時計の針が10時を指した時、全員がサンタの前へ集まった。
サンタはにこやかに頷き、両手を広げる。
「全員の投票を確認した。それではこれから、試験を始める」
「彼らがキミ達の試験官だ。これからは彼らの指示に従うように」
すなとり、いすとり、あやとりの三つのプレゼント箱から何かが現れる。
ぬう、とそこから出てきたのは、三匹の猿。
ある猿は目を塞ぎ。
ある猿は耳を塞ぎ。
ある猿は口を塞ぐ。
見ざる聞かざる言わざる───"三猿"の登場だ。
「オラァァァッッ!!!すなとりのヤツら集まれぇぇッッッ!!」
「いすとりこっちィィッッッ!!!チンタラすんなァァッ!!!」
「.......」
怒号を吐き散らし、人々を怖気付かせる。
口を塞いでいる言わ猿は大人しく座っているが、温厚かどうかは甚だ疑わしい。
「おっかないお猿やね....」
「あぁ....それにしても、あの手....」
バキは彼らの両手に注目していた。
猿とは思えないほど凶悪に長い指と爪、黒く染まっていた。
地球内の生物に、あんな手を持つ生物はいない。
一体どれほどの殺傷力を持つのか、少年は唾を飲み下す。
「怒らせないのが身のため...ってことやね」
「とっくに怒っている気もするけど....ね」
「....あ、スージーさんは?」
「あー...スージーは数学的観点やら論点やら考えてすなとりしか有り得ないって言ってて、断られてもうたわ」
「....敵にならないことだけ願いたいよ」
「うん...っと、移動始まったで!」
いすとりの試験官、"聞か猿"が先頭に列が動き出す。
すなとりの列にいるスージーに二人は視線を送ると、彼女は自信満々にグッドサインを見せつけたのだった。
「なんとかなるわさ!絶対死ぬんじゃないヨ!!」
「スージーもね!!」
「当たり前!あとアンタッ!」
スージーはバキに指を指し、穏やかに笑いながら伝えた。
「その子をちゃんと守ってやってヨ!!」
理論的、数学的、数値やデータでしか物を語れない人だと思ったが、そうでもないのかもしれないとバキはそっと頷いた。
互いの無事を祈り、三人は一度、各々別れることとなったのだ。
校内を歩む最中、ざわつきは無論耐えない。
と云うより、どれだけ騒いだ所で恐らく問題は無い。
何故ならいすとり試験官、聞か猿は、文字通り聞かざる。
両手で深く耳を塞ぎ、彼らの声などまるで届いていないだろう。
故に、聞か猿に浴びせられるのは予想通り、罵詈雑言。
「死ねよエテ公ッッ!!てめぇらのせいで俺のダチが死んだんだッッッ」
「そうよ!!私の友達を返してよッ!!」
便乗に便乗が重なり、ざわつきではなく最早デモにまで昇華していた。
彼ら彼女らの発言は確かに正当な物ではあったが、客観視すると、相手が幾ら大量殺人鬼の仲間であろうと、哀れで見るに忍びないものだった。
「嫌な感じね...」
「あぁ...こんなんでやってけるのか俺ら...」
二人の男女が同じく客観視していた。
その呟きにやえは反応し、二人に話しかける。
「許せんよね、こんなの。掌の上で転がされてるみたいやわ」
「!...あなたは?」
「ウチは蓬莱やえ。よろしくね」
「私は"ミツバ"よ。よろしく」
お団子ヘアーと強っ気のある顔立ちの彼女はミツバと名乗り、二人は軽い笑みを交わした。
そしてミツバはもう一人の男を紹介した。
「それでこっちが...」
「"藤春"だ。ミツバとはまめまきの時から一緒にいる。で、アンタは?」
「範馬刃牙です。よろしく」
「ほぇー、バキね。よろしくな」
藤春と名乗る男と握手を交わす。
彼のアフロヘアーは良い感じに男らしい顔立ちに似合っていた。
新たなチームメイト、或いは敵と出逢った。
これからの試験がどういったものか全く予想がつかない故に、四人は会場へ着くまでの道のりも落ち着かない様子だった。
