「なれるさ。多分ね」
少年の無礼な発言に、紫村の信者達は指をさし、非難し始める。
ミツバと藤春はギョッとさせるが、やえはハッとさせ、何か考えがあるのかもしれないと信じた。
信者の一人は彼の胸倉を掴み上げる。
「貴様ァッ!シャイナーに対してなんて口の利き方───」
「なにペラペラ話してんだオラアアァァァッッ!!!」
「「「ッ!?」」」
突如、聞か猿が教壇から飛び降り、叫び散らす。
ギョロリと血走る眼球は人々を怖気付かせ、話を続けようとする気を無くさせた。
シン.....と静けさを帯びた音楽室内だが、聞か猿からすれば"ずっとこの状態"だった。
「ゲームが始まんねぇえだろうがぁあッ!!!」
「全員不合格にすんぞゴラァァアアッッ!!!」
「分かったらゲーム開始ィィィッッ!!!」
キィィィッ、と猿らしい雄叫びを上げた後、不機嫌極まりない状態で教壇の上へと戻る。
全員の両耳が塞がれ、掴まれた胸倉も自然と離された。
紫村は嘲笑しつつ刃牙を横目に流す。
そんな余裕気な紫村を、刃牙は快く受け答えた。
なってやると、"シャイナー"とやらに。
「(本当に大丈夫なんよね!?)」
「(.....多分な)」
顔のジェスチャーでそんな会話を二人はした。
ふわふわとした彼の態度に、やえは一変して不安が募る。
だがこのゲーム、何故今まで生きてこられたか、自分でも理解出来なかった。
争いあっている人間の間を、たまたま抜けられて座り込めただけ。
ちょっとだけ人より反射神経が優れているだけ。
刃牙くんが自分の前にいるから、助かっているだけ。
たったそれだけでこの11ゲーム、生きてこられてきた。
「(あ、ヤバい、急に。プレッシャー.....?)」
極度の緊張状態から脳内麻薬が分泌され、死の恐怖をやわらげていたやえの肉体は、やにわに現実に引き戻される。
足が震え、呼吸を荒らげ、歯が震える。
次のこの陣地の取り合いに負けた時、死ぬかもしれない。
死ぬのはこの中でたった一人だけの低確率なのに、こんなにも恐れる。
やえは今更、自分の身に置かれた状況を思い返そうとしていた。
人の死体を見た、頭を潰されて死ぬ、脳味噌が床に垂れる。
「(っう.....しっかり、しっかりせな、蓬莱やえ)」
「(あと、たった6ゲーム....たった....まだ.....?)」
気が遠のく。
ふらりと足がおぼつかず、バランスが崩れる。
椅子に、勝手に体が向かう......
ガッッ
「!......ぁ.....」
「大丈夫...必ず、助ける」
「バキ、く.....ウチ、も....う」
やえの手を取り、間一髪で倒れることを防ぐ。
涙目のやえを、彼は安心させるよう呟いた。
聞こえはしないが、それでも伝えた。
「言われたんでね。君を助けてやれって」
「!......ぅわっっ」
手をぐいっと引き、椅子につきそうな体を起き上がらせる。
少年の巨大(おお)きな両手は、やえの両肩にずしりと乗せられた。
その両手は熱く、大きく、どうしてかやえの心は落ち着いた。
「ありがとう、刃牙くん。もう大丈夫よ」
「.....よし」
歩みを止めてしまったが、止まってはならないというルールはない。
聞か猿からもお咎め無しのようだ。
ならばこれは、ルール以外何でもありだ。
やえの手を握った時、刃牙の肉体は躍動する。
二人同時にして、着席───。
「えっ、な、なんで...!?」
「やっぱりな」
自分が生きていること、刃牙が座ったこと、自分と手を握っていること、あらゆる混乱がやえの頭の中に渦巻いた。
二人以外呆然とさせていたが、その瞬間に突然と椅子の争奪戦が始まった。
「クソッ」
紫村は思わず呆気に取られ、椅子に座り遅れた。
自分の前にある椅子が取られた時、意思とは反した"焦り顔"が炙り出された。
ゴッッッ
「ぅげぇッ!?な、なんで」
「無礼者が....シャイナーの席を、ビギナー(未成者)如きが奪い取るとは....万死に値する」
「おぉ..."ボウギャー(暴禦士)愛甲"....!!」
ある男が椅子に座った男を殴り飛ばし、紫村に席を譲る。
そしてその男は悠然と空いた席に腰を下ろし、息をつく。
殺伐とした空気の中、床に寝そべる一人を除き全員が着席した。
全員の両耳から、ロボ猿の手が離される。
『井出隼也 座らざる』
「まっ、待ってくれッ、まだ俺はッッ」
バチャンッッッ
今ここで舞い散る鮮血は、何か意味が違って見えた。
これは本当に"光が指す道"なのか...?
