「コレでよし....と」
道中、机の中に豆カプセルがあり、慎重に捕まえた小さい鬼を撃破した。
ぶちゅん、と生々しい音と共に粘りのある体液が少年の手に散らばる。
苦虫を噛み潰したような顔をする三人。
やえは懐からハンケチを取り出し、少年に手渡した。
「ばっちぃね。はい、これ」
「ありがとう.....鬼はこれであと何匹だろう」
「グラウンドであのデッカイ鬼がやられてるのは見たから、あと3匹か二匹か...てとこネ」
「でも確率論的に、1000人を超える人数がいて、アタシ達以外に鬼を倒したのがたったの一匹とは考えにくいヨ」
「もしかしたら、もう残りわずかかもしれないネ」
「だといいけど....何人、亡くなったんだろうな」
少年は廊下や教室内、そこら中に散乱する人間の死体の数々に嫌気が差していた。
生死を彷徨うのが当たり前だった環境にいた彼とて、何も響かない筈がなかった。
やえは暗い顔を見せ、気まずそうに慰める。
「いつかあのカミってやつ、ぶっ倒してやらなね!訳分からんで殺されたみんなの仇、取ったろう!」
「何がカミキュラムやねん!アホくさいわほんまに...何がしたいねんあのドアホ!」
「やえさん....」
彼女の強気は擬態に過ぎなかった。
死体を見る度に足の震えは強くなるばかりだ。
しかしそれでも彼女は鬼を、カミを倒そうと意気込むのだ。
男勝りな心に、少年は感服させていた。
「倒そうぜ。神」
「あ、あっ、せやね!絶対倒そ!」
「....あと、さっきも助けてくれて、ありがとうね。バキくんおらんかったら、もう死んどるわ」
「お互い様だよ。俺もやえさんがいなかったらどうなってたか」
小っ恥ずかしそうに頭を掻き、そう言ったやえは、何度も自分で吐いたその言葉を脳内で反芻させていた。
"バキくんがいなかったら、もう死んでる"───
その言葉の意味する所、ふと考えてみた。
命の恩人は当たり前。
もう本当は生きていない命。
一度しかない人生を、二度も終わらせてしまった、しかし救われてしまった。
それってつまり、もうウチの命って、ウチのもんやない?
誰の?────バキくんの?
ボッッ
「!?....あ、アンタ急にどうしたのさ!?」
顔が沸騰したように赤くなり、熱を帯びる。
自分の勝手な妄想の辱め、羞恥、不埒な考えに、いつもは見える八重歯も口の中に隠れていた。
目がぐるぐると回り、混乱の極みに陥っていた。
「な、なんやろっ、これッ...ごめんなぁ,....っ」
「体調悪そうだネ。ねぇ、教室で休んでいかないかい?」
「そうですね。やえさん、大丈夫?」
「う、うんッ。平気平気。でも確かにちょっと歩き疲れたかもしれへんな...ッ」
顔が火照り、熱もありそうに思えた少年は見かけやすい教室より、保健室を選んだ。
中に誰もいないことを確認し、やえをベッドに座らせる。
業務用冷蔵庫の中に水ペットボトルを見つけ、それを手渡した。
ポカンとさせながらも、彼女はありがたく頂く事にした。
「───っぷは....生き返るわぁ~~!」
「落ち着きました?」
「うん...喉乾いてたことも忘れてたから、なんだか頭ん中がスカッとしたわ!」
「そう、良かったな」
微笑み踵を返すと、他になにか無いかと探索を始めた。
緊急医療道具をかき集める最中、スージーが何かを手に取った。
「これ、使えるんじゃないかい?」
「刺股....」
不法侵入者を捉える為の防犯道具。
クワガタのように対象を挟む形状で押さえ付け、動きを封ずる。
普通の人間相手には効果的だが、鬼相手では果たして。
「....お」
目の端に捉えた"石油ストーブ"。
刺股、石油ストーブ───スージーとやえ。
バキの中に一つの考えが思い浮かぶ。
しかし二人を危険に晒してしまうかもしれない、そんな気がした。