いすとりゲーム───聞か猿───少年の脳裏には、ある嫌な予感が離れず消えなかった。
「椅子の周りに並べやゴラああァァァァッッッ!!!」
音楽室に着くと、半径4、5mの円に並べられた椅子があり、その中心にラジオの様な機械があった。
聞か猿が教壇の上に座り、そう怒号を吐き散らす。
「なぁ、黒板のあれ....どういう意味?」
全員が並び終えると、チョークで黒板に書かれた文字に釘付けとなる。
椅子とらざるもの、生きるべからず
どういう意味か、或いはそのままの意味か。
全員揃ってどよめく、ざわめく、怖気付く。
「どういう意味も何も、おいおい...そのままじゃねぇのかアレってッ!」
「いすとりって、たしか一個ずつ椅子が無くなってくんだよね?」
「てことは.....椅子に座れなかったら、死ぬ....」
「それに聞か猿って...はは、まさかね....」
皆が聞か猿の方へと視線を集める。
すると突然、ロッカーやら机の中やらと、小さな"ロボ猿"が続々と出現した。
彼らは猿らしい動きで人間の頭に飛びつき。
ガシャンッッ
耳、聞かせざる。
両耳を完全に、その両手で全員の耳を塞いでしまった。
仲間の声、物音、それら全ての音が遮断されてしまったのだった。
「聞こえねぇッ!聞こえねぇーーよぉ!!!」
「ねぇ説明は!?もう始まってるとかないよねっ!?」
聴覚を遮断されること、つまり五感の一つを奪われたということ。
目の前の情報を理解するために聴覚は必須。
それを失ったとなれば、必然的に多大な恐怖を生じさせる。
最も、既に始まっているのかもしれないという可能性が一番の要因だった。
「(バキくんっ)」
「(!.....やえさん)」
それを二人はハンドサインで何とか意思疎通を測った。
身振り手振り、それでしかコミュニケーションを取る方法が思いつかなかったのだ。
混乱の最中、聞か猿は黒板の前へと立ち、ようやく耳を塞いでいた手を離してチョークをつまんだ。
コッ...ココッ......チョークが欠ける音だけが響く。
『いすとりのルール説明』
『音楽が鳴っている間は椅子に座ってはならない』
『音楽が止まれば座る。座れなければぺっしゃんこ。おてつきをしてもぺっしゃんこ』
『ゲームは18ゲーム行う。最後までゲームをやりきった者が合格とする』
チョークを置き、また教壇の上へ上がった聞か猿。
生徒の顔は困惑一色に染まっていたが、聞か猿は構わず開始の合図を送ったのだった。
「1ゲーム目開始いいぃぃぃぃぃィッッ!!!」
生徒数36名、彼らがそれが合図だと察するには、聞か猿の口の動きと、その声量で微かに震える耳元の感覚だけだった。
***
動かない、動けない、聞こえない、聞かない。
全員が全員、立ち止まっていた。
「(なんやこれッ....ルールが、破綻しとるやないか)」
「(音楽が聞こえない中、誰も、誰も座ろうとするはずがないッッ)」
椅子取りゲームは椅子の周りをぐるりと歩むことが一般的。
アイコンタクトで皆は徐々に動き始め、ゆっくりと椅子の周りを歩んでいった。
誰もが、理解に理解が追いついていない時の中───今際の際で少年は、このゲームの残酷性に気が付き始めていた。
「(椅子の数は35個.....1ゲーム、1人が必ず死ぬ事になる)」
「(しかもおてつきも無し。音楽が鳴っているかどうかも分からない中、絶対に誰かはその"勇気"を出さなくちゃならない)」
「(とんだ.....とんだチキンレースだ....ッッ)」
おかしな笑みが思わず浮かぶ。
冷や汗も否が応でも垂れる。
これほどまでに行き詰まった闘いがあっただろうか。
こういう怖さもあったのかと、彼は思い知る。
そして当然の如く、誰もが歩みを止めぬ事態となった。