信者達の心が揺れかけた時、少年を死に追いやった張本人、愛甲と呼ばれる男が語る。
その肉体は鍛え抜かれてはいるが、綺麗な色は感じず、"裏"で研ぎ澄まされたような緻密な筋肉だった。
「彼奴はシャイナー紫村(光導者)を死に追いやろうと目論んだ不届き者だ。しかしこのお方はそれでも尚、彼奴を生き返らせようとおっしゃっている。」
「お...おぉ、流石はシャイナー....っ」
「何という懐の広さだ...!」
「...だが彼奴よりも遥かに巨悪且つ、シャイナーの名を偽り、この混乱を招いた地堕人(ジダンド)がいる」
「奴を殺せ。さすれば光の導きが絶えることはない」
「「「......」」」
愛甲を含む信者の視線が刃牙に集まる。
それには強烈な殺意が込まれ、嫌でも肉体が痺れるような感覚に身を包まれる。
聞か猿の様子を見るに、これ以上の無駄口は出来ない。
ミツバと藤春はこの圧倒的な人数差に踏み込む度胸はなく、刃牙を庇うことが出来なかった。
13ゲーム目開始から数十秒後───尚も刃牙、座る。
「(何で?.....どうして刃牙くんは、音楽が止まるタイミングが分かるん!?)」
「(でも代わりに、ウチら以外全員敵になってもうた)」
「(みんなもう正気じゃない....刃牙くんを....自分の命と引き換えにでも、殺そうとするッッ)」
バッッ
「この地堕人(ジダンド)があァァッッ!!」
「光を妨げる者には死をぉぉッ!!!」
両隣の男女が座った刃牙に一斉に襲いかかる。
椅子から引きずり下ろそうと手首を掴むが、刹那。
ドリュッッ
「「はぇっ.....?」」
護身術最高峰、合気───。
二人同時に宙を舞い、一回転の後に椅子の上へと座らされた。
何が起きたか全く理解が追いついていない様子だが、椅子に座ってしまった以上、生き長らえる欲求には抗えず、立ち上がることは出来なかった。
しかし今の瞬間、二人は理解してしまった。
アイツは、手を出してはならない存在だ、と。
そしてまたもや紫村の席を奪い取った愛甲は、地面に寝そべる信者───否、ミツバがいた。
「ミツバッッ!!」
「うぅっ.....藤、春....」
藤春は震える脚で、椅子から離れる。
そしてミツバの手を引き、椅子に座らせた。
聞こえない声でも、二人は会話していた。
「藤春....?何して」
「大丈夫だミツバ。奴がやったように、奪い取りゃいい話だ」
「まさか....馬鹿ッ、アイツにかなう訳ないッ!!」
「へへ、うるせぇよ。聞こえねぇ」
藤春は愛甲の前に立ち、見下ろす。
愛甲は藤春を見上げるが、もう生きる気など更々無い男に興味すらなかった。
「よぉ、ペテン師野郎」
「....去ね、地堕人(ジダンド)」
「聞こえねぇけど、馬鹿にしてるってのは十分伝わった」
「───これはミツバの分だァァアッッ!!!」
拳を握り、愛甲の顔面へ打ち放つ。
刃牙はその光景を見て、目を見開いた。
自分の命と引き換えに、他人の命を救う、あまりにも尊い光景に目を、思わず目を薄めてしまった。
やえは涙目を瞑って、歯を食いしばる。
ミツバは恋する人の散り際を、大粒の涙で霞ながらも見送った。
ドギャァッッッ
無造作な前蹴りで、藤春の体は壁に打ち付けられる。
尚も強烈無比なソレは、藤春の意識を簡単に削ぎ取ってしまった。
全員の耳から手が離される。
