「もう夜は深い。制限時間は明後の10時まで。守らない子は殺っちゃうよん」
空が突然暗くなり、夜へと変わる。
時計の針は23時を指す。
この時間内で試験を決め、その試験で合格することが"クリスマスプレゼント"のクリア方法だ。
「早い者勝ちだが変更は自由。他の人間とのトレードも可とする」
「えっ、じゃあ俺あやとりッ」
「俺はすなとりだッ!」
「私はいすとり!!」
早い者勝ちという言葉に、続々と受験票の争奪が始まる。
初っ端からその三択を選別した者達に大きな理由はなく、ただ自分が得意そうだから、ここなら生き残りやすそうだという印象だけだった。
約1000人もの人数がたったの98人にまで削られても、こうした楽観で生き残ろうとする者は存在し続ける。
「怖い....ママ....ッ」
「生き残れる可能性が高いのは一応ここか....」
投票せずに残ったのは、臆病な者と、思慮深い者だった。
その投票期間は長く続き、1時を回っても尚、変更を行う者が一定数いたのだった。
男子棟には幾数も布団が敷かれ、早々に決めた者は眠り、決めきれない者は寝転がり、構内を徘徊していた。
少年は後者であり、未だに悩んでいた。
「.....」
入浴を済ませ、歯を磨き、布団には入らずに彷徨っていた。
このままでは眠れない、このままでは落ち着かない。
場所は人目につかない所が良い。
多少物音が響いても問題ない所....そんな所が良い。
「.....ここかな」
ドンッ───足で床を打つ。
木の板ではない人工的な質感は、所謂マットの弾みに近い。
そこは格技室。
柔道、レスリング、剣道と、音の出る格闘技専用場。
ここなら何をしても無問題。
ある程度───のことならだが。
「あ~....ウチはなにしてん.....ここって...格技室?」
たまたま女子棟を通り過ぎ、廊下を歩む姿を盗み見たやえは、その後を尾行していた。
格技室なんて来て一体何するつもりやろ、と疑問に思いながらも、彼女は本能に従ってしまっていた。
彼と一旦解散した後から、ずっとこうだ。
『今何してるんやろか』
『なにに投票したんやろ』
『もう寝たかな』
『ちょっと探しに行ってみようかな』
「.....~~~~~ッ......なんなんもう....ッ」
ほのかに頬を赤く染めながら、彼のあの姿を思い浮かべる。
己の前に飛び上がり、その右脚を、鬼に打ち込む光景を。
ワンシーン───蹴り抜いた時の"駆け姿"。
理想的だった。
高さも、フォームも、柔らかさも、全て彼女が憧れてたもの。
知りたかった。
もっとあの人を、知ってみたくなった。
バッッッ
「おひっ!?」
下品な声を咄嗟に塞ぐ。
やえは格技室の扉に隠れながら、中の様子を伺った。
拳が、脚が、より的確に、よりスピーディに、何かを打っている。
聞いたことがある。
これは確か、シャドーボクシング?