そして前々から思っていたある事を、満を持して実行する。
「あー.....ごめん、ちょっとお手洗いに....」
「なんだいこんな時に!ちゃちゃっと行っといで!」
「いや~、すみません....じゃ...」
「バキくん!」
「な、なに」
神妙に少年を見つめるやえは、柔らかな笑みを浮かべる。
「危ないから、すぐ帰ってくるんよ」
「......うん。一応、俺が出たら扉の前に重りを置いといてください。帰ってきたら、五回ノックして合図送るんで」
「分かったよ。気をつけてね」
保健室に二人を置いて、その場を後にする。
解放感が全身を包む。
コレで"邪魔物"はもういない。
馴れ合うつもりも毛頭ない。
だが二人には無事でいて欲しかった。
「.....」
ガタガタと震える上階に視線を向ける。
最早聞き慣れた悲鳴だったが、一つ、聞き覚えのある悲鳴が鼓膜を叩く。
パリンッ───窓ガラスが散る、そして鬼が消える。
***
「ンだよッ....なんだってんだよォッ!!」
肥満な体型に無精髭、頭部をバンダナで巻いた中年顔の男。
何かから逃げるように廊下を駆け、勢い余って床に転げ回る姿は哀れに映る。
世界一強い高校生がいる高校───の在校生。
嘗てその世界一強い高校生を拳銃で殺害しようと目論んだ、不良中の不良高校生である。
「元気ウィ~~ねぇ~~~♪オレっちと遊ばな~~い?!」
「遊ばねッ、て言ってんだろが....ッ!!」
前方から赤鬼が迫り、ずるずると引き下がる。
いつだってそうだ。
強い奴にはいつだって背を向けてきた。
道具に頼り、弱い自分を装っていた。
今もそう、家から取ってきておいた拳銃で、赤鬼に狙いを定める。
「オラッ!どうするよッ!?こうなったらどうするよッッ!」
「お~~怖っ♡当たったら一溜りもないな~~~い♪」
「ッッ.....死ねやオラァッッ」
バンッッッ
へその辺に風穴が空く。
男の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「へっ、ヘヘヘッ、ざまぁみやがれってんだ....!!」
「いっ....た~~~い?♡」
「痩せ我慢しやがって、もう一発....───なッ」
腹の穴がミルミルと消えてゆく。
鉄の玉は赤鬼の遙か奥の壁へと埋もれていた。
「オレっちにゃ豆以外効かないの♡ あっ、言っちった♪まいっか」
「クッ....ソッ、バケモンが....死ね、死ねックソッッ」
幾度も、幾度も放つも、いつかは弾切れの音が銃から鳴るばかり。
赤鬼の金棒は、無慈悲にも容易く振り下ろされた。
バリンッッッ
「!?」
直前、窓ガラスを突き破り、二人の間を裂く者がいた。
救う為ではなく、ただ強き者と闘いたいが為に現れた者。
不良少年から見たその姿は、紛うことなき救世主だった。
「やっぱり....知ってる声だと思った」
「お前ッ....いや、アンタは.....!!」
知ってるとか、知らないとか、そういう次元の話ではなかった。
我らが大将、世界一強い高校生とは、この人の事だ。
「およっ♡二枚抜き~~~♪」
「あ、危ねぇッッ」
構わず金棒を振り下ろそうとした、その刹那。
ピタッ
「.....?」
不良男はその光景を確かに目にしていた。
振り上げた金棒を、何故か静かに下ろし、距離を保とうとしていたのだ。
少年は目を丸くさせた後、納得したように口角を吊り上げた。
「不思議だねぇ。豆じゃなきゃ倒せないのに、何でそんなことに怖気付く必要があるのかな...?」
「あらら?♡」
自分の両手を眺め、今の現象を再確認している赤鬼。
しかしその間に、少年の間合はとうに範囲内へ。
挨拶代わりに、左のボディブローをストマックへ放つ。
「!....硬ェ...ッッ」