そして座らざる者は、死ぬ。
『藤春亮平 座らざる』
「藤春ぅぅぅぅぅうううッッ!!!」
ドパンッッッ
崩れ落ちるミツバの体を、やえは咄嗟に支える。
やえは涙に濡れた目で愛甲と紫村を鋭く睨みつけた。
「なんでそんな酷いことが出来るのッ!!!」
「酷いこと?....自分の身を守っただけに過ぎん。お前は何もせず自分の命を差し出すのか?」
「人の命を奪うことが良い事なわけないやろッッ」
「それもまた生きる為、ルール.....光のお告げを守る為だ」
「ッ....みんな目を覚ましてッ!!コイツらはただの人殺しや!!皆を騙して、いざとなったら簡単に人を切り捨てる最悪な奴らやッ!!!」
「そうよ...ソイツらは、シャイナーでもなんでもない....私は、こっちにつく」
涙に濡れた顔でミツバは刃牙の側へ寄る。
自分の好きな人を殺した奴等を、信じれるハズがなかったのだ。
「さっき刃牙は、自分を殺そうとした奴等を、傷付けずに助けた」
「そして未来が見えるハズの紫村よりも、早く座った刃牙を、私は信じる、信じたい」
「ミツバ....!」
「ミツバさん...」
何とか笑顔を作ろうとするミツバの顔は、いつになく勇気に満ち溢れていた。
そして今のミツバの言葉と、刃牙が行った行為が確かに信用に値するモノだった事から、一人、また一人と、刃牙達の方へと歩みを進める。
「俺もだ...あんなやり方、普通じゃねぇ...!!」
「私もっ....取り込まれたくない...!」
「あんなの、光なんかじゃない!悪魔だッ!!」
7対11────未だ少数派と言えど、目を覚ました人間達が刃牙の周りに集まった。
ようやく"土壌"が出来上がってきたところで、刃牙はようやく言葉を口にした。
「本当に未来が見えているんなら、この展開も予想できたはずだ。勿論俺より早く座ることもね....シャイナー紫村?」
「ハハ、喚くなよ地堕人達(ジダンズ)。そのうち光は君たちを浄化するだろう」
「光ね.....笑えるよ」
刃牙は嘲笑いながら、また長話が続いている状況に苛つきを隠せない聞か猿に近付いた。
「ごめん。また長くなって....すぐ始めよう」
「遅ぇぞコラ....位置につけや」
「.....案外、優しいんだな」
そう言い残し、皆の元へと戻る。
そして一言だけ、仲間にだけ聞こえるように囁いた。
「真ん中の"ラジカセ"だ。よく見てて。あと....手を」
「「「?.....」」」
そのすぐ後に、14ゲーム目が開始し、仲間達は彼が言い残した言葉を頭の中で反芻させていた。
真ん中のラジカセ。
確かにあるが、この残酷なゲームがあまりにも脳に刷り込まれ過ぎて気にも止めていなかった。
あのラジカセが、何を示すというのだろうか。
椅子の周りを歩む最中、片時も目を離さずにいた。
一分が経過した、そんな時、異変に気付く。
「(あれ....あのラジカセ....さっきまで赤いランプが光ってた....今は、"消えてる"...?)」
「(まさかコレって...本当にそういうことなん!?)」
全員が全員、理解に信用がままならない状態だったが、少年の行動が全てを押し退けてくれた。
少年が腰を下ろした時、全員で繋いだ手が椅子へと導いた。
ダンッッッ
「「「!?」」」
刃牙側が全員同時に椅子に座った光景に、シャイナー側は愕然とさせた。
