験上有り得ない出来事が今、数段飛ばしで迫りかかっていた。
少年の体から嫌でも脂汗が湧き出る。
「『にの』はサボった子を迎えに来たんだ」
「学校に行った子達はもう"始まっているよ"。行くなら後ろに乗りな。じょいなす」
にの、と名乗る銅像のような何かはそう淡々と口にする。
その時、真っ先に彼が疑ったのはテロリスト的な何かだった。
コレはロボットのようなもので、目的は不明だが学生を誘拐しようとする手駒であると。
だがこの日本でそんな事件が果たして起きるのか、いずれにしてもコレはとてつもない"巨大な組織"であることは無教養な彼にも容易に想像が出来た。
退屈の果て.....自分を圧倒してくれる者が現れないかと祈っていた。
そうしたらきっとこの欠伸も、ピタリと止まるだろうと。
その時、彼は既に欠伸が出ていないことに気付いていなかった。
この摩訶不思議な存在を前に、欠伸をする余裕が無くなっていた。
それを自覚してはいなかったが、本能で、少年の肉体は呼応する───コレについてゆくべきだと。
「あ....行くよ、行くけどさ......一個だけ、お願いがあるっていうか...」
「お前は学校を休んだ不良だ。ついてくるか、こないか、それだけ決めればいいよ」
「はは...そうっすか。分かりましたよ...行くよ」
相手になってくれは言い過ぎだ。
それに敵意の無い者と闘いたくはなかった。
にのは背を向け、背負っているゴミ箱らしきものをこちらに向ける。
パカッと縦に分かれると、それは手と足を引っかけて乗車することのできる構造になっていた。
思わず口を開け、呆然としていると、にのが急かす。
「さっさと乗れや、不良」
「はいはい.....口悪....」
「そんじゃ行くよ。はばぐっどふらいと」
それはまるで絵に描いたロケットのように煙が放出し、瞬く間に夜空の旅へと誘われた。
夢ではないのか、寝過ぎて寝ぼけてんだ俺、と何度も自問自答を繰り返しても、このどうしようもなく綺麗な景色から目を逸らすことは出来なかった。
空に浮かびながら、何故か思ってしまう。
何故か心が湧き上がる───この先何がある?
「!.....あれは....」
地上で悠々と歩く男がいた。
猫のような足取りでかつ、獅子のように獰猛であることをその逆立つ赤髪と雰囲気で悟らせる。
こちらの気配に気がついた時、男の脚はピタリと止まった。
ガチャッッ
ピュンッ
にののマゲの部分が突如、銃型へと変形し、発光した数秒後、光線となって男へ放たれた。
「にのはシークレット。一般人に知られてはいけない」
「.....まだ生きてるけど」
「え?」
両手をポケットに隠したまま、当然のように生き長らえている男がそこにはいる。
放たれた光線は、男の真後ろで埋もれていた。
にのは一瞬軌道を変えようとしたが、ピタリと止まり、また軌道を元の方角へと切り返す。
「別にいいや。どうせ誰にも分からないしね」
「.....」
少年は男の姿を空から見下ろした。
相変わらずな親父だと、安心したような笑みを零す。
あの人なら何が起きても何とかしてくれそうだ、そんな気がしてならなくて、安堵していた。
「.....」
「.......」
「......あのさ、学校に行った人達って、今どうしてるかとか分かる?始まってるとか何とか...」
「お前ニュース見ないやつだろ。情弱は社会悪だよ」
「.....」
「今は一回戦が始まった。もうすぐ次の選別が始まるよ」
「内容は...?」
「言うわけねぇじゃん」
「.....生き死にを争う事?」
「うん。何千、何万人がもう死んでるよ。一個のがっこうで生きられるのは、確か平均して2、3人くらいだったかな」
「あ、喋りすぎた。僕が死んじゃうから、もうおわりな」
「.....」
恐らく、最悪を想定すれば、全国、もしかしたら世界中を巻き込んだ事件であること。
そしてたった今生まれた懸念点、それが彼女の安否であった。
笑い事ではない所まで来ていると、少年は今再認識した。
「誰がこんなことしてるんだい」
「もう言わないって言ってんじゃん。そんなに焦らなくても、すぐ分かるよ」
「.....!」
「これから行くのは"ゴミ箱"だ。いる子かいらない子か決める場所」
「ゴミは分別しなきゃ。要るなら生きる。要らないなら死ぬ」
「ゴミ箱は丁度、そんなところさ」
周囲にもまた彼と同じく、にのに連れ去られた同じ年頃の男女が空を羽ばたいていた。
時間が経つにつれその数は増えてゆき、遂には、その"飛行機雲"が白黒無数に描かれる。
その光景がこれから始まるのは、まさしく"分別"という名のデスゲームの始まりであることを伝えた。
そして、遙か上空にふわりと浮かぶ、巨大な四角形の物体に吸い込まれてゆく姿が、彼に現実味を帯びさせた。
「ッ......ウッ...ソだろう....!?」
「さぁ、そろそろ着くよ」
グオォォッッッ
「────.....!」
景色が一瞬、真っ白になったと思えば、瞬きを挟んだ先にあったのは多くの人間達の姿だった。
そして此処は誰の目から見ても明らかに『がっこう』であった。
「なんだよここ....?」
「お家返してーーー!!」
「殺されるんだ、おれ....はは....っ」
全員が全員、気が気でない状態であり、どんな納得のゆく説明を受けたとしても理解が追いつけなさそうな様子である。
数は1000人程度、場所は学校に似た建物.....