「(うわぁ....これって...しゃどー、ぼくしんぐ....てやつやろうか...?)」
「(速....すごッ.....何がどうなっとんの~~~ッ)」
視線が次々に移り変わり、追いつけない。
その一つ一つが血と汗によって彩られた技術体系であるはずが、素人の彼女からすれば全て同じパンチとキックにしか認識出来ない。
それでも分かるのは、受ければ無事では済まないということ。
並の、アマチュアの、プロの、強そうな人達でも、多分敵わないこと。
「!.....止まった」
一度深呼吸を挟み、静かに構えを取った状態から、完全に彼の動きが止まった。
ジッ、と一点を見つめ、一切動こうとしない。
なのに汗は、尋常ではないほど溢れている。
彼の足元に小さな水溜まりが出来上がった頃には、やえはうとうとと眠気すら襲っていた。
「(ダメだ.....全く、想像がつかないッッ)」
少年は想像していた。
あのカミと名乗る子を。
リアルシャドー───彼の突飛した想像力が生む空想の対戦相手と、まさに実戦水準で闘うことの出来る彼の一つの才。
その相手は想像下ならば変幻自在。
世界ヘビー級王者だって、人間台の蟷螂とだって闘える。
だが彼の想像に及ばない、或いは隠した力を持つ者にはこのように、想像の相手が形作れない。
自分の都合の良い相手を作り出すことは、彼の意志、生き方に反することだった。
「(どんだけ強いんだ)」
「(直感で分かるものもある....アレは、本物の神だ)」
「(あぬびすとか、ぜうすとか、そんな人間の想像によって出来た空想じゃない)」
「(今を生きる、想像をそのまま現実にしちまう力を持つ、誰もが想像する神様なんだ)」
「(嗚呼ッ....神様。俺は...."神さまの言うとおり"に収まる程度なのかい)」
それから暫くした後に汗を拭き、格技室を後にしようと扉へ向かう。
入口付近には、こくん、こくんと、頭を揺らすやえの姿があった。
呆然とした後、肩を竦め、彼女を起こした。
「寝るなら布団に入った方がいいっすよ。風邪引くぜ」
「ッ!.....バッッ....きくんっ。こ、これはそのねっ」
「えっと....ちょっと話さない?暇だったらでいんやけど...」
「構わないけど....やえさんが眠たそうじゃない?」
「いやいやッ、平気よ平気!!」
「あ、そう....」
「えへへ....────って、な、なんやこれッ!?」
格技室の至る所が破損し、まるで獣が争い合ったかのような惨状であったのだ。
そしてよく見ると、バキの体の至る所に痣や切り傷が生じていた。
急いでやえは少年を保健室に連れ込み、処置を施した。
「全く何をどうしたら一人でそうなるん!?」
「すみません....」
二人は歩み、サンタクロースが遠くから眺められるほどの距離にあるベンチに腰掛けた。
やえの心臓はとく、とく、と優しいながらも強く鼓動を打った。
考えてみれば当然なのかもしれない。
こんな風におかしな所は沢山あるものの、根は、本質は優しい少年に過ぎなかった。
命を三度も助けられ、憧れてしまうまでの飛躍を魅せられてしまったのだ。
意識するのも仕方ない....よね?
「えと、バキくんはどれにしたん?三択」
「俺は....まだ決めきれてないんだ」
「あ、そうなんや。実はウチも....あはは」
絶妙に挙動不審な様子のやえを不思議に思う。
こんな状況だから平常心を持てないのも当然かと無理矢理納得させる。
「一緒の所にしませんか」
「へ?!あっ....」
「もしかしたら、この三つのチームで闘うことになるかもしれない。あのカミなら、平気で殺し合いもさせるだろう」
「俺はやえさんと、そんなことはしたくないから」
「!.....そうやね。ウチも、そう思います」
つい嬉しくなり、照れ笑いを浮かばせる。
そんな笑みに彼もまた穏やかに笑った。
「じゃあ、どれにする?」
「うーん....あやとりは30人中10人しか最大で生き残れないから、流石に敬遠しちゃうな」
「その分すなとりは32人中24人も最大で生き残れるから....順当にすなとりがいいのかな...と思うんだけど、どう?」
少年は目線を斜め、下、上、と動かす。
「何処だっていいさ」
「へ?」
「あくまで最大、生き残れる数。難易度については何も触れられてない」