まるで意図したかのように着席されたのだ。
焦るのも無理はなく、彼らを襲うことより、まず自分の身を護ることを優先させたのだ。
しかし紫村と愛甲を見るや否や、完全に染ってしまった信者の一人は、自ら命を差し出した。
「私はもう限界でありますッ!どうかシャイナーよ!神の力で私の命をまたお救いくださいッッ」
「ほぅ...良い心がけだ。必ずや貴殿の魂は救済されるだろう」
「その通り。君の命は必ず、僕が生き返らせるよ」
「おぉ...ありがとうございます!!シャイ───」
ドパンッッッ
理想的な信者を前に、紫村は更につけ上がる。
最初におてつきの回避を申し出た効力は強く、刃牙に先手を取られようと、現実を見ようとはしない。
"シャイナー紫村こそが我らの光" そう捩じ込まれてしまっていた。
しかし紫村は何故、自分より早く音楽が止まることを察知しているのか分からなかった。
愛甲を横目に見つめ、どうなっているのかを問う。
「ボウギャー愛甲。まさか彼も本当に未来を?」
「いえシャイナー。それは有り得ません。恐らくは何か、私たちとは別の方法で切り抜けているのでは」
「というと?」
「....次のゲームでカラクリを解きます。シャイナーの身は私が守ります」
「期待してるよ」
互いに不敵な笑みを浮かべる二人に対し、刃牙達は一度集まってその"カラクリ"の正体を明かしていた。
それは至って単純で、簡単なカラクリだったのだ。
「そう。ラジカセが答えだったんだ」
「赤いランプが光っている時は音楽が鳴っている。消えれば止まってる。よぉく観察すれば考える必要も無い。」
「どのタイミングで座ればいいか。その答えはあのラジカセだった」
「ゲームに夢中で全然気づかなかった....じゃあ紫村たちもその答えを知っとったんか....?」
「いや、多分あっちは気付いてないよ。俺より早く座れてないからな」
「じゃあどうして?まさか本当に未来が見えてるなんて言わないわよね?」
ミツバが念を押してそう問うと、やや小馬鹿にするような面持ちでにやついた。
「未来が分かってんなら、あんな焦った顔は見せないよ」
「!...クス、確かに」
「多分だけど、"音波"じゃないかな」
「音波?」
「最初に聞か猿が開始の合図で叫んだ時、微かにだけど、耳鳴りみたいな音波が響いてた」
「アイツらがラジカセを今までのゲームで一度も気にする様子はなかったから、いずれにしろ、それくらい些細な合図なハズだ」
「何より...この状況を作り上げてくれたのは、ミツバさんの為に立ち向かった藤春さんのお陰です」
「!!.....えぇ、本当に、そう思うわ」
涙目でミツバは大きく頷いた。
ここまでしてもらっておいて、生き抜かなければ、本当にミツバは藤春と合わせる顔が無かった。
生きなければならない。
それはたとえ、この場にいる全員が生きて出られなくても。
「必ず生きて帰るわよ。それが藤春に出来る、私の感謝の気持ちだから」
「ミツバ...そうやね。絶対、ここから生きて出ようねッ」
「えぇ...!」
ガシャンッ───両耳が塞がれ、第15ゲームが始まった。
作戦は変えず、仲間同士で手を繋ぎ、ラジカセのランプが消えた瞬間に座る。
7人同時に最速で座ることの出来るこの作戦は、今彼らに出来る最善の行動だった。