そんな事を足りない知識で掻き集めるも、兎にも角にも、これからどうすれば良いのか彼は分からなかった。
「!」
聞き馴染みのあるチャイムの音色が鳴り響いたその時、壇上に一人の何かがいることに気が付く。
マイクテストの後、その子供のような姿の何かは口を開いた。
「ご入学おめでとうございます。私は此処の理事長、セイン・カミと申します」
「皆様はがっこうを休んだ不良、クズです。クズはゴミ箱に集められるのが常識ですよね?」
「このゴミ箱での全決定権は私にあります。そして貴方たちにはこれからあらゆる神育課程をこなしていただきます」
「もし、そのカミキュラムを見事通過し、卒業することが出来れば───神の力、与えちゃいますので♡」
場は静寂から騒然とし、突然告げられた数々の情報を処理しきれていない状態である。
カミキュラム?卒業?神の力?───疑問符に疑問符が重なり、言葉を放つことが出来ずにいた。
そして、彼は今、混乱していた。
あそこにいる、人に見える、人ならざる何かを前に。
────震えていた。
「(何だ....アレはッッ)」
刃牙の目からはあの子供の姿が、変幻自在に姿を変える大妖怪へと変貌を遂げていた。
一人汗ばみ、小刻みに震えていると、一人の男が声を上げる。
「何が神の力だッ!!なら今俺を殺してみろよッホラ!」
「ん?神の力を信じてない?ならボーイ、此処、上がっちゃいなよ!」
嘲笑しながら男が段の上に登ると、セイン・カミは耳元に口を近付け───今。
歌ァ~~~唱ォォ~~~~~力ィィィッッッッッ
ドパンッ───あの音、学校で聞いたあの音が刃牙の鼓膜をまた揺らした。
人の体が破裂する、風船のように、弾け飛ぶ音を。
「うわぁぁッ!!?」
「死んだッ!?死んだ!?」
「信じてもらえましたかぁ?それでは最初のカミキュラム、早速始めちゃいましょうッッ!!!」
「ちょっとしつも~ん」
何者かがカミに話しかけ、それから何かをつらつらと問いかけていたが、刃牙の耳には遠く、届いてはいなかった。
音で人間を破裂させる事など、絶対に不可能である。
あの声量ならばせいぜいが聴覚障害、或いは鼓膜破損かその程度。
音とは全く異なる力があの男の肉体を支配し、蝕み、食い破り、破裂へと導いた。
神の力。
「スゲェ......ッッ」
馬鹿な、何故笑ってしまうんだ。
大切な人が危険に晒されているというのに、何故笑う。
自分が一体どれだけ薄情で、濁り切った性格をしているのか今、身に染みて分かった。
その現実に気が付き、深く、深く少年は落胆した。
手で口を塞ぎ、深く息を吸い込み、吐く。
平常心を保つと、少年の表情は清く落ち着いた。
「YOU達は試されているのです!!これは人生を賭すべき神のオーディションッ!」
「さぁ、最初のオーディション『しりとり』スタート!!!」
巨大なくす玉がパカンと割れ、煙幕がもくもくと辺りを包む。
そこから微かに見える人影は、次第に姿を露わにさせた。
「鬼.....?」
「鬼だ...」
「なんだあれ...!?」
それぞれ色も大きさも異なる、鬼の人形が出現した。
だがそれを人形と呼ぶには、あまりにも動作が肉々しく、ロボットのような機械的な動きでもなく。
まさに生きる鬼がそこにいた。
合計にして、4匹の鬼たちがそこにいた。
「お!?君たちかぁわうぃ~~ねぇ~~!!」
「ハハハッ、人間なら誰でもいいのかよーーー」
「粗相の無き様に振る舞われたし」
「冷静になれ、阿呆」
「ムリムリ!HOTけないよォ~~~!!!」
4人の内の一人、赤鬼が駆け出し、人間が逃げ惑う。
しかし早速あえなく捕まった人間が抱きつかれたその瞬間。
「あぢぃ"ぃぃ"いぃぃぃぃぁぁぁぁッッ!!!」
「こげぽよ~~~♪」
燃え焦がれ、体がパラパラと分解されてゆく光景を目の当たりにする。
悲鳴と共に逃げ惑う人間達であるが、一歩も、一歩も彼は動けずにいた。
恐怖か、動揺か、脚が震え、拳はギュゥッと力む。
「へいへい!上がってこぉよぉ~~~!!」
赤鬼が接近し、金棒を振り上げる。
このまま受ければ死は確実、避けなければ。