「(やべぇよぉ、どうすんだよぉぉ....誰か、誰か早く座ってくれよぉッ!!)」
「(こんなのムリッ...運でしかないっ!!)」
「「「(誰か早く座ってくれッッッ)」」」
音楽を止めるスイッチはあの聞か猿が握っているだろう。
当の聞か猿は一切その動作を見せず、合図のようなものは読み取れない。
これは誰かを生贄にしなくてはならない、或いは死の境に踏み込まなければならない、超のつくチキンレースだった。
ミツバ達もまた、その領域に踏み込めずにいた。
「(クソ.....足が震える....このまま誰も座らないと、あの猿が何をしでかすかも分かったもんじゃないわよ....藤春...)」
「(分かってるよミツバ...でもこりゃねぇだろっ!?)」
膠着状態の中、必死に生きる道を探す。
既に開始から2分が経過しようとしていた頃、ある者が座った。
座った───当たり前のように。
そして生きている、その少女は生きていたのだ。
刹那、生徒達の頭に電流走る。
ガッッッ
「ッッオラァッ!!!」
「どけぇッッ!!」
「痛っ....てんめぇッッ!!」
その光景は地獄と呼ぶ他なかった。
ある者は殴り、殴られ、蹴落とされる。
生きる道を奪い合う人間同士。
死ぬくらいならば、誰かを引きずり落とし、殺す。
さっきまで音楽室の中で椅子取りゲームをする一見穏やかな光景だったハズが、まるで戦争、地獄絵図と化していた。
「よしっ、座れた....!!」
「よし....藤春ッ!!────藤春....!」
「へへっ、セーフだ」
やえ、ミツバ、藤春の三人が椅子の上に座る。
争いの隙間につけ込み、何とか死を免れた、言わば偶然。
偶然故に、その安堵は甚だ大きい。
「(あ、刃牙くん....ッ!!)」
自分と少し離れた場所で、彼は椅子に座っていた。
視線で無事なことを伝える姿に、ほっと胸を撫で下ろす。
そして最後には必ず、一人が残る。
「はっ....はっ.....あ、あぁ....っ」
フィジカルの弱い少女一人が立っていた。
涙を零し、カタカタと震えている。
すると全員のロボ猿が手を離し、両耳から音が聞こえるようになった。
そんな時だった。
『八木紗栄子 座らざる』
バチュンッッッ
「「「ッッ!!!!!」」」
ロボ猿の両手が彼女の頭を挟み潰す。
べちゃりと蝋人形のように倒れ込んだ抜け殻の体は、ロボ猿によって廊下へと追い出されていった。
本当に文字通り、座らざる者は死ぬ。
この現実に計35名は打ち震えた。
ころ、と転がる眼球を前にそれが一層募る。
それから2ゲーム、3ゲーム、4ゲーム.....6ゲーム目まで、運良くおてつきを回避した後に待つ戦争で彩られた。
7ゲーム目、生存者数24名、開始直前。
冷や汗にまみれ、まともな神経も保てぬ状態の中。
ある者が名乗りを上げた。
「みんな!少し聞いてくれないだろうか!!」
ある男が円の中心へと立つ。
細い体に白髪、黒いシャツに洒落たネックレス、どこか達観したミステリアスな美少年の顔立ちは不信感を漂わせる。
そんな男がまるで演説する政治家のように振舞ったのだ。
「僕は"紫村影丸" 光に導かれし者 シャイナー(光導者)さ」
「光に....導かれし者ぉ....?」
藤春は思わず零す、疑念の呟き。
それは皆も同様で反感を買いかねない状況だった。
紫村と名乗る男は悠然と、さも全てが自分中心に事が進むと信じているように語る。
「僕はね、眠る時に必ず夢の中で光のお告げを聞くんだ!」
「それはつまり未来を示すもの。僕には未来が見えるんだ!」
「未来が見える?....何言うてんねん....」
やえは明らかに不信感を抱く。
こんな状況下、何者もそんなデタラメを信じる訳が無いと彼女は信じ切っていた。
しかしそれは、これから現実に起こることで覆される。
批判の声が止まぬ中、紫村は本心から困ったようにする。