そして敵側、愛甲は彼らの仕草を、見逃さまいと鋭く睨みつけていた。
「(我らに暴かれんと平然を装っているが、所詮は素人)」
「(視線は....その"瞬間"にこそ現れる)」
「(....!.......見えた)」
愛甲は邪悪な笑みを浮かべる。
だがその瞬間に刃牙たちは座り込み、安全を確保していた。
しかしその時、愛甲は足先をある椅子にぶち当てた。
キャドッッッ
「貴様のお陰で分かった.....ハハハハハッッ!!!」
「うッぇ、ギャッ、おげぇぇッ!!たっ、た、助けでぇぇ!!!」
吹き飛ぶ椅子、壁に投げつけられる人、骨を踏み砕く人。
人々は唖然としていた。
人が人を傷付ける光景を、一歩も動けずに見送っていた。
大半の者は向かったところで彼には勝てない、そして何より、ルールが人を助けることを一切必要としない愚行であるからだった。
ピクリとも動かなくなった人の形は、既に人の形をした肉塊となっていた。
そして愛甲は、徐ろに蹴り飛ばした椅子に座ったのだった。
「ほ、.....ほんとに人、を、殺した....!」
やえは言葉にもならない様子だった。
他人を一時的に傷付けて動かなくさせ、失格にし処刑することとは、明らかに一線を画すその行為。
人を殺して、椅子を奪う。
だがそれは、このゲームにおいては必勝法に近い、理にかなった行動だった。
『新村かえで 座らざる』
バチャンッッ
「光に背く者には、死を」
愛甲はそう呟いた。
それにより信者の依存度を更に深め、裏切りの可能性を摘んだ。
やえは膝を崩したまま、立てなかった。
確かに酷いゲーム、争うことは避けれないのは百も承知。
ただそれでも、それをしたら、もう二度と人として生きてはいけなくなる気がした。
味方が一人削られ、刃牙達の空気が一気に重くなる。
ミツバは呼吸を荒らげ、次のゲームが来るのを恐れた。
「!───ひっ...ッッ」
刃牙の表情を盗み見たミツバは、次のゲームが来る事の恐れを───全て無に帰すほどの恐れを感じた。
「もし次、貴様らの中でラジカセのランプを見て座ろうとした者がいれば、容赦なく先の地堕人(ジダンド)と同じ目に遭わせてやろう」
「この意味.....言わなくとも分かるな?」
「「「~~~~~~~~ッッ」」」
ランプのカラクリが暴かれた今、もし刃牙側の一人が座ろうとした時、その者が愛甲に殺される。
愛甲は最初からこれが出来たのだ、思いついていたのだ。
しかしここまでそれをしなかったのは、人を殺したとしてもぶれない強力な信者(駒)を育て上げるためだった。
土台が出来上がった今、愛甲がこのゲームを支配したも同然だった。
「ははは....ははははッ!!!流石はボウギャー愛甲ッッ!!君の大胆さには毎度驚かされるよッッ」
「滅相もありません。これで我らの勝利は確実です。シャイナー」
人数差は、多勢は、有利という他なかった。
拳銃が、機関銃(マシンガン)には決して敵わぬように。
国同士の戦争に、より多くの兵士を持つ方が有利であるように。
これは戦いの理であり、シンプルな"当たり前".....
ただそれは、ある"一匹の生物"を除いた。
曰く、その身一つで大国の武力と渡り合う...?
曰く、その身一つが大国の武力と同等かそれ以上...?
曰く、その身一つを大国は敵にしたくないあまりに友好条約を...?