なのに避けなければ死ぬと云う、圧倒的サバイバルに歓喜んだ。
口角が吊り上がるところまで吊り上がる。
振り下ろされる金棒を、悪魔の瞳で見送る。
鬼と鬼が、出会ってしまった瞬間だった。
「なにしてんのバカたれッ!!」
手を思い切り引かれ、学校内、教室の中へと連れられる。
目を丸くさせながらも見えていたのは、長い黒髪をツインテールにした、走る少女。
走ることがどうしてか、彼女に似合って見えた。
「はぁ...はぁ.....キミ、大丈夫?」
「あ...はい。ありが───」
「なんで逃げへんの!!死んでたかもしれないんだよ!?混乱してるかもしれないけど、ちゃんとせなッ!!」
「は、はぁ...すみません」
いきなり上から叱り付けられ、やや仰け反り驚くと、必死そうな彼女は落ち着くために深く息をついた。
自分だけでいっぱいいっぱいなこの状況で、よく名も知らない他人を助けたものだと、少年は感心してしまっていた。
「ごめんね。こんなこと言ってるけど、ウチも全然何が起こってるか分かってないの」
「...俺もです。それでもわざわざ、助けてくれてありがとう」
「ええよええよ。ほっとけない性格なんだ、私」
穏やかににこりと微笑むと、周囲をくるりと見渡す。
1000人近くいたのにも関わらず、バラバラとなり、人の気配は息を鎮めるように小さかった。
「取り敢えず、さっきの鬼は追ってきてないみたいね」
「鬼ごっこ...すかね」
「どうだろ。あのくす玉から出てきた『はらうはるはろう』っていうのがヒントになるのかな」
確かにあの巨大なくす玉から紙が吊られ、そこには『はらうはるはろう』と書かれていた。
パッと見なんの意味もない平仮名の羅列に見えるが、果たしてその真相は何なのか、彼には知る由もない。
「.....あっ、自己紹介がまだだったね。ごめんごめん」
「私は"蓬莱やえ"。京都出身で、高校は金串学園ってとこ。キミは?」
「範馬刃牙です。東京出身、武蔵北高校です。よろしく」
「うん、よろしく」
名前がやえなだけあり、笑顔の際に八重歯がちらりと姿を見せる。
明るく、誰隔てなく優しく接するだろう彼女には、どうも調子が狂わされるような気がした。
互いの顔も知れたところで、これからの行動をどうするか二人は悩んだ。
無闇に出歩くのも、この場に留まり続けるのも悪手な気がし、このオーディションとやらの解決策を練る。
「やっぱり、あの鬼を倒すこと...?」
「倒す.....って」
「ま、まぁ、普通にやっても無理に決まってるよね」
やえは苦笑を浮かべ、再度考え込む。
そんな彼女を見て、少年は一度提案してみた。
「武器になるものとか、探してみませんか?」
「武器....そうやねっ、探してみよか!」
時々関西弁風になるのは、気分が高揚してる時や、素の自分が出てしまった時であることが何となく分かる。
しかし、この状況で他人の事を知る行為は果たして意味があるのだろうかと疑う。
場合によっては、人間同士敵になる事もあるのではないだろうか。
何が起こるか全く検討がつかないことは、彼にとっても初めてに近いもので、緊張していた。
教室内を探索し、掃除用ロッカーを開く。
上側にあるバケツの中を何となく探ると、ころんころんとした何かが動いた。
それを手に取ると、丸いカプセルのような物に『豆』と筆で描かれた物があった。
「やえさん、これ...?」
「へ?何それ?豆?」
既に箒やら黒板消しやらで道具を装備するやえがそのカプセルに顔を近付けた。
ジーッと見つめると、真ん中からパッカリと別れそうな線があることに気が付く。
「これ、開けられるんちゃう?」
「あ、ホントだ.....開けてみるよ」
「う、うん」
少し身構え、やえは一歩距離を取る。
少年もまた顔を離しながら、そのカプセルをパカりと開いた。
そこから出てきたのは、文字通り、一粒の豆。
二人の間で静かな空気が流れ、首を傾げる。
豆をつまみ、目を近づける。
「豆だ」
「豆やね」
「なんで豆.....?」
「さぁ....でも、これもヒントになるんじゃないのかな」
「鬼は外、みたいな感じかな」
「うん......えっ、うん!それ合ってるんやない!?」