「うん、やっぱ効かない効かない♡ふぃ~、焦った~♪」
衝撃で5m程度吹っ飛んだものの、床で仰向けに倒れたものの、赤鬼の表情が歪むことはなかった。
左手をはらはらと痛げにする刃牙に、不良男は愕然とさせる。
「あ、あの人のパンチ食らって、ケロッとしてやがる...」
刃牙の頬に汗がつたる。
しかし面白い、そして楽しい、何と楽しきことか。
こういうのを待っていた、こういう、人間的では無い展開に幾度も憧れた。
握り込む拳が汗ばむのを感じる。
「豆ないと無理だよ~~~ん!!♪」
「...でも良く飛んだ」
「オーバーリアクションってヤツ?♡」
体を起き上がらせ、両手をボウッと炎で包む。
肉から骨まで残さず燃やし尽くすであろう獄炎のよう、チリチリと空気も悲鳴を上げる。
「捕まえちゃうぞ♪」
「ひぇ~~~~.....ッ」
苦笑を浮かべると同時、赤鬼は突っかける。
首元に迫る炎の手を透かし、カウンターで打ち込むのは"得意"の上段回し蹴り。
赤鬼の攻撃は至極真っ当、言わば素人同然に過ぎず、迎撃するのは少年からすれば造作もないことだった。
が、相手は人ではなく、赤鬼であった。
普通なら膝から崩れ落ちる蹴りを、赤鬼は容易く耐え、少年の手首を掴んだ。
「いっただき───おろろろろ?」
首元に、ふとした違和感。
その違和感は瞬としてリアルになり、徐ろに赤鬼の肉体は理解し始めた。
今の蹴りにより、頭が360度回転"していた"ということに。
ぐら、ぐら、と足がおぼつかず、軈て地面に倒れ込む。
一部始終全てを見ていた不良男は震える。
やっぱりこの人はとんでもねぇ。
この人について行きゃぁ、俺は必ず生き残れるッッ
「さすがッス刃牙さんッ!!これならあのカミとかいう野郎もッ!!」
「ハハ...間に合って良かったッス。先輩」
「セッ、先輩なんてやめてくださいよッ。俺ァあの時から刃牙さんに───」
グチッ
バシャァァァッッ
形の異なる金棒が、不良の頭部を叩き潰す。
不良の背後にあたる、突き当たりの廊下から現れたのは、先程対峙した"青鬼"の姿だった。
漂う冷気は身を震わせ、鈍らせる。
少年は目の前の現実を受け入れることが出来ずにいた。
「ッッ────」
横スイングに振るう金棒を、危うげに防御する。
ただその金棒は素人の振りとはいえ、鬼は鬼。
威力は並の喧嘩自慢など及びもつかず、防御した右腕は棘に打たれ、骨が軋む。
壁に打ちつけられ、右腕からはドクドクと流血している。
漸く少年の体が温まる。
血が流れることで、脳内麻薬が迸る。
「!.....何故(なにゆえ)立てる、小僧」
「何でって.....俺ァまだ一発しかもらってないんだよ」
「.....あの一撃を喰らい、まだ口が聞けるか」
「あのさ...まだ始まったばっかりだぜ」
柔軟体操と同時に、間合いを詰める。
そして訝しげに問いた。
「アンタホントに鬼なのかい。確かにスゲェパワーとタフだけど....攻めの方は───真っ当過ぎるッッ」
食い気味に放たれた氷の掌底突きは、少年の顔の横へ通り過ぎ。
迎撃───その腕を捕り、下半身を持ち上げ左脚を首にかける。
引き寄せ、残った右膝で青鬼の顎を思い切りかち砕く。
青鬼の顎が変形した感触が染み渡る。
そして最後に、全体重を左膝に集め、青鬼の顔面を地面へ突き落とした。
脇固めに締め括り、その技は完成と成す。
上顎(あぎと)と下顎が噛み砕く───虎の顎になぞらえた秘技。
その名も虎王
鬼が偽鬼(ニセモノ)へ、虎王完了───。
「ゴ、ココココ」
「豆なんか使わなくたって、動かせなくさせるくらいどうってことねぇ」
青鬼から離れ、最早動く力など無いことを悟る。
そして先輩の方へと視線をやる。
「───隙ありィ~~~~!!!」
「!」
ゴッッ