曰く、曰く、曰く───その生物を地上最強の生物 と言ふ(ゆう)。
「どうすれば.....ええの....?」
「もう無理よ.....あれをされたら、誰も先に座れない。奴らが座ったら、私達で....椅子を取り合うしか、ない...」
「そんな必要ないね」
「え?刃牙くん....?─────なに、してるの?」
「16ゲーム開始ィィイイイッッッ!!!」
ガシャンッッ
「!.....何の真似だ?小僧」
構えるその少年は、"彼"の子供の一人だった。
***
「バキッ!?何してるの!!?───や、やえ...?」
「...大丈夫。多分、いやきっと、大丈夫...っ」
全員が全員、歩むことを止めていた。
しかしゲームは始まっている、聞か猿もまた彼らを注意することはなかった。
椅子に座ること、そのたった一つのルールを守るのみ。
彼は人を守護(まも)ることに徹した。
そして王を、このゲームで潰すと決めた。
「貴様.....本気で俺とやる気なのか?.....は」
「はっ、ハハハハハッ、ハハハハハハハッッッ!!!」
「.....ならば望み通り、殺してやる」
学ランを脱ぎ捨て、上裸となったその姿は凶悪という文字が似合った。
鍛え抜かれた筋肉、そして背中に刻まれた謎の乱幾何学模様は、彼が闇の住人として生まれ落ちた証でもあった。
愛甲龍臣───闇の住人として生まれ、そして堕ちた。
人知れず要人を裁く『催眠暗殺』一族の末裔として育った彼は、たった14歳にして人を殺めた。
それが最初にして最後の涙であり、その後は心を封じ、暗殺の道を淡々と進んだ。
自分の生きる意味を見出せずにいた時、ソレ(二宮金次郎)は来た。
生き残る為、"人"を催眠で操った。
生まれた瞬間に背中に刻まれた乱幾何学模様(アイ・パペット)は、見ただけで人を自分の思うがままに操れる。
自殺を指示することも───光導者(シャイナー)として紫村を作り上げることも。
人を殺すために操っていたが、生き残るために人を操った彼はその時、人を支配する喜びを知った。
「オマエハ椅子二座リタクナル」
「!」
「オマエハ椅子二吸イ込マレル」
愛甲が突然、自分の奇妙な背中をバキに見せつけた時、それは起こった。
刃牙は構えを解き、ぶらんと両腕を下げ、呆然とした顔を作った。
「刃牙、くん?.....ちょっ、刃牙くんッッ!?」
するとその状態で、刃牙は椅子へと歩み出したのだ。
やえは咄嗟に刃牙の前に立ち、全力で椅子から離そうと押し出した。
「待ってッ....刃牙くんッッ、目を、覚ましてッ!!」
「くっ....一体どうなってるのよッ!!みんなも手伝ってっ!!」
やえとミツバに加え、4人が刃牙を引き戻そうと踏ん張るが、予想以上の力に、何とかそこから歩みを止めることが精一杯。
しかし全力も全力、今にも手が引き離されそうになっていた。
「流石はボウギャー愛甲。人を操るとは...!!」
「容易いこと....後はお任せ下さい」
「ありがとう。みんな!このゲームは僕達の勝利だ!」
「す、すげぇ、やっぱりボウギャー愛甲もシャイナーも本物だッッ」
「一生ついて行かせてくださいッ!シャイナー!!」
「「「シャ、イッ、ナーッ!シャ、イッ、ナーッッ!!シャ、イ、ナーッッッ」」」
見るに忍びない光景だった。
多勢に無勢───圧倒的な人数差と、操られている少年を必死に庇う仲間達。
その光景を嘲笑う対立した人間達。
地獄だった。
地獄が、この辺鄙な音楽室の中で繰り広げられていた。
「諦めろ。催眠が解かれることはない」
「ぐぅぅぅぅッッ」
「滑稽だな....しかし解せんな。残り3ゲーム。コイツを今座らせれば貴様らの生存率は上がるというのに」
体と視界は熱いのに、耳は何も聞こえない。
無音が耳を包む最中、やえは力んで真っ赤になった顔で叫んだ。