「あやとりはほぼ確実に10人生き残れ、すなとりはほぼ確実に全員が死ぬのかもしれない。あくまで可能性だからな」
「....たしかに」
更にやえを悩ませるが、最早悩む意味も無いのかもしれない。
直感に身を任せることもまた一興かと、やえは徐ろに三つのうちのある一つを指差した。
「"いすとり"なんかどうやろ?」
「いすとり...たしか、音楽室の」
「そう!生き残れる数はフィフティフィフティ。完全な反射神経ゲームだよ」
「ウチはともかく、バキくんなら余裕なんちゃうかな?」
「....そんな簡単なものかな」
「それも"可能性"、やろ?」
「はは、確かに」
バキは頷き、直感に身を任せる。
二人が選んだのは"いすとり"だ。
サンタの元へ行き、いすとりの受験票を手にすると、ちょうどこれで売れきれたと伝えられた。
ギリギリ間に合ったと二人は額の汗を拭く。
肩の力が抜け、背筋をだらんとベンチの背もたれに預けた。
「なんか....ちゃんと落ち着いて話したのって、初めてかもね」
「そうだね」
「......バキくんって、何者なん?」
「何者....って」
「だって、明らかに普通じゃないで。今もあの時のことがホントに現実かどうか分からんもん」
「...こうなりたかった訳ではなかったんだけどね」
「え?」
やえは横目に少年を見ると、そこには少女にも似た端麗な顔立ちがあった。
よく見たら、ホントに綺麗な顔しとるな~、と羨ましさにも似た感情を抱く。
しかしそこには、悲壮感のある寂しげな表情があった。
「親父と、ちょっと揉めてさ」
「結構長い親子喧嘩でさ。つい最近終わったんだ」
「へ~~、お父さんと.....でも、それがどうして」
「あのォ、デート中すみませ~~~ん!」
「ひゅ~~~♪彼女かわいーじゃん!」
突然背後から二人の間に割り込み、肩を組む男が現れる。
その背後にもう一人ツレがおり、柄が悪い。
やえはビクッと肩を揺らし、困惑している様子。
バキもまた目を丸くさせていた。
「僕たちいすとり希望なんすけどぉ~、二人ともどれにしました?」
「....まだ決めてないですけど」
「あれ!?でもさっきいすとりの受験票貰ってましたよね?!」
「!....聞いてたん?」
「あっはは!やっぱりぃ~~! で、言わなくても分かるかもなんですけど、譲ってもらえません?!」
「お断りします。行こ、バキくん」
「ちょいちょい待ちなって」
「んぐっ!」
やえが首を腕で絞められ、拘束される。
やえのポケットから受験票を取り出し、ペロッと舌でソレを舐める。
もう一人の男が今度はバキの方へ近寄った。
「ホラ、受験票」
「.....」
「状況分かってる?女取ってんのこっち。マッ、受験票渡しても返さないけど。ほれ、出せよ早く」
バキの頬を平手で打つ。
あまり反応が無く、今度は確実に拳で殴る。
それでも尚、少年は無反応だった。
「レンくん」
「ん?」
「切っちゃえば?」
「...ナルホドね」
ピッ、とナイフを懐から取り出す。
「バキくんッ、ウチは良いから逃げ....」
「「「!」」」
やえを含む三人はその光景を確かに見た。
男の手に握られたハズのナイフが"縮んだ"。
まるでキーホルダー程のサイズに縮んだのだ。
それが何を意味するか。
目の前の男にとっては、それ程度の"オモチャ"だということだ。
無表情のようなその顔は、眼前の獲物を喰らうことへの"集中"の表れ。
そして、ぶわっと逆立つ毛髪は百獣の王を彷彿とさせる。
ぐらぐらとめらめらと心做しか少年の輪郭全体が陽炎のように歪んでいた。
二人の男は本能で悟った。
俺は今此処で喰われるのだと。
細胞が死を予感したのだと。
震える肉体のまま、受験票を落とし、やえを離し、何処かへ走り去っていった。
ソレを拾い上げ、やえに手渡した。
「はい」
「.....あ、あっ、ありがとっ....!」
「怪我はない?」
「な、ないよ!ないない!」
「そう、良かった」
「....ねぇ」
「ん?」
「バキくんって───いや、なんでもない!ありがとう」
「?....おう」
分からなかった。
何故、こんなところまで来て。
何故、こんな訳の分からない状況で。
彼女がいるかなんて、聞こうとしたんだろうか.....?