後ろで不意打ちをしようとした赤鬼は、間違いなく少年の後頭部へ振り下ろした。
生きていたのか───そう思う間もなく受け入れるしかなかったが、髪一本、少年には届かなかった。
その理由は赤鬼の背後の光景にあった。
「今だよやえッッ」
「はいよッ!!」
何者かが"刺股"で壁へと追いやると、赤鬼に何かをぶっかける。
異臭の放つソレは、ストーブから取り出した"石油"であった。
そして二人は、スージーとやえだった。
「これでアンタの得意の炎は使えないヨ!石油でも、人を燃やすほどの熱さなら、十分引火点に届くハズだヨ!!」
「おっほ♡マジか?」
「そういうこと.....バキくん!今助けるか...ら」
やえは自分がヒーローのような感じでふわりとした感覚に陥っていた。
しかし、目の前の光景を見たら、それは一変して。
悠然と赤鬼の前に立つ彼の姿で、私達が助けに来てもらったような感覚に───不思議だった。
こんな気持ち、他に誰が感じさせてくれるのだろうか。
やえは、安心してしまった。
「ありがとう二人とも。コレで少し、やりやすくなった」
ゆる......ゆる.....少年の体が空気に馴染む。
膝が不自然に、自然に曲がり...
両腕もぶらりと地面へ向かう.......
顔は?.....口はだらしなく開き、目もたらりと眠そうに........
────────消え去りそうなほど、肉体は溶けだした。
足先から、膝へ、腰から、肩にかけて、満遍なく溶け始める。
緩めて、緩めて....."脱力"の極意へと、足を踏み入れた。
すると今度は液体から、気体へと変化を始める。
肉体は学校の廊下にじんわりと広がり、蒸気のように湿る。
その脱力から力む────一気に足元へ。
名付けたその名は、奥義、ゴキブリダッシュ。
キャドッッッッ
少年と赤鬼はその場から消え、瓦礫が舞い散る。
その正体は少年の足跡と、赤鬼が吹き飛ばされたと考えられる廊下の壁。
「ケホッ...な、何が起こったんだい....!?」
「ケホッ...なんか....ケホッ....バキくんが、溶けた、ような....?」
煙たい空気に咳き込みながら、呆然とする二人。
すると間もなくして、廊下の壁から姿を現した少年。
その顔には、清々しいまでの笑顔があった。
「なァんだ。コレでも倒せるじゃん」
「「.....ッッ」」
壁の奥、奥の奥、何枚も粉砕した壁の奥に赤鬼がいた。
元々捻転していた首は何処かへ弾け飛び、首無しの状態の無惨な姿で倒れている。
ゴクッ───二人の唾が飲み下される。
「バキくん..,.アンタは、一体....───!」
それでも、少年は少年のまま変わりはしない。
優しい男の子に変わりはないんだとやえは思い直す。
亡くなった友達に、バキは手を合わせ弔っていた。
「先輩....仇、討ったよ」
「....ゆっくり休んでください」
強い男同士にこそある、友情。
そんなことにも伝わるものがある。
やえとスージーは失うことへの寂しさに打たれ、涙した。
強く在ると誓った彼が流さない涙を、二人は流したのだった。
この鬼たちに打撃系が効くのかどうかですが、本編で赤鬼が自分の首を自分で引き離して豆を回避するっていうシーンと、箒程度で体幹崩されるくらいのフィジカル、丑三の筋力で持ち上げられるほどの体重....etc...という情報から、肉体は肉体であって、ちゃんと物理法則は通用するけど、やはり正当な攻撃手段、弱点をつくのが豆なのではないかと考えました。
ですから、豆によって死んではいませんが、刃牙によって行動は封じられた、という事にしています。
豆で倒せというルールだからダメージは入っていない、効かないだろう、というのはごもっともなのですが、刃牙ならその常識も覆してくれるだろうという願いの元....ご了承願います。