「え、えぇ~?本当の事なのになぁ....ならこうしよう!」
「これからのゲーム。全て僕が先に座ろう!!」
「「「!!!」」」
男は確かに先陣を切ることを約束した。
それはつまり、自分が生贄になるということ。
「未来が見える僕には、音楽が止まるタイミングも全て分かる。これでおてつきの心配は無くなった!」
「残りの11ゲーム、正々堂々勝負をしよう。残念ながら、一人の敗者を救うことは出来ないけれど....安心して!!」
「僕が神の力を得たら、死んでしまった人間を生き返らせることを約束しよう!」
とんだ戯言、夢見心地の譫言、話にならなかった。
全員が全員、男の言葉を信じようとは当然せず、7ゲーム目が開始すると同時にまた両耳が塞がれた。
「(何が未来や....何が生き返らせるやッ!!)」
「(ただ運に恵まれてる自分に酔っているだけ!胡散臭い宗教勧誘となんら変わらんやないか)」
「(あんなこと言って....アイツ、どうするつもり...?)」
やえは紫村のことを睨みつける。
誰があんな言葉信じるものかと疑念で染められていたが、決して自分から座ることは出来なかった。
それがむず痒く、結局先に座ると公言した紫村が実行することを心のどこかで望んでいた。
1分.....を越えない30秒程度で、紫村は何と椅子に腰を下ろした。
なんのプレッシャーも感じず、笑みさえ浮かべながら。
そして彼は、死ななかったのだ。
バチュンッッッ
「「「はぁ....はぁ.....はぁ.....」」」
一人が死に、息を荒らげる生存者たち。
しかし今確かに、あの男は自ら座り、生き長らえている。
本当に未来が見えているのだろうか。
皆の脳裏に嫌でもその疑惑が生まれる。
現実的に考えて有り得ないことなのは疑りようもないが、次ゲーム、その次ゲーム────彼は座り続けたのだ。
「(そんな....本当に、未来が.....?)」
「(見えてるってのか?...でも確かに俺らは)」
「(この胡散臭い男に、生かされとる....ッ)」
やえは歯噛みしていた。
本当に未来が見えているのではないかという信頼が芽生え始めてきていることに。
12ゲーム目、残り6ゲーム直前、生存者数20名、1ゲーム1死者に抑えられている現状で、とうとう空気が壊れ始める。
「紫村様!いえシャイナー(光導者)!!貴方のお陰で今回も生きられましたぁッ!」
「シャイナー!本当に私たちが死んだとしても、生き返らせてくださるのですか!」
「あぁ、約束しようとも!それにもう光は、僕が神の力を得ることをお告げになっているからね。君たちは必ず、僕が生き返らせよう!」
「おぉ...シャイナー!....みんなッ!俺たちの命はもうシャイナーの手にあるッ!俺たちが生きるのではない!」
「シャイナーの為に、この命を捧げようッッ!!」
命の奪い合いで、正常な精神状態ではない人々を、その圧倒的な"信頼"で紫村は手中に置いた。
デタラメでもいい、嘘でもいい、ただ今はこの方について行けば生きていられるかも....否、死んだとしても生き返ることが出来るという絶対的安心感。
これはそう、良く練られた催眠術、人心掌握術だ。
ある意味救済的かもしれない、人々を安心させる良い薬なのかもしれない。
だがこれは、本当に良い事なのか。
善悪の話ではない。
ただ単純な、人道的な意味合いの.....倫理か?
追求すればするほど分からなくなる。
兎にも角にも、気に食わなかった。
「あのォ...」
「ん?」
「いや....俺もね...なろうかなぁ.....って。シャイナー....だっけ?」
「あっはは!キミが?」
嘲笑うよう、下からその少年を覗き込む紫村。
彼の笑みは催眠に毒された者たちの笑みとは一線を画すほど穏やかだった。
「なれるさ。多分ね」