「ッッ....誰も聞こえてないから言ったるッッ」
「ウチはッ、この人がいなきゃ、もう生きてないんやッッッ」
「初っ端のまめまきで、ウチは本来なら死んでたんやッッ」
「この人に、もう何回生かされてきたか分かんないッッ!!」
「だからっ.....だから絶対ッ、刃牙くんに助けてもらった分ッ、返さなきゃならんのやぁぁぁあッッ!!!」
「死なせるもんかッ、死なせるもんかぁぁぁッッ!!!」
「ウチの想いッッ、絶対聞かせたるんやぁぁぁあッッ!!!」
チリッ
「!....行けるッ、行けるでッッッ」
ほんの少しだけ、刃牙の足が後方へ下がった。
押し返せるという希望が芽生え、振り絞った力を更に振り絞る。
「させるか」
「!....あ」
愛甲が自分達を見下ろした。
やえは顔面を蒼白させ、迫り来るその手に怯えた。
そして最後に必死に刃牙に叫ぶ。
伝えたいことを、言葉にして。
「起きてッッ!!刃牙くんッッッ!!!!!」
「良い子やからッッ、ウチの声が届いてッッッ!!!」
「去ね。地堕人(ジダンド)」
やえは目をギュッと瞑る。
ミツバ達も限界だと刃牙から手を離した。
しかしやえは決して離さず、刃牙から離れようとしなかった。
間合いに踏み込むその手に、少年の肉体は"反応"した。
メキャッッッ
「........バキ、くん.....?」
嘗て、少年の心は戦意を喪失した過去があった。
敵に、自分の体を見直してみたまえと、その傷だらけの体に愛は決してないと、肉体はもううんざりしているハズだと罵倒し、少年の心を折った。
そうして隙だらけとなった少年に襲いかかったが刹那。
心とは相反し、肉体が勝手に迎撃を選択んだ。
自分でも最初は何故だか分からなかった。
心はやる気をなくしたのに、体は勝手に動くことの理解が出来なかった。
しかし段々と気付き始めた。
コイツら、裏切っちゃいない
そう、少年の心は確かに屈服してしまった。
しかし、肉体はソレを拒否したのだ。
心に"肉体の意思"が上回ったのだ。
愛甲の手が少年の間合いに入った瞬間、肉体は動いた。
愛甲の目の前から消え去り、気が付いた時には、少年の脚が顔面を蹴り砕いていた。
紫村の横を轟速で通り過ぎ、風で髪が吹き荒れる。
紫村は目の前の現実を、全く信じようとはしなかった。
「ボウギャー愛甲?....何の、冗談だい...?」
「そ、そんな....ボウギャー愛甲が....ッ」
「意識が....もう無い....ッッ」
紫村達が混乱を禁じ得ない中、やえは唾を飲み込んで、刃牙を見た。
そこには何故か不満そうな、しかしこうなることを分かっていたかのような風体だったのだ。
「不用意に間合いに踏み込むんじゃねぇよ」
「良かったああぁぁぁ!!!」
「や、やえさん!?」
「ほんとに死んじゃうかと思ったやんばかあほおおぉぉ!!!」
「あはは....なんて言ってんのか分かんないよ」
抱きつかれながら、刃牙は茫然自失のミツバに、既にラジカセのランプが消えていることを指先で伝える。
すると覚醒したようにミツバは座り込み、仲間達も続々と座り込んだ。
紫村達は何とか愛甲を持ち上げようとするも、その重さを抱えることは誰一人出来ず、そもそも意識を失っているせいで座ることが出来なかった。
言葉を吐かぬまま、視線をチラチラと紫村に向けながら、彼らも着席してゆく。
紫村は歯を食いしばり、渋々椅子の上に座った。
全員が座り、耳栓が外れると、幸か不幸かそこで愛甲の意識が戻った。
「!.....マジか」
「愛甲....すまない....君は必ず僕が生き返らせる!」
「───ふざけんな"ァァ"ッッ!!テメェを操っていたのはこのオレだァ"ァ"ァ"ァ"ッッッ!!!」
紫村に向かって駆け出した、その直後。
『愛甲龍臣 座らざる』
「待てっ、たの」
ドパンッッッ
赤黒く、穢れた血が宙に舞う。