豆を見た瞬間、最初に思い浮かんだのが『豆まき』だった。
鬼は外、福は内───この説がルールなら、この豆は鬼を倒すための最大の武器。
ポツリと呟いたことが、勝利への大きな一歩となった。
「もし豆まきなら、はらうはるはろう.....祓う、春、ハロー....鬼を祓って春をハロー、迎えるってことか!!」
「....?....そうね、豆まきってこと...」
「そうそう!やるやんバキ!」
「はは...どうも....」
頭を掻きながら苦笑を浮かべる少年。
しかしルールは凡そ固まった。
このゲームのルールは『豆まき』鬼を豆で祓うことが勝利条件だ。
ニッと笑いグッドサインを作るやえを前に、理解しきれていないことを隠し切ろうと決心した。
「じゃあ、コレはやえさんが持っててよ」
「ええの?」
「やえさんがいなかったら、俺は此処にはいないし、このゲームのルールもやえさんが解いたんだしさ」
「そ、そっか。じゃあ、貰っとこかな!」
豆を手渡し、二人の準備が整う。
いつまでも教室内で隠れている訳にもいかないため、二人は恐る恐る、教室から出る。
「ひぇ~...いざ倒すってなると、流石に怖いね...」
「あぁ...そん時はその豆でさ...」
「うんっ、やってみるしかあらへんな!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁアッッッ!!」
階段を登る最中、阿鼻叫喚、男女含む叫び声が響き渡る。
二人の背筋がピンと伸び、装備をしっかりと身に帯び構える。
ゆらり.....目上の廊下から、それは見えた。
「「......ッッ」」
青く、凍えそうな冷気が辺りを包む。
***
突き出た顎と口、ギョロリと射竦める目玉、そして特徴すべきはその"寒さ"。
凍えそうなほど寒い、触れた物はあえなく凍らせよう冷気が体全体から湧き上がっている。
そして胸に書かれた『つめた~~い』は、自身が青鬼であることを象徴していた。
「男女問わず、凍らせん」
「バキくんッ、走ってッッ!」
階段を駆け下り、長い廊下へと渡る。
重々しい足音が背後から近付き、やえは背筋が凍る。
バキはやえに手を取られ、半ば強制的に走らされるも、彼女の脚は先程からも分かっていたことだが、並の速さでは無かった。
青鬼との距離を段々と引き離し、やえの表情に余裕が生まれる。
「脚、速いッすね...」
「こう見えてもッ...陸上でそこそこ良いとこ行ったんよッ!」
「そりゃ凄いけど、豆っ、豆使いましょッ」
「あッ、せやね!」
急遽踵を返し、奥から向かってくる青鬼と対面する。
短パンのポケットに入れておいた豆を取り出し、良く狙う。
「(頭やッ...外したら一環の終わりやでッッ、蓬莱やえッ!!)」
投げる───蓬莱やえはその時、万が一を取った。
『狙いが確実に当たる距離』と『外したとしても逃げ切れる距離』のどちらかを天秤にかけた。
蓬莱やえは、後者を取った───。
「遅いわ」
「!?」
金棒が豆を散らす。
そして逆の手でやえの頭を鷲掴もうと手を伸ばした。
やえは無意識に瞼を閉ざし、歯を食いしばったのだった。
ゴッッ
「?......へ?!」
鈍い音色が聞こえた瞬間、目を微かに開く。
そこからやえが見たものは、青鬼の顔面を、強く、鋭く、誰かが蹴り飛ばした景色。
己の眼前で、脚で"跳び"、脚で"蹴る"、刹那のワンシーン。
ウチも、こんな風に『走りたい』───嘗て三段跳びの名選手だった彼女にとって、脚が病に侵され二度と"走れない"彼女にとって、それは羨望にも値する光景だった。
バカァァッッッ
廊下の突き当たりまで吹き飛び、壁の瓦礫がバラバラ落ちる。
腰を落としガタ、ガタ、と震える青鬼だが、未だ立ち上がる気配有り。
思わず腰が抜けたやえの前に、その少年は立っていた。
臆病者はもう終わり。
これからは自分自身、地上最強として生きていこう───でなければ間に合わぬ。
でなければ、生きられぬ。
「う、ウソやん.....!?」
神の創りし場所で、地上最強の構えが今、此処に立つ。
⚠刃牙の高校名は私の創作です。