人の死を蓄えてきた血は、穢れ、決して美しいものではなかった。
刃牙達は一瞬だけ舞い上がりかけたが、人の死を、それでも喜べるはずがなかったのだ。
「.....え?....みんな、あれ見て!」
「し、紫村....なの?」
ミツバが紫村の方を見ると、そこには何やら一変した、明らかに雰囲気の異なる少年の姿があったのだ。
表情も状況を掴めておらず、まるでたった今此処に飛ばされてきたかのような風情だった。
キョトンとした顔は、まるで普通の優男でしかなかった。
愛甲の催眠は、死によって解かれたのだった。
「此処は?.....此処はどこ.....??」
「しゃ、シャイナー?その、大丈夫ですか?」
「シャイナー?何それ.....僕は一体....?」
キョロキョロと周囲を眺める紫村の姿、まさに紫村の本当の姿。
気弱で、立ち向かう事など到底出来ない臆病者。
体も弱い、誰かの助けを求め続ける木偶の坊、紫村影丸であった。
するとその時、何と今まで傍観者であったゲームマスター、聞か猿が紫村の前へと歩み寄った。
「おい」
「ひぃっ!?お、お猿さん!?」
「テメェ、ルール理解してるか?」
「い、いえ....」
「.....聞こえねぇぞゴラァァッッッ!!!」
「ひゃっ、ひゃいィィイイイ!!!理解してませんんんん!!!」
全力で首を横に振る紫村の姿を目に、聞か猿はとんでもない発言を口にする。
「このゲーム、ここで終了とする」
「「「!!!」」」
一体全体どういうことかと、思わず刃牙も驚きの顔を露わにさせる。
間違いなく、あと残り2ゲームが残っているはずだ。
紫村も何が何だかといった表情だが、聞か猿は相変わらず両耳に手を当てたまま淡々と口にする。
「テメェが今からゲームに参加して合格出来る可能性は皆無だ」
「だからといってテメェをゲームから除外は出来ない。特例で合格も、また新たにゲームを行うことも、不公平極まりないと判断した」
「公平を期すために、ゲームはここで終了とする」
「「「.......ぉお」」」
「「「おおおぉぉおぉぉぉおおおッッ!!!」」」
ゲーム終了の言葉に、人々は歓喜で騒ぐ。
ある意味、紫村のお陰でゲームが終了したため、信者は尚もシャイナーとして紫村を崇め、胴上げをした。
「「「シャ、イ、ナーッッ!シャ、イ、ナーッッ!!シャイナーッッッ!!!」」」
「うわぁッ、本当にどういうことぉぉ~!?」
そして互いの無事を確かめ合う他の者達は、それぞれ涙したり称えたり、生きていることを噛み締めた。
自分はまだ、生きている。
その現実を、今はただ噛み締めていた。
「やえ....私、まだ生きてる....?」
「うんっ、生きとるっ!生き残ったんよウチらっ!!」
「っ!.....やえぇ!!!」
「わっぷ」
やえに抱きつくミツバは悲しみと嬉しみで涙していた。
堪えていたものが全て溢れ出たのか、暫くはやえから離れようとしなかったのだった。
そしてやえは、静かに聞か猿へと近付く刃牙の姿を見ていた。
「聞か猿さん.....今だけ、耳、外してくれません?」
「.....なんだ」
「...ホントにいいの?アンタ、あのカミって奴に殺されるんじゃないのかい」
「.....俺はいすとりの試験官だ。このゲームは俺がルールだ。ゲームはこれで終了だ」
「第一俺ァ、不公平が大嫌いなんだよ。そして俺にはもう一つのモットーがある」
「え?」
目を丸くさせると、聞か猿は怒り狂っていた風貌を、柔らかく、にんまりとした笑顔でこう言った。
「聞かざるものは、咎めざる」
「"いすとり"の試験 これにて終了。15名 生きる」
刃牙は思わず、腑抜けた笑い声を上げた。
しかし賭けだった、色々と、命を懸けた。
ホッとしても、仕方がなかった。
そして次のゲームが休む間もなく、開始(はじ)まろうとしていた。